リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●5 その悲鳴は僕だけにしか聞こえなかった




 食事を終え、デザートとお茶で一服――途中ハヌからパフェを「あーん」されるという、とても恥ずかしい目にも遭ったけれど――した後、僕はハヌとロゼさんと別れ、最近お世話になっている武器屋へと足を向けていた。

 ハヌもロゼさんもいないので移動にはサイクルバイクを使ってもいいのだけど、せっかくなので腹ごなしがてら、歩いて行くことにする。

 夜が深くなってきてなおさら人通りの絶えない道を歩きながら、ふー、と息を吐いた。

「……食べ過ぎちゃった、かな……?」

 お腹のあたりをさすりさすり、独りごちる。結局、あの後ライスもおかわりして、内心で決意した通り【腹十分目】まで御飯を詰め込んでしまった。おかげでシクシクと胃が痛む感覚は無くなったけれど、今度はお腹全体が重い。

 というか、最近の僕は本当によく食べるようになった。一週間前の事件の直後ぐらいからだろうか。食事時になると無性に空腹感が増して、これまでの倍以上の量でもぺろりと平らげてしまうようになってしまったのだ。と言っても年齢的には成長期に入るし、今の低い身長にはちょっとコンプレックスがあるので、これはこれでありがたいのだけど。

 中央区西側にある大通り、露店街。その脇道の一本にある武器屋『カリバーン』が僕の目的の店だ。大通りから外れた微妙な立地にあるけれど、ネットでの評判は上々で、特に店長のメンテナンス技術がレビューで褒められている。

「失礼しまーす」

 ガラスの填め込まれた木製の扉を押し開き、ドアベルを鳴らしながら店内に入る。

 元は普通の家だったのを店に改装したらしく、入ってすぐ正面に二階へ続く階段、その奥に店長が立つカウンターがある。明るい店内の壁にはありとあらゆる種類の長柄武器が飾られ、そこかしこに置かれているショーケースには短剣や小刀といった小型武器が宝石のように並べられている。建材が全て木だからだろうか、店内には暖かい雰囲気が満ちていた。

「?」

 いつもなら入店すると「らっしゃい!」と胴間声が飛んでくるのだけど、どうやら先客がいたらしい。黒髪の女性――いや、女の子かな?――が奥のカウンターで店長と話しているのが見えた。

 コンバットブーツで単層フローリングを踏み鳴らしながら近付くと、会話の内容が耳に入ってきた。

「へぇ、店長って昔は機械国家カ・グラスにいたんだ? 道理で評判いいわけねー、なるほどねー」

「ま、昔の話だ。あっちじゃ喰っていけねぇから、この街に来たんだしな」

「え、ってことは店長クラスでもあっちにゃゴロゴロいるってこと? さっすが、機械国家とまで言われてるお国柄ねぇ。パないわ……」

 どうやら世間話をしているらしい。邪魔しては悪いので、話がキリのいいところになるまでちょっと待ってみよう。

 見ると、少女はやけに厳めしいロングブーツを履いていた。そこかしこに装甲板やら放熱フィンやらがついていて、どうやら履き物というよりは武器の類と見て取れた。いわゆるバトルブーツという奴だろうか。

 僕の存在感が薄いのか、それとも話に夢中になっているのか、どう見ても堅気には見えない風貌の店長と、黒い髪をツインテールに結った少女の会話は続く。

「で、嬢ちゃん、あっちじゃゴロゴロいるクラスの店に何の御用だい? 見たところ、武器が入り用ってわけじゃないんだろ?」

「ああうん、アタシ、どっちかというと店長と同類だし。そうそう、ちょっと聞きたいことがあったのよ。ここに、こういう男の子が顔出してない?」

 そういって少女は店長に右手を差し出したようだった。角度的に僕からは見えないが、多分、会話から察するにARフォトか何かを見せているのだろう。

「……ん? おお、なんだベオウルフじゃねぇか」

 ――え?

