リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●13 それぞれが目にするもの






 はっきり言って、想像以上だった。

 正直、これほどまでとは思わなかった。

 フロートライズの上空に現れた巨大な『龍』の顔を見上げて、カレルレンは戦慄する。

「……っ!」

 彼がいる都庁はルナティック・バベルを除けば、この街で一番高い建物になる。その都庁の屋上に設置した司令部――そこにいた者達こそ、間違いなくこの『龍』を一番間近で目にした人間であっただろう。

 カレルレンもその一人だった。

 やはり自分の判断は間違っていなかった、とカレルレンは確信する。

 あの〝小竜姫〟と呼び称される少女が何者かは知らないが、こんな途方も無い力を持つ者をナイツに招き入れたら、何を賭けてもいい、絶対に内部分裂が起こる。

 強すぎるのだ。いっそ、団長であるヴィリーの存在が霞んでしまうほどに。

 小竜姫の術式は発動までかなりの時間がかかる。故に一騎打ちでは間違いなくヴィリーが勝つだろう。

 しかし。

 【条件さえ整えば勝つ場合もある】――というのが曲者なのだ。

 そこには期待が生まれる。議論が生まれる。一番強いのはどちらだ。剣嬢か、それとも小竜姫か――こうして意見は二分され、ヴィリー派と小竜姫派が生まれる。

 ましてや、小竜姫にはあのベオウルフがいる。もはやあの二人はセットとして考えて間違いないだろう。つまり、条件付きながら局地的な戦闘では無類の強さを発揮する少年と、その気になればおそらくこの浮遊島すら破壊する力を持つ少女とが、ヴィリーとカレルレンの対局に立つことになるのだ。

 実際問題、真にどちらが強いかはこの際どうでもいい。彼らと対立することにメリットは無く、力を割くべきはそのような図式を生み出さないことだ。

 幸い先程の問答から察するに、ベオウルフと小竜姫に打算や野心はないらしい。【事後】のことを考えて放った質問だったが、想定以上の成果が得られた。

 今回の事件についても、活躍することで人々から感謝や畏怖を受けたり、エクスプローラーとしての声望を高めるつもりもなさそうだ。

 しかし、それ故にカリスマ姓に優れるとも言える。もし周囲の者達が彼らの本質に気付けば、その崇高さから否でも応でも声価は高まるに違いない。

 危険だ、とカレルレンの直感がささやく。

 彼ら自身がどう考えるかはともかく、まず周囲の者達が放っておくまい。神輿とは担がれるものであり、担がれることは神輿の意思ではないのだ。

 やはりどうあっても、あの二人を仲間にしたいというヴィリーの希望は聞き入れられそうにない。

 いや、それどころか、このまま彼らを捨て置くわけにはいかなくなった。

 世の中は何が起こるかわからない。実際に今、カレルレンの視線の先では視界に収まりきれないほど巨大な龍が身をうねらせて天を舞っている。まるで山脈そのものが生きて動いているかのような光景だ。自分がこのようなものを目にしようとは、予想だにしていなかった。

 故に、カレルレンは決意する。

 この戦いが終わった後、最優先で小竜姫およびベオウルフについて、より詳細な調査を実施することを。

 出来れば彼らを敵に回したくはない。しかし、敵対することになる可能性は、決してゼロではない。

 何時いかなる時も用意周到たれ。それがカレルレン・オルステッドのモットーだった。

 ――悪いが、来るかもしれない未来に備えさせて貰うぞ、小竜姫、ベオウルフ……!

 そう内心で呟き、氷槍と異名を持つ青年は、雄雄しく空を泳ぐ巨龍の腹を見上げる翡翠の瞳に、強い意志の輝きを滾らせた。





「――あれは……『龍』……!?」

 頭上に顕現した異形に、一時、ヴィリーは戦場にいることを忘れた。無論、敵の気配など目で見ずともわかる。視線を上空に向けたまま、右手に握った白銀の剣を横薙ぎに払い、稲妻を纏って突進してきた一つ目の猛牛――ストーンカの角をいなす。

 すれ違いざま、銀弧が一閃。

『PPPYYYYYRRRRRYYYYYYY――!?』

 ヴィリーの脇を抜けてそれでもなお走り続けていたストーンカが突然、五メルトルほど進んだところで派手に転倒した。それもそのはず。筋骨逞しい巨躯から生えていた首の先が、無い。遥か後方に、牡丹の花のごとく地に落ちている。

 交錯した一瞬で、とうに切断されていたのだ。

「あれが――小竜姫の本当の力……!?」

 ストーンカの姿に一瞥もくれず活動停止させた剣嬢は、しかしそれを誇ることも無く呆然と呟く。少し前にハイマルチキャストで警告が出されていたのは認識していたが、よもやこのような事態になるとは思いもしなかった。

