リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●11 絶望を呼ぶ数字





 ――先日、父が殺されました。

 ――殺したのは、私の兄弟子でもあった、シグロスという男です。

 ――私は父の仇を取るため、シグロスを殺すために、ヘラクレスの力を必要としています。



 以上が、ロゼさんが何の感情も見いだせないほど抑揚の欠いた口調で語った、『事情』の枢要だった。

「――とうに気付いているとは思いますが、私の父は『ヴォルクリング・サーカス』の創始者であり、リーダーでした。今ではシグロスに乗っ取られ、クラスタからテロリスト集団へと変わってしまいましたが」

 ロゼさんの唇から白い息が漏れている――そんな幻視を見てしまうほど、その声は凍えていた。

 やはりというか何というか。彼女は数々のニュースにその名前を躍らせている『ヴォルクリング・サーカス』の関係者――どころか、その頭領の娘だったのだ。

 まさに渦中の当事者である。

「父が死んでいたのは、近場の遺跡――ドラゴン・フォレストの敷地内でした。そのため、警察機構による捜査はされておりません。ですので、父を殺した犯人がシグロスであることを証明する手立ては、残念ながら私にはありません」

 いつだったかカレルさんが語ったように、遺跡レリクスの内部はどんな国家をも干渉できない無法地帯だ。当然、その内部で起こった事全てが『自己責任』という一言で片付けられてしまう。故に、遺跡内で殺人が起こったとしても、どこの国の警察も捜査には乗り出さないのだ。

 もちろん、かつてはこのルールを利用して完全犯罪が成されたこともある。世の中には、どんなものでも悪い事に利用しようとする人は出てくるものなのだ。その為、今では一般の人々は、遺跡に近付いた時のみ発動する警報術式アラートアプリを〝SEAL〟にプリインストールして対策している。術式に登録してある遺跡の座標に近付くと――他者によって強制的に連れ込まれようとすると――、自動的に最寄りの警察機構に通報が行く仕組みだ。各国の警察機構も、この術式が関与している殺人、強姦、強盗などについてはきっちり捜査し、検挙もすると国際法で定められている。

 しかし、ロゼさんのお父さんはハンドラーだった。つまりエクスプローラーである。当然、警報術式なんてインストールしているはずもなく、遺跡内で死んでいたということは、それが他者による殺人だろうがSBによる事故死だろうが、全ては『自己責任』として処理されてしまう。

 つまりは、暗殺。それがロゼさんのお父さん――オーディス・ヴォルクリング氏に降りかかった不幸の名前だった。

「ですが、私は確信しています。父を殺したのは、あの男――シグロスに間違いないと。勿論、他のメンバーも無関係ではないでしょうが……直に手を下したのはあの男です。絶対に」

 最後の一言に、強い力が籠もっていた。それもそのはず。肉親を手にかけた犯人の話をしているのだ。むしろ、これまで落ち着き払って語ってこれた方がおかしい。

 琥珀の瞳の奥に、冷たいダイヤモンドダストの輝きを秘めて彼女は続ける。

「奴が父を殺した目的はわかっています。父が開発していた術式――〈コープスリサイクル〉です」

 確かに聞き覚えの無い術式名だった。と言っても、僕とて全術式の名称を〝SEAL〟のデータベースに網羅しているわけではないので、知らないものがあるのは当然なのだけど。

 まだ世に発表されていないオリジナル術式のスペックを、ロゼさんは聞くまでもなく説明してくれる。

「もうご存じだとは思いますが、〈コープスリサイクル〉は私の出身地、リザルクの街を壊滅へと追い込んだ術式です。その性能はニュースを見ての通り――複数、それも大量のSBを同時に使役し、暴れさせるというものです」

 もしかしたら、とは思っていた。遺跡以外の場所でSBが具現化する――そんなことが可能なのはハンドラーぐらいなものだ、と。

 でも、まさか、本当にそうだったなんて――

 犠牲者は三千人を超えていると、ニュースには載っていた。リザルクの街に出現したSBの数は千体以上だったとも。

 街一つが、丸ごと壊滅させられたのだ。

 術式一つで。

 それだけの規模の破壊と殺戮をもたらす術式を、僕は他に知らない。否、もしかしたらハヌが本気で最大級の術式を発動させれば、同じかそれ以上の威力を発揮するのかもしれないけど。

 だけど、こと残忍さにおいては、〈コープスリサイクル〉は他の追随を許さない術式だと思う。

 何故なら、三千人の犠牲者は術式そのものによって消滅したのではなく、千体以上のSBによって【直に殺された】のだから。

「父は〈コープスリサイクル〉を完成させる前に、シグロスに殺されました。おそらく彼らが使用している術式は、シグロスの手によって【無理矢理】完成させられた〝偽物イミテーション〟でしょう。見ただけでわかります。【あんなもの】、父が目指していた理想とは程遠い出来損ないです」

