リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●15 ストレンジ・カメレオン


 夢中で街中を駆けずり回っていたら、都庁の屋上にいるカレルさんから『中央区北部でやたら派手な戦闘を繰り広げているハンドラーらしき人物』という、それ明らかにロゼさんじゃないかっていう目撃情報が届いた。

 目についたSBをとにかく蹴散らしつつロゼさんを捜索していた僕は、一も二も無くその情報に飛びついた。

「そのエリアの避難はもう完了している。また、【生きている】〝SEAL〟の反応も無い。奴らの活動範囲拡大を防ぐ布陣も済んだ。急ぐなら途中のSBは無視しても構わないぞ、ラグ君」

 未だダイレクトコールで繋がっているカレルさんはそうも言ってくれた。

 カレルさんは今もなお、ヴィリーさんに代わって〝エクスプローラー集団&フロートライズ自警団〟混成軍の総指揮を執っている。

 驚くことなかれ、なんと現在進行形で僕以外にも多くの人と通信セッションを維持したまま、報告と連絡によって各地の状況を把握し、さらに細かい指示を出しているというのだ。

 当然、全ての情報が入り乱れては意味が無いので、各々に情報を与える与えないのコントロールが必要になってくる。他の『NPK』メンバーの補佐もあるそうだけど、カレルさんは基本的に一人でそれらをこなしていた。

 もはや完全にランサーではなくコマンダーである。それも超一流の。

 一体何を以てこの人は〝氷槍〟なんていう異名を付けられたのだろうか? いや、〝氷〟については何となくわかるのだけど。

 カレルさんが定期的に流してくれる戦況アナウンスによると、どうやら一般市民の避難はほぼ完全に終わっているらしい。というか、より正確に言うならば、【避難できなかった人達】の生体反応がゼロになったそうだ。

 混合軍の司令部が置かれている都庁には、もちろん都市長がいて、その偉い御仁には実に様々な特権が与えられている。

 エリアスキャンもその一つだ。

 エリアスキャンとは、人体の生体反応の一つでもある〝SEAL〟の反応を拾うことで、特定の範囲内に人間が存在するかどうかを調査する技術である。あくまでソナーのように反応を受け取って処理するだけなので、中のデータまでは読み込めない。最近ではエリアスキャンに加えて、対象のプロファイルやバイタルなんかを読み取れるようにする技術の研究が進んでいるそうだけど、それはまた別の話。

 司令部では、都市長から使用許可をもらったエリアスキャンを駆使して要救助者の捜索を続けていた。けれどつい先刻、とうとうそれらしき反応が全て【消えて】しまったらしい。

 救助できたのでは無く、【消えた】――つまりはそういうことである。

 それを聞いた瞬間、胸の奥に焼き石のような重苦しい灼熱感が生まれた。

 一体どれだけの数の人が犠牲になったのだろうか――それを想うだけで、怒りと悲しみで胸が張り裂けてしまいそうだった。

 士気の低下を危惧してか、カレルさんはそのあたりには一切触れなかったけれど。

 さらにカレルさんによると、避難者や怪我人の受け入れ、および対応には問題なく、安全地帯の確保も完璧に整ったそうだ。また、ハヌから提供された〈コープスリサイクル〉の情報からその特性を看破し、SBの発生場所である龍穴ボルテックスを包囲する形で戦闘範囲を限定化――少なくとも、地上戦闘型SBを外に出さないための包囲網が八つ完成したという。

 それ以外の地域を動き回るSBは、いくつかの遊撃部隊が逐次排除していっているそうだ。また、空中の飛行型はある程度ハヌの術力でおびき寄せ、各個撃破しているらしい。機を見て、改めてハヌの極大術式で掃討するつもりだとも言っていた。

 ただ、包囲網は完成したけれど、それでも中心部へ向かうのは相当厳しいらしく、難航しているとのことだった。無限とも言える勢いで大量のSBがポップし続けているため、なかなか包囲を狭めることが出来ないでいるのだ。

 つまり、戦況は膠着状態に陥っていた。

 この状況を打破するためには、何某かの決め手が必要なはずだけど――

「大丈夫だ、安心して欲しい。その為に〝剣嬢〟ヴィリーがいる。また幸運なことに、今回はトップクラスタの面々にも恵まれた。クラスタ『サムライ・クライン』の〝崩界剣〟や『ラーズグリーズ』の〝精霊女王〟もいる。この戦い、我々の勝利はもはや約束されたようなものだ」

 士気を鼓舞しようというのだろう。カレルさんは戦況アナウンスの最後にそんな言葉を付け加えた。

 ともあれ、戦況は確かにこちら側の有利に傾いている。僕としては、後はロゼさんを見つけて合流さえ出来れば万々歳なのだけど――

 そうやって思いを馳せている内に、気付けば僕の足は目撃情報があった地域にまで来ていた。

 カレルさんの話によると、この辺りで自警団の人が『何本もの鎖と素手で、化け物を活動停止させまくっているすごい女がいる。大きな使役SBらしいのを連れているので、おそらくハンドラーだろう。一人で戦っているようだが、どこの所属だ?』という質問を送ってきたのだとか。

