リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●1 フラッパーガール




 浮遊都市フロートライズは、毎日が雲一つない快晴である。

 活気づく街は、ほんの一週間前にあった大事件のことなど早くも忘れたかのように賑わっている。

 フロートライズ中央区、西側ウエストサイドにある大通り――ここは都市自治体から『自由取引市場』として特区認定を受けている地域だ。

 それ故、大通りの両側には所狭しと露店が建ち並び、いつしか『露店街』と呼ばれるまでになった。

 先の『ヴォルクリング・サーカス事件』ではこの露店街も壊滅的な損害を受けたはずだが、今ではすっかり元通り――否、むしろ以前よりも賑やかさを増して盛り上がっていた。

 どこを向いても人、人、人。狭いはずがない大通りを、ほんの十数メルトル先も見通せないほど人が埋めつくしている。

「へぇ、さっすが都会ねぇ。人通りパないわぁ……!」

 そんな露店街の入り口から少し離れた場所で、人々の様子を窺っている人物が一人。

 すらりとした少女である。純白のブラウスに紫のショートネクタイ、黒のサスペンダーに同色のショートジャケットとホットパンツという、実にボーイッシュな格好。

 ショートネクタイと同じ色のリボンで結われた黒髪の長いツインテールもかなり目立つが、それ以上に異彩を放っているのは、太股の半ばまでを包み込むロングブーツである。

 一言で言えば、ごつい。

 色も服装に合わせているのだろうか、漆黒のそれは、全体的にはスマートなシルエットでありながらゴテゴテと装甲板やら放熱フィンやらが取り付けられており、誰がどう見ても『履き物』ではなく『武器防具』にカテゴライズされるべき一品であった。

 実際、道行く人々の六割ほどが少女のことを振り返り、二度見している。しかし当の本人はまったく気にしておらず、どこ吹く風であった。

 短く切った前髪の下にある、やや吊り目がちなアメジストの瞳がキョロキョロと動き回り、やんちゃな口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「……ま、師匠からはお使い頼まれただけだし? 寄り道するなとは一言も言われないし? ……べぇーっつにっ、ちょぉーっとぐらいっ、遊んじゃってもっい・い・わ・よ・ねぇー? ……ねー? ねー♪」

 どこの誰に言い訳しているのか歌うように言って、少女は人混みに飛び込んでいった。長いツインテールがマフラーのように翻り、本体に追従する。

 その足取りは、見るからに重そうなブーツを履いているにも関わらず、まるで踵に羽でも生えているかのように軽やかだった。

 露店街に足を踏み入れた少女は、全力ではしゃぎ始めた。

 とある機械パーツ屋の前を通りがかっては、

「うっっっわっ! なにこれ安っ!? ちょ、おじ様! これちょうだいこれ! うんうんあるだけ全部で!」

 と、ダンディな髭を蓄えた店主に願い出たり。

 牛串やら豚串やらを焼いている屋台の前を通っては、

「はぁぁぁぁジューシィーなにほひ……! ちょ、おっちゃん! それとそれ二本ずつちょうだい! 二本ずつね!」

 と、脂の焼ける匂いと煙を立ち昇らせる串焼きを、四本も注文したり。

 路上にシートを敷いて武器を並べている店に首を突っ込んでは、

「えっなにこれっ!? 高価くない!? どう見ても機構メカニズムも入ってないし超殻カウリングも施されてないでしょ!? なんでこんな値段になんの!?」

 と、正々堂々真正面からケチをつけ、禿頭の店主に「あっち行けコンチクショー!」とどやされたり。

 やりたい放題であった。

 ちなみにこの武器屋は、駆け出しやにわかのエクスプローラーをカモにするぼったくりである。少女の目利きは決して悪くない。

「っるさいわねぇこのぼったくりハゲッばぁーか!」

 茹で蛸みたいに真っ赤になった店主にあっかんべーして、にゃはははは、と笑いながら少女は逃げる。

 この雑踏だ。ちょっと紛れ込むだけで誰がどこに行ったかなんてわかりやしない。

 それからも少女は飛び石の上を渡るように露店街を縦横無尽に飛び回り、怒涛のごとくショッピングを楽しんでいく。

 と、そこに、

「ハァイお嬢さん、お一人ィ?」

「ふぇ? ははひ?」

 背後から声をかけられ、先程新たに購入したフランクフルター・ヴルストを咥えていた少女は、ツインテールを揺らして振り返った。ちなみに「え? あたし?」と言っている。

 振り向いた紫の瞳に、いかにも女を引っ掛けに来ましたと言わんばかりの優男が映った。よく見るとその後ろにも三人、似たような雰囲気の男達が軽薄な笑みを浮かべて立っている。