 ロゼさんは言う。本物の〈コープスリサイクル〉は、もっと高機能の術式になるはずであったと。

「〝軍団コープス〟と名にある通り、本来の〈コープスリサイクル〉は、使役されたSBの大軍を指揮するのが本領でした。しかし、彼らの術式はただのオートハンドル。コマンド入力も出来ず、ただタグによって敵味方を識別するのみの劣化版。言うなれば、危険な猛獣を解き放つだけの術式です。大量虐殺には向いているかもしれませんが、およそ戦場では役に立つ代物ではありません」

 僕は脳裏に思い浮かべてみる。〈コープスリサイクル〉という術式によって具現化するSBの〝軍団〟。しかしそのSB達は、遺跡にポップするそれらと同じように、目についた獲物に向かって無秩序に襲いかかるだけ。戦力の集中であるとか、相互連携による効率化であるとか、そういったことは一切考慮されない。当然、たまたま近くに別のクラスタないしパーティーがいた場合、〝軍団〟は彼らにだって見境無く襲いかかる。結果、その場でエクスプローラー同士の抗争がなし崩し的に始まってしまうことだろう。

 確かに、どう考えても色々な意味で危険すぎて使い物にならない。ロゼさんの言う通り、使えて精々が虐殺という、最悪の術式だった。

「父はその欠点を解消するため、さらなる研究が必要と考えていました。それ故、開発の中止をクラスタのメンバーに宣言したのです。何分、〈コープスリサイクル〉の完成は『ヴォルクリング・サーカス』にとっても悲願でしたから。それが一応でも形が出来上がってしまえば、メンバーは皆それに期待してしまいます。父の判断は、未完成の術式を迂闊に世に出さないためのものだったのですが……」

 冷静な声が、しかし尻窄みになって消えていった。

 ロゼさんの言葉の続きは、容易に推測できる。

 術式の開発中止――その宣言が契機となって、オーディス氏はシグロスという人物に殺されてしまったのだ。

 黙り込み、視線を下に向けてしまったロゼさんに、僕は申し訳ないなと思いつつ質問を口にする。

「あの……ちょっと聞いていいでしょうか……?」

「はい、なんでしょうか」

 おずおずと片手を上げながら声をかけた途端、再起動したみたいにロゼさんの面が上げられる。躊躇しても仕方が無いので、僕は思いきって先程から疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「その……さっき、術式を【無理矢理】完成させた、と言ってましたけど、それってどういう……?」

 開発途中の術式を、研究を引き継ぎ最後まで完成させる。それ自体は別に不思議でも何でもない。けれど、その前についた〝無理矢理〟という副詞が気になってしまったのだ。

 ロゼさんは、ああ、という顔をして――そうは言ってもほんの僅かな変化なのだけど――、逆にこんな質問を返してきた。

「――ラグさんと小竜姫は、〝神器〟というものをご存じですか?」

「神器……?」

 突如出てきた奇妙な単語に、僕は隣のハヌと顔を見合わせた。金目銀目をキョトンとさせたハヌは、ふるふると首を横に振り、知らぬ、聞いたことが無い、とジェスチャーで表現する。

 一方、僕はと言うと、

「えっと……き、聞いた事はありますけど……でも、それってただの都市伝説じゃ……?」

 巷によくある話である。どこそこの湖にはSBではない本物の幻想種・海竜が棲息しているとか。北方の山脈の深奥には全身毛むくじゃらの精霊がいるとか。合わせ鏡の間に立つと何枚目かの鏡像は自分が死ぬときの顔になっているとか。岩に刺さった聖剣を抜くと王様になれるとか。

 要は作り話である。与太話というよりは御伽噺に属するもので、信じているのは小さな子供か、現実逃避が好きな人ぐらいだ。

 なお、僕が聞いたところによる神器については、

「――確か、名前の通り神様の力が込められたもので、十二個全部集めると何でも願いが叶うとか、っていう……」

「そうです。その神器です」

 あっさりとロゼさんは首肯した。

「へ?」

 思わず変な声が出てしまったのは、我ながら他人事のように言ってしまうけど、正直無理からぬことだと思う。だって、何の脈絡も無くいきなり【神器】である。それとさっきの質問との間に何の関係があるのか、さっぱりわからない。

 突拍子も無い話をしているというのに、ロゼさんは熱っぽさの欠片も見せず実に淡々と言う。

「シグロスはその神器の一つを持っています。神器を持つ人間、それを通称〝神器保有者セイクリッド・キャリア〟と呼ぶのですが、彼はその十二人いる内の一人なのです」

「……はい?」

 話が逸れたというより、いきなり別の次元へ転移してしまったような気がした。おかしいな、いつの間にロゼさんの身の上話から御伽噺へと話題が移ってしまったのだろうか?

