リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●6 地雷を踏む勇気


 昨晩指定した時間より一〇ミニトも早く、彼女は待ち合わせ場所に現れた。

「おはようございます」

「おっ、おはっ――おはようございますっ!」

 そんなロゼさんの挨拶に、僕はついぎくしゃくとした態度で返してしまう。

 今日のロゼさんの出で立ちは、柔らかそうな印象を受けるアッシュグレイの長髪にとてもよく似合う、藍色のツーピース。色合いは昨日着ていたものと同じだが、微妙にデザインが違う。また、首元に巻いた水色のストールがとても涼やかだ。

 まぁ、それらを身に纏っている当人は、相も変わらずマネキンのような鉄面皮なのだけど。

「お早いですね、ラグさん。お待たせして申し訳ありません」

「あっ、い、いえっ! 場所と時間を指定したのはこちらですし、それにまだ時間前ですから……」

 ぺこり、とロゼさんが丁寧に頭を下げるので、僕は思わず恐縮してしまう。

 琥珀色の瞳が、すっと僕の右隣へと向けられた。

「……もしや、こちらの方が【あの】〝小竜姫〟でしょうか?」

 ロゼさんの言葉が疑問形になってしまうのも無理はない。僕の隣に立つハヌはいつもの外套姿――【ではなく】、先日僕と一緒に購入した変装用の服を着て、髪型も普段と変えていたのだから。

 小さな身体で竜を倒した姫――そんな由来から〝小竜姫〟という異名を付けられた謎のウィザードは、今や全身を覆い隠す外套と共に語りぐさとなっている。

 そのため街中を歩く時は極力、このように一般人に見えるよう扮装しているのだ。そうは言っても、ハヌは元々目立つ容姿をしているから、周囲の耳目を集めてしまうのは変わらないのだけど。

「え、えーと……はい、そうです。この子が、【その】〝小竜姫〟です……」

 可愛らしい雰囲気の肩出しニットセーターは明るい茶。華奢な両足をピッタリ包むタイトパンツは純白。かぶっていると言うよりは『かぶられている』という感じの帽子はベージュ。顔を隠す縁の太い伊達眼鏡はビビッドレッド。陽光を反射して七色に輝く銀髪に、それをまとめる黒地に金の模様が入ったバレッタ。

 街ゆくお洒落な女の子――といった風情のハヌは、けれども両手を腰に当て、やはりいつものごとく不敵な笑みを浮かべ、挑戦的な蒼と金のヘテロクロミアでロゼさんを見上げていた。

 挨拶も抜きにいきなり口を開く。

「おぬしがロルトリンゼ・【ヴォルクリング】――じゃな?」

 わざわざファミリーネームの部分を強調したハヌに、ひい、と僕は声ならぬ悲鳴を漏らす。

 躊躇無く地雷原へ一歩踏み出すようなその行為に反応したのは、しかし僕だけ。肝心のロゼさんは表情筋を全く動かすことなく、無表情のままスカートを摘まんでカーテシーをする。

「はい。どうかお見知りおきを」

 ロゼさんの典雅な所作に、ハヌは満足そうに頷いた。

「よかろう。礼節は弁えておるようじゃな。ラトより聞いておるとは思うが、今日は妾自らおぬしを見極めさせてもらう。よもや否やはなかろうな?」

「もちろんです。かの小竜姫のお眼鏡にかなうよう、全身全霊を尽くさせていただきます」

 ロゼさんの言動は、やはり昨日と変わらない。顔は無感動で、態度は慇懃。ハヌのカマかけに動じていないのか、あるいは内心で動揺を押し殺しているのか。見た目からは何も分からない。

 果たして、ロゼさんは全て承知の上でここにいるのだろうか。それとも、何もかもが偶然の一致で、実は事件とは無関係なのだろうか――いや、そんなはずはない。

 ヴォルクリングというあまり聞かない名前に、ハンドラーというマイナータイプ。そして何より、昨日見たニュースで襲われていた街の名前――地方都市リザルク。

 そう、そこは大国パンゲルニアの西方。事件前まで『ヴォルクリング・サーカス』の拠点があった場所であり、遺跡ドラゴン・フォレストの直近の街の一つであり――

 【ロゼさんの出身地】。

 これだけの符合が揃っていて、ロゼさんが無関係だなんて可能性は微粒子レベルでしか存在しないだろう。

 とはいえ、今はまだそれらについて言及することは出来ない。

 昨晩、ハヌと話し合って決めたのだ。

『ラト、おぬしの性格では、そのロゼなる女から話を聞くのは難しかろう。この件については妾に任せておけ。なに、悪いようにはせぬ』

 我ながらコミュニケーション能力の脆弱さには定評がある僕である。自分がどれだけ流されやすいかは、皮肉なことに昨日、当のロゼさんから教えてもらったばかりだ。情けないけど、この件については全面的にハヌに任せようと思う。その方がきっと、色々と上手くいくだろうから。