 現場に残る破壊痕は、確かにSB以外の何者かが大いに暴れ回った証拠に他ならない。路面に残る三本爪の痕はロゼさんの〈烈迅爪〉によるものだろうか。

 戦闘の痕跡は北地区の方へ向かって続いていた。僕はそれを頼りにロゼさんの後を追う。

 やがて、建物の隙間からマラカイトグリーンの光が見えて、僕は反射的に足を止めて目を凝らした。

 多分――否、間違いなくロゼさんの〈リインフォース〉の光だ。なにやら巨人型SBの体を鎧っているように見える。

 機甲SBがいるということは、間違いない、ロゼさんはその近くにいるはずだ。

「――ロゼさんっ!」

 思わず叫ぶように名前を呼んで、弾かれたように再び駆け出した。もう出し惜しみする必要も無い。一セカドでも早く顔が見たくて、僕は身体強化の支援術式を四重発動。強化係数十六倍で疾風になる。

 数百メルトルを瞬く間に走破して、T字の曲がり角に突き当たる。あまりに高速すぎて、このままでは建物に激突してしまう勢いだけど――減速したくなかった。

 なので、僕は支援術式〈シリーウォーク〉を発動。

「でやぁああああああっ!」

 左に体を倒しながら空中を走り――衝突するはずだった建物の壁に足裏を引っかけ――【登る】。登りながら左へ曲がる。

 壁走りだ。僕はスピードを殺さず、体を真横に倒してそのまま壁の腹を駆け抜けていく。

 敢えて〈シリーウォーク〉を使ったのは建物を保護するためだ。これなら壁に罅が入ることも窓が割れることもないし、なにより走りやすい。

 術式の足場で擬似的な壁走りを強行して、僕は高速で飛行する燕のごとくロゼさんの元へと急いだ。

 曲がり角をいくつも越え――ようやく見つけた。

 大きな通りの真ん中に、巨人型SBでも上位に入るサイクロプスが立っていて――やはりその足元にはアッシュグレイの髪が、

「ロ……!」

 ゼさん、と呼び掛けようとして、喉が詰まった。

 奇妙な状況だった。

 そこにいたのは、ロゼさんだけではなかった。

 もう一人、男性らしき人影がある。しかもその人の前で、何故かロゼさんが四つん這いになっていた。

 思わず靴底を滑らしながら足を止め、接近するのを躊躇ってしまった。すると、

「――殺す!」

 ロゼさんが、とてもロゼさんとは思えないほど激しい顔と声で絶叫した。

 その声に頭を殴られてしまったみたいだった。この目で彼女の口が動き、叫びを放つのを見ておきながら、まるで信じられなかった。

 ――怒鳴った? あのロゼさんが? しかも「殺す」だなんて物騒な台詞を……?

「殺してやる!」

 そんな僕に追い打ちを掛けるかのように、ロゼさんが綺麗な顔を別人みたいに歪めて、噛み付くように叫んだ。琥珀色の瞳からは涙が溢れ、歯を剥き出しにした唇の縁を流れ落ちている。

 獰猛な狼が吠えるかのごとく、ロゼさんは何度も声を張り上げた。

「殺す! 何があろうと絶対に殺す! 殺してやる! お前が生きていた痕跡も記憶も何もかも! この世から殺し尽くしてやる!」

 鬼神か悪鬼かが彼女の身に乗り移ったとしか思えなかった。それほど苛烈な憎悪がロゼさんの全身から迸っていた。

 情けないことに僕は、そんなロゼさんの思いも寄らなかった姿に衝撃を受け――到底割り込めそうにない空気だったというのもあるけれど――その後の展開を、しばし茫然自失の態で傍観してしまった。

 ロゼさんの斬りつけるような怨嗟を浴びせられた人物――彼こそがおそらく、否、間違いなく【シグロス】その人だ。

 想像していたよりも線が細い。オリーブグリーンの軍服みたいな戦闘服に、黒いロングコートを羽織っている。制帽をかぶった髪は灰色。ぬらりと奇妙な光を宿した瞳は薄い水色。口元には、見ただけでその性格が如実にわかるほど邪悪な笑みが刻まれている。

 彼の右腕が、なにやらおかしな形をしていた。というか、変形している。あれがロゼさんも持っているという〝神器〟の力なのだろうか?

 それにしてもあれは――人の頭、なのだろうか? アッシュグレイの髪に、琥珀色の瞳――どことなく、ロゼさんを彷彿させる雰囲気があるけど……

 ――まさか。

 ゾクッと背筋に悪寒が走り、僕は脳裏に浮かんだその可能性を即座に否定した。いや、【それ】はダメだ。ダメに決まっている。【そんな酷いこと】は、あってはならないはずだ。

 だけど、ロゼさんの言動、シグロスの表情、事前に聞いていた〝融合〟の神器の話、この街の現状――それら全てが、最悪の可能性が濃厚であることを示唆していた。

 故に、どうしようもなく理解してしまった。人形のように呆けた表情をしている、シグロスの右腕の先にある人間の頭。

 それが、ロゼさんのお父さんのものであるということを。

『ガアァァァァルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 故人の頭部に集中していた意識が、ロゼさんが使役する機甲サイクロプスの雄叫びで引き戻された。

