リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-
●3 功夫を積め 前
結論から言うと、ロゼさんの「考えがあります」というのは、とても簡単なものだった。
要約すると――
僕が低階層で〝修行〟している間、ハヌとロゼさんがコンビを組み、高階層でエクスプロールしてお金を稼ぐ。
――以上である。
なるほど、実に単純でわかりやすい。けど、ここまで単純でいいのか、とも思えてくる。
でも、そこには歴とした理由があった。
「で、でもそれじゃ、二人の負担が大きすぎるんじゃ……?」
聞いてすぐ抗弁した僕に、ロゼさんは冷静に答えた。
「そこは問題ありません」
「へっ……?」
間抜けな声をこぼした僕に、ロゼさんは言葉を重ねる。
「実を言いますと、現状、三人で一緒に行動するのは少々効率が悪いのです」
「……ふむ。確かにの」
ロゼさんの意見に、少し間を置いてハヌが賛同を示した。僕はびっくりして「えっ!?」と声を上げてしまう。
座り込んだままのハヌは宝石みたいなヘテロクロミアを僕に向け、
「簡単な話じゃ、ラト。今のところ妾らは、おぬしが前衛、ロゼが中衛、妾が後衛という陣形をとっておるじゃろ? しかしの……妾もロゼもその気になれば、【これ】と鎖だけでどうにかなるのじゃ」
これ、とハヌが持ち上げたのは、右手に握った正天霊符のリモコンだ。黒い扇子型のそれを一振りすれば、最大で十二個の護符水晶が宙を飛び交い、敵を打つ。その威力は持ち主の術力に比例するので、ハヌが使えば、それはもう凄まじいまでの破壊力が発揮されるのだ。
「そうです。小竜姫のスレイブ・サーヴァントと、私のレージングル、ドローミがあれば、大抵のSBは撃退できます。勿論、どうしても穴は空くので、そこはラグさんに埋めていただいているのですが――」
いったん言葉を切り、何故かロゼさんはハヌと顔を見合わせる。どうやら二人の間には共通の見解があるらしい。僕が続きを待っていると、ロゼさんがこくりと頷いた。
「――正直、私達の連携はまだレベルが低く、首尾よく機能しているとは言えません。ですので……その……」
またもそこで、奥歯に物が挟まったように口ごもる。
ハヌが語を継いだ。彼女は、くふ、と笑って肩を竦め、
「要するに、じゃ。妾もロゼも、【ラトの動きが気になって思いきりやれぬ】と――そういうわけじゃ。そうじゃろ、ロゼ?」
「小竜姫……」
言えなかったことを代弁してくれたハヌに、ロゼさんが気遣わしげな視線を送る。
「あ……」
流石にここまで言われたら、僕も気付くしかなかった。
つまり、僕の存在が二人の邪魔になってしまっている――いや、足を引っ張ってしまっているのだ、と。
そうだ。二人とも広範囲を一挙に攻撃できる手段を持っている。下手な援護をされるより、むしろ味方などいない方が【思いきり】やれて効率が良いはずなのだ。
思わず短い声をこぼしてしまった僕に、ロゼさんがすかさず頭を下げた。彼女らしくなく、どこか慌てた口調で、
「申し訳ありません、ラグさん。しかし、どうか誤解しないでください。今はまだ、です。今はまだ、三人よりも私達二人の方が効率がよいだけで、パーティーを組まない方がよいという意味ではありません。あくまで、今だけです。ラグさんのトレーニングと、早期に収入を得ることを両立させるなら、【今はまだ】、これが最善なだけなのです」
「いや、それだけではなかろう、ロゼ」
よほど焦っていたのだろう、珍しく畳み掛けるように言葉を紡いだロゼさんを落ち着かせるように、ハヌが口を挟んだ。
「それよりおぬしが案じておるのは、ラトの身であろう? 実を言うとの、妾も気になっておった。ラト、おぬし化生共が現れる度に支援術式を使っておるじゃろ?」
「う、うん……いつもの僕だったら、このあたりじゃまともに戦えないから……」
ハヌの指摘に、僕は頷いた。本来、最前線エリアは僕がいるべき場所ではない。常に強化係数八倍以上でフルエンハンスしておかなければ、いつやられてもおかしくないのだ。