 だって、ほら。

「まずはおぬしの力量をこの目で確かめてやろう。準備は良いな?」

「はい。よろしくお願いします」

 このように、ハヌが相手だとロゼさんは変な暴走をすることもなく、話はトントン拍子で進んでいるのだから。

 ――うん。ちょっと地味にへこむ。何というか、常識人であることと、コミュニケーション力の高低には何の因果関係もないのだなぁ、と痛感させられてしまった。

 本当、もっとしっかりしないとな、僕……

「――? 何をしておる、ラト。塔へ行くぞ、早うせい」

「どうかしましたか、ラグさん?」

「へっ?」

 気付けばハヌもロゼさんもこちらへ背を向けて、移動を開始していた。どうやら一人で考え込んでいる内に、話から置いていかれてしまったらしい。

「――えっ!? あ、ご、ごめん! すぐ行くよ!」

 慌てて二人の後を追いかける。

 元から集合場所はルナティック・バベルの近くを指定してあった。ここから五ミニトも歩けば、もう塔の足元である。

 僕は並んで歩くハヌとロゼさんの後ろ姿を追いかけつつ、ふと視線を空へ向けた。

 雲の上を行く浮遊島フロートライズは、いつだって遮るものなど何も無いコバルトブルーの快晴だ。

 月へとまっすぐ伸びる白亜の巨塔は燦然と陽の光を照り返し、足元の世俗のことなど素知らぬ顔で、今日も蒼穹を真っ二つに切り裂いていた。





 今日はハヌがロゼさんの力量を見極めるということで、僕は後方で控えることになり。

 また、ロゼさんの試験もしつつ、昨日中断されたハヌの新戦法についても色々試したいということにもなり。

 するすると話は進み、気が付くと、僕はいつの間にか蚊帳の外にいた。

 というわけで、一つしか無いスイッチはハヌとロゼさんのコンビ用に使われ、僕は久々のソロ状態である。

 と言っても、僕の出番なんてまるで無かったのだけど。

「それ、そちらは任せたぞ!」

「了解しました」

 早くも本日三度目の会敵。

 場所はルナティックバベル第一八〇層。昨日ロゼさんと一緒に行った第一八八層よりやや下層で、ポップするSBの危険度も少し下がる。けれど、遺跡では一瞬の油断が死を招く。決して楽観して良い場所では無い。

 ――はずなのだけど。

「はっ!」

 いつもの外套姿に戻ったハヌが、気合の声と共に小さな手に握った金属製の扇子を振り払う。

 あれこそがハヌの新兵器、スレイブ・サーバント・ウェポン〝正対化霊天真坤元霊符せいたいかれいてんしんこんげんれいふ〟のリモートコントローラーである。

 開かれた漆黒の扇面と十二本の骨には、細かく回路のような幾何学模様が刻まれており、そこからぼんやりと、ハヌのフォトン・ブラッド――スミレ色の輝きが放たれている。

 扇子型のリモコンから指令コマンドを受け取るのは、宙に浮かぶ二つの水晶球だ。大きさは僕の拳大ぐらい。こちらも扇子と同じく、スミレ色の光を内に孕んでいる。

 ブゥン、と扇子型リモコンがスミレ色の輝きを強め、唸った。次の瞬間、攻撃命令を受け取った水晶球が突如、放たれた矢のごとく空を走る。

 流星のように光の尾を引いて飛翔した水晶球は、果たしてハヌから5メルトルほど離れた場所に立っていたSBへ、ほぼ同時に吸い込まれた。

 ズドドン、と砲弾が直撃したかのごとき音が響き、水晶球がSBの腹と胸に深くめり込む。

『――PPPPPPGGGGGGGYYYYYY!?』

 甲高い悲鳴を上げたのは、魚の頭と人の体を持つ亜人系SB、ダゴン。青黒い鱗に包まれた二メルトル以上ある巨体をくねらせ、不均等な牙がぞろりと並ぶ魚の口を大きく開き、粘性の高い緑色の液体を吐く。

 ハヌの使っている〝正対化霊天真坤元霊符〟――長いのでもう〝正天霊符〟と略そう――は見ての通り、遠隔操作武器である。ハヌの手にある扇子の形をしたリモコンを起点に、最大十二個の護符を封じた水晶球を操ることが出来る。