 気付けばロゼさんも立ち上がり、戦闘態勢に入っている。戦闘ジャケットの背中から生えている四本の鎖が、清冽な音を立てて遺伝子構造のような二重螺旋を描く。蒼銀のものは見たことがあったけど、紅銀の鎖は初めて見る。背中に空いた六つの穴は、全てロゼさんの武器出力孔なのかもしれない。

「〈リサイクル〉」

 ロゼさんの戦闘機動に呼応して、シグロスもコンポーネントを取り出して使役術式を発動させる。見たこともない色のコンポーネントだ。深い緑だけど、どこか濁っているような、不吉の匂いがする色合い。大きさもゲートキーパー級ほどではないにせよ、通常のものよりもかなり大きい。

「〈ミングルフュージョン〉」

 シグロスはさらに術式を重ねがけした。初めて聞く名前の術式だ。彼もハンドラーなのだから使役術式の一つだと思うけれど、効果はわからない。

 果たして、シグロスの針金のような手に握られていた人の頭ほどはあるコンポーネントが、彼の薄い胸の中に吸い込まれた。

 途端、ライトブルーの瞳が色を変えた。まったく正反対の、溶鉱炉の炎のような深紅に染まる。ヴィリーさんの瞳にも似た色でありながら、そのベクトルは真逆だ。ヴィリーさんの瞳を深い色の紅玉とするなら、こちらは腐った肉の赤だった。

「アハハははHAHAハHAははははHAHAHAハはハハHAははハHAHAハ――!!」

 空に向かって音程の飛びまくった哄笑を上げるシグロスの身体が、不意に溶けるように確たる輪郭を失った。どろり、とスライムのように身体を崩した男は、しかしはっきりとした声でこんなことを喚く。

「いいぞ来いよ! もっと俺を楽しませろよロルトリンゼェェェェェ――!!」

 その絶叫の後、この目に映った光景を何と言葉にすればいいだろうか。

 強いて言うならそれは――【裏返った】と表現するべきだろうか。

 そう。シグロスの肉体が【裏返った】。

 液体のように形を無くしたと思った瞬間、内側から膨れ上がり、裏返るようにして別のものに変身したのだ。

 その姿は、まさに異形。

 全体的な印象はキマイラに似ている。まるで、色々なSBのパーツを集めて合体させたような、歪すぎる姿。

 馬のような四本足と胴体に、本来なら首があるべきところから、鱗に覆われた人体の上半身が生えている。さらにその上には、漆黒の体毛を持つ魔犬の顔が三つ――見覚えがある、あれはケルベロスの三つ首だ。右肩から生えているのは、巨大な金棒を握った鉄色の太い腕。左肩からは得体の知れない緑色の触手が七本。

 明らかに複数のSBを分解して組み替えたとしか思えないパッチワーク。そのくせ、それぞれの大きさはオリジナルを超越していて、そいつの全長は三メルトル以上はあった。

 先程は【変身】と言ったが、率直な印象としては空間が歪むか何かして、シグロスとその怪物とが入れ替わったようにしか見えなかった。それほど素早く、そして激しい変化だった。

 一瞬にして異形の怪物と化したシグロスを前に、けれどロゼさんは物怖じなどしなかった。見たことも無い凄まじい形相で、

「――破ぁあああああああああああッ!」

 血を吐くような叫びを上げて、四本の鎖を猛然と振るう。

『ガルァアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 同時、彼女の背後に立っていた機甲サイクロプスが大きく跳躍した。

 二本の目に見えない丸太に絡み付いているかのような形状をとる蒼銀と紅銀の鎖。二重螺旋という奇妙な形態をもつそれらが刹那、目にも止まらぬ速度で奔った。

「――!?」

 四本の鎖が鳴らす空恐ろしい風切り音は、僕にヘラクレスの剣閃を思い出させた。それが高速で連続する。

 小型の台風のように暴れまわる鎖が、周囲の建物や地面を砕きながら爆発的に制空圏を膨張させた。範囲内の何もかもを破壊しながら、変異したシグロスを飲み込もうと広がっていく。まるでミキサーだ。あの中に巻き込まれたら、間違いなく一瞬にして挽肉になる。

 通り沿いの建物があっという間に壊れ、崩れ、粉々になった。砂糖菓子のように、あっさりと。粉塵が噴き上がり、鎖に弾かれた破片が僕の方にまでかっ飛んでくる。

「!? 〈スキュータム〉!」

 慌てて術式シールドを五枚重ねで展開し、防御姿勢をとった。途端、いくつもの瓦礫が薄紫のシールドにぶつかっては弾け飛んでいく。もう少し反応が遅れていたら危ないところだった。

「くっ……!」

 信じられない。なんて威力だ。これじゃほとんど爆発だ。ハヌの〈天剣槍牙〉にも匹敵するんじゃないか。それにあの鎖、動きと結果にズレがある。あれはまるで、鎖で包んでいる【内側】に何か力の塊があるような――

