リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●20 NO PLACE LIKE A STAGE 2



 受け取ったダイレクトメッセージを、カレルレンは一切の漏れなく、ありのまま伝えた。

 もし後に改竄が発覚した場合、カレルレンの肉体がこの世から消滅してしまうであろうことが、想像に難くなかったからである。

「――ふむ。ようわかった。大義じゃったのう、カレルよ」

 ベオウルフからの伝言を聞いた小竜姫は厳かに頷くと、懐から漆黒の扇子を取り出した。

 歩き出す。

 あまりに無造作な動きだった為、最初は見逃しかけた。

「? 小竜姫、どこへ?」

 だが、彼女の向かう先が展望台の端とわかるや、カレルレンは小さな背中にそう問いかけた。そこはちょうど安全用の柵が途切れており、足を踏み外せば四メルトル下の屋上へと落ちてしまう場所だった。

 折りしも、浮遊島の上空全域の飛行型SBを壊滅させた直後である。あれだけの規模の術式を発動させたのだ。相当な疲労があるだろうに、そんな場所で何をしようというのか。

 他の誰にも真似できない偉業を成し遂げた少女は、振り返りもせずに応えた。

「決まっておろう。ラトとロルトリンゼの下へじゃ」

 ごく自然に言ってのけ、小竜姫は右手に持った扇子をさっと開いた。十二本の骨に刻まれた回路図が、淡いスミレ色の燐光によって浮かび上がる。

 少女は開いた扇子を、空間を撫でるように右から左へ一振りする。すると、通り過ぎた軌道上に一つ、また一つと、拳大の水晶球が出現した。扇子本体のストレージに収められていたものが具現化したのだと、カレルレンは理解する。

 この時カレルレンは知らなかったが、彼女が持つ扇子は〝正対化霊天真坤元霊符せいたいかれいてんしんこんげんれいふ〟というスレイブ・サーバント・ウェポンのリモートコントローラーであった。

 略して〝正天霊符〟が内包する護符水晶は、全部で十二個。小竜姫はその全てを出現させ、自らの前に浮かべ並べた。

「妾の仲間が助けを求めておるのじゃ。妾が行かずして何とする?」

 ちら、と肩越しに振り返り、蒼の片目でカレルレンを一瞥する。その瞳には既に不退転の決意が見え、カレルレンは喉元までせり上がってきていた引き止めの言葉を呑み込んだ。

 反対に、わざとらしく肩を竦めて見せる。

「――そうだな。出来ればこのまま力を借り続けたいところだが、確かに是非もない。我らの団長も同じ立場ならそう判断しただろう。これまでの協力を感謝する。小竜姫」

 ベオウルフからのメッセージには『可能であれば援軍を』としか書かれておらず、別段、小竜姫を指名したものではなかった。しかし、『BVJ』の二人が仲間を最優先にする方針であることを、通信回線の端で耳を欹てていたカレルレンは知っている。ベオウルフとその仲間の危機となれば、小竜姫が動くのは当然だ。異を唱える気には到底なれなかった。

 カレルレンの声に含まれる残念さの微粒子を嗅ぎ取ってか、くふ、と小竜姫が微笑した。

「なに、必要があればまた連絡せよ。こちらの用が済んだ後であれば、また力を貸してやらぬでもない」

「――。」

 少しだけ、呆気にとられてしまった。

 気を遣われた――いくら強力なウィザードとはいえ、こんな小さな子供に。その事実にカレルレンは苦笑する。これはいけない。自分は『蒼き紅炎の騎士団』の副団長だ。他力本願はナイツの掲げる精神にもとる。

 とはいえ、「いや、大丈夫だ。こちらで何とかする」などと言えば強がりと受け取られるかもしれない。その為、

「それはありがたい。その時が来れば、どうかよろしく頼む」

 ありがたく受け取る振りとして、カレルレンは胸に手を当て、丁重に頭を下げた。勿論、余裕のある微笑も忘れない。

 と、ここでふと気付いた。

「――そういえば、小竜姫。君とはまだネイバーになっていなかったな。良ければ、ラグ君と同じく私達のネイバーになってもらえないだろうか」

 ベオウルフとは既に、ヘラクレス戦の後で互いのネイバー情報を交換している。今後のことも考えての提案だったが、

「ああ、すまぬ。それはまた今度じゃ」

 あっさりと断られてしまった。遅れて、失言に気付く。

「いや、そうだったな。今は一刻を争う。呼び止めてすまなかっ――」

「いや、違うぞカレルよ。そうではない。そうではなく――今度、ラトにやり方を聞いておく。じゃから、その……『ネイバー』とやらは次の機会にしてたもれ」

 謝罪を遮って、小竜姫は少し恥ずかしげにそんなことを言った。扇子リモコンを持たない手で、照れくさそうに鼻の頭を掻く。

 顔にこそ出さなかったが、カレルレンはそれなりに驚いた。あれだけの術式を――しかも龍を操る程の力を持ちながら、一方でネイバー情報の交換をしたことがないと言う。

 アンバランスにも程がある。一体何者だというのか、この少女は。

「正直、これまでは特に必要ないものと思っておったが、此度の件で痛感させられたわ。スイッチの繋がりがなくば、ラトの声が直に妾へ届かぬのは不便じゃ。救いを求める言葉すら、カレル、おぬしを介さねば届かなんだ。無精せず、妾も『ネイバー』やら『ダイレクトメッセージ』やらを憶えねばならぬな」