 これは一昨日、露店街の武器屋で見つけた逸品だ。本来なら肉弾戦が得意でない後方型のための武具で、目的は『護身』。つまりは近接戦闘を視野に入れていないスタイルの人が、それでも間合いを詰められてしまった際、防御や回避、逃亡の補助として使うものなのだ。

 が、そこはそれ。ハヌは見た目は小さな女の子だけど、その実は何あろう、極東の現人神である。

 この正天霊符に限らず、SSWスレイブ・サーバント・ウェポンには〝使用者の術力の強さで威力が変わる〟という特性がある。結果論ではあるけれど、これがまたハヌにピッタリだった。

 無論、流石に昨日の〈エアリッパー〉ほどの威力は無い――あっても困る――けれど、ハヌの強大な術力を以て放たれる正天霊符の一撃は、ロゼさんの拳撃に勝るとも劣らない威力を発揮していた。

 ちなみにこの正天霊符、実は仕様としては十二支という十二種類の獣の属性を持っていて、扇子型リモコンの骨の一本一本がそれに対応しているそうなのだけど、今はまだそこまで機能を掘り下げて使用していない。何故なら――

「はっ! せいっ! やっ! たぁっ!」

『PPGGGYYYY!?』『PGGGGGGGYYYY!?』『PGGGYYYYYYY!?』『PPPPGGGYYYYYYYYYY!?』

 ハヌが扇子型リモコンを振る都度、一対の水晶球が飛び回り、一〇体の群れで現れたダゴンが次々と打ちのめされていく。

 そう――ご覧の通りである。余計な小細工など、する必要がないのだ。術力任せに正天霊符を叩き付けるだけで、SBがどんどん活動停止していくのだから。

 とはいえ、これを使い始めたのは今日が初めてなので、ハヌが思い通りに操れる護符はまだ二つだけである。慣れてきたら、いずれは十二個全てを動かせるようになるだろう。その時はもしかしたら、下手な汎用攻撃術式よりもよっぽど強力な武器になっているかもしれない。

 露店街の店先で、これに一目惚れしたハヌが完全に見た目だけで購入を決めたものだったけれど、結果的には良い買い物だったと思う。――ものすごく高価でもあったけれど。なんと、これ一つで海竜のときのハヌの取り分がほとんど消えてしまったほどだ。

 さて、一方のロゼさんはというと。

 戦闘が始まった直後、手持ちのコンポーネントから昨日と同じペリュトンを〈リサイクル〉で召喚、さらに〈リインフォース〉で機甲化させると、彼女は怪鳥の背に飛び乗って別方角にポップしたSBの群れへ突撃していた。

『グルルルルルルルルルルルルルルルルァッ!』

 機甲化されたSB特有――もしかしたらロゼさんが使役するSBだけかもしれない――の重低音が大気を震わせる。

 マラカイトグリーンの輝きで武装した機甲ペリュトンの背に、藍色のコンバットブーツの底を載せ、左腕の鎖を手綱のごとく下僕の首に巻き付け、ロゼさんは真っ正面から敵陣に飛び込んだ。

『GGGGGGGRRRRRRRAAAAAA!!』

 ロゼさんと機甲ペリュトンを迎え撃つのはダゴンと同じ亜人系SB――ゴズキ。一本角の生えた牛の頭と、鉄の色をした筋骨隆々の人体。ダゴンが持つ武器が鋭い三叉鉾なら、こちらは巨大な金棒を握る異形の戦士。それが十五体。

「――ッ!」

 ロゼさんは飛び込みざま、右腕に絡みつく蒼銀の鎖を鞭のように薙ぎ払った。シャラリと音が立った次の瞬間、稲妻が弾けるように鎖が空を切り裂いた。

 電光石火の一撃は五体ものゴズキをまとめて直撃した。顔に鎖を受けた一体のゴズキは身を仰け反らせて吹き飛び、胴体で受けた二体は後方へ弾かれ、足元を払われた残りの二体は派手にひっくり返った。

 鎖はそのまま転倒した二体の足に絡みつき、宙へと掬い上げる。ロゼさんは手首のスナップを利かせ、二体のゴズキをモーニングスターのように振り回すと、残る敵勢に向けて無造作に投擲した。人型砲弾と化したゴズキ二体が仲間達と激突し合い、奴らはボウリングのピンみたく弾け飛ぶ。

