リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●2 オーバー・ザ・トラブル 中



 時は一アワトほど遡る。



「でしたら、支援術式に頼りすぎです」

「えっ……?」

 ふとした拍子に、強くなりたいんです、とこぼした僕を、ロゼさんはその一言でぶった切った。

 場所はルナティック・バベル第一九九階層。最前線にほど近い、強力なSBが出現する高階層。

 一通りSBを活動停止させ、ちょっと小休止を入れていた時のことである。

「ラグさんの支援術式は確かに強力です。フォトン・ブラッドの消費量は少なく、使えば使うほど倍々で効果が上昇していくのですから。しかし、それにばかり頼っていては地力の向上には繋がりません。強さを欲するのであれば、支援術式に頼らない戦い方を覚えるべきです」

 無論、一〇〇〇倍以上の強化係数を使いこなす集中力だけは、他でも無いあなた自身の実力ですが――とロゼさんは厳しい言葉だけでなく、賞賛までしてくれる。

 僕とロゼさん、そしてハヌの三人は、広い通路の脇に寄って身を休めていた。いつもの外套姿のハヌは床に座り込み、壁に背中を預けている。僕とロゼさんは念のため、立ったまま周囲を警戒していた。僕は支援術式〈イーグルアイ〉を使って。ロゼさんは戦闘ジャケットの背中から這い出た四本の鎖を用いて。

「しかしロゼよ、ラトはエンハンサーじゃぞ? エンハンサーが支援術式を使わずして何とする?」

 蛇のように床を這い回る蒼銀と紅銀の鎖の動きを見つめながら、ハヌが素朴な疑問を上げた。別に責めているわけではなく、純粋にわからないから質問したという風である。

 三人でエクスプロールをするようになってから、早くも三日が経過している。気付けば、ハヌとロゼさんは気の置けない人間関係を構築していた。

「小竜姫、それはラグさんが生粋のエンハンサーであればの話です。ですが、ラグさんは剣士フェンサーでもあります。この場合、強さを求めるのであれば、まずはフェンサーとしての力量を高めていくべきでしょう」

 恬淡と語るロゼさんは、エンハンサーでありフェンサーでもある僕と同じように、ハンドラーであり拳闘士ピュージリストでもある。先程から断言口調なのは、彼女なりに強さに対する持論があるからなのだろう。

「エンハンサーとしての成長がどのようなものかは、私にはわかりません。ですがこと近接戦闘においては、私にもそれなりの覚えがあります。その私から言わせてもらえば、ラグさんは――……いえ、その……大変、申し上げにくいのですが……」

 突然、言い難そうに言葉を濁し、ロゼさんの歯切れが悪くなる。その様子から、僕は言い淀んだ先が簡単に予想できてしまった。

「あ、い、いえっ、大丈夫です! わかってますから……はは……」

 むしろロゼさんに申し訳なさそうな顔をさせてしまったことが、僕としてはよほど申し訳ない。

 ロゼさんが言いかけてやめたこと。それはきっと――僕の剣士としての腕が全然なっちゃいない、ということに違いないのだ。

 自覚はあるのだ。

 以前、ベンチマークテストを受けたときの僕の剣術ランクは『B+』。身体強化の術式によって威力だけは加算できるということでプラス判定をもらってはいるけど、最低Eから最大SSSクラスまである中、ランクBというのは言うなれば『素人ではない』ぐらいのレベルでしかない。正直、フェンサーを名乗るのも憚れるほどだ。

 いや、剣術だけじゃない。師匠であった祖父から一通り武器の使い方は習っていて、槍や弓など大抵のものはそれなりに扱えるけども――でも、それだけだ。どれも得物と言えるほど長けているわけではないし、かといってこれから極めていけそうなものもない。唯一誇れるものがあるとしたら、色んな武器をある程度は使いこなせるという、その器用さだけ。

 今の僕が剣を主としているのは、祖父の形見である白虎と黒玄のノーマルモードが脇差しと長巻だったからに過ぎず、それ以上の理由もない。

「――僕はエンハンサーとしても、フェンサーとしてもまだまだ未熟です。全然ダメダメです。それはわかってますから……」

 ロゼさんに皆まで言わせるのは気が咎めたので、僕は自分で自身の不足を口にした。すると、む? とハヌが眉根を寄せる。床にぺたんと座り込んでいる彼女は、その綺麗な蒼と金の瞳で僕を見上げ、口をへの字に曲げた。