「あ、知っている顔? よっしゃ、やっと当たり引いたわ!」

 背中と後頭部しか見えない少女がガッツポーズをとる。そういえば、心なしか声に聞き覚えがあって、後ろ姿に見覚えがあるような……

「知ってるも何も、最近ウチの常連になってくれてるお得意さんだ。まぁメンテナンスだけで武器は買ってくれねぇけどな。そういや、そろそろ来る頃合いだが……おっ?」

 僕の姿に気付いた店長が、体ごと首を傾げてこっちを見た。

「えっ?」

 つられて、ツインテールの少女もこちらへ振り返る。

 目が合ってしまった。

 僕の視線と、アメジスト色の視線とが音を立ててかち合う。

「…………」

「――――」

 全身に電撃が走った。音も光も無い落雷が直撃したかのようだった。

 何故なら、そこにいるのは僕の知っている人物で、だけどここにいるはずのない人物でもあったのだ。

「噂をすれば何とやらじゃねぇか。ちょうど良かったな、嬢ちゃん。ベオウルフ、お前さんに客が来てるぜ」

 何の事情も知らない店長はとても気軽に言ってくれた。悪気があるわけじゃないのはわかっているのだけど、もう少し僕の表情をよく見て欲しい。これが【客】と鉢合わせた人間の顔だろうか。

 背中に氷を入れられたかのような悪寒が、何度も脊髄を往復する。

「……………………フ、フリム……?」

 頬の筋肉が勝手に引きつく中、僕はどうにか声を絞り出した。思わず疑問形になってしまったのは、これが現実の出来事であることを信じたくなかったからかもしれない。

 アメジスト色の瞳が、きょとん、と僕を見ていた。だけど、やがてその双眸が弓なりに反り、ピンク色の唇が笑みの形に変化していく。

 それは悪魔の笑顔だ。

 獲物を発見した捕食者の顔付きだ。

 いじめられっこを見つけたいじめっ子の表情なのだ。

「――久しぶりねぇ、ハルト」

 にっこり、と天使みたいに冷酷なスマイルと、メイプルシロップを瓶一本分ぶっかけて凍らせたような猫なで声で言って、その女の子――フリムは僕に向かって歩き出した。

「お姉ちゃん、アンタに会いたかったわぁ」

 ごついロングブーツの底が、ゴッ、ゴッ、と重い音を立てて近付いてくる。それが僕の耳には、金棒を担いだ地獄の獄卒の足音にしか聞こえない。

「……あ、いや、その、ま、待って……? 待ってフリム待って? な、なんで? なんで君がここに? いやあのだから――ち、近いっ! 近い近い近いちかいちかいちかいっ!?」

 ズンズンと距離を詰めてくるフリムに僕は我知らず後ずさり、気付けば壁を背にしていた。

 バン! と僕の顔の両側にフリムの手が叩き付けられ、完全に追い込まれた。ずい、と久々に見る怖い笑顔が、息の掛かる距離まで肉薄する。

「ナンでもカリーもないでしょ? 何かな? ハルトはアレかな? アタシをバカにしているのかなぁ?」

 今にも噴火しそうな火山を思わせる笑みが至近に迫り、口角の吊りあがった唇から花崗岩を削るような声が発せられる。

「あ・の・ね? アタシ、お師匠のお使いでわざわざこんな所まで来たのよ? わかる? そう、勿論アンタの為よ? なのによ? だってのによ? せっかくアタシがここまで来たっていうのに、いざアンタに連絡とろうと思ったら――」

「――あ……」

 ここに来て、僕は気付いた。気付いてしまった。彼女が怒っている理由に、心当たりがあることに。

 既にスカイブルーになっていた顔から、さーっ、とさらに血の気が引いて、マリンブルーに変わっていく気がする。

 次の瞬間、カッ、とアメジストの瞳から鮮烈な炎が吹き上がった。

「――アンタ、アタシのことブロックリストに入れてるでしょ!? 全然連絡とれないじゃない! コレどーいうことなのよっ! ええっ!?」

「う、うわぁああああああっ!? ご、ごめん、ごめんなさいっ!?」

 いきなり爆発した怒声に反射的に謝ってしまう。我ながら情けないことに、結構な涙目で。

 けれどすぐ正気を取り戻し、

「――あ、いや、じゃなくて!? ち、違うよ!? 違うんだフリム!? えっとあのその、こ、これには事情があって――!?」

「知ったことかぁああああああああっ!!」

 わけを説明しようとする僕の訴えを、フリムの怒声が叩き潰した。とっくに笑顔の仮面は弾け飛び、僕の幼馴染は長いツインテールを逆立てて憤激していた。

「アタシをブロックするなんてどういう了見よっ! おかげでネットで調べまくってあちこち歩き回る羽目になったじゃないっ! アンタがベオウルフだか何だかで有名になってたからまだ良かったものの、そうじゃなかったらどうやって見つけろってぇのよ! ええっ!?」