 代表して声を掛けてきたであろう茶髪の男が、にこやかに手を振って少女に近付いた。

「可愛いねー、良かったら俺達と遊ばない? ――あ、腹減ってんの? だったら美味い店知ってるよ。一緒に行こ?」

 目ざとく少女の口のフランクフルトと、胸に抱きかかえられた肉まんの紙袋を見て取り、茶髪は即興で誘い文句を繰り出した。

「そーそー、もっといいもの喰わせてやるって」「君みたいな可愛い子、見たことないよ。この街は初めて?」「何だったら観光案内もしちゃうよー、ああ遠慮しなくてもいいって! 気にしない気にしない! な?」

 便乗して、他の男らも少女に声をかけてくる。強いて特徴を挙げるなら、発言した順に鼻ピアス、赤シャツ、ノッポといったところか。彼らは遠慮など微塵もない馴れ馴れしい態度で近寄り、彼女の逃げ道を潰すように半円を作っていく。

 が、

「…………」

 もぐもぐ、と太いソーセージを咀嚼しながら呑み込んでいく少女の目は、ドブ川のほとりに生える雑草を見るそれだった。

 なるほど、確かに少女はスレンダーでありながら出る所は出ている上、それらを強調するかのように身に纏っている服はやたらとタイトだ。器量だって悪くない。男好きがするのも当然である。

 だがそれ故、ティーンズモデルと並べても遜色ないプロポーションの上を、男達の野卑た視線が無遠慮に這い回っていた。

 あまりにも露骨で不躾な目線に対し、ようやく口内のものを嚥下した少女は――しかし、にっこりと微笑んだ。

 右手に握っていた串はそのままに、ぐっ、と親指を立て、男達に向かって突き出す。

 茶目っ気たっぷりにウィンクを一つ。実に可愛らしい声で、

「うっせぇクソ共てめぇの●×△でも咥えて窒息して果てろこのゴミムシが♪」

 くるり、と手をひっくり返し、親指で地面を突き刺すジェスチャーをとった。

 意訳――地獄に落ちろ、である。

「――へ……?」

 好感触の手応えから、全く真逆のことを言われてしまったからか。男達は浴びせられた言葉の意味をすぐには理解できず、しばし間抜けな顔を晒した。

 にゃは、と少女は小悪魔のように笑う。

「じゃ、そういうことだから。アデュー♪」

 あっけらかんと突き放し、容赦なく踵を返して歩み去ろうとする少女。

 だが、男達にしてみればそうは問屋が卸さない。

「え、えっ!? いやおい!? ちょ――待てよ!」

 咄嗟だったのだろう。ここまで好き勝手なことを言われて黙って帰すわけにはいかない、何か一言ぐらい言い返してやろう――そんなところだったはずだ。悪気が無かったといえば嘘になるだろうが、特別ひどいことをしてやるつもりも無かったはずである。