 二人して何とも言えない微妙な顔を並べる僕とハヌに、しかしロゼさんは頓着すること無く、

「シグロスが持つ神器の特性は――」

「い、いやいや! ちょ、ちょっと待って下さい、待って下さいっ!?」

 そのまま話を続けようとするので、慌てて両手を振って待ったをかけた。いや、本当にちょっと待って欲しい。まだ全然頭の整理が追い付いていないのだ。

 僕は混乱しそうになる頭を片手で押さえ、もう一方の手でロゼさんを制しつつ、思考を整える。

「――え、あの、ご、ごめんなさい、でも、ちょっといいですか? その、当たり前みたいに神器が【存在する】って前提で話が進んでるんですけど……あ、あれって御伽噺っていうか、神話っていうか――つ、作り話ですよね? 実際には存在してないもの、ですよね……?」

「いいえ、存在します」

 しれっとロゼさんは断言した。

 僕の頭の中が真っ白になる。

 ロゼさんは重ねて言った。

「神器は都市伝説でも御伽噺でもありません。現実に、実際に、実在するものです」

「…………」

 そこにいるのが、ロゼさんの姿をしたエイリアンのように思えてきた。

 この人は何の話をしているのだろうか。

 本気なのか冗談なのか、まるで判断がつかない。

 いや、でも――常識で考えれば、状況的にここでふざける理由はないはず。

 ――ということは、ロゼさんは本気で言っている、ということになる。神器なるものが、この世に存在すると。

「……ほ、本当に……?」

「本当です」

 思わず念押しで聞いてしまった僕に、ロゼさんは辛抱強く肯定した。

 この時の僕の気分をどう言い表せばいいだろうか。

 多分、桃から生まれた人間が実在するとか、海の底にお姫様が住む宮殿が実在するとか、吸血鬼や動く死体が実在するとか、そんなことを言われた時の気分に似ていると思う。

「よいではないか、ラト。事の是非はさておき、今はロルトリンゼの話を最後まで聞くのが肝要であろう」

 眉に唾をつけようかと考えていた僕に、隣のハヌがそう差し挟む。確かにその通りだったので、僕は引き下がり、居住まいを正した。

 ロゼさんは頷きを一つし、僕が折った話の腰を立て直す。

「もう一度言います。神器は作り話では無く、実在します。――と言っても、物質的なものではありませんが」

 物質的な存在ではない。それはつまり、

「神器は〝概念〟です。確たる形を持たず、人から人へ伝わっていく特殊能力――それが〝神器〟の正体です。目に見える物として存在していないが故、今のラグさんのように、普通の人々の間では『都市伝説』として語られているのです」

 ――概念、である。まさか、という表現だった。生まれて初めてその単語を耳にしたような、そんな錯覚さえ僕は覚える。

 今ひとつ掴みきれてない僕は、つい質問を口にしてしまった。

「……というと、〝SEAL〟に書き込まれているデータ、みたいなものとか……?」

 ロゼさんは小さく首を横に振った。

「いいえ、データでもありませんし、術式でもありません。残念ながらコレは、実際に所有してみなければ理解できない感覚だと思われます。ですが、神器という〝概念〟は、確かに存在し、人の中に宿るのです」

「な、なるほど……?」

 わかるような、わからないような、微妙な感じだった。が、それをさておいても、今のロゼさんの言い方には小さな違和感を覚えた。

 実際に持ってみなければわからない感覚を、どうしてロゼさんは理解しているのか? という疑問である。

 おそらく、その疑念が顔に出てしまったのだろう。ロゼさんは僕の表情を見て取ると、普通にこう言った。

「私も〝神器保持者〟ですので、神器の存在は感覚でわかるのです」

 昨日の晩ご飯はドリアでした、みたいな軽い言い方だった。

 あっさりし過ぎていて、驚くタイミングがまるでわからなかった。

「……あ……えっと、はい。そ、そうなんですね……?」

 ロゼさんの調子に合わせて、僕もついさらっと流してしまう。

 ここまで来ると、もう驚くとか呆れるとかを通り越して、それはそういうものなんだ、という風に飲み込むことしか出来なかった。

 以前ハヌが現人神だとわかった時は、我ながら派手に驚いて声を上げてしまったものだけど、神器というものがよくわからないだけに、今回はリアクションするとっかかりが無かったのかもしれない。

 熱の低い反応をする僕と、黙って話を聞く体勢のハヌに、ロゼさんは遠回りしていた話の本筋をようやく元に戻す。

「神器は十二種類、それぞれに異なった特性があります。簡単に言ってしまえば、私の神器は〝超力エクセル〟。シグロスの神器は――〝融合ユニオン〟になります」

 ここでやっと、僕の質問に対する答えへと繋がった。

「シグロスの神器は、その名の通り〝融合〟の概念――即ち【どんな物をも融合させる力】を持ちます。彼はその力を用いて、エンチャンターがよく使用する龍脈からエネルギーを吸い出す術式〈ジオアブソーブ〉と、開発途中の〈コープスリサイクル〉とを融合させ、無理矢理に完成形へとこじつけたのです」

