リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●4 有名税の納税義務 前



 ハヌとロゼさんと合流し、ルナティック・バベルを出た頃には、すっかり夜の帷が下りていた。

 頭上を見上げれば、月光を受けて青白く輝く巨大な塔が、夜空の遙か彼方まで伸びている。

 その先に見えるのは、大きな大きな丸い月。まるで夜空に空いた大穴を塞ぐ巨岩のようにも見えるそれに、長大なルナティック・バベルの先端が吸い込まれている。

「ラト、今夜も飯の後は別行動するのか?」

 灰色の外套を頭からすっぽり被ったハヌが、フードの奥のヘテロクロミアで月光を反射しながら僕に問うた。並んで歩く彼女の足元からは、いつものカラン、コロン、という軽やかな音が響いている。

「うん、特に今日はいつも以上に武器が傷んじゃったからね。明日のためにもメンテしておかないと」

 黒玄に続いて白虎まで破損してしまってから、僕はエクスプロールの度に武器屋へ足を運んでメンテナンスをお願いしている。さほど時間のかかることではないけど、ハヌとロゼさんを付き合わせるのも悪いので、いつも夕食の後に一人で行っていた。

 ルナティック・バベルを出てすぐ、南の大通りの入り口あたりには、僕達の他にもエクスプロールを終えたパーティーやクラスタがちらほらいて、何やら騒がしく盛り上がっている。戦利品の分配率とか、今日の反省会とか、これからの打ち上げについてとか、話題には事欠かないことだろう。

 ワイワイガヤガヤとにぎやなか中を進んでいると、ふとどこかから、

「お、あれ〝ベオウルフ〟じゃないか?」「え? どれどれ?」「ほらアレ、あの三人連れの」「おお。ってこたぁ、あの小さいのが〝小竜姫〟――いや、〝破壊神ジ・デストロイヤー〟か」「もう一人が他所から来たって噂の〝アンドロメダ〟か?」「アンドロメダ? あたしが聞いた通り名は〝狂戦士ウールブヘジン〟だったわよ?」

 なんて声が聞こえてきた。言わずもがな、〝小竜姫〟と〝破壊神〟はハヌのことだし、〝アンドロメダ〟と〝狂戦士〟はロゼさんを示している。

「――――」

 僕は自分の顔が南の海のごとく青ざめていくのを自覚した。

 ロゼさんについては問題ない。本人に聞いたところ、〝アンドロメダ〟も〝狂戦士〟もドラゴン・フォレストにいた頃に付けられた異名だという。むしろ、そちらの名が通った方がヴォルクリング姓がばれるよりも全然いいだろう、とのことで、これについては僕も同感だった。

 けど、ハヌについてはまずい。

 というのも、ハヌは新たにつけられる異名を楽しみにしているのだ。〝小竜姫〟が気に入っていないというか『小』の部分に不満がある彼女は、先日から「妾の新しい名はどうなるかのう? 妾としては〝天龍〟の名を冠していると嬉しいのじゃがのう。それとも、安直に〝大竜姫〟かのう? その場合は致し方ないからのう、受け入れてやるかのう」なんて、まんざらでもない様子で独り言を宣っていたし、その期待の大きさはもはや計測不能である。

 だというのに。

 それが、よりにもよって〝破壊神ジ・デストロイヤー〟である。しかも〝ザ〟ではなく〝ジ〟。僕につけられた〝怪物ジ・モンスター〟もそうだが、名詞の頭文字が母音でなくても冠される〝ジ〟は強調表現だ。つまり『まさしく』とか『紛れもない』とかいう意味で、この場合『どうしようもなく破壊神』とか『凄まじく破壊神』とか、もっと言うと『破壊神の中の破壊神』『デストロイヤー・オブ・デストロイヤー』的な表現になるのである。