『GGGGRRRAAAAAAAAAA――!』

 これまでの攻撃に巻き込まれていなかった三体のゴズキが、着地した機甲ペリュトンを取り囲み、その背に立つロゼさんに金棒を一斉に振り下ろす。

 が、

『グルルルルルルァアァッ!』

 機甲ペリュトンが猛然と巨体をうねらせ、凶悪な形状の双角を振り回した。ぐるりとその場で一回転した角が、三本の金棒をガギィン! と甲高い音を立てて跳ね返す。

 機甲ペリュトンの首に巻き付いていた鎖が、不意にほどける。そしてロゼさんの双手から蛇のように蒼銀の鎖が伸びて、金棒を弾き返されて体勢を崩したゴズキ二体の腰に絡みついた。

「……ッ!」

 小さいけど鋭い呼気。

 直後、嵐が吹き荒れた。

 二体のゴズキを先端に結んだロゼさんの鎖が、超高速で振り回されたのだ。まるでボックスコングのドラミングのように、ゴズキ達が床や壁に叩き付けられる音が連続する。その中に鎖が産む風切り音や、他のゴズキ達が巻き込まれて上げる悲鳴が混じる。辺り一面にSBの青白いフォトン・ブラッドが撒き散らされ、一時、その場を彩った。

 やがて耐久力の限界に達したゴズキが次々とコンポーネントへと回帰していき、響くのが風切り音だけとなると、ロゼさんは鎖を振り回すのを止めた。その体にいくつものコンポーネントが近付いて、彼女の〝SEAL〟へと吸収されていく。

 鎖は本体同士が擦れて生まれる音だけを立てて、機甲ペリュトンの足元に何重もの円を描いて、蛇のように床を這う。やはり何度見ても、ただの鎖とは思えない。あたかも生きているかのように見える動きは、鎖としては不自然極まりなく、もしかしたら正天霊符と同じくダイレクト・イメージ・フィードバック・システムが搭載されているのかもしれない。いや、むしろそうでなければ、ロゼさんが手足の延長のように鎖を自由自在に操れる道理がない。

『GGRRAAAAAAAAAAAA――!!』

 仲間を倒された怨みの声か。残る五体のゴズキが雄叫びと共に、凝りもせずロゼさんと機甲ペリュトンを取り囲んだ。それぞれ一斉に金棒を構え、タイミングを合わせようと――

「〈グラビトンフィールド〉」

 凜とした声が響き、機甲ペリュトンの背に直径一メルトルほどのアイコンが発現した。マラカイトグリーンに輝くアイコンは瞬時に弾け、術式が発動する。

 機甲ペリュトンの背中に立つロゼさんを中心として、半径三メルトルに渡って球状の力場が発生。薄墨色のフィールドが一瞬にしてゴズキ五体を内部に取り込んだ。

『!?』

 あの術式なら僕も知っている。一応は攻撃術式のカテゴリーに入っている術式で、その効果は『フィールド内の自分以外を対象に通常の三倍の重力を与える』だ。

『GGGRRRRAAA!?』

 目に見えてゴズキ達の動きが鈍った。中には体勢が悪かったのか、金棒を取り落として膝を突いている奴までいる。

 術式の識別機能によって高重力の影響を受けないロゼさんと機甲ペリュトンが、ここぞとばかりに動いた。

「〈烈迅爪〉」

『グルルルルルラァアアアアアアアッ!』

 ロゼさんの格闘系と思しき術式の起動音声と、機甲ペリュトンの咆吼とが重なった。

 バトルドレス姿のロゼさんの四肢に、孔雀石色の光が収束する。一方、同じ輝きを纏った機甲ペリュトンが双翼と角で、同時に三体のゴズキを攻撃した。左右の翼が宙を滑り、先端の刃でゴズキ二体の首をはね飛ばす。頭突きのように高い位置から振り落とされた角の一撃が、正面の牛頭を挽肉のように叩き潰した。

 そうして姿勢を低くした機甲ペリュトンの背から、ロゼさんが跳躍。両手両足の先に灯ったフォトン・ブラッドがそれぞれ三本爪の形をとっていて、その姿はさながら藍色の獣。まるでロゼさん自身に〈リインフォース〉をかけたようにも見える。

