リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●1 BVJはクラスタを目指す



 この世界には〝天蓋〟がある。



〝天蓋〟。

 それは人類をこの惑星に閉じ込めている、全天を覆い尽くす不可視の檻。

〝天蓋〟がどういった経緯で、またどのような目的で存在するのか。それら詳細な情報は『終末戦争』の最中に失われてしまい、その正体は杳として知れない。

 ただそれは、宇宙へ飛び出そうとするもの、そして宇宙から飛来するもの全てを拒む。

 人類が一度は崩壊した文明を立て直し、世界を再生し、再び空の果てを目指そうとも。

〝天蓋〟は絶対に許さない。

 常に成層圏の上層に位置し、世界を断絶する。

 唯一の突破口は、浮遊島フロートライズから月面へと延びる一条の軌道エレベーター。

 そのかつての名もまた『終末戦争』の折に失われ、かの塔は今、人々からこう呼ばれている。

〝ルナティック・バベル〟――と。



 高い位置から低きへ行くにつれ、漆黒から濃紺、そして群青へとグラデーションしていく空の色。

 そんな暁の空を背景に、長大な塔が天地を貫いている。

 飛行機の窓に映る、世界に一つしかない軌道エレベーターの威容を眺めつつ、少女はこみ上げて来た欠伸を噛み殺した。

 彼女が乗っている飛行機は、今まさに、窓に映る塔が足を下ろす浮遊島へ向かって飛行中だった。

 フロートライズは常に空中を移動しているため、飛行機はまず高高度へ上昇し、しかして島を目指して【着陸する】という航路をとる。

 少女を乗せた飛行機は今がその頂点、成層圏の中程まで上昇してきた所だった。

 これより、天の神が下界へ垂らした糸のようなルナティック・バベルの先端へ向けて、ゆっくりと下降していくのである。

 この時、ルナティック・バベル本体へ近付きすぎてはいけない。かの塔には強力な対空セキュリティ機構が備え付けられており、不用意に近付くと、警告もなく撃墜されてしまうからだ。

 つまり、飛行機でその限界高度まで上昇し、そこからルナティック・バベルの高層へ入るという【近道】が出来ないようになっている。

〝天蓋〟といい対空セキュリティといい、これらを用意した者は――あるいは『者達』は――余程、人類をこの惑星の外へ出したくないらしい。

 だがそんな遺跡の構造も、今の少女にはまるで興味の湧かない瑣末事だった。

 今、彼女が意識を向けるのは、ただ一人の少年。

「――勇者ベオウルフ……」

 その異名を、舌の上で転がすように囁く。

 少女の左手側にある窓、その向こうに見えるルナティック・バベルにかぶさるように、〝SEAL〟のARムービーが流れている。

 少女だけにしか見えないその映像は、ほんの一週間前、長大な軌道エレベーター内で実際に行われた激闘の記録である。

 第二〇〇層のセキュリティルームを守護していたゲートキーパー――現場のエクスプローラー達が付けたコードネームは、その名も高き『ヘラクレス』。

 超古代の英雄と同じ名を与えられた怪物の強さは、術力制限フィールドという劣悪な環境を抜きにしても、破格のものだった。

 力、速度、耐久力。全てに於いて、これまで発見されたゲートキーパー級の中でもトップクラスの性能を持ち、なおかつ、

「……古代の術式を使用できる……」

 怪物中の怪物だった。

 そんな規格外のゲートキーパーを、しかし、たった一人で倒した少年がいる。

 漆黒の髪に、黒曜石のような瞳。黒尽くめの上下に、ダークパープルの戦闘ジャケットという一風変わった出で立ち。握る得物は、これまた黒光りする巨大な両手剣。

 今、少女の見る映像の中で、その少年が信じられないほどの高速戦闘を繰り広げている。

 彼の名前はわからない。

 ただ、近しい関係にあると思われる少女〝小竜姫〟――もっともこちらの本名も不明なのだが――からは、『ラト』と呼ばれていることだけはわかっていた。

 また俄には信じがたい話だが、ヘラクレスを倒して〝ベオウルフ〟という異名を得るまでは、逆に〝ぼっちハンサー〟などという蔑称が付けられていたという。

 こうして映像を見ていると、とてもそうは思えない。

 少女にはわからなかった。

 どうして彼ほどの逸材が、これまで悪し様に貶められていたのか。

 そして、これが本当にエンハンサーの戦いなのだろうか――と。

 エクスプロールにおいて支援術式を主に扱うエクスプローラー――所謂エンハンサーという人間が、どういった存在で、どのような遇され方をしているのかを、少女は知っている。