「そう己を卑下するでない。自虐しても何も始まらぬぞ。ラト、おぬしが高みに至ることを望むのならば、見るべきは上じゃ。下ではなかろう」

「小竜姫の言う通りです」

 僕の後ろ向き発言にちょっと怒ったハヌの言葉を、ロゼさんが支持した。正式に仲間になってからも、ロゼさんはハヌを〝小竜姫〟と呼んでいる。もう呼び慣れてしまったのと、ハヌの名前を隠したい事情も相まって、〝小竜姫〟が定着してしまったのだ。けれどハヌ曰く――「見ておれ、新たな異名がついた日にはその呼び名を変えてもらうからの!」とのことで、未だ〝小竜姫〟という二つ名はあまり気に入っていないみたいである。個人的にはピッタリだと思うのだけど。

「未熟ということは言い換えれば、これから成熟していくということです。つまり、まだまだ伸び代があるということで、これは喜ぶべきことです。……あなたがダメダメなんてことは、決してありません」

「ハヌ……ロゼさん……」

 自分で自分を貶めた僕を怒ってくれたり、ちゃんと否定してくれた二人に、じーん、ときた。思わず涙腺が緩みそうになる。

 ――ああ、これだ。こういう感じ。これって、本当に『仲間』って感じだよね……! うん、いい、いいなぁ……仲間っていいなぁ……!

 エクスプローラーになって初めて『仲間』と呼べる存在を手に入れた僕は、こんな些細なことでも、たまらなく嬉しくなってしまうのだった。

「ですが今のラグさんに、技の研鑽が足りていないのは確かです。先日のシグロスとの戦いがそれを証明しています」

 ロゼさんは言う。本当なら僕は、もっと楽に奴に勝てたはずだ――と。

「ラグさんが〝SEAL〟のABSオートブレイクシステムを発動させずに扱える強化係数は、五一二倍と聞いています。身体能力的には、それでも充分事足りたと私は考えます」

 まだほんの一週間前のことだ。

 僕はこの浮遊都市フロートライズを恐怖と混乱の坩堝に叩き落とした『ヴォルクリング・サーカス事件』において、最終的に敵のリーダー、シグロス・シュバインベルグとの一騎打ちを演じた。

 その際、僕は身体強化の支援術式を駆使して強化係数を五一二倍にまで引き上げたが、それでもシグロスを倒しきれず、あまつさえロゼさんに大怪我をさせてしまうという不始末を招いた。最後の最後には最大強化係数である一〇二四倍にまで自分を強化して、どうにか勝利を収めたのだけど……

 ロゼさんは琥珀の瞳から冷静な視線を僕に向け、感情の揺れを感じさせない淡々とした声で続ける。

「正しい戦闘技術を習得していれば、より楽に勝てていたはずです。それほどラグさんの動きには【無駄】が多いのです。一〇〇〇倍以上に強化した力を、十全に使いこなせていない――つまり、【技術】が圧倒的に足りていないのです」

 せっかく強化した力のほとんどを活用出来ておらず、大半をロスしてしまっている。これでは穴の空いたバケツで火を消そうとしているようなもので、せっかく大きな器を用意したのに、その意味が全く失われてしまっている――ロゼさんはそう言った。

「のう、ラト。おぬし、師匠とやらから剣術や武術なぞは習っておらぬのか?」

「うーん……そういう本格的なのは、あんまり……」

 金のチェーンサークレットを、ちりん、と鳴らして発せられたハヌの問いに、僕は記憶の抽斗を出し入れしながら唸る。

 武器の握り方、構え方など、本当に基礎中の基礎は習った。けれど、いわゆる『型』や『套路』などといったものを教えてもらったことは一度も無い。師匠からの稽古といえば、スパーリングのような実戦形式がそのほとんどだった。その師曰く、

『わしの戦い方が、そのままお前に合った戦い方とは限らん。自分のやり方は、自分で見つけるものだ』

 なので実際に戦って覚えろ、の一点張りで、これっぽっちも型などを教えてくれなかったのである。

「持てる力を漏れなく発揮するためには、正しい動作が肝要です。動くときの体勢、角度、動かす順番、タイミングなど、力の運用にはそれなりの理論に基づいた【技術】が重要になってきます。つまりはベクトルを――」