「お、おちっ、落ち着いてフリム!? だからごめん、ごめんって――!?」

「おいおい、嬢ちゃんとベオウルフ。別に痴話喧嘩でも何でもいいが、うちの商品使って刃傷沙汰とかは勘弁してくれよ?」

「――――」

 店長の冷静な突っ込みに、ピタ、とフリムの動きが止まった。しゅううん、と怒りのオーラで浮かび上がっていたツインテールが垂れ下がる。

「――そうね、お店には迷惑かけらんないわね」

 急に声のトーンが落ち着いたフリムに、僕はほっと胸を撫で下ろした。よかった、とにもかくにも落ち着いてくれたみたいだ。

「じゃあ、場所を変えるわよハルト」

「……へっ?」

 むんず、とフリムの手が伸びて僕の奥襟をとった。

「ごめんね店長、お騒がせしましたー!」

「え? ちょっ、ちょお――!?」

 思いがけず強い力で引っ張られ、フリムは僕を店外へ連れて出そうとする。僕は慌てて、

「ま、待って待って待って!? 僕ここで武器のメンテを――!?」

「そんなもんアタシがやったげるわよ! ほら、行くわよ!」

「えええええええぇえええええぇぇっ!?」

 猫みたいに首根っこをつまみ上げられ、ズリズリと引き摺られていく僕。驚愕と抗議が綯い交ぜになった声を上げると、ふとカウンターの奥の店長と目があった。

 何故か店長はグッと親指を立てて、少々不器用なウィンクした。

「ベオウルフ。女の理不尽に耐えるのも、男の修行だぜ?」

 渋く決めたつもりの店長に何か言い返すより早く、僕は外へと連れ出されてしまったのだった。





「さ、弁解があれば聞くわよ」

 僕の部屋。僕のベッドに腰掛けて腕と足を組んだフリムは、遙かな高みからそう言い下した。室内なので黒いロングブーツは脱いでいて、肌色まぶしい素足を晒している。

 僕はと言えば、床に敷いたコルクマットの上で正座させられていた。これみよがしな上下関係の体現である。

 というか、いきなり『弁解』という単語が出てくるあたり、完全に僕が悪者扱いである。理不尽極まりなかった。

「いや……あの……」

 武器屋『カリバーン』を出てすぐ、フリムから「今のアンタの住み処に案内しなさい!」と強要され、渋々ここまで連れて来たのだけど――

「その前に聞いてもいい? なんで君がここにいるのか、って……?」

 僕の部屋へ来る道すがら何度か聞いたのだけど、「うっさい」とか「黙れ」とか「着いたら教えてあげるわよ」と、全く答えてもらえなかったのだ。

 眼前にあるフリムの裸足が伸びてきて、むぎゅう、と僕の右頬に押し付けられた。

「立場がわかってないようねぇハルト? 質問しているのはアタシ。答えるのがアンタ。そっちから質問していいなんて一言も言ってないわよ」

「お、横暴だ……」

「え? 女王ですって?」

「違うよ!? どういう聞き間違い!?」

 うりうり、と頬を責める足裏にいっそ噛みついてやろうかとも思うけど、そんなことをしたら絶対にただじゃすまないので我慢する。ハヌのほっぺたつねりと同じで、あんまり痛くないし。

 さて、遅まきながら紹介しよう。

 態度の大きい彼女の名前は、ミリバーティフリム。

 姓は無し。僕と同じ一族の出身で、親戚であり、従姉妹であり――幼馴染でもある女の子だ。僕と同じで名前が長ったらしいので、周囲からは〝フリム〟という愛称で呼ばれている。