 エンハンサーとは所詮、術力が弱く武器の扱いに長けることも出来ない人間が、最終的に行き着く成れの果て。消去法の先にある妥協案。才能もないのにエクスプローラーに固執する、未練がましい生き物――それ故、周囲からは冷遇され、距離を置かれるはぐれ者。

 それが少女の知る、エンハンサーという人種だった。

 だが、この映像の少年からは、そのような卑小な印象は全く感じられない。それどころか、こんな戦い方が出来るエクスプローラーなど他に聞いたことがなかった。

 術式の複数同時制御。

 竜と巨人を倒したベオウルフ――そんな勇者の名を贈られた少年が行ったことを簡単に言えば、そんな文字列になる。

 ただ、その数が尋常ではない。

 同時に二つの術式を起動・制御・発動することについては、少ないながらも記録がある。『ダブルタスク』と呼び称される特殊な才能だ。

 しかし、ベオウルフが同時に扱う術式の数は、文字通りの桁違いだった。

 どう見ても一〇個以上の術式を同時に起動し、制御し、発動させている。それも、額や肩、胸に背中に、両腕や両足、体のあちこちを起点として術式を起動しているのだ。

 ダブルタスクどころの話ではない。これはもはや、【マルチタスク】とでも呼ぶべき異常な能力だ。

 とても人間業とは思えない。

 今もARムービーの中で、少年が雷撃の術式〈ボルトステーク〉を、手に持つ巨大な剣を起点として一〇個同時に起動させている。

 動く速度が速すぎるため映像はスローモーションで流れているが、確かに剣の刃に沿って一〇個のアイコンが並んでいるのが見て取れた。

 そして、放たれる雷神のような一撃。直撃を受けたヘラクレスの足がものの見事に粉砕される。

 もちろん、この直後にヘラクレスが持つ超再生能力で足は元通りに戻るのだが、それにしても低級攻撃術式である〈ボルトステーク〉だけでこれほどの威力を叩き出すとは。こうして目にしてもまだ信じられない。

「〝怪物ジ・モンスター〟……」

 ベオウルフと共に彼へ贈られたもう一つの二つ名を、畏怖を込めて呟く。

 この正体不明の少年への興味は尽きない。だが、それ以上に少女が惹かれるのは――

 とうとう戦いが終わりへと差し掛かった。

 六本腕の異形へと変化したヘラクレスが、多種多様な武器を以て少年を叩き潰そうとする。

 だが少年はそれら全てを弾き返し、おそらく剣術式〈ドリルブレイク〉と思われる攻撃術式を発動。猛烈に回転する螺旋の先端が、ヘラクレスの腹部へと突き刺さり、火花を散らす。

 ヘラクレスの装甲は堅固だった。流星そのものをぶつけるような攻撃に対し、巨人はビクともしない。

 すると少年は、またもや突飛な行動に出た。

 なんと、【剣術式の重ね掛け】である。

 通常は単発で使用する術式を、そのまま上乗せしたのだ。

 重ね掛けすることによって〈ドリルブレイク〉の回転数――つまり威力が上昇。少年は畳み掛けるように〈ドリルブレイク〉を連続で発動させ――

 ついにはヘラクレスの腹部に風穴を通した。

 起点をずらすことなく剣術式を重ね掛け出来る精密さも驚愕に値するが、それ以上に目を剥くのはここからだった。

 かつて英雄セイジェクシエル率いる『閃裂輝光兵団』が、ルナティック・バベル一〇〇層のゲートキーパー〝アイギス〟を撃破するために編み出したという攻撃術式、〈フレイボム〉。