 光り輝くような金髪をポニーテールにしている彼女が立つのは、中央区の西側にある露店街の路上。道狭しと並んだ露店の主や客のほとんどは既に避難が済んでいるため、どこか廃墟じみた雰囲気が漂っている。人気が無く活気も無い――そんな隙間を埋めているのは、招かれざるSBの群れ。

 都庁にいながら緊急事態を知ったヴィリーは、ナイツの指揮を副団長であるカレルレンに委任し、飛び出してきた。現在は荒れ狂うSBの怒濤を打ち砕きながら、この露店街の先にあるという〝発生源〟の一つへ向かっているところだった。

 そこへ、スミレ色の巨大アイコンと、天から降臨した巨大な『龍』の顔である。

 フェンサーでありエレメンターでもあるヴィリーは知っている。幻想種とされる『ドラッヘ』と違い、『ルン』は観念――自然現象の化身であることを。

 龍は万物に棲む。

 空に、海に、大地に。

 火に、水に、土に――そして風に。

 ありとあらゆるもの――森羅万象に宿るもの、それが『龍』なのだ。

 エレメンターにとって『龍の顕現』とは、目指すべき極致の一つである。

 龍とは現象の本質。それを露わにするためには、ただ力が強ければよいというものではない。己が扱う力に【芯】と【指向性】を持たせ、完璧に支配下に置き、なおかつ強大なものだけが【龍となる】のだ。

 だがヴィリーの知る最高峰のエレメンターですら、これほど巨大な龍を顕現させることなど到底不可能だ。出来て精々、全長十メルトル前後の大蛇クラスだろう。

 だというのに。

「ちょっと信じられないわね……こんな力が、本当に存在するなんて……!」

 そう呟く口元に、ヴィリーは我知らず笑みを刻む。深紅の瞳が宝石のごとく、煌めきを放っている。

 理屈は所詮、理屈でしかない。この浮遊島ですら体当たり一つで砕きそうなほど絶大な龍は、しかしこの瞬間、確かに目の前に存在している。

 ならば、それが真実だ。

 人の力は、ここまで強大になれる。

 天を舞う風の巨龍こそが、その証左だ。

『GGGGOOOOOAAAAA!!』『GGGGGRRRRRRYYYYY!!』『SSSSSSYYYYYAAAAAA!!』

 四方から電子音の咆吼が上がり、露店の隙間から、路地の陰から、建物の屋上から――いくつもの気配がヴィリーめがけて殺到した。

 ヴィリーは〝SEAL〟のストレージから褐色の剣を実体化させ、左手に握る。右手に持つ白銀の剣と合わせて、二振りを構える形だ。敵の数は多いが、ゲートキーパークラスはおらず、雑魚ばかり。小物相手に振るうほど、愛剣リヴァディーンは安くない。

「――っ!」

 鋭い呼気を一つ。金色の総髪が躍り、無数の剣閃が文目を描いた。

 気配だけを頼りに敵を斬った剣嬢の耳に、SBが活動停止する収斂音が幾重にも重なって届く。

「おもしろいじゃない……!」

 空を飛ぶSBを触れるだけでことごとく屠っていく『龍』――純粋で濃密な力の塊から視線を剥がし、ヴィリーは不敵に笑う。

 地上へ降ろした視界を埋めつくすのは、数え切れない程の敵、敵、敵――

 飛行型ではないSBの大群が、露店街の大通りに充満し、ヴィリーの行く手を阻んでいる。

 ――小竜姫が何者かは知らないが、彼女に出来ることが自分に出来ぬ道理があるだろうか?