 エンチャンターというのは、付与術式を得意とするエクスプローラーのタイプを指す。付与術式というのは、僕がよく使用する支援術式と似て非なるものだ。

 支援術式は原則、対人に使用される。身体強化を始め、その殆どが自身ないし他人――また、その身につけているものを含めて――を対象として発動する。

 一方、付与術式は物体を対象とする。例えばそれは武器であったり、防具であったり、壁や床であったり。

 支援術式と付与術式の違いをわかりやすく比較すると、次のようになる。

 支援術式〈ストレングス〉は対象の人物の力を強化し、攻撃力を増加させる。もし対象の人物が武器を持ち替えたとしても、これは持続する。

 付与術式〈ファイアコーティング〉は武器に炎を纏わせ、熱量による威力増加の効果を与える。が、これはあくまで【武器そのもの】に生じる効果なので、別の物に持ち替えたりするとリセットされてしまう。

 このように、支援術式と付与術式との間には明確な違いが存在するのだ。

 また付与術式には、他にも地面や壁にセットして敵がそこに触れると――踏むと――発動するトラップ型の術式などもある。大地からエネルギーを取り出して活用する術式も、おそらくそちらに含まれるだろう。

「本来であれば、使役術式と付与術式を結合させ、一つの術式とするのは至難です。ですが、神器の力はそれすらも容易に可能とします。もちろん、極端な言い方をすれば二種類の術式を【ただくっつけただけ】ですので、計算し尽くされた仕様になっていないのは、当然と言えば当然なのですが――それでもおそらく、『ヴォルクリング・サーカス』のメンバー達はまだ気付いていないでしょう。今の〈コープスリサイクル〉の持つ欠点に」

 術者一人ではまかないきれないエネルギーを、大地に求めることによって大量のSBを具現化する術式――〈コープスリサイクル〉。それは詰まる所、使役術式の初歩である〈リサイクル〉と、付与術式の基本である〈ジオアブソーブ〉とを神器の力で融合させただけの、不格好なパッチワークだったのだ。

 だからこそロゼさんは〝偽物イミテーション〟という言葉を使ったのだろう。最初からきちんと設計して建てた二階建てと、一階建ての家を二つ重ねるのとでは、クォリティーがまるで違う。故に現在〈コープスリサイクル〉と呼ばれている術式は、繊細な制御や緻密な運用が出来ず、全ての使役SBをフルオートで動かすしかない。

「使役SBにコマンドが出せない――それはつまり、術者自身を防衛する方法がないということです。いくら使役SBが自動で動き、力の供給源が龍脈であろうとも、最低限の制御は必要です。また龍脈の力は『龍穴ボルテックス』と呼ばれる特別な土地でなければ、術式の発動に必要なエネルギーを吸い上げられません。この為、〈コープスリサイクル〉を発動中のハンドラーは二重の意味で動けなくなるのです」

 それがロゼさんの言う、劣化版〈コープスリサイクル〉が抱える弱点。

 起点である術者が無防備な上、そこを潰せば術式もまた無効化される――もはや弱点と呼ぶには、あまりにもお粗末な欠陥だった。

「――ですが、そこに気付かせない……いいえ、例え気付いたとしても後戻りできないようにしたのが、シグロスです。あの男は、父を殺してすぐ〈コープスリサイクル〉を今の形に仕上げ、メンバーと一緒に街を襲いました。しかし、リザルクの街を破壊するメリットなど、どう考えてもありません。目的があるとしたら――奴は【他のメンバーに取り返しのつかないことをさせるためだけに】、三千人もの犠牲者を出したのです」

「……!?」

 思わず息を呑んでしまった。隣のハヌからは、ぎり、と歯軋りの音が聞こえたような気がする。

 僕の常識では到底信じられない話だった。それだけの、たったそれだけの理由で大勢の人を殺そうと考える思考回路が、全く理解できない。

「もしくは、その時点で既に身を隠していた私を炙り出そうと考えたのかもしれません。信じられないでしょうが、奴は――シグロスはそういう男です。狡猾で、残忍で、執拗で、偏執で……およそ余人に理解できる人間ではないのです」

 ロゼさんの話を聞いている内に、僕はまだ見ぬシグロスという人物のイメージが、人の形ではなくドロドロとした黒い塊になっていくのを感じた。

 だって、そうだ。考えていることとやっていることの釣り合いがまるでとれていない。損得の計算や、慈悲や遠慮というものが微塵も感じられない。

 それは言い換えれば、自然災害にも等しい存在だ。無慈悲で、残酷で、圧倒的で――しかし、そこに【理由は無い】。ただそう〝在る〟というだけの、力の塊。

 自分の思い通りに物事を動かしたいから、ロゼさんのお父さんを、リザルクの街の人々を、そしておそらくはこれからも大勢を殺していく自意識の怪物。

 悪魔――その名前が僕の脳裏を過ぎった。

 不意にロゼさんは声を低め、冷気のように言葉を吐く。

「――私の目的は、シグロスをこの手で殺し、父の仇をとることです。この件について、私は綺麗事を並べようとは思いません。これまで亡くなった人々の為とも、これからも出るかもしれない犠牲者の為とも、口が裂けても言えません。私は全く、私怨のみで奴を殺したいと思っているのですから」