 そう言ってから、小竜姫は横並びにした十二個の水晶球に空いた手をさっとかざし、こんな言葉を唱えた。

「 大陰だいいん 迷企羅めきら とりの式 」

 その声には先刻の龍を顕した術式と同じく、強力な言霊が籠められていた。

 所有者の意志を吹き込まれた護符水晶が十二個同時に、スミレ色の光をその内部に灯す。十二の水晶球はまるで決められた定位置があるかのごとく空中を滑り、移動した。次いで、水晶の一つ一つから、四方八方へスミレ色の光線が飛び出す。光線は各々の水晶を繋ぎ、やがてワイヤーフレームで一つの形状を作り出した。

 即ち、『鳥』。

 十二個の護符水晶を頂点とし、フォトン・ブラッドの光線を辺とした、全長二メルトル前後の鳳が誕生していた。

「ほっ」

 かけ声一つ、小竜姫は何のてらいもなく、鋭角的なシルエットを持つ鳳の背中へと跳び移った。フレームだけに見えて、どうやら全体的に力場が張られているらしい。何も無い空間に少女の履いたぽっくり下駄が乗って、カランコロン、と音を立てた。

「ではな、カレル。必要があればラトを通じて連絡するがよい。すぐに駆けつけてやるからの」

 そう言い置くが早いか、小竜姫は返事も待たず正天霊符の鳳を飛翔させた。鳥を象ったワイヤーフレームであるせいで、まるで小さな身体そのものが風に乗り、飛んでいくかのようだった。紙飛行機のごとく軽やかに、素晴らしい速度で大空へと飛び去っていく。

 遠ざかっていく影を見送りながら、カレルレンは呆れにも似た感情を抱く。

〈シリーウォーク〉という支援術式で空を駆け、直接この屋上までやって来たベオウルフにも驚いたが、小竜姫も小竜姫で、単体で空を飛ぶ術を持っているとは。

 どこまでも計り知れない二人だ――とカレルレンは思わず感嘆の息が漏れそうになる。

 そういえば、そんな『BVJ』にどうやらニューフェイスが入ったらしい。一体どんな人物なのか、楽しみといえば楽しみではあるが、同時に注意が必要だとカレルレンは認識する。何者かは知らないが、【あの二人】の仲間になる人物だ。まずもって、ただものであるはずがない。もしかすると、その人物が〝神器保有者〟の可能性だってある。気を配っておいて損はないはずだ。

『お待たせしましたです副団長! ゼルダ、ただいま到着しましたです!』

 いくつかある通信タスクの一つから、団員の一人であるゼルダ・アッサンドリの元気な声が飛び込んできた。

 ヴィリーが捕獲した『ヴォルクリング・サーカス』のメンバーがこの都庁に届いたのだ。

「――了解。そのまま指定の部屋へ連行してくれ。私もすぐに行く」

『了解でありますです!』

 ゼルダのおかしな敬語に慣れているカレルレンは、こちらへ見えないにも関わらず敬礼をしているだろう少女剣士を脳裏に浮かべつつ、その場で踵を返した。

 同時に、意識を切り替える。

 これから『ヴォルクリング・サーカス』のメンバーを〝尋問〟にかけるのが、今の彼が優先するべき仕事だ。

 何が何でも、どんな手を使ってでも、有益な情報を引き摺り出す――展望台を降りる翡翠の双眸が、ドライアイスのごとく冷たく凍えていく。〝氷槍〟の異名は、彼の能力だけに与えられたものではない。その精神性にもまた、〝氷の槍〟と呼んで然るべき一面が存在するのだ。

 容赦は一切しない――展望台を降りながら、そうカレルレンは胸の裡で誓う。

 それだけの罪を、男は犯したのだから。



 この後、都庁内のとある一室でカレルレンと二人っきりになった『ヴォルクリング・サーカス』の男は、いくつかのやりとりを経て、最終的には〈コープスリサイクル〉の暗号コードに関する情報を白状した。

 カレルレンはその暗号コードのデータを受け取ると、すぐさまハイマルチキャストによって都市全域に配布した。

 これにより浮遊都市フロートライズを跳梁跋扈していたSBの群れは無力化され、この時点で残り五つとなっていた――迅速なことに剣嬢ヴィリーがさらに二つを落としていたのだ――全ての龍穴はさほど間を置くことなく制圧された。

 余談だが、その内の一つは無人のまま携行ストレージからSBが再生するという状態になっていた。地面に半分【融合】する形になっていた携行ストレージを破壊することで、術式のアイコンが消失したという。

 なお、〝尋問〟が行われたのは、都庁に数ある会議室の一つであり、特殊な防音設備などは無かったという。しかし、扉のすぐ外で待機していたゼルダは、室内から怒罵や悲鳴、それらに類するような大きな声は聞こえてこなかったと証言している。

 カレルレンと男が室内にいたのは、約三ミニト程度だった。

 会議室から出て来たカレルレンは「奴は放っておいていい。後で警察に回収させよう」とゼルダに指示を出し、再び屋上の司令部へと戻っていった。

 立ち去る前にゼルダが会議室の中を覗き込むと、そこには、だらりと椅子に身を投げ出して虚空を見つめ続ける男がいた。

 まるで廃人のように、瞳の焦点はぼやけ、口元からは涎を垂らして放心していた。

 男が何を目にし、何を耳にしたのか。彼の口が利けなくなってしまった今となっては、永遠の謎である。



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