 こんな名前を聞いたら、パンパンに膨れ上がった風船みたいになっているハヌの期待がどうなってしまうことか。

「――? どうかなされましたか、ラグさん?」

「えっ!? い、いいいいえっ、何でもないですよ!?」

 横から心配そうに声をかけてくれたロゼさんに、ビックーン! と身を跳ねさせながら、僕は首を横に振る。

「何じゃラト、顔色が悪いぞ? 疲れが出たのか?」

「え、いや、いやいや、べ、別にそうじゃないけど!? だ、大丈夫だよ!?」

 僕は慌てて身振り手振りを交えて否定し、わりと強引に話題を変えにかかった。

「そ、それより、ご飯どうしようかっ? 昨日も一昨日も同じレストランだったけどっ?」

「? 妾は甘いものが食べられるならどこでもよいぞ」

「私も特に希望はありません」

 僕の唐突な話題転換に怪訝な顔をしつつも、ハヌとロゼさんは昨日と全く同じ答えを返してくれた。

 うん、昨日というか一昨日もそうだったけど、二人の意見を取り入れると、最終的には無難なファミリーレストランに落ち着いてしまうのである。

 とはいえ、僕もこれといって行きたいお店があるわけでも食べたいものがあるわけでもない。

 やっぱり消去法の結果、僕達はいつものファミレスへ行くことになった。



「いらっしゃいませー、ジョイナスへようこそ!」

 というわけで、最近めっきり僕らのいきつけになりつつあるファミリーレストラン『ジョイナス』。

 なんだかんだ言っても、ファミリーレストランというのは便利なところである。メニューは豊富だし、値段はお手頃だし。それにジョイナスは、世界の大都市であれば大体どこにでもあるぐらいのチェーン店なので、味に対する安心感もある。ちなみに、エクスプローラーがよく行く集会所兼カフェ兼バーの『カモシカの美脚亭』は、情報交換や求人募集などあれやこれやをしてくれるだけに、メニューも結構お高い。食事だけが目的ならファミレスの方がよっぽど経済的なのだ。

「今日はこれじゃ! 妾はチョコフルーツパフェを所望するぞ!」

「あ、ダメだよハヌ。昨日も言ったけど、先にご飯食べてからだよ? デザートだけじゃ栄養が足りなくなるからね?」

「大丈夫じゃ。妾の体は菓子で出来ておる。心もクリームのように甘いのじゃ。ラトは知っておろう?」

「うっ……」

 ドヤ顔で胸を張り、意地悪な目線を向けてくるハヌに、僕は言葉に詰まる。

 ロゼさんが小首を傾げ、不思議そうに質問した。

「何の話でしょうか?」

「よくぞ聞いてくれた、実はこやつ――」

「わーっ! わぁああああああっ! そ、そんなことはいいから早く注文しようよ注文っ! ね!? ねっ!?」

 なんてどうでもいい会話をしつつ、僕らは各々の注文を決めた。ちなみに僕がハンバーグ&チキンセット、ハヌはオムライスセット、ロゼさんはシーフードドリアセットである。

 注文を終え、料理が運ばれてくるまでの間、僕は修行中に起こった不思議な出来事をロゼさんに話すことにした。

 バグベアーとの戦闘中、何の前触れもなく起こった不可解な現象。足元から昇ってきた異様な感覚と、それが伝わった剣先に生じた凄まじい威力。あれから何度か試してみたけれど、終ぞ再現は出来なかった。

 僕の話を聞いたロゼさんは、その琥珀色の瞳をやや見張り、

「それは……」

 と何かを言いかけて、そこで舌を止めてしまった。人差し指の腹を唇に当て、なにやら考え込んでしまう。

「え、あれ……?」

 僕としても予想外の反応だったので、ちょっと焦ってしまう。何だかよくわからないけど、やってはいけないことをやってしまったのではないだろうか、と不安が怒濤のごとく押し寄せてくる。

 やがて、

「――沈墜勁、にしては少々威力がありますね……すると、震刃勁でしょうか? それとも……」

 ぶつぶつと、独り言のようにロゼさんが呟きだした。何やらどこかで聞いたことがあるような、ないような単語が入り交じっている。確か、『勁』というのは武術用語だったような気が――