 博物館や美術館で流れるアナウンスのようにスラスラと説明をしてくれていたロゼさんが、不意に舌を止めた。

 琥珀色の視線がさっと横に走り、アッシュグレイの長い髪が揺れる。

「――ちょうど良いですね。今から手本をお見せしましょう」

 どうやらSBのポップを感知したらしい。

 ロゼさんが床に這わせている蒼銀と紅銀の鎖は、それそのものがセンサーにもなる優れものだ。僕と同様、ソロエクスプローラーの期間が長かった彼女は、当然ながら優秀な索敵技能を持っていた。ドラゴン・フォレストでもこのように鎖を先行させて、具現化したSBの数や配置を把握してから戦闘に臨んでいたという。

 僕も既に飛ばしていた〈イーグルアイ〉の視覚情報でそれを確認する。

 鈴にも似た金属音を鳴らしながら、流水のごとく伸びている鎖の先で、果たしてそいつらは具現化した。

 巨大すぎる、八本足の黒い馬。

 大型SB〝ニエロ・スレイプニール〟。

 どれほど巨大かというと、天井までの高さが五メルトル前後はあるというのに、もう少しでそこにたてがみが触れそうなほどである。そんな馬鹿げた大きさのSBが二体、僕らの立つ場所から三〇メルトルほど離れた空間に出現していた。

『HHHRRRRRRRRRRRRYYYYYY!』

 横に並んだ二体の漆黒の巨馬が、真紅の双眸を輝かせ、高らかに嘶いた。

 床を這っていた蒼銀の〝レージングル〟、紅銀の〝ドローミ〟が瞬時に引き戻され、ロゼさんの背中へ収納されていく。

 僕は嫌な予感がして、たまらず聞き返してしまう。

「え、あの、ロゼさん……? お手本って、もしかして……」

 名前が長いため通称〝ニエニール〟と呼ばれているあの大型SBは、耐久力こそ及ばないものの、その大きすぎる体格と、そこから放たれる踏み下ろしの威力は、ほとんどゲートキーパー級である。どう考えても多人数で戦いを挑むべき強敵であり、まかり間違ってもソロでぶつかるべきでない相手だった。

 だというのに。

 僕の問いに、ロゼさんはあっさりと頷いた。さっと素早く構えをとり、

「はい。私一人で武器を使わず、あのSBを倒します。よく見ていて下さい」

「えっ、ちょ――!?」

 言うが早いか、ロゼさんはコンバットブーツで床を蹴り、藍色の疾風になった。

 速い。

 おそらくはノーマルな僕の百倍以上の速度で疾駆し、ロゼさんは三〇メルトルの間合いを一息で殺し、いきなり右のニエニールの足元に現れた。

 全長五メルトル近いニエニールのすぐ傍に、身長一六一セントルのロゼさんが立つと、その巨大さがいや増して見える。

 ニエニール達はまだロゼさんの急な接近に気付いていない。奴らの赤い目はまだ僕とハヌがいる辺りを見ている。それほどの速度だった。

「――シッ!」

 ロゼさんの唇から鋭い呼気が発された。

 走った勢いで舞い上がったアッシュグレイの髪がまだ下りようともしていない、そんな刹那。ロゼさんの死神の鎌がごとき回し蹴りがニエニールの足に炸裂した。

 写真に撮って教科書に載せたくなるほど、綺麗なフォームの一撃だった。

『HHRRR――!?』

 ニエニールの口から驚愕の悲鳴が上がる。

 ガクン、と八本ある足の内一本が折れた。関節を曲げたのではない。曲がらないはずの場所が、へし折られたのだ。大人一人が両腕で抱え込もうとしても、向こう側で手を繋げないほど太い足が。

 ぶしっ、と青白いフォトン・ブラッドが傷口からしぶく。

「フッ!」

 ロゼさんの動きは止まらない。回し蹴りで振り抜いた足を床に叩き付け、勢いそのまま後ろ回し蹴りへ繋げる。これまた惚れ惚れするほど美しい運身で、さらに一本の足を叩き折った。