 空中でくるっと一回転したロゼさんは、そのまま高重力の檻に囚われたゴズキ一体めがけて右腕の爪を振りかぶり、

「――ッ!」

 空中で一閃。対象のゴズキの右肩から左脇腹まで、三本のマラカイトグリーンの軌跡が刻まれる。刹那、ゴズキの体が凍りついたように硬直した。

 着地して四つん這いになるほど深く屈み込んだロゼさんは、その反動を使ってバネのごとく跳ね、右隣のゴズキへと肉薄。

「ッ!」

 ヒュッ、と鋭く息を吐いた瞬間、ロゼさんの肉体が獰猛に躍った。

 四連続の回転蹴り。竜巻のように回転しながら上昇し、両足で蹴りを繰り出す。ゴズキの腰、腹、胸、頭の順に吸い込まれるように三本爪が叩き込まれた。

『GR――!?』

 頭を砕かれる前に上がったゴズキの短い悲鳴。それが戦闘終了の合図だった。

〈グラビトンフィールド〉が展開されてからゴズキ五体が倒されるまで、さして時間はかからなかった。ほぼ同時に活動停止に追い込まれたゴズキが、連鎖するようにコンポーネントへと化していく。

「――小竜姫、こちらは終わりました」

 スタッ、と華麗に床に降り立ったロゼさんが涼やかな声で報告して、ハヌの方に振り向いた。

 僕もつられてそちらに目を向ける。

「奇遇じゃのう、妾もこれで――」

 ハヌが相手にしていたダゴンも、いつの間にやら最後の一体となっていた。さらに気付けば、ハヌの操る正天霊符の護符水晶も四つに増えている。

「――終いじゃ!」

 高らかに宣言して扇子型リモコンを振ると、四つの水晶球が唸りを上げて一体のダゴンへ殺到した。

『PPGGGYYYY――!?』

 鉄槌の一撃にも等しい威力の水晶球に四方から襲われたダゴンは、踏み潰されるカエルにも似た断末魔を上げて活動停止した。

 最後のコンポーネントが宙を漂い、ハヌの〝SEAL〟へと吸収される。

 結果だけ見れば、ハヌとロゼさんの二人だけで、ダゴン一〇体とゴズキ十五体を片付けたことになる。

 しかも、二人ともかすり傷一つ負うことも無く。

 先述した通り、今の戦闘で今日はもう三回目になる。この一八〇層に来てから都合一〇〇体近くのSBを狩ったことになるのだけど、戦いは終始、順調過ぎるほど順調だった。それ自体はとても良いことなのだけど――

「お疲れ様です、小竜姫」

「うむ。おぬしもな。ところで、先程の術は何じゃ? 化生共の動きが止まったように見えたが」

「はい。先程のは〈グラビトンフィールド〉と言いまして――」

 入団試験の一環か、戦闘が終わる都度、ハヌはロゼさんの戦い方について色々と質問をしていた。それを横目に、僕は思う。

 これまでの戦いを見て、確信したことが一つある。

 それは、ロゼさんが根っからのソロエクスプローラーだということだ。

 先程の戦いを見てもわかる通り、ロゼさんの戦い方は非常にパワフルというか、ワイルドというか――良く言えば力強いのだけど、悪く言えば非常に大雑把なのだ。

 鎖で敵をぶん回すのも然り。今もハヌに説明している〈グラビトンフィールド〉も然り。何事も【周囲に味方がいないことが前提】の行動なのだ。

 あれでは、味方はおいそれとロゼさんに近付けやしない。鎖の嵐に巻き込まれては大変だし、〈グラビトンフィールド〉は術者以外の全てに効果を及ぼす。機甲ペリュトンが高重力の影響を受けなかったのは、単に術式の識別機能が『術者の備品』として認識したからだろう。もしあれが僕だったら、間違いなく激増した自重で動けなくなっていたところだ。

 敵も味方も関係なし。狂戦士ウールヴヘジンもかくやという戦い方である。

 そのせいもあるのだろう。別にロゼさんだけの責任ではないし、そもそも僕が言えた義理でもないのだけど――彼女らの戦闘は自然、コンビというより【ソロ二人】という感じになっていた。

 ――というかこの人、どうしてハンドラーなんてやっているんだろう……?

 そんな疑問を抱いてしまうほど、ロゼさんの戦闘力は凄まじかった。僕が知っているハンドラーは、使役するSBがメインで、術者がサブという戦い方をするはずなのだ。なのにロゼさんの場合、どう見ても彼女が要で使役SBの方が補佐役だ。てんで逆である。むしろ格闘士ピュージリストとして活動した方が、他の人とパーティーも組めて充実したエクスプロールが行えるのではなかろうか。そうすればきっと、引く手数多だろうに。

 ――もしかしてこれは、何かの〝擬態〟なのではなかろうか?