 少年はその攻撃術式を、次の瞬間、数え切れないほど大量に同時起動したのだ。

 その姿はまるで、夜空に輝く星々のごとく。

 全身の至る所にディープパープルのアイコンが生まれ、次々と照準を決める光線がヘラクレスへの腹の穴へと伸びていく。

 それが幾十にも重なり、横向きの円錐になった瞬間、

 起爆。

 超新星爆発スーパーノヴァもかくやという爆裂に、刹那、映像が真っ白に染まった。

 凝縮に凝縮を重ねた威力が炸裂した後、しばらくしてから映像に色が戻ってくる。もはや直撃を受けたヘラクレスは粉微塵に吹き飛び、影も形も残っていなかった。

 が、恐るべきことに、その核であるコンポーネントだけは砕け散ることなく、残存していた。あれほどの重複〈フレイボム〉を受けながらなお、ゲートキーパーは活動停止シャットダウンしただけだったのだ。

「……すごい……」

 我知らず畏敬の念が声となって、唇からこぼれていた。

 一方、少年は自ら起こした超絶的な爆発に巻き込まれ、戦場であるセキュリティルームの端まで吹き飛ばされていた。

 床に仰向けで倒れている姿が、カメラにズームアップされていく――ちょうどその時だった。

 ARムービーではない、その向こうにある現実の窓。そこに映るルナティック・バベルの足元で、ちかっ、と何かが光った気がした。

「……?」

 たまたま目に入った光景に思わず目をしばたたかせ、少女はARムービーを他所に窓に張り付く。

 ルナティック・バベルは純白の塔であるため、点滅した光はよく判別できた。目に焼き付いた光の色は、限りなく桃色に近い紫――そう、スミレ色。

 小さく光ったように見えたが、よく考えれば、ルナティック・バベルと飛行機の間には大きな距離がある。小さく見えても、実際にはかなり大きな輝きだったのではないだろうか。

 もう一度光らないものだろうか、と凝視する少女の視線の先で、出し抜けにルナティック・バベルの壁の一部が破裂した。

「――ッ!?」

 音のない爆発に息を呑む。

 一瞬、我が目を疑った。ルナティック・バベルを構成する金属は、それこそヘラクレスの装甲と同じぐらい堅牢だと聞いている。それが爆発で吹き飛ぶなんて――

 ぱっ、とまたスミレ色の光が瞬いた。

 一拍遅れて、また同じ場所が爆発。無数の破片が水飛沫のように弾け飛んだ。

 と同時、不意に少女の視界がブレた。

「!」

 否、少女だけではない。乗っている飛行機そのものがガタガタと震えだしたのだ。

 他の乗客らの間からも戸惑いの声が上がる。

 その直後だった。突如、乱気流に突っ込んだかのように機内が大きく上下に揺れた。

 四方八方から甲高い悲鳴が上がる。

 少女はというと、怖すぎて悲鳴も出なかった、というのが正直な所である。全身を強張らせ、シートの手摺を掴んだまま、ただ恐怖に慄くことしか出来なかった。

 地震のような揺れは、幸いなことに大事には至らなかった。しばらくすると振動は徐々に収まり、やがて飛行機は安定飛行へと戻った。

 それから間もなく、乗客の〝SEAL〟に機内アナウンスが送られてくる。

『大変ご迷惑をおかけしております。機長です。先程、天使の悪戯と思しき気流の乱れがございましたが、飛行の安全性には全く影響ございません。お座りの間は座席ベルトをしっかりとお締めいただき――』

 機長の穏やかな声によって、乗客らの間に安堵した空気が流れ出す。

 少女もまた、ほっと胸を撫で下ろした。

 息を吐き、そういえば、と再び窓へ目を向ける。

 浮遊島から月へと聳えるルナティック・バベル。スミレ色の光と爆発が発生したはずの箇所は、しかし、不思議なことにもうどこだったかわからなくなっていた。

「……?」

 少女は首を傾げる。

 どうして、あんなにも派手に大きな穴が開いていたはずなのに――?