『こうやってお前の遊ぶのは何年ぶりだろうなぁロルトリンゼェェェ!』

 SBの電子音と人間の声が混じったような奇怪な音が、大きな犬の頭から三重に響いた。声帯が一つなのに対し、声の出る口が三つもあるせいだろう。

 縦横無尽に暴れ回り、破壊の限り尽くすロゼさんの鎖。その制空圏がとうとう怪物を捉えた。

 しかし。

 金属音が立て続けに鳴り響き、シグロスを打ち砕くはずの鎖が弾き返された。

 見れば、左肩から生えた七本の触手がロゼさんの鎖に負けず劣らず、凄まじい速度で防御行動を取っていた。緑色の触手の先端は硬質化し、銀色に光っている。

 あれは確か、ドラゴン・フォレストでポップする植物型SB〝ヒュドラエコー〟の一部だ。奴は普段、自分からは動かずに森の風景と一体化している。そして、側を通ろうとするエクスプローラーに反応して突然攻撃を仕掛けてくるのだ。有効策は、近寄る前にその存在を見極め、炎熱系の攻撃で焼き払うこと。接近戦は奴の触手のスピードが速すぎるため推奨されていない。それほどの性能を誇るSBなのだ。

 大気を裂いて縦横無尽に荒れ狂うロゼさんの鎖と、それを全て迎撃していなすヒュドラエコーの触手。蒼銀と紅銀、そして白銀のそれらが陽光を反射して星屑のごとく輝く。双方の激突が、数多の火花を咲き散らす。

「〈裂砕牙〉!」

 ロゼさんの唇から武装系格闘術式の起動音声が放たれ、藍色のコンバットブーツが地を蹴った。アッシュグレイの長い髪を翻らせて跳躍する彼女の四肢にマラカイトグリーンの光が収束し、武器と化す。

 前に使っていた〈烈迅爪〉は速度重視の武装術式だったけど、〈裂砕牙〉は威力重視のものだ。その名のごとく古代生物マンモスのように巨大な牙が、両腕と両脚に沿って装着される。

「〈天轟雷神裂砕牙〉ッ!」

 空中で続けざまに放たれた起動音声は、おそらくは〈裂砕牙〉から派生するコンボ術式だ。ヴィリーさんで言うところの〈ブレイジングフォース〉から〈フェニックスレイブ〉や〈ディヴァインエンド〉へと繋がる連携のように。

 天轟雷神とある通り、まさしく稲妻のごとき連続攻撃だった。宙空にありながら背から噴出するフォトン・ブラッドによって加速したロゼさんの両手両足が、流星雨よろしくシグロスへと降り注ぐ。

 だが、シグロスの右腕に握られた金棒が同じく電光石火の反応を見せた。

 激突。

 雷光を迸らせる拳撃と蹴撃が金棒とぶつかり合って削岩機みたいな音が生まれる。

『そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら! 足りねぇ足りねぇそんなじゃ届かねぇぞどうしたどうしたぁ!』

 化け物になったことで呼吸器官も変質したのか、シグロスは息継ぎを一切すること無く、ゴチャゴチャと喋りながらロゼさんの格闘術式を次々と金棒で打ち払っていく。

 そこに――

『ガアルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 空中へ大きく跳び上がっていた機甲サイクロプスがシグロスの死角――背後へと落下してきた。重力を味方にして、両手で握った雷光迸る戦鎚を怪物の頭の一つ、真ん中の脳天めがけて猛然と振り下ろす。

 炸裂した。

 水風船が弾けるように直撃を受けた犬の頭が破裂した上、勢いあまって鱗に覆われた上半身にまで戦鎚が食い込んでいく。戦鎚に奔る紫電が肉を焼き焦がしていく。

 この瞬間、僕は理解した。

 つまり、これこそが本命の一撃。激しかったロゼさんの攻撃は全て陽動だったのだ。怒り狂っているように見えて実は冷静だったロゼさんの作戦に、僕は内心で舌を巻く。

 けれど、

『――はははHAハハははHAHAHAハHAは!』

 残った左右の犬顔がケタケタと笑った。まるで痛痒を感じてない様子で。

 次いで、三つ首から双頭になってしまったシグロスの口から、それぞれ火炎と凍気が吐き出される。火炎はロゼさんへ、凍気は機甲サイクロプスへ。

「――っ!」

 ロゼさんは背中の鎖に自身を引っ張らせることによって後退し、舌のように伸びる炎を俊敏に回避する。だが鈍重な機甲サイクロプスは冷凍波の真っ正面から浴びてしまい、機甲化の甲斐無く上半身を凍りつかされてしまった。

『ガ――ア――ァ――!』

 いくら装甲を強化しているとはいえ、それごと固められてしまっては意味が無い。自律反応でどうにか離脱しようと試みてはいるようだけど、凍結された上半身と金棒がシグロスと繋がっていて、その部分もろとも氷に覆われているため、離れることが出来ないでいる。

『馬鹿なのかお前はええロルトリンゼ? お前のならともかくSBの攻撃が【今の俺】に通用するって本気で思ったのか? もう一度聞くけど馬鹿なのかお前はいいや馬鹿だな超絶馬鹿だなはHAハハは可愛いなぁ本当にぃ!』