 ふとそんな疑念が脳裏を過ぎる。

 ロゼさんのファミリーネーム、ヴォルクリング。昨日のニュースにあったテロリスト集団『ヴォルクリング・サーカス』。トップクラスタにいてもおかしくない実力を持ちながら、エンハンサーと同じぐらいマイナーなハンドラーに身をやつし、何故か他でもない僕ら『BVJ』へ入団したいと志願してきた。

 その目的は一体何だ?

 まさか僕達をテロリストへスカウトするとか? それとも、ハヌが現人神であることを知っているからか? あるいは、僕が自覚していないだけで恨まれるようなことをしてしまったのか?

 わからない。

 ロゼさんは一体、あの無表情の仮面の下にどんな思惑を隠しているのだろうか――?

 と、このように深々と思索にふけっていた僕は、手遅れ寸前になるまで背後から近付く気配に気付かなかった。

「――ラト!」

「ッ、ラグさん!」

 ハヌとロゼさんの緊迫した声が同時に放たれ、僕の耳朶を打った。

「えッ!?」

 まずは二人の声の鋭さに驚いてビクンと身を震わせ、それから背中に迫る重圧感に気付く。

「――!?」

 弾かれたように振り返ると、ぬらりと光る青黒い鱗が視界を埋め尽くした。

 奇声が耳を劈く。

『PPGGGYYYYYYYYYYYY!!』

 それが至近にまで近寄ってきたダゴンの身体だと理解した瞬間、本能が勝手に身体を動かしていた。

 右手。後方待機とは言え戦闘中ということで一応は抜いていた白虎。それをとにかく振るう。

 鳩尾辺りに違和感。そんな山勘だけを頼りに振った白虎の刀身に、ギャリッ、と手応えがあった。

 僕の腹めがけて真っ直ぐ突き込まれた三叉鉾。柄の半ばに白虎の刃が食い込み軌道を僅かにずらすことに成功したけど、結局は避けきれず脇腹に三つ叉の刃が突き刺さる。

「ぐぁっ……!」

 一瞬、目の前が真っ白に染まるほどの激痛。けれど、それにかかずらっている暇なんてない。

『GGGRRRRRRAAAAAAAAAAAA!!』

 二メルトル以上はあるダゴンの巨体の陰、そこからもう一つ、鉄色の人影が飛び出した。ダゴンと同じぐらい巨大な、牛頭の怪物――ゴズキ。

 左手に現れたそいつに僕は目を見開いた。

 間髪入れず無数の棘を生やした獰猛な金棒が横殴りに襲いかかってくる。

 突然の背後からの奇襲、脇腹の疼痛、畳み掛けられる攻撃に僕は動揺してしまって、まともな反応が出来なかった。

 どうにか咄嗟に左手を金棒へ向け〈スキュータム〉を一つだけ発動させる。

「――ッ!」

 無いよりはマシだった。が、一枚しか無い術式シールドはあっさり砕かれ、ほんの少しだけ勢いを削がれた金棒が僕の左二の腕にめり込んだ。

「がッ……!?」

 肉が潰れ、骨が砕ける感触。衝撃が全身を駆け巡って前後不覚に陥る。視界がめちゃくちゃに乱れたと思ったら、気が付いた時には壁に激突して床に転がっていた。

「――がはっ……! げっ、はっ……!」

 もどすように喀血して、だけど集中力は切らさない。今のでようやく目が醒めた。

 僕は歯を食いしばると、白虎を握ったままの右手を床に着いて飛び起きる。そして回復術式〈ヒール〉を三つ、さらに支援術式〈ストレングス〉〈ラピッド〉〈プロテクション〉〈フォースブースト〉を三つずつ同時に発動。

 傷の回復と身体強化の係数を八倍まで引き上げるのを一挙に実行し、激変する感覚に意識をチューニングする。

 己の内側から湧き上がる変革。世界が変わる感覚。時間の流れが遅くなって、全神経が研ぎ澄まされていく。

 脇腹の傷とひしゃげた左半身が治癒していくのを確認しつつ、状況を整理する。

 僕の背後に突然現れたのはダゴンとゴズキ。どちらも一体ずつ。おそらくは時間差でポップした伏兵だろう。遺跡内ではよくあるトラップだ。ソロでやっていた頃の僕なら引っかかるはずも無い初歩的なものだけど、今回はハヌとロゼさんの強さに知らず知らず甘えてしまっていたらしい。すっかり油断していた。そのツケがこの様だ。