 少なくとも、無い、と考えるのが剣嬢ヴィリーの気概である。

 自分の強さはまだ限界に達していない。そして、人は極めれば天を揺るがすほどの力を持つことが出来る。

 ならば、その強さをこの身に――

 そう望むことに、何の遠慮がいるだろうか。

「〈ブレイジングフォース〉」

 燃え立つ心を肉体にも宿し、剣嬢は戦意を高める。抑えきれぬ昂揚はアイスブルーの輝きとなり、幾何学模様を描く〝SEAL〟の輝紋を駆け巡り、体の隅々まで行き渡る。

 サファイアのごとく深い青の炎がヴィリーの全身を鎧い、揺らめく熱波が金砂の流れのようにも見える総髪を躍らせた。

 その美貌に浮かぶのは、気安く剣〝嬢〟などと呼べるほど生易しい表情ではなかった。

 強さと、戦いにかつえた者だけが浮かべる顔。

 ただしヴィリーほどの玉貌ともなると、そんな面持ちでさえ、どこか戦いの女神めいた気品と高潔さが漂っている。

 ――まずはSBの発生源を制圧する。一つずつ確実に潰して回る。誰よりも速く、誰よりも多く、

 誰よりも圧倒的に。

「――悪いけど、あなたの引き立て役になるつもりはないわよ、小竜姫!」

 高らかに宣言し自らを鼓舞すると、剣嬢ヴィリーは力強く地を蹴った。





 何か考えがあったわけではない。

 一人で飛び出して、どうにか出来ると思ったわけではない。

 ただ、あの男が――シグロスが、『ヴォルクリング・サーカス』がこの街に来たのだと確信した瞬間、居ても立ってもいられず、気が付けば体が勝手に動いていた。

 今朝までは何事も無かったのに、今ではすっかり一変してしまったフロートライズの街中を全力で駆ける。

 頭の中で渦巻くのは、悔恨の念ばかり。

 どうして。早すぎる。またなのか。また、大勢の人が死ぬのか。自分のせいで。自分達のせいで。関係の無い人々が。理不尽に。何の因果も無く。

 自分が――ロルトリンゼ・ヴォルクリングが、ここにいるから。

 ただそれだけの理由で。

『GGGGGRRRRRRUUUUUAAAAAA――!!』

「うっ、うわあああああああああっ!?」「きゃあああああああああああっ!?」

「――ッ!?」

 耳障りな吠え声と人の悲鳴に、弾かれたようにロゼは反応する。

 声の発生源へ目を向けると、そこには大型SB〝トロル〟に囲まれた市民達がいた。

 トロルは地域によって大きさや皮膚の色などに多少の差異はあるが、大抵どこの遺跡でもポップする比較的ポピュラーなSBである。体長は二メルトルから三メルトル。人間ではあり得ない不健康的な体色に、落ち窪んだ目と鉤爪のような大きな鷲鼻。総じて体の幅は大きく、逞しい筋肉を持つタイプもいれば、たるんだ肉を波打たせているものもいる。

 この時は青灰色の体皮を持つトロル三体に、十人近い人々が包囲され、今にも虐殺されようとしていた。それなりに引き締まった体躯のトロル三体が、それぞれ無骨な手に握った武器――両刃斧、戦鎚、棍棒を振り上げているところを、ロゼの琥珀色の瞳が捉える。

「――!」

 やはり考えるまでも無く、体が勝手に動いていた。少女はロングブーツの底を石畳に叩き付け、走っていた身に急制動をかける。路面を削るようにして速度を殺しながら、全身の〝SEAL〟を励起。マラカイトグリーンの輝きがロゼの体表を滑り、幾何学模様を描いて広がる。

 ギンヌンガガップ・プロトコルを起動。今身につけている服を戦闘装備に変更する。変化はほんの一瞬だ。孔雀石の輝きが弾け飛んだ次の瞬間には、グラマラスな肢体を薄手のアーマースーツと濃紺のバトルドレスが包んでいる。

 戦闘ジャケットの背部に空いた六つの穴、その内の二つから蒼銀の鎖――DIFA(ダイナミック・イメージ・フィードバック・アームズ)『レージングル』が涼やかな音と共に飛び出し、ロゼの両腕に絡みついた。

「……っ!」

 鋭い呼気と共に跳躍し、猛然と両腕を振るう。二本の鎖が大気を裂いて疾走し、十メルトル以上離れていたトロル達の武器のうち戦鎚と棍棒とを絡め取った。

『GRU――!?』

 突如飛来してまとわりついた鎖を、しかしトロルらは構うこと無く各々の武器を振り下ろそうとする。が、ロゼのレージングルは戦鎚と棍棒のベクトルをわずかに逸らし、両刃斧と激突する軌道へと乗せた。

 ガギン! と三つの武器が打ち合わさって耳障りな金属音を立て、火花を散らす。

『GGGGRRRRUUUAAAAA!』

 互いの膂力に腕が痺れたのだろう。三体のトロルが揃って顔を顰め、不快げに声を荒げた。その大きすぎる隙にロゼはとっくに彼我の距離を殺している。

「〈烈迅爪〉」

 宙に浮いたまま格闘術式を発動。両手足にフォトン・ブラッドが凝縮し、マラカイトグリーンに輝く三本爪を形成する。同時、伸長したレージングルを引き戻すことによって空中を高速移動。

「――ッ!」

 肉薄した瞬間、ロゼの四肢が光の尾を引いていくつもの軌跡を描いた。

『GRA――』

 断末魔の叫びを上げるより速く、トロル三体の体が爆発したように吹き飛んだ。緑青色の傷を体中に刻まれた怪物らは、そのまま地に落ちることなく活動停止して、コンポーネントへ回帰していく。

 勢いを残したまま着地したロゼは、砂埃を巻き上げながら二メルトルほどコンバットブーツの底を路面に滑らせた。完全に停止してから、思い出したようにアッシュグレイの長い髪が背中に覆い被さる。