 しかし。

 少女が背中を向けた直後、その動きに吊られて彼女のツインテールの片方が宙を舞っていた。それがちょうど、男達の鼻先をかすめ過ぎようとしていた。

 あろうことか、それを男の一人――茶髪が反射的に手で掴んでしまったのだ。

 当然、歩き出した彼女はそれに気付かず進もうとして――すぐに、ビンッ、と髪が張り、つんのめった。

「――たっ……」

 と、思いがけず静かで押し殺した声が、少女の唇から漏れ出た。

 ピタリ、と凍りついたように少女の動きが静止する。

 どことなく不自然で、何かのスイッチが入ったロボットのごとき止まり方だった。

 だが少女が立ち止まったことに、髪を掴んだ茶髪はまるで鬼の首でも取ったかのように笑みを浮かべる。

「――おいおい彼女ォ? 今のはちょっとヒドくない? 俺らさー、別に君に悪さしようってわけじゃ」

「触ったわね」

「なくて……えっ?」

 自分の台詞を切り裂いて放たれた一言に、男は胸に矢を受けたかのごとく舌を止める。

 恬淡な少女の声には、そうさせるだけの凄味があった。

 微動だにしないまま、少女はもう一度繰り返す。

「触ったわね」

 何に、というのは問うまでもない。彼女はさらに繰り返す。

「アタシの髪に、触ったわね」

「え、あ、ああ……」

 茶髪は少女の後頭部と、自身が握っている髪房との間で視線を往復させる。

 すると、

「まだ触ってる」

 針を突き刺すように、どこまでも静かな声で少女は告げた。

「ッ――!?」

 その背中から放たれる圧倒的な迫力に、茶髪は電流を受けたかのごとく身を震わせ、髪から手を離した。はらり、と長い黒髪が垂れ下がる。

「十二セカド」

 またしても、端的な言葉が少女から男へと突き付けられた。

「……え、え……?」

 要領を得ない茶髪に、ガラス片のように尖った声が答えを教える。

「アンタがアタシの髪に触ってた時間」

 少女は先程から、ひたすら事実のみを口にしている。男が髪に触ったことを指摘し、その間に流れた時間を告げているだけに過ぎない。

 だというのに。

 ただそれだけのことに、何故か茶髪は喉を締め上げらたかのごとく言葉を失い、他の男達もまた、その姿を固唾を呑んで見つめてしまう。

「〝髪は女の命〟って言葉、知ってる?」

 少女の言葉は疑問形でありながら、決して問いかけなどではなかった。それが証拠に、彼女は答えを待つことなく立て続けに次を口にする。

「アンタ、薄汚い手で自分の〝命〟を触られたら、どう思う?」

「あ、え……っと、その……」

 ここに来てようやく、茶髪――否、男達全員が気付いた。

 踏んではいけない地雷を踏んでしまった――と。

 気付けば、周囲の人々も異常な雰囲気を察知してか足を止め、何事かと集まってきていた。いつの間にやら人通りの多いこの場所において、少女と男達の周辺だけがポッカリと空いている。

「なんだなんだ?」「喧嘩? 痴情のもつれ?」「お? 女の子の方、可愛いなぁ」「うおっ、太股まぶしっ」「男側の人数、多くない? 修羅場?」「ナンパ失敗じゃないの? うわダサっ」「おいおい野郎共負けてんのかー?」

 集まってきた野次馬が、口々に好き勝手なことを言ってざわめきだす。

 そうして出来上がった『場』に、さらに少女の声が響いた。

「別に悪さするつもりはなかった? あんな下心丸出しの顔と態度で近付いてきておいて?」

 霜の降りた声音で、少女は嘲笑う。

「あのね、自分が何やったかちゃんと理解してる? 見ず知らずの他人に、いきなりタメ口の馴れ馴れしい態度で近付いてきて、なおかつ下品な目付きで人の体をジロジロと眺め回したのよ? まずそれが失礼だと思わなかった? やっちゃいけないことだってママから教わらなかった?」

 はっ、と吐き捨てる。

 続く少女の口調から、嘲弄の波動が消えた。

「挙げ句に、こっちが当然の報復として同じぐらいふざけた対応で突っぱねたら、こともあろうに、アタシの自慢の髪を掴んで引っ張ったのよ? それがどんだけ自分勝手な行動だったのか……アンタ本気でわかってんの?」

 代わりに声に籠もり始めたのは、マグマのごとき怒気だった。

 不意に熱波のようなものが少女の背中から噴き出し、大気を揺らした。結ってなお尻に届くほど長いツインテールが蛇のごとく浮かび上がり、少女の周囲の風景が蜃気楼のごとく揺らめき始める。

 というのは修辞表現ではあるが、実際、男達の目にはそのような光景が映っていたはずである。そう幻視させるほど、少女の赫怒は明らかだった。

「世の中にはね、やって良いことと悪いことがあんのよ」

 ついに少女が動く。

 すっと背筋を伸ばし、男達に振り返る。

 研ぎ澄まされた刃のごとき紫の瞳が、四人の男の顔を切り裂いた。

「――ブチ殺すわよ、クソ●×△共が……!」

 憎悪に塗れたその罵倒が、完全にそこからの流れを決定づけてしまった。

『うっ……!?』

 少女の迫力に気圧され、男達は揃って呻き声をこぼす。

 だが――男達にだって面子があった。意地があった。

 ここが人目のない場所であれば、すぐまた次の女を捜すために適当に謝罪して、とっとと逃げるぐらいの理性はあっただろう。その程度の冷静さなら残されていたはずだ。

 しかし今や衆人環視の中、ここまで馬鹿にされてそう易々と退散するわけにはいかない。

 男達は、ごくり、と喉を鳴らし、

「……じょ、上等じゃねえか! さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって! やれるもんならやってみろってんだよ! なぁ!?」

 茶髪が啖呵を切り、背後の仲間達を煽った。彼らもまた「おうよ! ちょっと声かけてもらったからって調子乗ってんじゃねぇぞドブス!」「テメェ程度なら掃いて捨てるほどいんだよバァーカ!」「二度と外歩けないほどボコってやんよコラァ!」と同調する。

 激昂する少女と男四人に、周囲の人の輪が俄然盛り上がった。歓声が上がり、手が叩かれ、騒ぎの炎が焚き付けられる。

 ここ露店街は血気盛んなエクスプローラーが集まることもあり、喧嘩や揉め事などは日常茶飯事だ。むしろ一種のお祭り感覚ですらある。故に、刃物など明らかな武器でも取り出さない限り、誰も止めようとせず、警察機構に通報したりもしない。