 少女には知る由もない。

 ルナティック・バベルの構造材がヘラクレスの装甲と同じく、自己再生機能を持っていることを。

 スミレ色の光が、とある少女の術式のアイコンであったことも。

 そして飛行機の機長もまた、知らなかった。

 先程の乱気流は決して【天使の悪戯】などではなく。

『現人神』の仕業であったことを。



 ●



 時は少し遡り――



「――いたよ、ハヌっ!」

 SBのポップを確認した瞬間、僕は腰に差した脇差〝白帝銀虎〟――略して白虎を抜き放った。

 僕が鋭く声を掛けたのは、左隣を歩いていた女の子――僕のコンビでもあるハヌこと、ハヌムーン・ヴァイキリルにである。

「うむ」

 ハヌはいつものように鷹揚に――ともすれば緊張感の欠片も無い様子で――頷くと、僕と繋いでいた手を離した。

 僕は白虎の切っ先を敵に向けつつ足を進め、小さな彼女の前へ出る。

『UUKKKKKYYYYYYYY!』

 僕達の前に現れたのは、クロードモンキーというSBの群れだった。

 数はざっと見て二〇前後。この五三階層に現れるSBの中では、ちょっと面倒な方だ。

 灰色の体毛を持つクロードモンキーの特徴は、名前の通り、両手の五指から長く伸びた鋭利な爪だ。猿特有の俊敏さでこちらを攪乱し、隙に乗じて襲いかかってくるのが基本パターンである。

『UKKKKKYYYYYKKKKKYYY!』

 二〇体以上のクロードモンキーがその場でピョンピョン飛び跳ね始めた。

 奴らは両眼を大きく見開き、歯を剥いて威嚇するような強面を向けてくる。毎度の事ながらその表情や仕草には、とても作りプログラムとは思えないほどの生々しさがあった。

 クロードモンキーは確かに、ちょっと面倒な相手ではある。

 そう、面倒な相手ではあるが――

 これはこれでちょうどいい、と僕は思った。

 こう見えても僕は、このルナティック・バベルの一三〇層までに出てくるSBなら、割と余裕で戦えたりする。残念なことにメインウェポンである〝黒帝鋼玄〟――略して黒玄は粉々になって修理待ちだけど、ここ五三階層に出てくる程度のSBであれば、この手にある白虎だけで充分なのだ。

 それに今日は、SBを倒してコンポーネントを収集するよりも大事な目的がある。

「じゃあハヌ、打ち合わせ通りに行くよ。大丈夫?」

 背中越しに声をかけると、くふ、と笑う気配が返ってきた。

「うむ、苦しゅうない。ラト、おぬしは心配性じゃのう」

「いや、心配というか……」

 どっちかというと僕自身の安全について危惧しているというか――

 今日の主目的は、僕とハヌとの連携訓練だ。

 より具体的に言うと、ハヌの汎用術式を使う練習である。

 基本的にハヌが扱う術式は特殊なもので、【言霊】による詠唱が必要不可欠だという。

 その分、威力については申し分がないというか、別の意味で注文をつけたくなる程なのだけど、逆に言えば、発動が遅すぎていざという時に役に立たなかったりもする。

 なので、ハヌの〝SEAL〟に汎用攻撃術式をインストールして、それを即時発動できるよう練習することにしたのだ。

 でなければ、僕が前衛に出て、後衛で詠唱をするハヌを守りながら戦うという、ワンパターンな戦法しか出来なくなる。これからもコンビを続けていく上で、それは結構致命的なことなのだ。