 脅威の消滅を確認したロゼは、

「……だ」

 いじょうぶですか、とトロルに囲まれていた人々に声を掛けようとして、舌を凍り付かせた。

 視線は九死に一生を得た市民――ではなく、その向こう側へと向けられている。琥珀色の瞳は、僅かだが平素より見開かれていた。

 少女は無言で立ち尽くす。

「――。」

 死屍累々。

 ロゼが目にした光景を一言で表せば、そうなる。

 避難の済んでいない住民が固まって殺されかけていたということは、この一帯にはまだ救助の手が伸ばされていなかったのだろう。

 SBから逃げ切れなかった人々が、そこかしこで無残な死に様を晒していた。

 破壊された町並みに、色とりどりの血痕と、血溜り。人々のフォトン・ブラッドが、凄惨な光景をグロテスクにも色鮮やかに飾っている。

 いかにもあの男――シグロスが好みそうな景色だな、とロゼは頭のどこかで思った。

 SBの攻撃方法は種類によって様々だ。それだけに犠牲者の亡骸も千差万別である。体中のあちこちを食いちぎられている者、胴体の中央に風穴を空けられている者、上半身と下半身が泣き別れになっている者、全身を押しつぶされている者、毒素で皮膚が変色している者――老若男女に関係なく、みな恐怖の顔で事切れていた。

 しかし、これだけが全てでないことは、周囲から聞こえてくる音でわかる。遠くから耳に届く悲鳴や、戦いの響き。

 誰かが家族や恋人の名前を呼んでいる。

 誰かが助けを求めて叫んでいる。

 誰かが攻撃術式の起動音声を放っている。

 子供の泣き声、断末魔の絶叫、甲高い電子音の重奏。

 現在進行形で、この街は地獄と化していた。

 ロゼに窮地を救われた人々は、自身が助かったことを知ると、礼も言うことも忘れて逃げ出した。悲鳴を上げながら、ほうぼうの体で走り去っていく。

 その一切合切をロゼは気に留めなかった。ただ眼前に広がる惨憺たる有様に心奪われていた。

 ――やっぱり駄目だった。

 乾留液タールのような絶望が、ドロドロと胸の中を満たしていく。胸骨と肋骨が鉛と化したように、重苦しくなっていく。

 自分の力は小さすぎる――もう手遅れだ。リザルクの時と同じように、大勢の人が死ぬ。これまでたくさん殺されたことだろう。今だっていっぱい死んでいることだろう。これからも、さらに死んでいくことだろう。

 全ては、自分が間に合わなかったからだ。

 もっと早くここへ来て、もっと上手く交渉して、もっと効率よくヘラクレスのコンポーネントを入手して、もっと迅速にシグロスを殺していれば、こんなことにはならなかったのに。

 全部、ノロマで不器用で頭が悪くて力の弱い自分が悪いのだ。父の仇も取れず、力を得るためと称してこの街まで逃げ落ちて、おめおめと生きている自分が全て悪いのだ。

 なんて度し難い女だろうか。なんて行き汚い奴だろうか。

 何が〝神器保持者〟だ。そんなものクソ喰らえだ。

 もういい。もうやめだ。

 何がどうなろうと、知ったことか。

 父の死の悲しみに暮れる日々も、シグロスへの憎悪に燃える苦しみも、〈コープスリサイクル〉で殺された人々への罪悪感に苛まれる時間も、小さな子供二人を騙そうとする後ろめたさに眠れぬ夜も、何もかも今日でお終いだ。

 結局、自分はベオウルフと契約を結べず、ヘラクレスのコンポーネントを受け取ることが出来なかった。しかし、もはや構うものか。自分には果たさなければならない責任がある。

 この街のどこかにいるはずのシグロスを見つけ出し、刺し違えてでも殺す。

 それだけだ。

 それだけが、自分――ロルトリンゼ・ヴォルクリングにただ一つ残された、今も生きて歩いていても良い理由なのだ。

『GGGRRRR……』『PPRRYY……』

 歯を食いしばり、自暴自棄な気分を持て余すロゼの周囲に、種々様々なSB達がにじり寄ってくる。

 ロゼが今目にしている死体の山を作った奴らに違いなかった。

「……ッ!」

 感情の内圧は一気に最高潮に達した。琥珀色の双眸に剣呑な輝きがギラつく。

 SBには意志がないのは知っている。奴らは殺意を持って動いているわけでは無い。設定されたアルゴリズムによって、敵性対象となった相手を攻撃しているだけだ。ハンドラーであればこそ、そのことは充分すぎるほど知悉している。