 火に油を注ぐ喝采だけが、この場を取り巻く音楽だった。

 男達を睨み付ける黒髪ツインテールの少女が、ふと口元に不敵な笑みを刻んだ。厳ついロングブーツの爪先が、何かを確かめるように石畳をコツコツと蹴る。

 口火を切ったのは、勿論少女からだった。

「よっ――と」

 ぐんっ、といきなり少女が深く沈み込んだ。かと思えば、すぐ飛び跳ねるように立ち上がり、空に向かって右手を振り上げる。

 ヒュン、と風を切ってその手から離れていくものがある。

 紙袋だ。

 胸に抱えていた肉まんの紙袋を、少女は全身のバネを駆使して空高く放り上げたのだ。

『――!?』

 その場にいた全員が虚を突かれた。

 男達だけではない。周囲の野次馬連中までもが揃って空を見上げ、いつの間にか口がきちんと閉じられている紙袋を目で追った。

 雲一つないフロートライズの蒼穹に、ぽつんと浮かび上がる肉まんの紙袋。

 そんな空白の隙間に、

「――起きなさい、〝スカイレイダー〟。ちょっとクズ共をしばき回すわよ」

 少女が誰にともなくそう話しかけた。すると、

『certainly(承知しました)』

 どこからともなく機械合成と思しき男性の声が応答した。

 合わせて、漆黒のロングブーツの表面に紫の光線が幾筋も走り、電子回路にも似た紋様を描く。装甲板や放熱フィンの隙間をアメジスト色の輝きが駆け巡る。

 両膝のあたりから徐々に高くなっていくモーター音が生まれ――突如、〝スカイレイダー〟と呼ばれたロングブーツが変形を開始した。

 装甲板が開き、放熱フィンが広がる。ギンヌンガガップ・プロトコルによって情報内蔵されていたパーツが付加され、ロングブーツではなく、『武器』としての姿へと変貌していく。

 そうして出来上がるのは、どこまでも攻撃的なシルエットの戦闘ブーツ。

 瞬く間に変形を完了させた戦闘ブーツ〝スカイレイダー〟は、禍々しいほど鋭角的な形状をしていた。色合いも相まって、全体から不吉な雰囲気が醸し出されている。もし女悪魔が鎧を纏うとすれば、このようなグリーブを身につけるのではないか――そう思わせるほど凶悪なデザインだった。

 ほんの数瞬で徒手から武装状態へと移行した少女は、今なお上空に浮かぶ紙袋を見上げている男達に向かって、その一歩を踏み出した。

 不敵な笑みが、一転して好戦的なものへと変化する。

「まぁ死なない程度には――」

 真っ先に狙うのは、やはり至近にいる茶髪の男だった。薄汚い手で女の命ともいえる髪を掴んだ、許しがたき大罪人。

 少女の姿が高速でブレた。

 まるで瞬間移動でもしたかのように、空中、茶髪の目の前に忽然と現れる。

「――手加減してあげるわよクソ男ッ!」

「へっ?」

 ぽかんと空を見上げていた男が我を取り戻した時には、既に〝スカイレイダー〟の蹴りが、唸りを上げて彼の目の前に迫っていた。

 袈裟斬りのごとく、右上から左下へ走る蹴りが紫の輝線を描き、茶髪の側頭部にぶち込まれる。

「――!?」

 悲鳴をあげる暇すらない。

 少女が繰り出した凶悪な空中回し蹴りが茶髪の耳の上にめり込み――次の瞬間、衝撃が爆ぜた。

 サンドバッグが破裂したかのような凄まじい音が鳴り響き、茶髪が横倒しで地面に叩き付けられる。石畳の上でバウンドしても殺しきれなかった勢いに大きな体がごろごろと転がる頃には、茶髪の意識はとっくにお花畑へと旅立っている。