 そこで一拍の間を置くと、ロゼさんは目を細め、僕とハヌとを相互に見た。

「――これでもまだ、私を助けたい、力になりたいと仰いますか? はっきりと警告しますが、シグロスは危険な男です。そうでなくとも〝神器保持者〟は強大な力を持っています。これ以上関わるのでしたら、身の安全は保証できません。――どうか後生です。〝私〟から手を引いて下さい。ヘラクレスの代金なら必ずお支払いします。幸い、先日リザルクの自邸が破壊された件で保険金が下りることになりました。それと、私の所有するコンポーネントを売却したお金を合わせれば、かなりの額になると思います」

 カチンと来た。

 ここまで来て、まだそんなことを言うのかと。

 ロゼさんはまるでわかっちゃいない。

 お金の話をしているんじゃない。

 僕は――

「――。」

 いっそ怒鳴りつけてやろうかと口を開きかけ、しかし途中で凍りついた。僕は言葉を失い、唖然とロゼさんの顔を見つめる。

 ロゼさんが泣いていた。

 能面のような表情を変えないまま、けれど、琥珀色の両眼から、つーっと涙を流していた。

「……お願いします。本当に……お願いします」

 か細く震える声。目尻から溢れた雫は頬を伝って細い川となり、顎から滴り落ちる。堪えきれなかったように、細く長い睫毛がふるりと震えた。

 あんなにも怪力を発揮する、でも触ると柔らかそうな体が小刻みに揺れ始める。少し乱れた呼吸を整えるため、ロゼさんはほんの少し大きめに息を吸い、

「――ラグさん、小竜姫……あなた達はとてもいい人だと思います。会って間もない私に、そこまで親身になってくれること、とても嬉しく思います。ですが――いいえ、だからこそ……私はお二人を巻き込むわけにはいきません。お願いです。私はあなた達に傷付いて欲しくない。死なせたくないのです。……自分勝手なことを言っているのはわかっています。ですが……どうか、お願いします。全て、私に任せてもらえないでしょうか」

 壊れた人形のようにはらはらと涙を流し、決して顔を歪ませないまま――いや、違う。【仮面を外さないまま】、ロゼさんは「お願いします」と繰り返す。

 それは、どんな気持ちだっただろう。

 実の父親を殺され、その仇を取るための力を求めてこの浮遊都市を訪れ、命以外の全てを投げ打つと契約を持ちかけてきた、この人は。

 一体どれほどの激情を、この無表情の下に隠していたのだろう。

 当事者でない僕には理解できるはずもない。だけど、想像することなら出来る。

 肉親を殺された怨み。兄弟子でもあったというシグロスへの憎しみ。テロリスト集団へと堕してしまった『ヴォルクリング・サーカス』、その創始者の娘としての責任。父親が開発していた術式で殺された人達への罪悪感。自分こそが幕を引かねばなるまいという重圧。

 考えれば考えるほど、僕ならきっと我慢出来ずに泣き叫んでいたに違いないと思う。けれどロゼさんは、それら全ての感情を圧し、心を凍てつかせ、仮面を被り、ここにいる。

 自分を殺して、ここまで進んできたのだ。

 たった一人で。

「お願いします。どうか、お願いします」

 ついにはロゼさんは頭を垂れた。アッシュグレイの髪がカーテンとなって、顔を隠す。

「――――」

 胸が痛かった。

 何をしていたのだ、僕は。よく考えればわかったことじゃないか。ロゼさんが僕達を遠ざけようとしたのは、シグロスという男があまりに危険だったからだ。目線を合わせず、事情を説明しなかったのは、僕達を巻き込ませるまいと気遣ったからだ。

 なのに、僕は一切気付かず、善意を以てロゼさんを追い詰めてしまった。圧縮して硬化させたはずの仮面に、罅を入れてしまった。今、ロゼさんが流している涙は、その罅から漏れ出たものだ。

 心を縛っていた鎖を解き、とうとう本音を吐かねばならないほど、僕は、ロゼさんを追い込んでしまったのだ。

 顔を俯かせ、小さく肩を揺らして泣いているロゼさんに、けれど僕はこう思う。

 ――ロゼさん、それは間違いです。ゲームで言うなら、悪手というものです。

 隣のハヌが身動きして、大きく息を吸い込む気配を感じた。それはそうだろう。ハヌがこんな話を聞いて、黙っているはずがない。ロルトリンゼ、ふざけるな、妾を舐めるでない、そのような卑劣漢など妾の手で吹き飛ばしてくれようぞ――とか。