 気味の悪い声で口早にまくし立てたシグロスは、さらにこうも言った。

『――じゃあコレもーらいってね』

 信じがたい光景が展開された。再びシグロス――キメラSBの輪郭が崩れ、軟体生物のようにうねった次の瞬間、どぷん、と機甲サイクロプスが【呑み込まれた】。

 三メルトルほどしかなかったシグロスの体が、四メルトル近いサイクロプスの巨体を超えるほど膨張し、覆い被さったのだ。

 粘性の高い液体が機甲サイクロプスの全身をくまなく覆い隠し、包み込んだ。単眼の巨人の姿が見えなくなる直前、その身を強化していたマラカイトグリーンの光が弾けて消失するのを僕は見た。それが直感的に、サイクロプスの『所有権』がロゼさんからシグロスへと移行したことを示しているように思えた。

 巨人型SBを消化して吸収するかのように、シグロスの全身が蠢く。アメーバのごとき蠕動を繰り返す。

『俺の〈ミングルフュージョン〉はSBと融合する術式だってのは知ってたはずだろう? こうなるとは思わなかったのか? まあいいやそれでどうする? んん? 降参して神器を寄越すか? まだやるっていうならそれでもいいけどまずは耳かなそうだ耳を削いで次は目をくりぬいてやろうその後は両足を折ったり腕を捻ったりしてやるよいつまで我慢出来るかなぁ楽しみだよ俺はHAハハはHAHAははは!』

 どこから出ているかわからない、もはや聞くに堪えない罵詈雑言に耳を塞ぎたくなった。サイクロプスを呑み込み、さらに一回り大きくなった【アレ】は、紛れもなく邪悪そのものだ。もはや人間と見るべきでない、とすら思う。

 この時、ロゼさんの琥珀色の瞳には絶望どころか失望も諦めも見えなかった。

 まなじりを決し、決然とシグロスを見据える顔には、ただ純粋な戦意だけがあった。

 もしかすると、サイクロプスを奪われることでさえ、彼女の想定内だったのかもしれない。

「――〈オーバードライブ〉」

 ぼそり、とロゼさんはその起動音声を呟いた。

 そう、シグロスが神器を持つなら、ロゼさんとて〝神器保有者セイクリッド・キャリア〟なのだ。相手の〝融合ユニオン〟に対し、彼女が持つは〝超力エクセル〟の神器。

 その未知数の力が今、顕現する。

 ロゼさんの四肢に装着された〈裂砕牙〉から目が眩むような閃光が生まれた。捻れたマラカイトグリーンの条光が四方八方へ飛び出し周囲を照らす。

 否、輝きを増したのは〈裂砕牙〉だけではなく、ロゼさんの背から伸びる四本の鎖も同様だった。土埃で汚れていたはずが、まるで新品のような美しさで煌めいている。まるで――鎖に対しておかしな表現だけど――新しく生まれ変わったかのようだ。

 ロゼさんが腰を落とし、何やら格闘士特有の構えをとった。僕はある程度の術式の知識はあるが、流石にマーシャルアーツまでは詳しくない。故にそのポーズが一体何を意味するのか、一見ではわからなかった。

 ロゼさんは前に伸ばした両手を合わせ、鉤爪状にしている。まるで不可視のボールを持っているような手の形。それをやや開くと、どこか龍の顎門を模したような構えになる。輝きを強め、大きさを増した〈裂砕牙〉もその光景に一役買っていた。

『――ああ?』

 不可解な行動に、シグロスもまた疑問の声を上げた。

 驚くべきことに、この時点で奴の形態もまた激変している。先程取り込んだサイクロプスの黒金色の胴体に、純白の毛に覆われた厳つい二本足の下半身。左腕の肘から先は巨大な亀の甲羅に変化しており、そこだけはまともな右腕に握られているのは、青銅色のモーニングスター。頭はなんとペリュトンのもので、鹿頭から獰猛な二本角が生えている。そして、背中には同じペリュトンと思しき大きな翼。

 全長四メルトルを超える、やはりチグハグすぎるキメラSB。

 そんな怪物に向かって、ロゼさんは高らかに術式を発動させた。

「〈天轟雷神――」

 目に見えない綱を引くように、ロゼさんは腰を回して両腕を右腰まで引き寄せた。四肢の〈裂砕牙〉が液体のように流れ、両掌の中に収束する。バネのように身を撓ませ、力を溜めて、一気に――

 撃つ。

「――牙獣咆〉!」

 それは格闘術式でありながら、遠隔攻撃を可能とする術式だった。

 圧縮されたロゼさんのフォトン・ブラッドが一条の閃光と化し、レーザー砲よろしく撃ち出された。

 雷鳴が轟き、猛烈な閃光が大気を貫いた。

 全ては瞬き程度の時間。

 大人一人をまるごと呑み込む太さの光線は一瞬にしてキメラSBの胸の中央を貫通し、そのまま青空へと吸い込まれるように消えていく。

 唐突に訪れる静寂。

 残ったのはただ、体の中央に人が軽々とくぐり抜けそうな風穴を開けられた、シグロスだけ。

 ――決まった。

 僕はそう思った。いくら変身しているとはいえ、あれがシグロスの肉体であるなら、完膚なきまでに心臓が消滅している。間違いなく致命傷だ。

 だけど。

『……ククククハクハハハハハアハハハハハハハハハハッ!』

 笑った。

 シグロスの鹿頭が、何事も無かったように肩を震わせ、哄笑を始めた。あまつさえ、胸に空いた大穴が焦げ茶色の獣毛で埋まっていく。また別のSBのパーツで傷を補修しているのだ。

 ――そんな……効いていない……!? いや、それどころか、今ので何ともないっていうのか……!?