 情けない。二人はここまで無傷できたっていうのに、それに比べて僕はなんて無様なんだ。

「――こっ、のっ……!」

 そんな悔しさがつい行動にまで出てしまった。僕は更に追加で〈ミラージュシェイド〉×10を発動。光学的な幻影が十体、ランダムな場所に現れて僕と同じポーズをとる。

「ッあああああああっ!」

 本体である僕を合わせて十一人の黒髪の剣士が全く同時に走り出し、ダゴンとゴズキに殺到した。二体のSBは予想通り視覚でターゲットを認識しているらしく、いきなり増えた僕らに泡を食っている。

 強化された脚力で疾風のごとく間合いを詰め、まずはダゴンを狙った。

「〈ズィースラッシュ〉!」

 白虎で剣術式を起動。合わせてダゴンとゴズキが攻撃を仕掛けてくるが、どちらも〈ミラージュシェイド〉相手で意味は無い。攻撃を受けた幻影は消滅するけど、それでも残る八体と共に僕は〈ズィースラッシュ〉を放った。

 白虎の切っ先が走り、剣閃が『Z』を描く。傍目ではそれが九つ、ダゴンの青黒い鱗肌に刻まれたように見えただろう。もちろん、実質的な威力があるのは本体である僕の攻撃だけなのだけど。

『PPGGGYYYY!?』

 最後の一突きがダゴンの鳩尾に突き刺さり、奴は身を凍らせて活動停止する。

 すぐさま刃を引き抜くと、勢いそのまま、金棒を大振りして体勢を崩しているゴズキへと仕掛ける。

「〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉――!」

 白虎の刀身に雷撃の攻撃術式を装填しながら、左足を強く踏み込み、鉄色の巨躯の懐へ飛び込んだ。

 ここで僕は装填しておいた攻撃術式と同時に、剣術式を上乗せして発動させた。

「――〈ズィースラッシュ〉!」

 稲妻を纏った剣光が奔った。

 紫電の閃きが『Z』の軌跡をなぞり、ゴズキの肉体を切り裂く。幻影八体もまた僕の動きをトレースして、それを寸分違わず再現して見せた。

 雷光に輝く刀身が彗星のごとく尾を引き、最後のスラッシュがゴズキの左胸を穿つ。

『GRRRRRRRAAAAA!?』

 見た目だけなら体の九箇所を光の刃で貫かれたようにも見えるゴズキは、実際に受けたダメージも耐久力の限界を超えたのだろう。動きを止め、活動停止シーケンスに入った。

 姿が薄れ、情報具現化コンポーネントへと回帰していく。

「……ふぅ……」

 ダゴンとゴズキのコンポーネントを続けて〝SEAL〟に吸収すると、ぼくは安堵の息を吐いた。

 今の、雷撃の〈ボルトステーク〉と剣の〈ズィースラッシュ〉の合体攻撃。咄嗟の思いつきでやってみたのだけど、なかなかどうして、良かったかもしれない。名付けて『サンダースラッシュ』ってところだろうか。いや、流石に必殺技みたいに叫ぶつもりはないけれど。

「ラト! 大丈夫か!?」

 大きな声を張り上げて、ハヌが駆け寄ってくる。僕は周囲を見回して新手が出てこないことを確認すると、支援術式を解除した。〈ミラージュシェイド〉による幻像も掻き消え、本物の僕を見つけて近付いてくるハヌに、あは、と笑って見せる。

「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」

 じつはまだ傷を負ったところが痛い気もするのだけど、裂傷や骨折はもう回復しているので、言わないことにした。

「そうか、それは重畳じゃ。しかし――」

 僕の返事にほっと安堵したような顔をしたのも束の間、ハヌはすぐに蒼と金のヘテロクロミアを吊り上げて、怒鳴り散らした。

「――このばかもの! 戦いの最中にぼけっとしていては危なかろう! 一歩間違えればどうなっていたか!」

「は、はい、ご、ごめんなさい!」

 あまりの剣幕に思わず頭を下げてしまう。それでもハヌは収まりがつかないのか、「油断しすぎじゃ」とか「妾以外の女と一緒におるからといって浮かれてはならんぞ」とくどくど説教を始める。とはいえ、僕を心配して怒ってくれているだけに、ぐぅの音も出ない。

 おかしいな、エクスプローラーとしては僕の方が先輩だったのに、いつの間にか立場が逆転してしまっている。情けない。

「しかし、その後は鮮やかな手並みでしたね。流石です、ラグさん」

 ハヌに遅れて歩み寄ってきてくれたロゼさんが、助け船のようにそんな称賛をかけてくれた。が、ハヌに入団か否かを見極められようとしているロゼさんが無傷で、受け入れる側であるはずの僕がSB相手に接戦を繰り広げたというのは、いささか気まずい。