「待って、ハヌ」

 だから僕は片手を上げて彼女を制した。

「……何じゃ、ラト。妾には言ってやらねばならぬことがある」

 言いたいことを遮られて、不完全燃焼で燻るハヌが不機嫌な声を出す。でも、

「うん、わかってる。でも、ここは僕に任せて」

 そう告げてから、僕は改めてハヌに問う。

「――ハヌは今の話を聞いて、どう思った? やっぱり怖い? 引いた?」

 勿論、返答は予想通り。ハヌは、ふん、と鼻を鳴らし、

「愚問じゃな。ロルトリンゼは妾達の力を見誤っておる。妾はひどく不愉快じゃ。そも、そういうおぬしこそ――」

 ハヌは一度言葉を切り、掣肘するために上げたままだった僕の掌をじっと見る。

 不格好にもぷるぷると震える、僕の手を。

「……ラト。おぬし、本気で精神修行が必要なようじゃの。今の話でさほどに臆したか?」

 ヘテロクロミアをジト目にして、呆れ果てたような声で訊くハヌに、僕は正直に応える。

「……うん。正直言って、ちょっとビビってる、かな……うん、ごめん嘘。かなり怖いです。今にも逃げ出したくなるぐらい引いてる」

 情けないことに、さっきから身の毛がよだつような感覚が消えてくれないし、声だって油断したらひっくり返ってしまいそうなほど不安定だ。ロゼさんの語るシグロスという男もそうだし、ニュースで見た大量の使役SBの軍団がこの街を襲ってきたらどうしようって、さっきから嫌な想像が止まらない。

 はぁ、とハヌは盛大な溜息を一つ。

「ならばどうする? あやつの言う通り、大人しく手を引くというのか?」

「ううん」

 投げ遣りに放り投げられた問いに、僕はすぐさま首を横に振った。

 相も変わらず臆病な僕だけど、心底今すぐごめんなさいして逃げ出したいぐらいだけど、背筋に霜が降りているんじゃないかってぐらいビビってるけど、

 でも、だけど、

 だからこそ、

「逆だよ。怖いから……ものすっごく怖いから――だから絶対、ロゼさんを助ける。何が何でも、手を引かない」

 言ってやった。

「――――」

 ゆっくりとロゼさんが面を上げる。驚きのあまり涙も引っ込んだみたいな顔で、呆然と僕を見つめる。

 僕は今、どんな表情を浮かべているだろうか。多分、恐怖で引き攣った口角のせいで、笑っているようにも見えるかもしれない。ガッチガチに強張ったその顔が、例え強がりでも笑顔になっていればいいと思う。

「……ラト、おぬし……」

 ハヌが僕の横顔を見て、ぽつりと呟く。けどやがて、くふ、と口元を綻ばせて、

「――よかろう、それでこそ妾の親友じゃ」

 うむうむ、と嬉しそうに何度も頷いた。

「……ラグさん、小竜姫……あなた達は、どうして――」

 ロゼさんが呆けたように何か呟きかけた時だった。

 ぱっ、と僕の顔の前にディープパープルのアイコンが浮かび上がり、チカチカと点滅し始めた。同時、僕にしか聞こえない着信音が耳の中で鳴り響く。

「――えっ?」

 ネイバーからのダイレクトコールだ。

 僕の顔近くに表示されている直径二十セントルほどの着信アイコンは、共有ARとして周囲にいる人達にも見えるようになっている。だから音は聞こえなくとも、ハヌにもロゼさんにも僕が着信を受けていることがわかる仕組みだ。

 予想だにしてなかったタイミングでの着信に、僕は慌てて、

「あ、ご、ごめんなさい、ちょっと待っ」

 どうしたものかと思いながらアイコンの下に表示されている名前――これは僕にしか見えない――を確認した瞬間、束の間、胸を強く打たれたかのように息が詰まった。

 ヴィクトリア・ファン・フレデリクス。

「――ヴィ、ヴィリーさん……!?」

 いつかのように意識が飛ぶほどでは無かったけれど、やっぱり緊張で心臓が弾けてしまいそうになる。驚きの声は我知らず飛び出して、しかもそれが通話をオンにするジェスチャーとして認識されてしまった。

 ヴィリーさんとの通話が繋がる。

 途端、着信アイコンが展開して、中央にヴィリーさんのバストアップがリアルタイムで映し出された。通信が接続された瞬間、ヴィリーさんが薔薇の蕾が咲くような笑顔を浮かべ、

『あ、ラグ君? 突然ごめんなさい。ちょっとお時間いいかしら?』

「――へっ!? あ、は、はい! だ、だだ大丈夫です!」

 反射的に背筋を伸ばしてしまった。

 当然ながらヴィリーさんの顔は僕だけにしか見えないし、声も僕だけにしか届かない。ハヌとロゼさんからは、僕が通話アプリのアイコンに向かって一人芝居をしているように見えるだろう。

 とはいえ、僕がヴィリーさんの名前を口走ってしまったので、隣のハヌは既に膨れっ面モードに入っている。うう、何だか居心地が悪い……

『もしかして、小竜姫も一緒なのかしら? 良ければ彼女もこの話に混ざって欲しいのだけれど』

 トレードマークと言っても過言ではない金色のポニーテールを揺らして、ヴィリーさんは実にありがたいことを言ってくれた。

「は、はい」

 これぞ渡りに船だ。僕はハヌに向かって掌を差し出し、

「ハヌ、ヴィリーさんがハヌとも話がしたいって」

「ほ?」

 キョトンとしたハヌが、半ば無意識にだろう、お手をする猫みたいに僕の手を取る。〝SEAL〟のネイバー同士の通信に他の人を交えたい時は、きちんとするならアカウントの登録、それが面倒ならこのように直接接触で実現することが可能なのだ。