 しかし。

『PPPPRRRRRRYYYYYY!!』

 右斜め後ろから襲いかかってくる気配に、ロゼの全身の筋肉が軋みを上げるほど強張った。〝SEAL〟の輝紋からマラカイトグリーンの光が迸る。

 振り向きざまに、右の裏拳を一発。

 跳び上がってロゼの頭を噛み砕こうとしていたレッドファング――下位SBレッドハウンドの上位種。大きな牙が特徴――の頭蓋を、鎖を纏った拳が打ち砕いた。青白いフォトン・ブラッドを撒き散らしながら、花火のように爆ぜるレッドファングの頭。

「――赦さない……」

 掠れた小さな声で、ロゼはそう呟いた。拳を強く握りしめ、薄手のアームガードがギチギチと音を立てる。使用者の戦意を反映されたレージングルが小刻みに震え、しゃしゃらと鳴る。

 とうに覚悟は固まっている。例えこの身を犠牲にしてでも必ずシグロスを殺すと決めた。だがどうせ死ぬのなら、それまでに少しでも蔓延るSBを駆逐し、可能な限り人を救うのもまた務めだ。

 もはやロゼは感情を押し殺そうとは思わなかった。玲瓏な面貌を怒りに染め、刃のごとく鋭い視線で周囲のSBを睥睨する。

 戦闘ジャケットの背中に空いた六つの穴。その内の上部二つから蒼銀のレージングルが出ているが、さらに下部二つの穴から新たな鎖が生え出た。先端に熊の手ほどの大きさの鉤爪が付いた、紅銀の鎖――DIFA『ドローミ』。ジャケットの穴の内部はギンヌンガガップ・プロトコルによる入出力空間になっているため、データ化されている分の重さは感じない。

 DIFAであるレージングル、ドローミは鎖でありながら使用者のロゼの意志を受けて変幻自在に動く。これこそが、ロゼがソロでありながら強力なSBの跋扈するドラゴン・フォレストでエクスプロールを続けてこられた最大の理由だった。

 蒼銀と紅銀の四本の鎖は、次から次へと背中の穴から溢れ出て、石畳の上を水のごとく流れ動く。

『GGGGRRRRRRUUUUUAAAAAA!!』

『UUUUURRRRRYYYYYY!!』

『BBBBBBRRRRRRRRAAAAAA!!』

 ロゼを敵性対象と認識したSBが吼え、一斉に動いた。大型SBのトロル、ペリュトン、ガルムにシーサーペント。中型SBのスノーファングにバイコーン、クロードモンキー。空からも大小無数の飛空型の群れ。中にはロゼには見覚えのないものも多数混じっている。

「〈リサイクル〉」

 ロゼは右掌に緑白色のコンポーネントを一つ取り出し、使役術式を発動させた。ここに至って出し惜しみをするつもりはない。ロゼはいま手持ちで最大の戦力を再生させる。さらに、

「〈リインフォース〉」

 術式によって〝機甲化〟を施した。

『――ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 果たして顕現したのは、金色の単眼と鉄色の皮膚を持つ、全長四メルトル近い一つ目の巨人。

 金に輝く単眼と、黒金に輝く肉体には常に稲妻が走り、その手に持つ戦鎚には無数の棘が生えている。

 雷の巨人とも呼ばれる大型SB――〝サイクロプス〟。主にドラゴン・フォレストやチョコレート・マウンテンなどでポップする、巨人型SBである。

 単体でも強力なSBを、ロゼの術式〈リインフォース〉がさらに強化する。巨体の至る所をマラカイトグリーンの光が覆い、鎧と化す。一本角が生えた頭にも同色の兜が形成され、テーブルほどもある大きな掌に握られた戦鎚は一回り以上も太くなり、長さも追加された。

 自由自在に動く四本の鎖に、〈烈迅爪〉を備えた両手足――蜘蛛ごとく八つの武器を持つハンドラーに、武装を纏った稲妻を帯びる一つ目の巨人。

 それらに襲いかかるSBの行く末など、知れていた。

「はぁあああああああっ!」

『グォアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 ロゼの口から裂帛の気合が迸り、応じるように機甲サイクロプスが野太い雄叫びを上げる。

 二色の鎖が躍り、輝く爪が走り、巨人が暴れた。

 蒼銀のレージングルは生きている蛇のようにのたうち、地上から近付いてくる敵を時に打ち据え、時に先端の分銅で打ち砕く。紅銀のドローミは空へと伸び上がり、飛行型SBの体にまとわりつくと、先端についた大きな鉤爪でこれを引き裂く。それぞれの鎖が一連の動きを高速で重ねていく。

「――破ぁっ!」

 銀鎖が描いた文目を抜けてきた小型SBを、ロゼの四肢に備わった〈烈迅爪〉が迎撃する。レッドファングにブラックハウリング、クロードモンキーといった俊敏さが特徴のSBとて、