 なお、彼女は僕の『お姉ちゃん』を自称しているが、もちろん実の姉弟ではないし、それどころか同い年である。

 そう。十五平方メルトルの部屋で向かい合う僕達は、確かに生まれた時からずっと一緒で、それこそ姉弟同然に育った仲だった。

 ほんの一年前までは。

「……なんていうか、その……悪かったと思ってるよ……ブロックしたのはともかく、解除を忘れていたのは……」

 素直に謝るのも何だか癪なので、思わず視線を逸らしながらそんな遠回しな言い方をしてしまった。我知らず、唇も尖ってしまう。

「はぁ? なによそれ? ブロックしたこと自体は悪いと思ってないわけ?」

 呆れたように息を吐いて、フリムの足裏がむにむにと僕のほっぺたを弄ぶ。

「だって……ちゃんと後で解除しようと思ってたし……一時的な処置のつもりだったし……」

「だーかーらー、なんでブロックしたのかって聞いてんのよ。アタシ、アンタに何かひどいことでもしたぁ?」

 ぐりぐり、と足の親指が頬の中央を軽く抉る。

「……今まさに、そのひどいことをしているって気付いてくれると嬉しいんだけど……」

 せめて後ろには倒れるまいとささやかな抵抗を示しながら、ジト目でフリムを見つめる。すると、いったんは足裏が離れたので――顔を見るに全然反省していないようだけど――、僕はぽつぽつと説明を始めた。

 彼女をブロックリストに登録して連絡を絶ったのには、ちゃんと理由があるのだ。

「――自立しようと思ったんだ……エクスプローラーになるって決めた時、お祖母ちゃんにも、フリムにも――誰にも頼らないで、一人で立派なエクスプローラーになろう……って。でも、すぐに連絡がとれたり、そっちからメッセージやコールがあったら、決意が揺らいじゃいそうだったから……だから、一度全部ブロックして、大丈夫になってから元に戻そうと思ってたんだけど……」

「だけど? まさかそのまま、ブロック解除をすっかり忘れていて今に至る――ってわけ?」

「うっ……」

 フリムの鋭い、だけど当然すぎる突っ込みに見事図星を指される。

 事実、本気で失念していた。祖母へのブロックも、黒玄が壊れたことを報告する際にようやく思い出して解除していたぐらいだ。その時にフリムのことも思い出しておけばよかったのだけど――本能が勝手に忌避したのか、完全に忘れてしまっていた。

「い、いやっ、だって、あのっ……と、友達が……」

「友達がぁ?」

 むにぃ、とまたしてもフリムの足裏が顔に押し付けられる。もはやこの無体な行いに文句をつけることも出来ない。

「と、ともだちが……………………ひとりも、できなかったから……」

「はぁ?」

「な、なかまが……できなかったから……だから……いちにんまえになってから、れんらくしようと……おもってたんだけど……」

 しどろもどろになりながら、段々と声のトーンを落としつつ、視線をあらぬ方向へと逸らしていってしまう。後ろめたさが双肩にのしかかり、押し潰されてしまいそうになる。

 一年前。僕は一大決心して、エクスプローラーになるために故郷の家を出た。甘えた心を断つため、近しい人をブロックリストに登録し、自分を追い込んだ。そこまでは良かった。

 けれど、いつまで経っても一向に芽が出ず、友達どころかエクスプロールの同行者も見つけられなかった僕は、情けないやら恥ずかしいやらで、ブロックリストを解除することが出来なかったのだ。

 そこからはもう知っての通りである。最初の活動拠点であるキアティック・キャバンでは最後まで仲間を作れず、僕はルナティック・バベルのあるフロートライズへと身を移した。そこでハヌと出会い、色々あって現在に至るのだけど――

「……ふぅーん……」

 フリムの声が北風みたいに冷たい。顔を背けていても、呆れた視線が棘のごとく突き刺さっているのがわかる。

 結局、ハヌという友達を得て、ロゼさんという仲間に出会っておきながら、ブロックリストについてド忘れしていたのは僕の失策である。あまつさえ、お祖母ちゃんのブロックだけ解除してフリムを忘れていたことには言い訳のしようもない。

 とはいえ、である。僕が言うのも何だけど、現状を鑑みれば無意識に彼女のことをスルーしていたのは無理もない話だと思うのだ。

 と、針のむしろに座っている気分でいると、不意にフリムが僕の顔から足裏を離し、床に下ろした。

「――ま、大体の事情はわかったわ。確かに、アタシだってこの街に来るまでブロックされていることに気付かなかったわけだし? 一年間も連絡とろうとしなかったのはこっちも同じだから、まぁこれぐらいで許してあげるわよ」