「しかし、それでは疲労が溜まろう。短時間ならば問題なかろうが、それが幾度ともなれば、体力も気力も根こそぎ持っていかれるはずじゃ。実際、昨日も一昨日も帰る頃にはフラフラしておったじゃろ?」
「うっ……」
まさしくその通りなので、返す言葉がない。
SBと遭遇するたびに身体強化を繰り返すのは、集中力のスイッチを頻繁に切り替えるので、かなり疲れる。僕は術力が弱いのでフォトン・ブラッドの消耗は特に気にならないのだけど、精神的疲労が肉体にも影響を及ぼすのか、ここ数日はややバテ気味だった。
「そも、ラトの本領は短期決戦じゃ。逆に言えば長期戦には向いておらん。このままじゃと効率云々の前に、おぬしの体が壊れてしまう。ロゼはそれを心配しておるのじゃ」
「……うん」
ハヌの指摘は正しい。今の僕の戦闘スタイルは、まさしく短期決戦特化型だ。瞬間最大風速はすごいかもしれないが、反面、ピークを過ぎれば大したことはない。これもまた、エンハンサーが敬遠される要因の一つである。
元来エクスプロールは遺跡に長時間潜り、探索やSB狩りをするものだ。実力に見合わない階層で、無理に身体強化をしながらエクスプロールしていること自体、かなりの無茶だったのだ。
「……そうだね……うん、そうだ。確かにその通りだね……」
正直、結構落ち込んではいる。自分が二人の足を引っ張っていたこと。しかもそれに気付いていなかったこと。
けど、それを顔に出すわけにはいかない。ロゼさんの提案は理に適っているし、何より僕の心配をしてくれたことを感謝こそすれ、不満を抱くのは間違っているからだ。
だから僕は顔を引き締め、拳を握り、宣言した。
「――じゃあ僕、頑張る! 頑張って〝修行〟して、もっと強くなる! 強くなるから……だから――だからそれまで、ちょっとだけ待っててくださいお願いします!」
さっきロゼさんにコーチをお願いしたのと同じぐらい、勢いよく二人に向かって頭を下げる。
「うむ。何があろうと、おぬしと妾は唯一無二の親友じゃ。気にするでない」
「ラグさん――本当に申し訳ありません……」
ハヌはいつもの調子で頷いてくれたけど、思いがけず弱々しいロゼさんの謝罪に、思わず顔を上げてしまった。
そこには、飼い主に怒られてしまった子犬みたいに、しゅん、としたロゼさんがいた。俯き、体の前で両手の指を絡め合わせ、琥珀色の視線を斜め下に向けている。
「……言い訳にしかなりませんが……私は、不器用な人間です。言葉の選び方が下手な上、言わなくてもいいことまで言ってしまいます……私はただ、これ以上あなたに無理をさせたくないと……そう思っただけなのですが……」
「ロゼさん……」
心の底から申し訳なさそうなロゼさんの姿に、しかし、僕は逆に勇気づけられた。そうだ、〝ぼっちハンサー〟という蔑称を付けられ、邪魔者扱いされていたあの頃とはわけが違う。
僕達は、同じクラスタの仲間なのだ。
ロゼさんは僕を仲間だと思ってくれていて、心配してくれていて――だからこそ大切なことをちゃんと言ってくれたのだ。
「大丈夫です、わかってますから」
僕はロゼさんに笑って見せた。別に無理はしていない。本当に心からの感謝で、自然と頬が綻んでしまったのだ。
「ラグさん……」
「ロゼさんは優しい人だって、知ってますから。それに、本当にロゼさんの言う通りだなって思います。お金がない今は、別行動をとった方が得策です。僕は無茶をしないで、二人に少しでも追いつけるよう頑張って〝修行〟した方がいい。ですよね?」
「はい――あ、いえ、違います。今の『はい』は肯定の意味ではなく、その……」
声の調子は平坦ながら、話す内容が乱れているロゼさんを、ハヌが不思議そうに見上げる。
「――? どうしたのじゃ、ロゼ。おぬしらしくもない。何をさほどに動揺しておるのじゃ?」
「小竜姫……」
冷静沈着に見えて割と迂闊なことが多いロゼさんが、困ったような無表情でハヌと僕の顔を交互に見る。そして、ついには声にまで困惑が滲み出した。
「その、私は……このようにクラスタに属することはおろか、パーティーを組むというのも初めての経験でして……正直、毎日が戸惑いの連続です。お二人との会話の時も、何をどう言えばよいのか、いまだ正解がよくわかりません。何かの拍子に、おかしなことや、不愉快なことを言うかもしれません。ですが、他意はないのです。ですから、どうか……」