「…………」

 さっきまでの空気が完全に壊されてしまったからだろう、ロゼさんが何とも言えない様子で――まぁぱっと見は変わらないのだけど――こっちを眺めていた。何だか、誰が悪いというわけでもないのだけど、ひどく申し訳ない気分になる。話がキリの悪いところでぶった切られてしまった形なので、後でちゃんと謝らないと――

「おお、ヴィリーか。なるほど、このように見えるのじゃな」

 通話アイコンに映っているヴィリーさんの姿を見て、ハヌが幼い子供みたいに目をキラキラさせて顔を近付ける。通話が共有化されたので、彼女にもヴィリーさんが見えるようになったのだ。

 この通話アプリのアイコンはディスプレイであると同時、あちらに僕らの様子を送るカメラにもなっている。つまり、アイコンを覗き込むということは、あちらからもまた覗き込まれるに等しいわけで。

 くす、とヴィリーさんが小さく笑った。

『ちょっと小竜姫、近いわよ。あなたの顔が大きすぎてラグ君が見えないわ』

「お? おお? こ、こうかの?」

 まだ通信の仕組みがよくわかっていないハヌは、ヴィリーさんの指摘を受けて直感で距離を調整する。もぞもぞと動き、最終的には僕の膝の上にお尻を載せて――って、あれ? え、なんで?――ぷにぷにしたほっぺたが、ぴとっと僕の頬にくっつけられる。

 僕とハヌは手を繋いだまま、文字通り顔と顔を横並びにする形になった。

 いやあの、ここまで密着する必要はないのだけど……

 またもヴィリーさんは、うふ、と笑い、

『相変わらず仲が良いわね、二人とも』

「そんなことは当たり前じゃ。それより何用じゃ、ヴィリー。妾達は今、大事な話の最中じゃ。用件があるなら手短にせい」

 ふん、と鼻を鳴らしながらもまんざらでもない様子のハヌは、ぴっ、と正天霊符の扇子リモコンを映像のヴィリーさんに向ける。ハヌが声を出す都度、頬をくっつけ合っている僕の方にまで振動が来て、耳で聞く声と肌で感じる波とが混じり合ってしまい、微妙に聞き取りにくい。あと、ハヌの体温がすごくほかほかしている。

『そうね、実際あまり暢気でいられるような話でもないから、真面目に話しましょうか』

 そう前置きをしてから表情を改め、ヴィリーさんは本題に入った。

『最近ニュースに出ている『ヴォルクリング・サーカス』は知っているかしら? ――その顔は知っているようね。なら話は早いわ。実は私達、奴らがこのフロートライズにも来る可能性が高いと考えて、都市長や他のエクスプローラー達もに声をかけて回っているの。あれだけの規模のテロを起こした集団なのだし、いざ現れたとなったら組織的な対応をしないといけないわ。それに、奴らはドラゴン・フォレスト近くの換金センターを襲って、大量のコンポーネントを手に入れているらしいの。このままじゃ大勢の犠牲者が出てしまうわ。さっきまで住民の避難経路、避難場所を都市の警備隊と打ち合わせていたのだけど――そういえば、とあなた達の事を思い出してね。ラグ君、小竜姫。これは都市長にも話を通している正式な要請なのだけど――もしもの場合は、あなた達の力も貸して欲しいの。是非、協力してくれないかしら?』

 多分、僕は今、蛇に睨まれたカエルみたいな顔をしていると思う。カチンコチンに強張った曖昧な笑顔のまま、青ざめているに違いない。血の気が引く音と体温の急激な低下は、触れ合っているハヌに過不足無く伝わっていることだろう。

 間が悪いにも程があった。今ちょうど目の前に、その『ヴォルクリング・サーカス』の関係者がいるんです、なんてとても言えるわけがない。その上、首謀者の名前や行動原理までわかっています、なんて言った日には。

 ――いや、本当なら言うべきなのだろう。【その時】が来たら、冗談事では済まない事態が起こる。少しでも情報共有した方が絶対にいいはずだ。

 でも、そうしたら――ロゼさんはどうなるのか?