 僕が感じた絶望は、ロゼさんのそれと同じ質量を持っていたはずだ。流石にロゼさんも驚きを隠せず、唖然としている。一撃で仕留められなかったことよりも、シグロスが全くダメージを受けていないことの方が衝撃的だった。

 シグロスはひとしきり笑うと、鹿の顔を器用にも歪めて、下劣な表情を作った。

『あーうんうんわかるわかる俺のコアというかコンポーネントを潰せば何とかなると思ったわけだろ? いやいや間違ってない間違ってないよそれは正しいさだけどな?』

 電子音と混じった耳障りな声が、それでもいやらしく、ねっとりとこう言った。

『俺だって神器の使い方は進歩しているんだよなぁ? ということはさ? 今の俺を構成するコンポーネントが【一つだけとは限らない】ってことだろうんんん?』

 SBの本体は情報具現化コンポーネントだ。どんなSBでも、例えゲートキーパーであろうと例外なく、体内のどこかに核としてこれを持っている。普通に耐久力を奪えば活動停止して元のコンポーネントに戻るが、核ごと破壊された場合、そのSBは何も残すこと無く完全に消滅する。

 シグロスはどうやら〈ミングルフュージョン〉なる術式でSBと一体化している。つまり、核であるコンポーネントを体内のどこかに秘めているのだ。ロゼさんはそれが胸にあると看破し、これを破壊した。

 だが、シグロスの言葉通りなら、奴の核は一つではなく、複数。つまり、

「……体内に持っているコンポーネントを全部潰さないと、倒せない……?」

 我知らず、僕は口に出して言っていた。

 ――一体いくつだ? アイツの体のあちこちは色んなSBの部位で出来ている。これまで何種類出て来た? あとどれだけ隠し持ってる?

 何回殺せば、アイツは死ぬんだ――!?

 今になってようやく、ロゼさんがあんなにもヘラクレスのコンポーネントを求めていた理由がわかった気がする。

 この男は、シグロスは、規格外だ。神器保有者であることもさることながら、それ以上に力の使い方、方向性が常軌を逸している。

 肉体的にも精神的にも怪物である奴に対抗するには、どうしようもなく【破格の力】が必要なのだ。

『――ところでそろそろ俺のターンだよなぁロルトリンゼぇ? あんまりすぐ潰れても面白くないからさせいぜいイイ声で啼いてくれよぉ? はHAハハははHA!』

 醜悪な怪物が、右手のモーニングスターをじゃらりと鳴らし、動き出した。



 ロゼさんにヘラクレスのコンポーネントを渡さなければ。

 そう思うけれど、どうしても隙が見つからない。

 僕の目の前で展開している戦いは、すんなり割って入れるほど生易しいものではなかった。

 唸る四本の鎖と、その二重螺旋の内部にある不可視の力場。高速で動き回るそれらの隙間を、〈裂砕牙〉で武装したロゼさんがすり抜け、拳撃、蹴撃、格闘術式を打ち込む。

 目で追いかけるのがやっとなほどの高速戦闘。

 迎え撃つシグロスは右手のモーニングスターを豪風と共に振り回し、巨大な鉄球で破壊の嵐を起こした。余波を喰らった建物が壊れ、崩れ落ちる。超重量の一撃は路面を陥没させ、大きなクレーターを作るほどだ。また、ロゼさんの攻撃を左腕の甲羅で受けていたかと思ったら、ある時から背中の翼を再び〝ヒュドラエコー〟の触手に変え、彼女の連続攻撃に対応させるようになった。さらには左手の甲羅を、なんとケルベロスの三つ首に変え、火炎、凍気、雷撃を放ち始めたではないか。

 もうメチャクチャだ。

 僕が知っている対人戦闘の常識を遥かに超えている。怪獣大決戦とでも言った方がまだしもしっくりくる。これでは近寄ることすら難しい。だけど、このままではロゼさんに勝機は無い。どうにかして接触して、ヘラクレスを渡さないと――

「ぁあああああああああああッ!!」

 憎悪の感情を剥き出しした声が、ロゼさんの喉から迸る。空中でくるくると縦軸回転すると、背中の鎖も螺旋を描いて周囲に破壊力を撒き散らす。散らばる瓦礫の雨の中を弾丸のように貫いて、ロゼさんは〈裂砕牙〉でシグロスの足を狙う。

 だがそれは読まれていた。シグロスはここぞというタイミングで純白の毛に包まれた片足を振り上げ、サッカーボールを蹴るかのような動きでロゼさんを狙う。

「――ッ!?」

 ロゼさんは咄嗟に路面を蹴って左へ跳び、これをスレスレで回避。風圧でアッシュグレイの髪が躍った瞬間、彼女の身に影が差した。

 真上から、狙い澄ましていたかのごとくモーニングスターの一撃がロゼさんを襲う。

「危ないっ!」

「――~ッ!!」

 僕が思わず叫ぶとロゼさんは両腕を交差させて、頭上に構えた。そこにスパイク付きの鉄球が炸裂する。

「くっ――ぁッ……!!」

 両足を地面にめり込ませて、ロゼさんは耐えた。耐えきった。

 だけど。

 そこに先程回避したシグロスの足が戻ってきて、ハンマーのような踵がロゼさんの脇腹に突き刺さった。

「かっ……!?」

 ロゼさんの喉から呼気が洩れ、その体は交通事故に遭ったような勢いで吹っ飛んだ。

「ロゼさんっ!?」

 この時ばかりは反射的に体が動いた。支援術式の効果をキャンセルしていなかった為、僕は通常の十六倍の速度で宙を飛ぶロゼさんの体を追いかけた。〈シリーウォーク〉で大気を蹴って一直線に。