「ラグさん」

「へ……? あ、はいっ」

 いつの間にか記憶の図書館を彷徨っていた僕を、ロゼさんの呼びかけが現実に引き戻した。慌てて返事をして目を合わせる。

 相変わらず無表情に見えるけど実はとても真剣な顔をしているロゼさんは、気遣わしげな声でこう言った。

「残念ですが、そのことについては一度忘れてください」

「え? えと……それは、どういう……?」

 意図をはかりかね、僕は頭に疑問符の花を咲かす。

「恐らくは【偶然うまくいった】のだと思います。ラグさんの才覚もあると思いますが、ほとんど奇跡のようなものだったとお考えください。正直、私も驚いています」

「え、え?」

「どうしたのじゃロゼ、勿体ぶらずに早う説明せよ。妾も気になってしまうではないか」

 僕の隣で一緒に話を聞いていたハヌが、焦れたように横から口を出した。

「あくまで推測ですが」

 と前置きしてから、ロゼさんは説明してくれる。

「ラグさんが仰っている不思議な現象とは、〝発勁〟のことだと思われます」

「「はっけい?」」

 僕とハヌの声が重なった。僕としては聞き覚えがないわけではないけど、かといって耳慣れた単語でもない。

「ええと……それって確か、こう、謎のエネルギーというか……術力とは違う力のこと、ですよね……?」

 キーワードから記憶の検索をした僕に、けれどロゼさんは静かに首を横に振り、アッシュグレイの髪を揺らした。

「よく勘違いされますが、〝勁〟は特別な力ではありません。また、〝SEAL〟や術力と無関係なものでもありません」

 僕のあやふやな知識を柔らかく否定して、ロゼさんは正しいことを教えてくれる。

「〝勁〟とは肉体が持つ〝運動量〟の力でもあり、同時に術力でもあります。また武術には〝経絡〟という言葉がありますが、これは〝SEAL〟の輝紋と関係があります」

「……ほう、つまりは〝氣〟のようなものかのう?」

 ロゼさんの話を聞いてどこに得心がいったのか、ハヌがそう質問した。

 ハヌの言う〝氣〟というものについては、以前聞いたことがある。ハヌが使う〈天剣槍牙〉や〈天龍現臨・塵界招〉などの術式は、彼女曰く〝氣〟を用いて発動するものなのだという。それ故、僕や他のエクスプローラーが使う汎用術式と違い〝SEAL〟のキャッシュメモリに常駐できなかったり、他者にデータとして渡すことも出来なかったりするのだとか。

 ロゼさんはハヌに対して頷き、

「そうですね、〝氣〟という言葉の定義については差違があるかもしれませんが、大筋では合っていると思われます」

 次いで、未だ要領を得ない僕に目線を向けた。

「〝発勁〟というのは、文字通り『勁を発する』ことを意味します。勁とは運動量や術力、つまり体内にあるエネルギーを指します。これを体外に作用させることを〝発勁〟と呼ぶのです。今日、私がご覧に入れた『丈勁』もその一つです」

「体内にあるエネルギー……というと、やっぱりフォトン・ブラッドの……?」

 所謂エネルギーというと、やはりそれしか思い付かない。エクスプローラーに限らず、僕らが普段使用しているエネルギーといえば、フォトン・ブラッド、もしくはコンポーネント由来のものばかりだからだ。

 かつて古代人類には、みんなして赤い血が流れていたという。けれど〝SEAL〟が遺伝子に根付き、進化することによって、血液は種々様々な色と輝きを持つようになった。

 変わったのは見た目だけじゃない。光り輝く血――輝光血フォトン・ブラッドと名付けられたそれは、現実を改竄する力を秘めていたのだ。

 便宜上『現実改竄物質』と呼ばれる血液に潜む力は、〝SEAL〟というハードウェアと〝術式〟というソフトウェアを触媒にすることによって、超常の現象を引き起こすリソースとなる。この力は情報具現化コンポーネントにも含まれていて、フォトン・ブラッドが本人にしか使えない――つまり専用リソースとするなら、コンポーネントは〝汎用リソース〟である。