「フリム……」

 一瞬嬉しくなってしまったけど、よく考えたら上から目線を通り越して、王様か神様かってレベルの物言いである。

「……何かバランスとれてない気がする……」

「なによ? まだ踏まれ足りないの?」

「まって!? なんでそうなるの!?」

 ひょいっと足を向け直すフリムに、全力で拒絶の姿勢を示す。そうだった、そういえばこういう性格だったのだ、この幼馴染の従姉妹は。

 僕は、はぁ、と溜息を吐いてから、彼女に促す。

「じゃあ、次はフリムの番だよ。今度こそ教えてくれるよね? どうして君がここに、フロートライズにいるの?」

 フリムは腕を組んだままアメジストの瞳――親類だけど僕とは目の色が違う――でこちらを一瞥し、つまんなさそうに、

「教えてあげてもいいけど、アンタの態度が気に入らない」

「えぇえええええええええっ!? どんだけ理不尽なの!? それはおかしいよ!」

「はいはいわかったわよ、説明すればいいんでしょ説明すれば」

 ハエでも追い払うかのように鬱陶しげに手を振り、フリムは僕の反論を払いのける。

「でも、ちょっと考えればわかると思うわよ? アンタ、うちのお師匠様に何を依頼したか覚えてるでしょ?」

 説明すると言いながら、フリムはピッと人差し指を突きつけてそんな質問をしてきた。

「お師匠様……?」

 フリムの師匠というと、それは僕の祖母を指す。

 祖母レイネーシスマリアことマリアお祖母ちゃんは、若い頃は祖父と一緒にエクスプロールをしていたという。

 エクスプローラーとしてのタイプは、エンチャンター付与術式使いクラフター武具作製士。どちらかというと後者に重きを置いていたらしいけど、それでも〝強手フォーハンド〟とまで呼ばれた祖父と肩を並べて戦えるほどの実力者だったらしい。

 当時の二つ名は、誰が呼んだか〝光り輝く翼ヴェルンド〟。

 今では流石に引退していて、故郷でひっそり余生を暮らしている。だけど、クラフターとしての名声はいささかも衰えておらず、未だに武具作製の依頼がひっきりなしに入ってくるという。

 そんな祖母の仕事を見学するのが、フリムは子供の頃から大好きだった。例え僕と遊んでいる時でも、祖母が仕事を始めるや否や、何もかもほっぽり出して工房へ飛んで行ったものである。

 やがて十二歳になった頃、フリムは祖母に弟子入りした。ちょうど僕が、祖父トラディドアレスことアレスお祖父ちゃんと師弟関係を結んだように。

「――ってことは……」

 ヘラクレスとの戦闘で黒玄が粉々になった時、僕は迷いに迷った挙句、祖母にメッセージを送った。すると祖母は一年も連絡を絶っていたことについては触れず、ただこう返信してくれた。