「こっ、のっ――!」

 どうにか空中で藍色のバトルドレス姿を受け止め、だけど慣性を殺しきれず、僕もすぐ近くの建物の壁まで吹き飛ばされた。

 衝突の瞬間、建物へ背を向け〈スキュータム〉を五枚重ねで発動。背面に術式シールドを展開させて、僕は衝撃を少しでも減らそうとする。

 服屋と思しき建物の二階部分に激突した。

「ぐぁっ!」

 防御力を上げていてかつ直撃を避けたとはいえ、衝撃吸収マットを用意できたわけでもないので、それなりに衝撃があった。壁に罅の走る音が背中に伝わる。

「あっ、たたたた……だ、大丈夫ですか、ロゼさん!」

 打ち身の痛さに呻いている暇があればこそ、僕はロゼさんに安否を尋ねた。僕の腕に抱きかかえられる形になったロゼさんは、ぱちくり、とした目で僕の顔を見上げている。口の端からは、マラカイトグリーンの血が滴っている。

「……ラ、ラグ、さん……? どうして……? っかはッ……!」

 ロゼさんが喀血した。呼吸の音もどこかおかしい。肋骨が折れているのかもしれない。僕はすぐさまストレージからスイッチを取り出すと、ロゼさんの顔の前に差し出した。

「ロゼさん! 〈ヒール〉をかけます! 僕とコンビになってください!」

「え……しかし……」

「いいから! 早く!」

 有無を言わせぬ口調で喚いて、半ば無理矢理にロゼさんの手をスイッチに触れさせる。途端、僕とロゼさんの遺伝子情報を混ぜ合わせた共通プロトコルが生成され、二人の〝SEAL〟がリンクした。

 僕は間髪入れず回復術式〈ヒール〉を発動させる。〈ヒール〉による回復量は受ける相手の体力に依るところが大きい。ロゼさんならすぐに傷が癒えるだろう。

 僕は一息を吐いて、思わず文句を言ってしまう。

「無茶しすぎですよ、ロゼさん……一人で飛び出して行って、あんなのと戦うなんて……」

 ぼやく僕に、ロゼさんは珍獣でも見るような目を向けてくる。息も絶え絶えな様子で、

「……もしかして……捜しにきて……くれたの……ですか……? 私を……?」

「そんなの当たり前です!」

 ちょっとカッとなって、思わず大きな声で言ってしまった。流石にちょっと色々フラストレーションが溜まっていたみたいで、僕の舌はそれだけでは止まらなかった。

「いい加減にしてください! 僕達はもう仲間だって言ったじゃないですか! いきなり居なくなったら心配しますし、捜しにだって来ますよ! 変な意地を張るのも大概に――」

 けど、最後まで言うことなく失速して、僕は言葉を止めてしまった。

 ロゼさんの両眼から、涙の粒がボロボロと零れ落ちていたのだ。さながら壊れた蛇口みたいに。

「えうぁ!? ど、どうしたんですかロゼさん!? い、痛みますか!? ご、ごめんなさいもっと〈ヒール〉を――」

「違います。そうではありません」

 本当に違うようで、明晰な声でロゼさんはそう応えた。脇腹の怪我は順調に回復しているらしい。

 ロゼさんは戦闘ジャケットの袖でごしごしと目元を擦り、涙を拭った。

「申し訳ありません。少し、感情のタガが外れていまして。勝手に水が出るのです。お目汚し失礼しました」

「勝手に水が出るって……」

 真っ赤な目で、強硬に涙ではないと主張するロゼさんに絶句してしまう。この人、本当に根っからの意地っ張りなのだ。もしかして目立たないだけで、我の強さはハヌやヴィリーさんに匹敵するんじゃないだろうか。

「ところでラグさん」

「は、はい?」

「私は別に構わないのですが、この状況を小竜姫に見られると誤解されてしまうのではないでしょうか?」

「へ?」

 言われて気付く。

 僕とロゼさんの顔の距離が、滅茶苦茶近い。それもそのはず。ロゼさんを抱き止めた際、体勢としてはお姫様だっこという奴になった上、壁に衝突した勢いで互いの体がものすごく密着してしまっているのだ。

 もうちょっと距離を詰めれば、二人の唇が触れ合ってもおかしくないぐらいの近さだった。

「うわあっ!? ご、ごごごごめんなさい!」

 慌てて両手を離すと、ロゼさんはするりと僕の腕の中から抜け、猫のような軽やかさで眼下の地面へと着地した。動きを見る限り、傷はもう完全に癒えているらしい。僕も〈シリーウォーク〉を解除して隣に降り立つ。