 知っての通り、フォトン・ブラッドの力は術式によって炎や衝撃波などに変換することも可能だ。

 だからもし、その力を〝SEAL〟を通さず発揮することが出来るのなら――それこそが〝発勁〟ではないかと、僕は思ったのだ。

「それもまた、〝勁〟の一面です」

 僕の問いに、ロゼさんは微妙な言い回しで答えた。

「そもそも〝勁〟とは『力』を意味する言葉です。ですが、人体に宿る『力』は一つや二つではありません。また、内部から発生するものもあれば、外部から取り入れるものもあります。筋力、術力、気力、重力、電磁波、体温、生体電流――枚挙に暇がありません。武術家の間では、これらを総じて〝勁〟と呼ぶのです。言ってしまえば、森羅万象に宿る力全てを〝勁〟と呼んでも差し支えはありません」

 そこでいったん言葉を切り、ロゼさんは僕の顔色を伺う。僕が話について来れているかどうか、確認しているのだ。

 なんとなくだけれど、ロゼさんが言っていることの意味はわかる気がする。

「つまり……体にある色んなエネルギーをまとめて、外部に影響を与えるのが〝発勁〟……ということですか?」

「はい。そういった概念としてご理解ください」

 ということはあの時、柳葉刀の剣先から生じた謎の破壊力こそが、僕の体内にある何らかのエネルギーの発露だったと。そういうことになるのだろうか。

「本来であれば修練を積み、徐々に体内の勁道を開いていくことで発勁は成ります。確かに今日の修行の内容としては、勁道を整える意味もあったのですが……まさか偶然とはいえ、初日から発勁に至るとは思いませんでした。勿論、これまでの積み重ねや素養などもあるとは思うのですが……正直、驚愕と言う他ありません。素晴らしい才能です、ラグさん」

「――!! あ、え、えと、あの……!? あ、ありがとうございますっ! え、えへへ……」

 いきなりどストレートに褒められて舞い上がってしまった僕は、言葉に詰まりながらもどうにかお礼を口にした。「素晴らしい才能です」という言葉が脳内で幾重にも反響して、今にも心に羽根が生えて飛んでいきそうになる。顔の筋肉が緩んでいくのが、自分でもよくわかった。

「ですが」

 とロゼさんが殊更に語調を強め、否定接続詞を放った。

「先程も言ったとおり、そのことは忘れてください。あくまで偶然の産物であり、一瞬の奇跡だったと」

 ぴしゃり、と有頂天になりかけた心をはたき落とすかのように、ロゼさんは僕を戒めた。

「……ふむ。褒めておる割には、随分と厳しい指導じゃのう? 一度上手くいったのならば、それを突き詰めればよいのではないか?」

 上げて落とした感のあるロゼさんの言に、ハヌが小首を傾げた。この指摘にロゼさんは頷きを返す。

「理由はあります。というのも、発勁は成そうとして成るものではないからです。むしろ成そうとして成らず、成そうとしていない時にこそ発勁は成ります」

 何とも哲学的なことを語る。けれど、僕を煙に巻こうとしているわけでないことは、ロゼさんの表情を見ていればわかる。

「発勁は術式でもなければ、特殊な必殺技でもありません。修練の果てに〝身につける〟ものです。鍛練し、勁道を開けば、自然と運勁は会得できています。それを早めるのであれば、やはり勁力については一度忘れ、修行に打ち込むのが一番です」

「な、なるほど……」

 たまさかの偶然に頼ってはいけない。すごい威力が出たからと言って発勁にすがりついていては、逆に成長を阻害する要因となる――そんな風に僕は理解した。

 琥珀色の瞳が真剣味を増し、鋭い視線が釘を刺すように僕を貫いた。

「ラグさん、強くなるための道程に早駆けはあっても、近道はありません。発勁を極めれば容易に強くなれる……ゆめゆめ、そのようには考えないでください。偶然はあくまでも偶然なのですから」