『HHHHHHHRRRRRRRRYYYYYYYY!』

 いきなり二本の足を折られたニエニールと、その仲間がいきり立つ。己の足元にいる憎き鼠を踏み潰さんと、傷付いた巨馬が残る足を出鱈目に動かして踏みつけ攻撃を連発した。

 ニエニールの巨体から生まれる重量エネルギーの凄まじさは、もはや言うまでもない。あんなでかい蹄で踏まれたら、普通なら肉も骨もまとめて潰されてしまう。一発で戦闘不能になるのは目に見えている。

 しかしロゼさんは風に吹かれる柳のごとく、その全てを回避した。それどころか、カウンターとばかりに拳撃や蹴りで次々とニエニールの足を砕いていく。

 一方、未だ無傷な方のニエニールが出し抜けに駆け出した。

 僕とハヌのいる方めがけて。

『HHHHRRRRRYYYYYYY――!!』

 仲間の仇は、敵の仲間でとるとでも言うのか。

 甲高い電子の嘶きと共に、爆発的な踏み込みと強大な脚力が巨体を前へ押し出す。八本の足で純白の床をどよもし、まるで重戦車のごとき迫力で漆黒の馬はこちらに突撃

 できなかった。

「あなたの相手は後です」

 いつの間にか駆け出したニエニールの足や胴や首に、レージングルとドローミが巻き付いていた。

『HHRRRYY!?』

 ロゼさんの戦闘ジャケットの背部から飛び出した蒼と紅の鎖に全身を絡め取られて、ニエニールは凄まじい速度で転倒する。巨体が床に叩き付けられ、鈍い音が幾重にも響いた。僕とハヌのいる所まで床の震動が伝わってくる。

 自分が相手していないニエニールを冷静に緊縛したロゼさんは、引き続き至近の巨馬の相手に戻った。

 といっても、既にニエニールの足は八本中七本が粉砕されている。

「ハァッ!」

 裂帛の気合を籠めた正拳突きが、最後の一本を打ち砕いた。

『HHHHHHRRRRRRRRRYYYYYYYY!?』

 全ての足を破壊されたニエニールの体が崩れ落ちる。が、それよりも速く、ロゼさんが懐に潜り込んだ。

 膝を曲げ、左手は腰に。右腕は弓を引き絞るように背後へ。

「――ハァアアアアアアアアッ!」

 ロゼさんが顔を上に向け、落ちてくるニエニールの腹めがけて拳が打ち上げられた。

「破ァッ!」

 ジャンピングアッパーカット。

 天へ昇る龍のごとき一撃が、迅雷よろしくニエニールの腹部に突き刺さった。

『HR――――――――――――!?』

 あまりの威力に断末魔の声さえ速攻で潰された。よく見るとロゼさんの右拳がめり込んだ箇所は、その周囲の肉が螺旋状に捻れている。コークスクリューブローだ。

 全身の力を総動員した拳が、その威力を一切外に逃がすことなく、一直線にぶち込まれたのだ。

 信じがたいことに、そのままニエニールの活動停止シーケンスが始まった。漆黒の巨馬の姿が青白く薄まっていき、情報具現化コンポーネントへと回帰していく。

 あまりのことに、僕は唖然としてしまった。

 武器も術式も一切使わず、ロゼさんはその身体能力と格闘技術だけで、高階層に出てくる大型SBを一人で倒してしまったのだ。

 これで瞠目するなって言う方が無茶だ。

 だけどこれはまだ、ほんの序の口だった。

 一体目のニエニールのコンポーネントを〝SEAL〟に回収したロゼさんは、次いで鎖で雁字搦めにした二体目へと向き直る。

 ジタバタと暴れる転倒したままのニエニールに歩み寄り、けれど何故か三メルトルも離れた場所で足を止め、腰を落とした。

 構える。

「――?」

 あの間合いでは拳どころか蹴りも届かない。この戦闘は僕に力と体の運用の手本を見せるためのものなのだから、ここに来て術式を使うというのも考えにくい。

 何をしようというのだろう?