『なッ――!?』

 落雷にも似た轟音に、今更になって他の男達と観客とが視線を地上に戻した。そして、誰もがそこに転がる茶髪の姿に息を呑む。

 そんな中、トッ、と軽やかな音を立てて着地したツインテールの少女に、残る男の内二人が慌てて襲いかかった。鼻ピアスと赤シャツだ。

「――て、てめぇ!」

「ざけやがって!」

 怒り狂う男達に比べれば、少女は小柄だ。二人がかりで取り押さえれば後はどうとでもなる。そう考えたのだろう。

 左右からの挟み撃ち。両腕を広げて覆い被さろうとしてくる男二人に、少女は冷静に視線を走らせ、次の動きに出る。

「ふざけてる? あたしが?」

 すっ、と宙を滑るように――否、比喩ではなく、実際に爪先が地面から一セントルほど離れている――少女の体が、高速で後退した。

「「!?」」

 あまりに動きが滑らかすぎて、少女が視界から消えても男達は即座の対応が出来なかった。目標を見失い、眼前に現れた互いの顔に驚愕する。

「「――ぐあっ!?」」

 衝突。二人の男は勢いよく額をぶつけ合い、仲良く身を仰け反らした。

「――はっ、ふざけてるのはアンタ達でしょ?」

 スケーターのごとく宙を滑って男達を避けた少女は、疾風のように旋回し跳躍。再びその姿がブレ、次の瞬間には顔を押さえて痛がる男二人の頭上に現れた。

 ムーンサルトジャンプ。空中で体の上下を入れ替え、頭を下にした少女は、燃える紫炎のごとき視線を真下の男達に突き刺す。

 転瞬、その顔が憤怒に染まった。

「――誰がドブスだゴラァ!」

 怒号と同時、戦闘ブーツが何も無い空中を勢いよく蹴っ飛ばした。見えざる巨人の手に叩き落とされたかのごとき急加速。紫の残光を曳く流星のような飛び蹴りが、少女をドブス呼ばわりした男――赤シャツに叩き込まれた。

「ぐばあ――ッ!?」

 胸のど真ん中に直撃を受けた赤シャツが背中から倒れ――さらには石畳を砕いてめり込んだ。

 砕けた石畳の破片が宙を舞う、ほんの僅かな瞬間。急激な機動に置いて行かれた少女のツインテールが、まるで鬼の角のごとく天を向いている、そんな刹那。

「こっちが下手に出てりゃ、ですって? それはこっちの――」

 そこに見えない壁があるかのように、またも漆黒とアメジストの〝スカイレイダー〟が何も無い空間を蹴りつけた。

 三度、少女の姿が掻き消える。

「――台詞だっつーのよッ!」

 そして出現したのは、額を手で押さえる鼻ピアスの直上。ダンゴムシのように丸めた体から、すらりと長い右脚が太陽に向かって伸び上がり、〝スカイレイダー〟のヒールが陽の光を浴びて煌めく。

 次の瞬間、稲妻のごとき踵落としが炸裂した。

「ぐべあッ――!?」

 鉄槌にも似た一撃を脳天に受けた鼻ピアスは、白目を剥き無様な断末魔と共に崩れ落ちる。

 その時だった。

「――〈烈火鷹爪〉!」

 鼻ピアスを沈めた少女の背後から、攻撃術式の起動音声が放たれた。〈烈火鷹爪〉――汎用の格闘術式で、巷ではポピュラーなものの一つである。

 素早く振り向いたアメジストの瞳に、真っ赤な炎に包まれた貫手が映った。発動させたのは言うまでもなく、男共の最後の一人――ノッポである。

「――ッ!」

 ツインテールの少女は神速の反応を見せた。何も無い宙に立っている状態で、瞬時に〈烈火鷹爪〉を迎撃する後ろ回し蹴りを放ったのだ。

 高い位置から奔る紅蓮の貫手と、鋭く空を裂く戦闘ブーツのヒールとが、音を立てて激突する。

 互いの威力が拮抗し、少女とノッポの体が申し合わせたように硬直した。

『おおおおおおおおおおおおお――――ッッ!?』

 周囲の人だかりから賞賛半分、驚き半分の歓声が上がった。予想以上にエスカレートし始めた喧嘩に、観客の興奮も天井知らずに昂ぶっていく。

 膠着に陥った状態で、少女は鋭い視線をノッポに突き刺した。興奮を隠しきれない男の顔には、黄土色に輝く〝SEAL〟の幾何学模様が浮かび上がっている。

「……こんな街中で攻撃術式? アンタ正気なの?」

「うるっせぇッ! そっちが先に武器を出したんだろうがッ!」

 弾かれたように唾を飛ばして喚くノッポに、少女は、はっ、と息を吐いた。

「流石に攻撃術式ほど危なくないわよ。アタシのは当たっても死なないけど、アンタのそれは下手したら死ぬわよ? もう一度聞くけど、アンタ正気なの?」

「女がナメてんじゃねぇぞ! ダチやられて大人しくしてられっかよ! 女だろうが関係ねぇブッ殺してやんよォ!」

「女扱いするのかしないのかどっちなのよ」

 チグハグな男の言動に呆れつつ、少女は冷静に状況を分析する。

 格闘術式に身のこなし、どうやらこのノッポ、エクスプローラーか。しかし、どう見ても現役には見えない。

 よくある話だとは聞いている。一度はエクスプローラーを志し、武器や術式などを揃えたが、結局は我が身可愛さに遺跡に潜らなくなる者達がいる――と。

 そういった連中は単純に『エクスプローラーくずれ』と呼ばれているらしい。

 こんな真っ昼間から街に女を漁りに来ているのだ。ほぼ間違いなく、ノッポはエクスプローラーくずれだと見ていいだろう。もしかしなくとも、先に撃沈した三人もそうだったのかもしれない。