「は、はいっ!」

 一瞬、師匠だった祖父を思い出すほどの迫力だった。弟子の怠慢など許しはしない――そう言うかのような眼力に、僕は自然と背筋を伸ばして返事をしていた。

 よろしい、という風にロゼさんがしっかと頷く。

 と、そこに。

「お待たせいたしましたぁ、こちらご注文の品になりまぁす」

 タイミング良くというべきか、明るい雰囲気のウェイトレスさんが料理を持って来てくれた。ワゴンに乗せて運んできた皿を、手際よくテーブルに並べていく。

「ラト、ラト、よいかっ? もうよいかっ?」

 僕の隣に座っているハヌが、金目銀目を期待にキラキラさせて見上げてきた。体が小さい彼女はお尻の下にチャイルドシートを敷いているのだけど、それでも目線は僕より低いところにある。無意識にだろうか、細っこい足がテーブルの下でパタパタと動いている。子犬だったらここは尻尾を振っているところだろうか――なんて口元を綻ばせながら、僕は頷いた。

「デザートだよね? うん、いいよ」

「よし! そこな女給よ新たな注文じゃ! チョコフルーツパフェ一つじゃあーっ!」

 料理が来たのでデザートを注文していいかという確認に首肯したところ、ハヌは間髪入れず電光石火で新しい注文を繰り出した。

 配膳を終えたウェイトレスさんはにっこりと笑顔を浮かべ、

「はぁい、かしこまりましたぁ。チョコフルーツパフェが一つでございますね? ――すぐにお持ちいたしましょうか? それとも食後にいたしますか?」

「あ、じゃあ食「すぐじゃ!」

 僕の返事をハヌの大声が叩き潰した。ウェイトレスさんは可愛い小動物でも見るかのような色を瞳に宿し、クス、と小さく笑った。

「かしこまりましたぁ。それでは、すぐにお持ちいたしまぁす」

 頭を下げて去っていくウェイトレスさんの背中が見えなくなってから、僕は呆れ半分、諦め半分の溜息を吐く。

「……ハヌ、何もそんなに急がなくても……」

「何を言う。飯を食い終わった時にパフェが届いておらねば時間がもったいなかろう? 昨日は食後じゃと五ミニトも間があったのじゃぞ?」

「つまり、早く食べたいんだね……」

「大丈夫じゃラト。心配はいらぬぞ。食い物を粗末になどせぬ」

 そう言って、ハヌはスプーンを片手にオムライスを食しにかかった。がっついているわけでもないのに、そう小さくもないオムライスが瞬く間に彼女の口の中へ消えていく。

「いただきます」

 ロゼさんも両手を合わせ、シーフードドリアを食べ始めた。最近わかってきたけれど、ロゼさんは基本的に礼儀を重んじる性格らしい。言葉遣いといい、所作といい、堅苦しいほどに真面目だ。と言っても、あくまで〝基本的に〟であり、時にこの人は思いも寄らぬ暴走をするのだけど。

 鼻腔をくすぐる肉の焼ける匂いに、くぅ、とお腹が鳴った。そういえば僕も修行で動き回って空腹の極みだったのだ。じゅわ、と口の中に涎が分泌される。急にたまらなくなって、僕もナイフとフォークを両手で引っ掴んだ。

 鉄板の上でジュージューいっているハンバーグとチキンを交互にナイフで切り分け、もぐもぐと口に運んでいると。

「おい、あれ……『BVJ』だろ?」「あ、マジだ。あの黒髪が噂の〝雷神インドラ〟か」「雷神って?」「ほら、この間の戦いで、空にめちゃくちゃでっかい雷の『Z』が出ただろ?」「あー、あれか。いやでも、俺はあれは〝雷刃王〟の仕業だって聞いたぞ」「ライジンオー? まぁ似たようなコンセプトだし、好き勝手言う奴も多いしな。あだ名も増えるか」「一緒にいるのは破壊神〝小竜姫〟と狂戦士〝アンドロメダ〟か……すげぇ、飯食ってるよ……」「そりゃそうだろ何言ってんだ起きろ」

 三人が三人とも食事に集中して会話が無くなったせいか、周囲から届く注目の視線やら囁き声やらが、やけに際立つ。昨日も一昨日もそうだったけど、あれから一週間も経つのにまるで慣れる気がしない。