言葉遣いは丁寧だけれど、それはどこか、母親に怒られた子供が悪戯の言い訳をしている姿に似ていた。
俯いたままのロゼさんの指が、何かをこらえるように、ぎゅっ、と握り締められた。
「……どうか、嫌わないでいただけると、幸いです……」
「「…………」」
あんまりといえばあんまりなお願いに、僕とハヌは目を丸くして、互いに顔を見合わせてしまった。
いや、でも――気持ちはわかる。わかってしまう。ずっと一人ぼっちでいた僕には、ロゼさんの言いたいことが痛いほど理解できてしまう。
怖いのだ。自分が他者に受け入れてもらえるかどうか。ありのままの自分が、相手を傷つけてしまわないか。いつだってビクビクしている。自分の使う言葉の内、どれが正解で、どれが間違いで、何がどうなって相手を傷つけたり不快にさせてしまうのか。それがわからない。だから手探りになって、臆病になって、嫌われるのが怖くなって。
けど、それでも、ロゼさんはちゃんと【踏み込んで】きてくれた。だからこそ、僕達に嫌われてしまったかもしれないという恐れを持ち、今の言葉が出て来たのだ。
それはとても勇気ある行為だったと、僕は思う。
「「…………」」
もう一度僕とハヌは顔を見合わせ、やがて一緒に頷き合った。
ハヌが立ち上がり、ロゼさんの服の裾を小さな指で摘まむ。おっほん、と彼女はわざとらしい咳払いをした。
「――ロゼよ、よく聞け。妾の一番の親友がラトであることは変わらぬが……おぬしはアレじゃ。〝一番の仲間〟というやつじゃ。なにせ妾とラトの、初めての仲間じゃからのう。これは大変に名誉あることなのじゃぞ? なにせ世界でおぬし一人しかおらぬ。じゃからの――」
ハヌはそこで言葉に迷い、ちょっとだけ目を泳がせた。ほっぺたが少し紅潮しているあたり、きっと続きを言うのが気恥ずかしいのだろう。けれどすぐさま意を決し、ハヌは真摯な目でロゼさんを見上げ、くふ、と微笑んだ。
「――妾はおぬしを好いておる。断じて嫌いになどならぬ。じゃから……安心せよ、ロゼ」
気持ちは言葉にしてみせないと、相手には伝わらない――かつて、僕とハヌが二人で得た教訓だ。だからだろう。はっきりとハヌは、ロゼさんにその好意を伝えた。
そして僕も。
「ハヌの言う通りです。僕もロゼさんが好きですし、もう家族同然だと思っています。だから、嫌ったりなんて出来ないです。そんなのもう無理ですから」
そう言って両手を伸ばし、ロゼさんの手に触れた。雁字搦めになっているロゼさんの指に手を添えて、柔らかく握る。
「小竜姫……ラグさん……」
絡まっていたロゼさんの指が、ゆっくりと解けていく。
僕らの間に、胸の中に温水が注ぎ込まれていくような、優しい空気が流れた。
そんな中、ハヌの金目銀目にちょっと悪戯っぽい光が瞬く。
「そもそも、逆に妾やラトがおぬしに迷惑をかけることもあるじゃろう。その時、ロゼは妾達を嫌うのか?」
「いえ、私はそのようなことは……」
「そうじゃろう? ならば、妾達も同じと信じよ。おぬしの性格ならばもうわかっておる。多少の失言など意にも介さぬ。おぬしはおぬしらしくあれば、それでよい」
うむうむ、と満足そうな笑顔で頷くハヌ。だから僕も追随して、
「そうですよ。実際、今の僕は二人に迷惑をかけてしまっています……けど、ロゼさんは僕を気遣って、修行を勧めてくれました。そのことが、僕はとても嬉しかったんです。本当にありがとうございます」
お礼を言って、頭を下げた。もう落ち込んでなどいられない。むしろ、早く二人と肩を並べてエクスプロール出来るようになるぞ、とやる気の炎が胸の裡で燃えていた。ロゼさんの心配りに応えるためにも。
ロゼさんは驚いたような瞳で僕とハヌの顔を見つめ、やがて、
「――いえ、こちらこそ……ありがとうございます……」
わずかにだけど、確かに目を細め、柔らかく微笑んだ。
はにかむようなその表情に、僕とハヌもまた、喜びに笑みを深めたのだった。
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