 しかし、どちらにせよ――

「――ふぅん、そう……そういうことなら、こっちだって手加減しなくても文句はないわよね?」

 にやり、と少女の口元に嗜虐的な笑みが浮かんだ。アメジストの瞳に、好戦的な光が猛烈に輝く。

「ああっ!? 上等だコラ! かかって――」

 こいや、とでも言おうとしたのだろう。だが最後まで言いきることなく、ノッポの舌は凍り付いた。

 元エクスプローラーなら、一般人よりは多少【頑丈】よね?――そう言うかのような、少女の獰猛な表情を見たが故だった。

 肉食獣が獲物を前に舌なめずりするような気配に、我知らずノッポの総身がおののいた。理性より本能で、体が頭より先に恐怖したのだ。

「〝スカイレイダー〟、ミニマム・チャージ」

 ぽつり、と少女が呟く。すると、

『ミニマム・チャージ』

 間髪入れず〝スカイレイダー〟がその指示オーダーを忠実に実行した。漆黒のロングブーツの表面を、紫色の光が幾何学模様を描いて駆け巡る。応じるようにどこからか特徴的な電子音が鳴り響く。

「――ッ!?」

 不可解な現象にノッポが訝しげに顔を顰めたと同時。

 少女の顔と、黒のホットパンツと戦闘ブーツに挟まれた太股の部分に〝SEAL〟の輝紋が浮かび上がった。少女の瞳と同じくアメジスト色に輝き励起した幾何学模様から、数条の細い光線が星屑のように飛び出し、鋭角的な軌道を描いて〝スカイレイダー〟へと吸収される。

 そして、



『ライトニング・アークスラッシュ』



 合成音声が淡々とその名を告げた瞬間、バズィ! と空気を焼き焦がす激しい音が少女から響いた。

「な……!?」

 ノッポの両目が限界まで見開かれる。

 アメジスト色の雷光――そうとしか呼べない捻れた光が、ツインテール少女の全身から迸っていた。

 攻撃術式か、あるいは格闘術式か。どちらにせよノッポにとっては聞き覚えのない術式だが、尋常でないのは、その起動音声を人間ではなく武器であるブーツが発したという点だ。

 しかし、今は細かいことを気にしている余裕などない。少女の総身から立ち昇る剣呑な気配、迫り来る得体の知れない恐怖に、ノッポは反射的に新たな術式の起動音声を叫んでいた。

「――〈断烈火斬〉ッ!」

 先程の〈烈火鷹爪〉と同じく、猛火を纏った手刀を繰り出す汎用格闘術式。大きく振り上げた左手のすぐ傍で、直径二〇セントルほどの黄土色のアイコンが弾ける。紅蓮の炎がノッポの左腕を覆い、敵を焼き殺せと貪欲に燃え上がった。