 さっきルナティック・バベルを出た時もそうだったけど、どうやら僕達、結構な勢いで有名になっているらしいのだ。それもそのはずで、確かに思い返してみれば『ヴォルクリングサーカス事件』で僕らが繰り広げた戦闘は、それはもう派手なものだった。

 普段は遺跡内で撮影している『放送局』の人達も、あの日ばかりは街のあちこちに出張っていたらしく、いくつもの戦闘動画がネットにアップされていた。その中でも特に再生されているのが、ハヌの〈天龍現臨・天穿龍牙〉の映像である。あれは今思い出しても、本当に物凄かった。まぁ当の本人は現在、僕の隣でリスみたいにオムライスを頬張っているのだけど。

 勿論、僕とシグロスとの一騎打ちや、ロゼさんとハーキュリーズの戦いも録画されていた。そのおかげか、僕やハヌだけじゃなく、ロゼさんの顔も一躍有名になってしまっている。その反面、あちらこちらで好き勝手な二つ名をつけられてしまっているのだけど。

 そんなわけで、僕の異名は〝雷神インドラ〟、もしくは〝雷刃王〟、中には〝破壊神のお供〟みたいな蔑称なども含め、新しいものが雨後のタケノコみたく生まれていた。実際、名を馳せたエクスプローラーには色んな呼び名がつけられる。あのヴィリーさんだって代表的なのは〝剣嬢〟だけれど、他にも〝燃え誇る青薔薇〟とか〝黄金の姫騎士〟とか〝深紅の閃光〟とか、幾つもの二つ名が与えられているのだ。

「そういやベオウルフってさ、あの〝剣嬢〟を振ったらしいぞ」「えっなにそれ!? ヴィリーお姉様があんなチンチクリンに告ったっていうの!?」「いや、俺が聞いたのはあの〝氷槍〟のスカウトを蹴ったとか何とか」「うげ、マジ? 『蒼き紅炎の騎士団』へのお誘い断るとかないわー、マジないわー」

 何だか心臓に悪い噂話が聞こえてきた。事実無根と言えないあたり、余計に気まずい。

 けれど、そのヴィリーさんからは先達としてこんな言葉を戴いている。

「ラグ君、言わせたい奴には言わせておけばいいわ。人の口に戸は立てられないのだから、気にするだけ無駄よ。ああいった手合いを黙らせるのなら、揺るがしようも無い実績。これに勝るものはないわ」

 とのことで、どのような流言飛語が広がろうとも一顧だにする必要なし、というのがヴィリーさんの助言だった。

 でも、それは多分、あの人だから貫ける姿勢なのであって……

「うっ……なんかお腹が痛くなってきた……」

 ハンバーグとチキンを受け止めている胃が、しくしくと泣き始めた。心なしか、ハンバーグもチキンも味が薄くなってきたように感じる。そのくせ空腹感は未だ健在で、もはや痛みの理由がストレスのせいなのか空きっ腹のせいなのか、よくわからない。

「おまたせいたしましたぁ、チョコフルーツパフェでございまぁす」

 粘土でも噛むかのような気分でチキンの切れ端を咀嚼していると、早くもハヌの追加注文が届いた。

「ふほっ! はっへほっはほ!」

 口の中をチキンライスで一杯にしたハヌが喜びの声を上げる。多分、「おお! 待っておったぞ!」と言っているのだと思われる。

「――あの、すみません」

 ハヌの近くにパフェを置くウェイトレスさんに、僕はおずおずと声をかけた。

 そうだ。この腹痛はもう空腹のせいだということにしよう。お腹一杯になればきっと消える。そのはずだ。きっとエクスプロールと修行でくたくたの肉体が、エネルギーを欲しがっているだけなのだ。そういうことで誤魔化してしまえばいいのだ。

 だから。

「……追加注文、いいですか?」

 とにかく、はち切れんばかりに食べまくって胃を鍛えてやる。

 そう決意する僕なのだった。

 ――でも、念のため後で整腸用の薬を買っておこう。


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