『大変でしたね。近い内に、お使いの人を送ります。その人に黒帝鋼玄を渡してくださいね』

 これを読んだ僕は、てっきり運送屋の人あたりがやってきて黒玄を祖母の下まで届けてくれるのかと思っていたのだけど――

「……え?」

 理解した瞬間、それでも疑問の声が出た。

「そ、わかった? お師匠様から聞いてるでしょ? お使いの人が来るって。それがアタシ」

 自分の胸に手を当てて、何故か誇らしげにフリムは顎を上げる。ドヤ顔をする意味がわからない。

 エンチャンターでクラフターだったマリアお祖母ちゃん。その弟子であるフリムは、やっぱりエンチャンターでクラフターなわけで。

 運送屋の人が来たんじゃなくて、武具の作製やメンテナンスが出来る人物が現れたってことは。

「……まさか……」

 嫌な【予感】というより【悪寒】に突き動かされて、僕は戦慄をこめて呟いた。

 フリムは、にっこり、と天使のような悪魔の笑みを浮かべ、再び腕と足を組むと、明らかに作った可愛い声でこう言った。

「そのまさかよ。アタシが修理してあげる。アンタの黒玄と白虎を♪」

「…………」

 驚きと恐怖は限界点を突破すると、表向きはむしろ凪の状態になるらしい。僕は内心で吹き荒れる驚愕の嵐を表現する術を持たず、ただ石化した。

 実は、祖母にまだ伝えていないことがあるのだ。否、伝えられなかった、というべきだろうか。

 それは――黒玄の刀身が粉々になっている、ということだ。

 前にも言ったが、黒帝鋼玄と白帝銀虎は亡き祖父の形見である。かつて〝強手フォーハンド〟と異名をつけられた祖父が愛用していた四つの武器の内二つが、黒玄と白虎なのだ。

 ましてや、祖父アレスの武器を作製したのが、他でもないマリアお祖母ちゃんである。

 それだけでも本当に申し訳ないというのに、ここにきてその弟子のフリムである。

 フリムはマリアお祖母ちゃんの技術に心酔している。その手で作り上げた武器の数々を、昔から神様か何かのように崇めていた。以前から「いつか絶対、アタシがお師匠様の技術と、武器の整備を全部受け継ぐの」とよく野望を語っていたのが記憶に残っている。

 そんなフリムに、粉々になった黒玄と、内部機構が壊れて鞘から抜くことすら出来なくなった白虎を見せたら、どうなるだろうか。

「あっちを出発してから聞いたんだけど、黒玄に続いて白虎も使えなくなっちゃったんでしょ? まぁ一年も本格的なメンテしなかったら、流石に代々伝わる家宝もガタが来て当然よね。でもま、安心しなさいよ。アタシがばっちり整備してあげるから」

 ぱちっと茶目っ気たっぷりにウィンクするフリムは、どうやら憧れだった武器の整備を任されたことが嬉しいらしく、口元がにやにやしている。付き合いの長い僕が見るに、かなりの上機嫌だ。

 絶望しかなかった。

 ぶわっ、と顔中の毛穴から脂汗を染み出させる僕に、フリムが手を差し出した。

「さ、出しなさいよハルト。黒玄と白虎、アタシの全身全霊をかけて完璧に仕上げてみせるわ」

 こちらを見る紫水晶の瞳に宿るもの、それは挑戦者の眼差し。偉大なる先達の仕事に触れ、己が限界に挑まんとする心意気。高みを目指す求道者の顔。

「――こ、黒玄と白虎の整備は、も、ものすごーく難しいって聞いているけど……?」

 震える声で、僕は最後の悪あがきを試みた。無論、この程度で彼女が引き下がるわけもなく、決壊までの時間が幾許か延びるだけでしかないことは、頭のどこかでわかっていた。

 僕の従姉妹で幼馴染みの女の子は、にゃは、と笑い、何故か格好良い仕種で肩にかかったツインテールを背後に払うと、ウィンクを一回。キメ顔でこう言った。

「大丈夫よ、アタシ【天才】だから♪」

「――――」

 もうダメだった。言い訳の残弾は尽きた。

「……………………じゃあ、お願いします……」

 僕は諦め、〝SEAL〟のストレージからデータ化していた黒玄と白虎を取り出した。目の前のコルクマットの上に、実体化させる。

 僕の深紫のフォトン・ブラッドが煌めき、鞘に収まった白虎と黒玄の柄が現れ、それから――バラバラバラバラ、と刀身だった漆黒の破片が一斉に散らばった。

「――え?」

 ワクワクしながら誕生日プレゼントの箱を開けたら中身が空だった、という感じのフリムの声。

「――――――――あれ?」

 続けて、よく見たら底に大きな穴が空いていた、みたいな疑問符。何にとか、誰にとか、そんな小さなものに対してのではなく。もっと世界とか運命とか、大きなものへ対する疑問点を問い掛けるような、そんな『あれ?』。

 なんで? と。

「…………」

 フリムの時が止まった。粉々に砕けた黒玄の姿を見つめて、固まったまま動かない。

 僕は何も言えない。言えるわけがない。

 ただ、後のことだけは容易に想像できた。だから近所迷惑を防ぐべく、目の前に浮いているフリムの裸足に手を触れさせ、支援術式〈アコースティックキャンセラ〉を発動させた。

 これにより、僕らの発する音は決して外界に届かなくなった。

 その直後だった。





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