「〈グラビトンフィールド〉」

 重力の増した空間に入っては、持てる力の半分も発揮できない。弾丸のごとく放たれるロゼの拳と蹴りに瞬く間に叩き潰されていく。

『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 力強い咆吼と共に猛然と振るわれるのは、稲妻を帯びた戦鎚の一撃。厳ついスパイクを無数に生やした柱のごとき金属棒が、近付いてきたトロル五体をまとめて吹き飛ばす。玩具のように容易く宙を舞ったトロル達は、雷撃に焼け焦げながら活動停止していった。

 周囲の敵を一掃すると、ロゼは更なる敵を求めて駆け出した。

 このままSBの密度が濃い方角を進んでいけば、いずれは〈コープスリサイクル〉を発動させている龍穴へと辿り着くだろう。そこにいるはずの『ヴォルクリング・サーカス』のメンバーを潰せば、SBの発生源を減らすことが出来る。

 まずは全ての〈コープスリサイクル〉を止める。元凶のシグロスを探すのはその後でいい。

 それにシグロスとて、今頃はロゼを探しているに違いない。ならばせいぜい派手に暴れて、ここにいるぞと喧伝してやればいい。そうしてノコノコと出て来たあの男と自分が差し違えたとて、この街にはベオウルフがいる。小竜姫がいる。また聞いたところによると『蒼き紅炎の騎士団』の〝剣嬢〟ヴィリーや〝氷槍〟カレルレン、他にも『サムライ・クライン』や『ラーズグリーズ』といったトップクラスのクラスタがいるという。

 彼らならきっと――否、必ずやこの災禍を止めてくれる。ロゼはそう確信していた。

 身内がしでかした不始末を他人に任せるなど、無責任にも甚だしいと理解してはいたが、しかし、命を賭してシグロスを討つ以外にロゼは責任をとる術を知らなかった。

 と、その時、ハイマルチキャストによる緊急通知がロゼの〝SEAL〟に届いた。

 視界の端に浮かぶ短い文面には、こうあった。

『緊急連絡 空を飛ぶな危険 〝小竜姫〟が暴れます』

 何の話なのかさっぱりわからなかった。とりあえず空を飛ぶつもりはなかったので、ロゼは半ばそれを無視して戦い続けた。

 そのまま機甲サイクロプスを引き連れて大通りを北上し、北区の入り口に差し掛かった時だった。

 不意に、空にスミレ色の光が広がった。

「……?」

 つい最近、どこかで見たような色の光だとロゼは思いつつ、それでも意識の大半を、行く手を阻む敵へと集中させていた。蒼と紅の鎖が迫り来る大群を打ち払い、その隙間を抜けて突撃してきた双角の馬――バイコーンの脳天を〈烈迅爪〉で叩き割る。

 ふと風が肌を撫でる感触に、嫌な予感を得た。

「――!?」

 気付けば、全てのSBが動きを止めて空を見上げていた。それは、プログラム制御の怪物達としては、通常有り得ない行動だった。

 堪らずロゼも空を見上げてしまう。

 そして、スミレ色のアイコン越しに、彼女は見た。

 ラトやヴィリー達、街にいるほとんどの者が目撃した強大な『龍』の顔を。

 圧倒的な力で、空を飛んでいた飛行型SBが消滅していく様を。

 さらに空にいたSBだけではなく、少しでも地上を離れていたものは、まるでスミレ色の巨大なアイコンに吸い込まれるようにして上昇し、風の龍へと呑み込まれていく。

 巨大な龍が天を舞っていたのは、本当に僅かな間であった。

 信じられないほど大きな顎門を持つ龍が、さらに大きなスミレ色のアイコンの中へ消えていき――やがて、すっきりとした綺麗な青空だけが残る。

 この瞬間、ロゼは過たず理解した。

「これが……小竜姫の……」

 先程の緊急メッセージの意味が、ようやくわかった。つまりは【こういうこと】だったのだ。

 改めて、ロゼは確信を深める。

 やはり、大丈夫だ。例え自分がいなくなったとしても、この街は滅亡から救われる。これほどの力を持つ少女と、その側に【あの】少年がいるのだから。後を任せることに、何の憂いがあるだろうか。