 そう疑問に思っていたら、突如、雷鳴のような大気の振動が僕の耳を劈いた。何かと思えば、それはロゼさんの足が床を踏みしめた音だ。左足を前へ、右足を後ろへ。踏みつけた力が強すぎて、凄まじい音を響かせたのだ。

「!」

 その瞬間、僕は息を呑んだ。ぐっと腰を下ろし、腕を脇に引き寄せ、静止したロゼさんの姿に、何やら得も言えぬ『力』が集まっていくのを感じた。

 あれはただ構えをとって止まっているのではない。動的な静止――なんていうと矛盾した言葉になるけれど、そうとしか言い様がなかった。術力ではない、得体の知れない『何か』が、ロゼさんの体に吸収されていく。溜め込まれていく。

 やがて、全身に圧縮した力を解放する瞬間が訪れる。

「――破ッ!」

 鋭い発声と共に、ロゼさんが全身を捻るように右拳を突き出した。

 当然、拳は空を貫き、ニエニールには届くはずもない。

 なのに。

 ズドン! という砲声にも似た大気の破裂音が轟き、離れた場所にいる僕の腹の底まで響いた。

『HHHHHRRRRRRRRRYYYYYY!?』

 体内で火薬が爆発したかのように、ニエニールの巨体が大きく跳ね上がる。

 ――え……?

 直後、まるで陸に上がった魚のごとく暴れ回っていたニエニールの動きが止まり、ぐたりと崩れ落ちた。

 活動停止シャットダウンシーケンスが始まった。青白い粒子を撒き散らして薄まっていくニエニールは、しかしコンポーネントに回帰することなく、ただ消滅していく。

 理由は単純だ。体内にあったコンポーネントそのものが、直接砕かれたのだ。

 信じられない。直接触れてもいないのに、術式を使ったわけでもないのに。一撃でSBの核である情報具現化コンポーネントを破壊するだなんて。

「……すごい……」

 我知らず、呟く。

 ロゼさんがピュージリストとしてもエクスプローラーとしてもかなり強い人だというのは知っていたつもりだけど、まさかここまでとは。

「見ていただけたでしょうか、ラグさん?」

 ニエニール二体を秒殺してのけたロゼさんは、僕らのところへ戻ってくると、開口一番そう聞いた。その顔は変わらず平静のままで、自分がやったことを自慢するような素振りは一切ない。出来ることをやった、こんなのは当たり前だ――そう言うかのように。

「このように正しく力を運用すれば、術式に頼ることなくSBを倒すことも可能です。もちろん、術式を使うなと言っているわけではありません。術式は便利で強力なものですが、それに頼りすぎると、人間が本来持つ力と技の研鑽が疎かに――」

「――お、おおおおおおーっ!? ロゼっ、ロゼおぬしぃーっ!?」

 平然と解説を続けようとしたロゼさんを、ハヌの大声が遮った。気付けばハヌは立ち上がっていて、金目銀目に好奇心という名の輝きを撒き散らし、興奮を隠しきれない顔でロゼさんを見上げていた。

「何じゃ、今のは何じゃ!? 何をしたのじゃ!? 妾は見たぞ! おぬし、触れもせずにあの化生を倒したであろう!」

「小竜姫、落ち着いて下さい」

 ロゼさんは冷静だ。動物園でパンダを見つけた子供みたいにはしゃいでいるハヌを、静かな声で宥めようとする。

「術力は感じなかったのじゃが、一体どういう原理なんじゃ!? わ、妾にも出来るのか!? あれは妾にも出来ることなのかのう!?」

 ワクワクが止まらないという風のハヌは少しも落ち着かず、さらに質問を繰り出した。というか、単純に『自分もやってみたい』欲が丸出しになっている。

 急かすハヌに、ロゼさんはゆっくり言い聞かせるように説明した。

「先程のはいわゆる『遠当て』、もしくは『丈勁』と呼ばれているものです。詳しい説明は省きますが、要は打撃する位置を【ずらす】技術です。会得するにはそれなりの時間と鍛練が必要ですが、理論上は小竜姫でも可能です。と言っても、早くとも三年ほどはかかると思いますが」

 ロゼさんがそう言った途端、ハヌの目から光が消えた。一気にテンションが下がる。俯いて唇を突き出し、

「……何じゃ……すぐには出来ぬのか……」

 しょぼん、という音が聞こえてきそうなほど落胆するハヌ。

 そんな現人神の少女をよそに、ロゼさんが琥珀の瞳を僕に向け、問い掛けた。

「ラグさん。私が修めているのは武術ですが、あなたが磨くべきは剣術です。違う点は多々あるとは思いますが、しかし、大元を辿ればどちらも【肉体を操る】という点で共通しています。――どうでしょう? もしよろしければ、私がラグさんの〝修行〟――トレーニングのコーチをさせていただくというのは?」