「ッオラァアァッ!」

 気合一閃。〈烈火鷹爪〉と拮抗している少女の脚、その膝を狙って火炎の手刀を振り下ろす。烈火が尾を引き、大気を焼き裂いた。

「!」

 とった、とノッポが確信した瞬間だった。

 確かにそこにあったはずの戦闘ブーツが霞のように消え去り、渾身の〈断烈火斬〉は、いっそ小気味よいほどあっけなく空を切った。

「――な……!?」

 右手の〈烈火鷹爪〉からも手応えが失せ、ノッポは二重に体勢を崩す。

 出来うる限りの範囲で視線を左右に動かし、少女の姿を追い求めるが、どこにもいない。

 いや、そんなはずはない。いくら機動性が高くとも、静止した状態から一瞬で視認できる領域の外に移動するなど、トップクラスのエクスプローラーでもなければ――

 真下。懐深くに気配。

「ッ!?」

 いた。近すぎて逆に見えなかった。限界まで身を縮め、少女がノッポの足元に蹲っている。

 不意に、こちらを見上げるアメジストの瞳と目が合った。

 合ってしまった。

「――――」

 もうどうしようもなかった。

 にゃは、と少女が会心の笑みを浮かべた一瞬後。

 地面から天へと昇る雷に、男は貫かれた。



 端から見たそれは、いわゆるサマーソルトキックというものであった。

 雷光を纏った戦闘ブーツが大きな弧を描き、男の長身を上空へと蹴り上げる。炸裂した瞬間、交通事故にも似た鈍い音が露店街に響き渡った。

 ノッポの体が、玩具か何かのように天高く舞い上がっていく。そこに、

「 か ら の っ !」

 さらなる追撃が重ねられた。

 アメジストの稲光と漆黒のツインテールで円を描き、空中でトンボ返りをした少女は、さらに何も無い空間を〝スカイレイダー〟で蹴っ飛ばした。

「もっかいチャージっ!」

 凄まじい速度で上方へ跳躍し、吹っ飛んでいる最中のノッポをも追い越し、高い位置へ。そしてノッポの上を取ると、斜め下方に浮いている彼に戦闘ブーツの爪先を向けた。

『ミニマム・チャージ』

 再び、全身の〝SEAL〟から彼女のフォトン・ブラッドが飛沫のように放たれ、〝スカイレイダー〟へとチャージされる。

『ドリル・クラッシュ』

 その名の通り剣術式〈ドリルブレイク〉にも似た、紫色に輝く螺旋衝角が少女の右足を包み込んだ。唸りを上げて回転する切っ先がノッポを狙い――どうやら先端は丸くなっており、殺傷力は抑えられている――、戦闘ブーツの両側から加速用のフォトン・ブラッドが勢いよく噴出する。

 少女の身が放たれた矢のごとく撃ち出された。

「どぉおりゃぁああああああああああああぁッ!」

 裂帛の気合と共に宙を奔った蹴りが、見事ノッポの土手っ腹に突き立った。勢いそのまま、地上に向かってまっしぐらに落下する。

 落ち行く先は、ちょうど人垣で作られた円のど真ん中。

 だがノッポの肉体が地面に激突する直前、〝スカイレイダー〟の噴出するフォトン・ブラッドが逆方向を向いた。逆噴射による急激な制動により、一瞬だけ少女の姿が空中で静止する。

 アメジストのドリルの先端から男の腹が離れ、しかし既に加えられていた慣性が消えるはずもなく、ノッポはそのままの勢いで石畳に叩きつけられた。

 激突。

 ズン、と巨象が脚を振り下ろしたかのごとき衝撃が露店街を揺るがした。

 道の真ん中に蜘蛛の巣のような罅が走り、ぶわ、と土埃が舞い上がる。

 当然、ノッポの意識は最初のサマーソルトキックを受けた時点で消失している。元はパーティーの盾役を務めていたのだろうか。いくら手加減されているとはいえ、あれだけの攻撃を受けてなお白目を剥いて気絶しているだけなのは、流石は元エクスプローラーだけあった。

 ノッポに遅れること一拍、ツインテールの少女もまた地面に降り立った。戦闘ブーツの靴底が音もなく、羽毛のように軽やかに着地する。

「――ふんっ」

 自らが倒し伏させた男共を眼下に睥睨し、少女は完全勝利を宣言するかのごとく鼻を鳴らした。

 そして、肩の前に来たツインテールを両手で後ろに払う。優雅に翻った二本の長い髪房が、まるで翼のように左右に広がった。

 ふと、しなやかな手が空へと向かう。何気なく持ち上げられた両手の中に――予定調和のごとく――つい先程放り投げた肉まんの紙袋が落ちてきた。

 当たり前のように受け止める。

 それはさながら、少女は紙袋がそこに落ちてくることを知っていて、紙袋もまた、少女がそこに立つことを知っていたかのような――見事な終着であった。

『――お、おお……おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 パズルのピースがピタリとハマったかのような光景に、観客が大いに沸いた。拍手喝采が雨のように少女に浴びせ掛けられ、歓声が天を突く。

「あ、どうもー、やーやーどうもどうもー」

 賞賛の雨霰に少女が笑顔で手を振り、人々の声に応える。

 そこに、

「て、てめぇ……調子に、ノンなよ……!」

 少女の足元に這いずり寄る人影があった。誰かと思って見てみると、男達の中でただ一人、気絶を免れていたらしき赤シャツだった。胃の中のものを盛大にぶちまけて口の周りを汚してはいるが、意識が飛ぶ寸前でどうにか現実に齧り付いたらしい。