「へぇ、こいつはすごいな。正直、想定外だ」



「ッ!?」

 出し抜けに横合いから聞こえてきた声に、ロゼは身を竦めるような反応を見せた。

 聞き慣れた――どころか、むしろ心待ちにしてすらいた声音だったからだ。

「――――」

 声は背後の、高い位置から降ってきた。

 ロゼはゆっくりと振り返り、二階建ての屋根を見上げる。

 そこには逆光を背負って立つ、一つの影。

 頭に制帽を被り、コートを羽織った軍服のようなシルエット。顔の中央で二つ、人魂のようにぼんやりと光っているのは、ライトブルーの瞳だろうか。

 聞き間違えるはずもなければ、見間違えるはずもない。

 人影は青空を見上げながら、飄々と言う。

「意外な伏兵もいるものだなぁ……まぁ別にどうでもいいけど。というか、うん。せっかくだから、【アレも欲しい】な。ついでに貰っていこうか」

 影になって見えなくとも、口元に下卑た笑みを浮かべているだろうことは疑い得ない。

「――けど、その前に」

 つい、と薄蒼色の目線が下へ落ちて、迷うこと無くロゼに向いた。

 とっくにこちらの存在に気付いていたに違いない。この男の、こういう妙に芝居がかったところが、ロゼは嫌いだった。

 幽鬼か何かのように揺らめく影が、にたり、と笑うのがわかった。

「お前と【話し合い】をしてからだよな? なぁ、ロルトリンゼ――【お嬢さん】?」





「ロゼさぁあああああああああんっ!」

 大声で呼び掛けながら、街中を駆ける。

 あれから支援術式〈シリーウォーク〉で宙を走り、ハヌを都庁にいるカレルさんのところに送り届けてから、僕は敢えて地上を駆けずり回ってロゼさんの行方を捜していた。

 空のSBはハヌの術式で一掃されたけど、あの時『ヴォルクリング・サーカス』の所有する全ての飛行型が再生されていたわけではない。今もなお現在進行形で、新しい飛行型SBが至る所で出現しているのだ。さっきみたいに空を埋めつくされる時が来るのは、そう遠くないはず。

 それに、地面の上は建物のおかげでSBが襲いかかってくる方角が限られるけれど、空中はそうではない。あらゆる方向から攻められながらロゼさんを捜すのは、どう考えたって無理がある。

「ロゼさぁああああああんっ! ロゼさぁあああああああんっ!」

 また飛行型SBが空を占領した時のために、ハヌには都庁で待機してもらっている。というか、ハヌ本人が言い出したのだ。

 あのとんでもない術式で空のSBを全滅させ、それから地上の敵をどうにかこうにか片付けた後、出し抜けに、

「ラトよ、妾をカレルのいる場所へと連れて行け」

「――ええっ!? な、なんでっ? ロ、ロゼさんはどうするのっ?」

 てっきり一緒にロゼさんを捜しにいくものとばかり思い込んでいた僕は、驚いて聞き返してしまった。ちょうどブラッド・ネクタルを飲んでフォトン・ブラッドを補充していた時だったので、危うく吹き出してしまうところだった。

 するとハヌは右手の人差し指で自分の側頭部を、とんとん、と叩いてこう言った。

「うむ。妾も考えてみたのじゃが、此度の件については妾とラトは別行動をするのが良かろう。当然ロルトリンゼを見つけるのが最優先じゃが、かと言ってこの状況を放っておくわけにもいくまい? ラトも出来ることなら多くの者らを救いたいじゃろう?」

「う、うん……それは勿論、そうなんだけど……」

「ならば役割分担じゃ。ラトはロルトリンゼを捜す。妾はカレルらと共闘して化生共を片付ける。ロルトリンゼが見つかった後は、またその時に考えればよい。どうじゃ?」

「……う、うん、そ、そうだよね。それがいいよね、うん……」

 予期していなかった単独行動に不安を抱いてしまう。けれど、この状況で弱音を吐くわけにはいかない。それに、ハヌの言うことは理に適っている。エクスプロールをしているわけではないのだ。今みたいな状況なら、別行動をした方が断然いいに決まっている。

 だけど――さっき『妾とラトが揃えば、それは最高のコンビじゃ』なんて言ってくれたから、すごく嬉しかったのになぁ……

 なんて内心でしょぼくれていたら、くふ、とハヌが笑った。

「――ラト、そう気落ちするでない。例えどれほど遠く離れていようと、妾とラトはこの世で唯一無二の親友じゃ。先程も言うたじゃろう。妾らは最高のコンビじゃ、と。妾とラトの絆は、この程度の距離では決して綻びぬ。安心せい」

「ハヌ……」

 心の中を見透かしたように微笑むハヌに、僕はまたも安心をもらう。そうだ、いつかのように僕が彼女の手を払って離れるわけではないのだ。不安になることなんて、何一つ無いじゃないか。

「そ、そうだね! そうだよね! それに、その気になったらいつでも通話も出来るもんね! うん、大丈夫! ありがとう、ハヌ!」

 急に元気になって声を高めた僕に、ハヌは笑顔でうんうんと頷く。

「よかろう。ならば善は急げじゃ! ゆくぞラト!」

「うん!」

 ――というやりとりを以て、僕はハヌのちっちゃな体をお姫様だっこすると、〈シリーウォーク〉ですっきり綺麗になった青空を駆け上がり、都庁へと飛んだ。

 身体強化の支援術式も併用して疾風のように都庁を目指し、前もって聞いていた屋上の司令部へと降り立つと、僕はそこにいたカレルさんにハヌを預けた。話は移動中につけてあったので、カレルさんは快諾してくれた。