「――えっ!? い、いいんですか!?」

 思っても見なかった申し出に、我知らず声が高くなってしまった。

 自分の未熟は知っている。けど、それでも強くなりたいという願望がある。だから、どうすればもっと強くなれるのか。最近の僕は、ずっとその方法を模索していた。

「はい。どの流派でも共通している基礎理論であれば、剣術においても充分適用できるでしょう。その程度でよければ」

 そんな僕にとって、この降って湧いたような提案はもはや天恵に等しかった。

「ぜ、是非もありません! むしろこちらからお願いしたいぐらいですから! よ、よろしくお願いします!」

 慌てて姿勢を正し、腰を折って頭を下げる。ロゼさんの強さ、その研ぎ澄まされた技は先刻目にした通りだ。僕の知っている人の中では、剣嬢と呼ばれるヴィリーさんを除けば、これ以上の先生はいなかった。

「はい、承りました」

 顔を上げると、ロゼさんが微笑直前の面差しをしていた。けど、僕にはわかる。あれは、ロゼさん的には優しげに笑っている状態なのだ、と。

 だけど、ロゼさんは急に表情を引き締め、

「ただ、先に言っておきます。私はあまり加減を知らない女です。少々厳しい〝修行〟になるかもしれませんが……」

「だ、大丈夫です! 頑張ります! 超頑張ります! 何でもしますから、遠慮無く言ってください!」

 僕の心配をしてくれるロゼさんに、皆まで言わせることなく即座に首肯した。どんなトレーニングだって構うものか。今より強くなれるのなら、僕は何だってやってやるつもりだった。

 ロゼさんは、よろしいでしょう、と頷く。

「それでは早速ですが、軽いレクチャーの後、それを実践していただきます。実は以前から〝修行〟についてご提案させていただこうと思っていたので、既にいくつかプランを考えてあるのです。これからその一つを実施しましょう」

「え……い、今からですか?」

「はい。善は急げと申しますし、明日出来ることは今日やろう、明日やろうは馬鹿野郎とも言いますから」

 抑揚の薄い口調でしれっと厳しい事を言うロゼさん。

「は、はは……そ、そうですね……」

 すっかり忘れていた。そういえばロゼさんって見た目に依らず、意外とせっかちな人だったのだ。

 とはいえ、さっきの今で急な話だけど、僕のために前々からトレーニングメニューを考えてくれていたというのは純粋に嬉しい。きっとあの戦いの後ぐらいから、ロゼさんは僕を鍛えなければならないと思っていてくれていたのだ。ただ彼女の性格からして、差し出がましいかもしれない、と考えて控えていただけで。

 こうして、ロゼさんが出した第一の〝修行〟の条件が、

「攻撃術式と支援術式を封印し、剣技だけで低層のSBを倒し続けてください」

 というものだった。

「当然ですが、漫然とSBを倒すだけではいけません。どうすればより強く、より速く動けるか。効率的な身体操作を心掛け、無駄を省く工夫をしてください。そうして、自分に合った【最適解】を見つけるのです」

 それこそが〝研鑽〟なのだと、ロゼさんは言う。

 けれど、その〝修行〟内容に一つ懸念点があったので、僕はそれを確認する。

「あ、でも、それだと収入が……」

「その点なら大丈夫です。考えがあります」

 ルナティック・バベルの低階層でエクスプロールすれば、ポップするSBも弱くなり、自然と安全度が増す。だからこそ術式を封印して、剣だけで戦うなんてことも可能になる。

 けれどそれは典型的な『ローリスク・ローリターン』であり、入手できるコンポーネントの質も下がってしまうため、換金した際の報酬が減ってしまうのだ。

 常ならば、別段そんなことは気にしなくてもいい。数日ぐらい収入が減ったところで、これといった問題は起きない。

 だけど。

 今は少々事情が違う。

 何故、僕らがそんな事を気にしているのかというと――

「現在、私達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』は財政難ですからね。とにかく少しでもお金が欲しい時期ですので、そこはどうにかしましょう」



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