 僕達がいる位置は、ロゼさんとシグロスが戦っていた場所から五十メルトルほど離れている。つまり、それだけ強烈に吹き飛ばされてしまったのだ、ロゼさんは。

 キメラSBはこちらを向いて、焦らすようにゆっくり歩いてきている。言動から察するに、シグロスにとってこれは戦いですらなく、ただロゼさんとじゃれ合っているつもりなのだろう。だから奴は急がない。

 何より、自分の勝利を確信しているのだから。

 一歩前へ進み出たロゼさんが、振り向かずに言う。

「助けてくださってありがとうございます。しかしラグさん、あの男は私の獲物です。手出しは――」

「無用、なんですよね?」

「――?」

 ロゼさんの台詞を先回りした僕に、彼女は驚いて肩越しに振り返った。

 ここまで来れば、流石に僕にだってロゼさんの気持ちやその扱い方ぐらいわかってくる。うん、と一つ頷き、

「わかってます。お父さんの仇、ですもんね。手助けなんかいらないですよね」

「…………」

「でも……これだけは受け取ってください。必要なはずです」

 僕は自分の〝SEAL〟から、スイッチでリンクしているロゼさんへ【それ】を渡す準備をする。

 無言でこちらを振り返っているロゼさんに歩み寄り、その手をとった。

 接触回線で送信する。

「――! これは……」

 データを受け取ったロゼさんの顔色が明確に変わった。さっき本人が言っていたように感情のタガが外れているせいか、表情の変化が大分わかりやすくなっている。

 困惑の表情でこちらの顔を見つめるロゼさんに、僕は曖昧な笑みを浮かべて質問した。

「受け取るのは嫌ですか? じゃあ僕、クラスタのルールに則って助太刀します。それが嫌なら、それを受け取ってください」

 我ながらずるい言い方だなぁ、と思いつつ、僕はロゼさんの手を離した。

 ロゼさんはしばし、データを受け取った手をじっと見つめていた。琥珀色の瞳が逡巡に揺れている。でも。

 やがてロゼさんはまなじりを決し、ぐっと唇を引き結んだ。完全にこちらへと向き直り、深く頭を下げる。

「ありがとうございます。このご恩は、必ずお返します」

「い、いえっ、気にしないでくださいっ。仲間なんですから、僕達」

 わたわたと両手を振って、ロゼさんの大仰なお礼をやんわりと遠慮する。

 面を上げたロゼさんは、まっすぐな瞳で僕を射貫いた。強い意志の光が、琥珀色の双眸の中で超新星のごとく輝いている。

「見ていてください、ラグさん。必ずやこの手であの男を倒し、全ての元凶を絶ってみせます。――あなたには、是非ここで見届けて欲しいと思います」

 そう宣言して、ロゼさんは再び僕に背を向けた。

 改めて実父の仇と対峙するその背中からは、手に触れられそうなほど濃密な戦意が立ち上っている。

 当たり前だけど、本当に最後まで静観するつもりなんて毛頭ない。もしロゼさんが再び苦境に陥ったら、何があろうと絶対に助けるつもりだ。

 とはいえ、次に見た光景は、僕の助けなど必要ないんじゃないかって思うぐらい、迫力に満ちていた。

 ロゼさんが、僕が渡したコンポーネントをストレージから具現化させる。

 何も無い宙空に、それは現れた。

 シグロスのキメラ型SBの全長にほぼ等しい直径四メルトルもの、巨大すぎるコンポーネント。

 ヘラクレスの魂。

「〈リサイクル〉」

 ロゼさんは宙に浮くそれに対し、使役術式を発動。しかし、ゲートキーパーのコンポーネントは再生する兆しを見せない。

 そこに、

「〈オーバードライブ〉」

 さっきも聞いたロゼさんのオリジナル術式――予想するに神器由来のもの――の起動音声が発せられる。

 ぼう、と巨大コンポーネントがその光をやや強めた。だけど、まだ足りないのか、一向に具現化しようとしない。

 だからだろう。



「 世界を守護する清けき精霊よ 我が心に応えよ 」



 ロゼさんの喉から不思議な響きが生まれた。

「――!?」

 度肝を抜かれた。いつもの癖で慌てて口元を両手で覆ってしまう。

 言霊。

 ハヌが使うのと同じ、キャッシュメモリを用いない古い術式起動方法。それを、いかなる理由か、ロゼさんは紡ぎ始めたのだ。

「 其は禁忌なる力 其は封印されし力 」

 空気がざわつく。アッシュグレイの髪が生きているように蠢く。少しずつ風が吹き始める。

 得体の知れない力が、ロゼさんの体へ収束していくような感覚。

「 我が神なる器の名において 今ここに誓わん 」

 コンポーネントの光が急激に強まった。ハムノイズのような音が足元から迫り上がってくる。

「 我と汝が力と心を合わせ 全ての敵に破滅を与えんことを 」

 音と風が高まり、ついには地面から土煙が巻き上がった。もはや巨大コンポーネントの輝きは直視出来ないほどになって、僕は堪らず顔の前に手をかざした。

 そして、凄烈な声が響き渡る。

「 目覚めよ 」

 高らかに、激しく。



「 其が真名 〈ハーキュリーズ〉 」



 光が、爆発した。





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