「す、すみません、ロゼさんにもご心配をかけたみたいで……」

「いいえ、良いものを見せてもらいました。攻撃術式と戦闘術式の融合……流石は勇者ベオウルフです。あのヘラクレス戦での重複〈ドリルブレイク〉にも驚きましたが、あんなことまで可能なのですね」

「……えっ?」

 思わず顔を上げてロゼさんの顔を凝視してしまう。

 何だろう、今とても聞き捨てならないことを言われた気がしたのだけど――それが何なのか、すぐには判断が出来なかった。

 そうこうしている内に、ロゼさんが視線の行き先をハヌに変えてしまう。

「話は変わりますが、小竜姫。いかがでしょうか? これまでの戦闘で、私の実力はもうわかっていただけたと思うのですが」

「ふむ?」

 どうにか溜飲が下がってきたのか、ハヌは僕に向けていた怒りの矛先を収め、小さく唸った。正天霊符の扇子リモコンを折り畳むと、宙に浮いていた水晶球がデータ化されて消失する。

 しばし、んー、と宙を睨んで考え込んでいたハヌは、ふと体の力を抜くと、よし、という感じで頷いた。

「よかろう。それでは結果を言い渡す」

 ハヌは外套の内側から鋭い眼光を放ち、ロゼさんを見上げる。

 ごくり、と我知らず生唾を飲み込んでしまう。僕の採用通知というわけではないが、ロゼさんに「明日から一緒にエクスプロールしましょう」なんて見得を切った手前、緊張せずにはいられなかった。

 ハヌは扇子リモコンの先端でロゼさんの顔を指すと、厳かにこう告げた。

「合格じゃ。ロルトリンゼ・ヴォルクリング、おぬしの加入を認める。これからは妾達の仲間として、その力を頼りにさせてもらうぞ」

 くふ、とハヌが笑った瞬間、僕の中に歓喜が生まれた。ぐっと拳を握ってガッツポーズをとる。

「――や、やった! 合格ですよ!? オッケーですよ!? よかったですね、ロゼさん!」

 僕が思わず声を張り上げてしまうと、ロゼさんはやっぱりニコリともせず、素の表情のままで、

「はい、ありがとうございます」

 と頭を下げた。しかし。

「じゃが」

 というハヌの冷たい声が、上がりかけたテンションに水を掛けた。

 見ると、ハヌは未だ鋭い眼差しをロゼさんに向けたままだった。口元は笑みの形をとっているけど、目は全然笑っていない。

 硬質の雰囲気を纏ったまま、ハヌは言う。

「見ての通り妾にも、人に言えぬ事情がある。じゃから全てを話せとまでは言わぬ」

 昨日のニュースで判明した地雷原。ハヌはとうとう、そこに踏み込んだ。

「しかし、聞かせてもらうぞ。おぬしが何故、妾達の仲間になることを希望したのか、その理由をな」

 ギラリ、と金目銀目が剣呑な光を発する。その色違いの瞳は、言い逃れなど絶対に許さない、と言外に語っている。

 ハヌは言う。ロゼさんの行動がどれほど不自然だったのかを。

「おぬしのようなハンドラーはどこのクラスタにも入れてもらえぬ? いいや、違うじゃろ。おぬしほどの実力があれば、どんな形であれ何処かのクラスタに属することは出来よう。ましてや、このフロートライズという土地には妾達『BVJ』以外にも多くのクラスタがある。ラトではあるまいに、現に妾を相手に自らを売り込んできているおぬしが、他のクラスタに入れぬわけがない。そう、おぬしには、わざわざ妾達を頼る理由がないのじゃ。ということは、何か目的があって近付いてきた――そう考えるのが道理であろう。違うか」

 ラトではあるまいに、の部分に何気に傷付いたのだけど、今はそんなことを言える空気では無いので、ぐっと我慢する。

「…………」

 ロゼさんは表情を変えず、ハヌの視線と言葉を受け止めていた。琥珀色の瞳は凪いだ湖面のように澄んでいて、その内に秘めたものを窺い知れない。

「答えられぬか? じゃが、答えなければ妾とラト、そしておぬしとの間に信頼関係は築けぬ。これは妾達が仲間となる上で、絶対の必要事項じゃ。拒否は許さぬ。さあ、答えよ! ロルトリンゼ・ヴォルクリング!」

 むしろ地雷を踏み抜くような勢いで放たれたハヌの問い掛けに、果たしてロゼさんは、静かに、しかしはっきりとこう答えた。



「――私の目的は、ラグさんと愛人契約を結ぶことです」



 何故か僕が爆発した。




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