 拘束、尋問、責任転嫁――嫌な予想ばかりが先に来る。ヴィリーさんのことだから、彼女の騎士道にかけて理不尽な行為だけはしないでくれるだろうけれど、でも。

 つい先刻、静かに血を吐くように吐露された彼女の悲願は、どうなってしまうのか。その手で父の仇を取りたいと言った、ロゼさんの想いは。

「――ふむ……そやつらのことならば知っておる。あのような卑劣漢どもなど、頼まれずとも妾達の前に現れた折には塵も残さず天に還してやるわ」

 僕の肌から察してくれたのだろう、ハヌが扇子リモコンを開いて口元を隠し、いつもの涼しい目線でそう取り成してくれた。

 僕の中に生じた迷いは、まだ消えていない。衝動的に、ヴィリーさんに何もかもぶちまけてしまいたい――そんな自分もいる。

 けれど、

「わ、わかりました。是非もありませんっ。【その時】がきたら、いつでも連絡を下さい。す、すぐに駆け付けますから!」

 気が付いたら、勢い込んでそう口走っていた。ぎこちない笑顔で、不自然な大声で。

 だって、そうだ。さっき自分で言ったばかりではないか。

 何があろうと、絶対に仲間を見捨てない――それが僕達の唯一絶対のルールなのだ。

 僕達は、ロゼさんを裏切らない。ロゼさんは、もう僕達の仲間なのだから。

 向日葵の花が咲くように、ヴィリーさんが笑った。

『ありがとう、二人とも。すごく嬉しいわ。それじゃ、緊急事態になったら街中に警報が鳴り響くから――』

 と、ヴィリーさんが言った瞬間、いかにも人の焦燥感を煽るよう設計された音が響き渡った。

「――!」

 音は僕自身の〝SEAL〟からも、店内のスピーカーからも、そして壁を通した外からも聞こえているようだった。

 次いで、視界の端に『緊急避難警報。至急、最寄りの避難所へ避難してください』というメッセージがポップアップする。

 この耳障りな音はどうやらヴィリーさんにも聞こえたらしく、彼女は、ぽん、と手を打って、

『そうそう、ちょうどこんな音ね。都市全域にハイマルチキャストで配布するから、いつどこにいても……』

 そこで言い止して、ぴたり、と時が止まったみたいに凍りついた。

 僕も固まった。

 ハヌも止まっている。

 ロゼさんはそもそも動いていなかった。

 それでもなお、不安心を掻き立てるような音響は鳴り止まない。

 刹那、ヴィリーさんが真横に斬撃のような鋭い声を飛ばす。

『――カレルレン!』

『確認中です』

 通信にカレルさんの声が割り込んできた。気付けば既にヴィリーさんの名前の下に『カレルレン・オルステッド』という表示が追加されている。

『――確認とれました。誤報ではありません。街中にSBが出現しているようです。まだ確定できませんが、ほぼ間違いなく『ヴォルクリング・サーカス』が出て来たと見るべきでしょう』

 カレルさんの冷静沈着さは、ロゼさんの仮面とは似て非なるものだと思う。仮面と言うほど硬くも無く、けれどカーテンと呼ぶには隙が無さ過ぎる。この時の緊急事態を告げる声もまた、平坦では無く、危険がそこまで近付いてきていることをありありと感じさせられる響きを持っていた。

「――まさか、【来た】のですか?」

 不意にロゼさんが椅子を蹴って立ち上がった。琥珀色の目を見張って、僕を見つめている。

 この緊急避難警報は当然ロゼさんの〝SEAL〟にも届いている。メッセージには「とにかく避難所へ行け」としか書かれてないけど、少し考えれば何事かなんて容易に察せられるはずだ。

 通話アイコンのヴィリーさんが短く息を吸い、止めて、

『――ラグ君、小竜姫、聞いての通りよ。言ったさきからだけど、ちょうど【来た】みたいだわ。あなた達の力を貸してちょうだい』

 この期に及んで否やは言えない。僕もハヌも顔を寄せ合ったまま、揃って頷きを返す。

 横合いからカレルさんの報告。

『場所の特定きました。現在確認できている〝発生地域〟は六つ――いえ、七――八つ。フロートライズの東西南北に散らばっていて、現在法則性を検証中です。それぞれの地域で配備されていた自警団と現場にいたエクスプローラー達による避難、救助は始まってます。現在のSBの総数、目視で約――三〇〇〇――いえ五〇〇〇。ですが襲われた換金センターのコンポーネントの数から考えると――』

 見る見る間に変化していく情勢を、それでもカレルさんは狼狽えること無く言葉にしていく。

 そして、絶望的な数字を、ナイフのようにあっさり僕達の胸に突き刺した。

『――後、二〇万以上は出て来るはずです』

「に、じゅ……!?」

 絶句するしか無かった。地方都市リザルクを滅ぼした際の数は、約一〇〇〇体だったと聞いている。勿論、リザルクとフロートライズとでは大きさも人口もまるで違うし、規模に見合っていると言えば見合っているのだけど――

 事前に情報を掴んでいたヴィリーさんは目を閉じ、とうとうこの時が来てしまったか、という風に眉根に皺を寄せた。けれど、瞼を伏せていたのはほんの一瞬。次に目を開いたときには、真紅の双眸から覚悟の輝きが迸っている。

『――やるしか無いわ。やるしか無いのよ』

 まるで自分に言い聞かすように、剣嬢と呼び称される女性は言った。

『ラグ君、小竜姫、二人とも覚悟を決めてちょうだい。これから始まるのは、テロリストの制圧なんていう生易しいものじゃ無いわ。これは――』

 ヴィリーさんはその言葉を口にする。

 今まさに、この浮遊都市が陥らんとする状況を、たった一言で。



「これは――戦争よ」




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