 地面に這いつくばったまま、赤シャツは恨みがましげな目で少女を見上げる。

「お、俺達は、この街の『裏会』のモンだぞ……! テメェくそ、こんなことしてタダで済むと――」

「うっさい黙れ」

「ぐべあッ!?」

 少女の〝スカイレイダー〟が振り上げられ、赤シャツの背中に落とされた。尖ったヒールが、ぐりぐり、と男の背筋を蹂躙する。

「う、うぐっ、ぐぁああああああああああああ――!?」

「違うでしょ? アンタが言うべき言葉はそうじゃないでしょ?」

「ぐっ、テメこの――!」

「チャージ」

『ミニマム・チャージ』

 少女の指示に応じて〝スカイレイダー〟がフォトン・ブラッドを充填する。

「なぁ……ッ!?」

 ノッポがやられる一部始終を見ていたのだろう。赤シャツの顔が明確に引き攣った。

「何か言いたいことは?」

 にっこり、と天使のような笑顔で、少女は尋ねた。小首を傾げ、声音はいっそ優しげに。

「ひ、ひっ、ひっ、ひぃっ……!」

 恐怖のあまりまともに動かなくなった喉から、赤シャツは悲鳴のスタッカートを奏でる。数に恃んで少女一人を襲う男の意地など、たかが知れていた。

「す、すみません、すいませんでしたっ! あ、謝ります! この通り! だ、だから――」

「違うでしょ?」

 くすくす、と少女の唇から笑いが漏れ出る。笑顔の裏にある憤怒の炎は、さながら日蝕時のダイヤモンドリングがごとく、全く隠し切れていなかった。

 突然、少女の顔からあらゆる感情が滑り落ち、能面のごとく凍りついた。

「踏んで下さってありがとうございます――でしょ?」

 死神の宣告にも似たその一言に、〝スカイレイダー〟が追随した。

『グラビトン・ハンマー』

「ぎゃあああああああああああああああああああッッ!?」

 局部的な超重力によって重量を増したブーツの底が、ズドン、と音を立てて赤シャツの背中にめり込んだ。無慈悲な止めの一撃に、男の意識はひとたまりもなく断絶する。悲鳴が途切れ、四肢が力を失い、ぱたりと地に落ちた。

「ったく……弱いくせに調子乗ってるんじゃないわよ」

 んべー、と少女が舌を出して、赤シャツの背中から踵を下ろした。

 その途端だった。

『――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』

 またも歓声が上がり、空にいくつも拳が突き立てられた。

 次いで、周囲の人垣から次々とエクスプローラーと思しき者達が飛び出し、わらわらと少女へ詰め寄っていく。

「なぁ君、うちのパーティーに入らないか!」「私達、女だけで組んでいるクラスタなんだけど! どうかな!?」「さっきの攻撃は何なんだ!? 術式か!? それともそのブーツの特性か!?」「強いね! 是非うちのリーダーと会って欲しいんだけどこの後ちょっと時間ある!?」「お姉様って呼んでもいいですか!? 呼ばせてくださいお願いします!」「僕も踏んで下さい女王様ァ!」

 四方八方から、スカウトやら質問やらが矢継ぎ早に飛び出し、少女に押し迫ってくる。中にはおかしなものまで混じっていた。

「あー、やー……まいったねこりゃ……」

 エクスプローラー達に取り囲まれた少女は、苦笑いを浮かべ、肉まんの紙袋を抱いたまま頬を掻く。もはや完全に包囲され、逃げ道がない状態である。

 やがて少女は、熱心な声に耐え切れなくなったように俯き――しかし突然、バッ、と勢いよく面を上げた。

「――ごめんなさいっ! アタシちょっと約束があるんで! 今日はこれにてっ!」

 ぴっ、と右の掌をチョップのように立て、その身が人混みの中に沈み込んだ。かと思った瞬間、そこから黒い影がバネ仕掛けのごとく跳び上がった。

 先程ノッポを伸した時と同じように、一回の跳躍で三メルトル以上も上昇し、さらに〝スカイレイダー〟が何も無い空間を蹴りつけ、連続でジャンプする。

 垂直跳躍を繰り返し、充分な高さに至ったところで、少女は眼下の人々にひらひらと手を振った。

「お騒がせして失礼しましたー! そんじゃしっつれぇーしまぁーすっ!!」

 唖然と自分を見上げてくる無数の顔に、にゃは、と笑みを見せると、少女はやおら空中を滑るように駆け出した。

 それは、見る者が見れば支援術式〈シリーウォーク〉の効果と酷似していることに気付いただろう。フォトン・ブラッドによる力場こそ見えないが、〝スカイレイダー〟の靴底には微かに紫色の輝きが灯っている。

 少女は長いツインテールを真横に流す程の速度でフロートライズの空を駆け抜け、走り去っていった。

 あっという間もない。

 嵐のように突然現れて騒動を起こした謎の少女は、それこそ吹いては去る風のごとく露店街から姿を消したのだった。



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コメント

  • せみとんぼ

    めっちゃおもろいです。もうやばい。誰視点なのかを書いていただけるとより読みやすくなるのかなと思います。いきなりすんませんした

    8
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