「是非も無いな。あれだけの力を見せてもらった後だ、断る理由がない。こちらこそよろしく頼む」

「まかせよ」

 きちんと頭を下げてくれたカレルさんに、ハヌは胸を張ってそう請け負う。歴戦の勇士であるカレルさんは業物のオーラを放つハルバードを手に、完全武装していた。そんな相手から頭を垂れられても、怖じ気づくどころか鷹揚と対応できるハヌの器は、やっぱりすごいなと思う。

「ラグ君、小竜姫の安全は俺が保証する。これでも騎士だ。君の大事な姫に指一本も触れさせやしない」

 頼もしく約束してくれたカレルさんに、僕もまた「よろしくお願いします!」と頭を下げた。

「それじゃ、また後でね!」

「うむ。気をつけよ!」

 カレルさんからいくつかこれからの作戦行動について教えてもらってから、僕はハヌに手を振って司令部から離れた。

 ――それから、こうしてロゼさんの姿を求めて走り回っているのだ。

「ロゼさぁ――――んっ! いたら返事してくださぁ――いっ!」

 今頃は都庁の屋上でハヌの強力な術力を囮として飛行型SBを集め、自警団や『NPK』の人達は勿論、カレルさんも戦っているはずだ。ハヌだって何も天龍を呼び出すだけが全てじゃない。僕と出会った頃に一度だけ見せてくれた〈天剣槍牙〉という【抑えめ】の術式だってある。勿論ルナティック・バベル内じゃ使えなかったけど、今なら遠慮は必要ない。

 時折、都庁の方角から聞こえてくる砲撃のような音を大気の振動として感じつつ、僕はロゼさんを呼び続ける。

 彼女がどこへ行ってしまったのか、さっぱり見当が付かない。この街の人ではないから土地勘なんてないはずだ。仇のシグロスという人物を捜しに行ったと思うのだけど、ロゼさんには何か当てがあったのだろうか? せめて、何か目印でもあればいいのに――

 そんな事を考えながら人気の無い区画――既に住民の避難が完了していて、SBの姿もあまりない――を走っていたら、不意に【その光景】に行き当たってしまった。

「――……ッ!」

 思わず、足が石になってしまったみたいに立ち止まってしまった。

 僕が見たのは――色彩豊かな、死体の山。

 多分、避難が間に合わなかった人達。あるいは、救助に来たはずの自警団やエクスプローラーが力届かず、負けてしまったのかもしれない。もはや、どれが一般人でどれがそうでないかなんて、判別のしようもないけれど。

「こんな……! ひどい……ひどすぎる……ッ!」

 心のどこかで覚悟はしていた。こういったものを見ることになるだろう、と。けれど、本物を目の前に、そんなちゃちな覚悟はひとたまりもなかった。

 かつて、ヘラクレスのいるセキュリティルームで起こった虐殺とはまた違う。戦う覚悟も用意もないまま殺されてしまった人々の亡骸に、僕は物理的に胸の中央を穿たれたかのような衝撃を受けた。

 ロゼさんの話に間違いがなければ、【これ】を引き起こしたのがシグロスという男だ。

 僕にしてみれば、こんな残酷なことが出来る時点で、そいつは狂っているとしか言いようが無い。

 何があろうと、絶対に赦されない所行だ、これは――!

 煮え立つマグマのような怒りを覚え、僕は右手に持った白虎の柄を強く強く握り締める。

 その時、通りの向こうから地面をどよもすSBの大群が現れた。中型から小型の地上型SBばかりが、ようやく見つけた敵性対象である僕めがけて動き出す。

 どいつもこいつも力が有り余っているのだろう。各々が耳障りな電子音をがなり立て、我先にと突撃してくる。

「――んのっ!」

 頭の中が怒りで染まった。こいつらを放っておいたら、また誰かを殺すかもしれない。けど全部を片付けていたら、今度はロゼさんの方が手遅れになるかもしれない。

 ――だから、可能な限り蹴散らしながらロゼさんの捜索を続ける。

 そう決意して、僕は石畳を蹴った。

 白虎を構え、支援術式でフルエンハンス。強化係数を一気に六四倍に。

 次いで、攻撃術式を叫ぶ。

「〈ドリルブレイク〉――!」

 背中からフォトン・ブラッドを噴出し、僕はディープパープルの弾丸と化して、SBの大群へ真っ向から突っ込んだ。

「そこを――どけぇええええええええええっ!!」




「リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く