 というわけで。

 今回インストールしたのは、低級攻撃術式の一つ〈エアリッパー〉。ハヌが『極東』では風を司る現人神だったことを踏まえての、流体操作系の術式である。

「安心せよ。風の扱いなら任せておくが良い」

 いつもの外套姿のハヌは、やっぱりいつも通り自信満々だった。

 ――本当に大丈夫なのかなぁ……不安だなぁ……

 内心で冷や汗をかきつつ、僕は事前にハヌと打ち合わせした内容を反芻する。



「オッホン……それではルナティック・バベルへ入る前に、今日の基本的な作戦を説明します」

「うむ。よきにはからえ」

「ここのSBは基本的に群れで出てくるから、まずは僕が敵陣に突っ込んで、適当に分断します」

「ふむふむ」

「SBの数が多すぎる時は僕が適当に数を減らします。で、手頃な数になったSBがこれまたいい感じに散らばったら、ハヌの出番です」

「任せよ」

「その時、僕は一度ハヌの後ろに回ります。これは念のため。で、僕の退避が完了したのを確認したら――どうぞ、やっちゃってください」

「うむ。……ところで、先程から気になっておったのじゃが、何故そのような言葉遣いをしておるのじゃ?」

「え? いや、えっと……雰囲気? 何となく?」

「……ならば良いが、正直そのような言葉遣い、妾は好かぬ」

「――あっ、そうか。ご、ごめん、ごめんね、ハヌ」

「んむ……わかればよいのじゃ」



 いつか僕が彼女の手を振り払った時、そういえば無理に丁寧な口調で話したことがあったっけ。多分、ハヌはその時のことを思い出してしまうのだろう。

 自分のしでかした不始末はどこまでも付いてくるものなんだなぁ、なんて考えながら、風切り音と共に迫るクロードモンキーの爪を躱す。

「――っ!」

 頭のすぐ右側を、鋭利な刃物みたいな五本の爪が唸りを上げてかすめ過ぎた。直後、大ぶりな攻撃だったためクロードモンキーがどうしようもない隙を見せる。

 流石にそれを見逃すほど、僕も甘くはない。

「づぁっ!」

 気合を込めて白虎を一閃。丸見えになった背中を逆袈裟に切り裂く。

『UKKKKKKKYYYYYYY!?』

 空中にあったままクロードモンキーの体が硬直。そのまま活動停止シーケンスへと移行するのを見届けると、僕は次の標的へと意識を切り替える。

 とりあえず二〇体というのは多すぎるので、半分の一〇体ぐらいにまで減らそうと思う。その頃にはSBも適度に散開して、密集していないだろうし。

「〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉〈ボルトステーク〉……」

 〝SEAL〟の出力スロットに攻撃術式を装填していく。体の表面を紫紺のフォトン・ブラッドが活性化して流れるのを感じる。

『UUKKKKKKYYYYYYYYY!!』

 三体のクロードモンキーが壁や床を蹴って同時に躍りかかってきた。

 左手の五指に五つの雷杭のアイコンを浮かべ、僕はそいつらを迎撃する。

「――せっ!」

 左手を横に振って一気に五つの〈ボルトステーク〉を発射。ろくに照準もせずに撃ったけど、当たらなくとも牽制には充分だ。

 青白く輝く光の矢が五本、残光を曳いて宙を走った。

『UKYYYY!?』『UKKKKKKYYYYY!?』

 三体中二体に〈ボルトステーク〉が命中。急所は外したみたいだけど、雷撃のショックで体が痺れ、無様に床に落ちる。

『UUKKKKKYYYYYYYYY!』

 残った一匹が敵討ちだと言わんばかりに爪を向けてくるが、所詮は猿の手、リーチではこちらに分がありすぎる。

 こっちの頭へと伸ばしてくる両手の間に白虎の切っ先を突っ込み、そのまま顔を貫いてやった。

『UKYY!?』

「――シッ!」

 そのままクロードモンキーの顔を貫通した白虎を下に払って、床へ叩き落とす。活動停止なんて確認するまでもない。

 そのまま疾駆して、痺れて倒れている二体にも斬撃を見舞い、止めを刺す。

「〈フレイボム〉〈フレイボム〉〈フレイボム〉――!」

 そこからも、同じような要領で四方八方から襲いかかってくるSBを蹴散らして、瞬く間に残り一〇体にまで数を減らしてやった。

「――いくよハヌ! 準備はいい!?」

 予想通り、良い感じに通路のあちこちに残ったクロードモンキー達が散らばっている。これなら一体ずつ〈エアリッパー〉で狙えば、十回ぐらい動く標的を攻撃する練習になるはずだ。

「いつでもよいぞ!」

 頼もしい声が返ってきたので、僕は踵を回してハヌの元へと戻った。

 頭から外套をすっぽり被ったハヌは、既に両の掌を前へ出して、いつでも〈エアリッパー〉を発動させられる準備をしている。

 僕はそんな彼女の背後に回り、

「いい? ハヌ、慎重にね、慎重に一匹だけに意識を向けて、そっとだよ、そーっと術力を――」

「ええい気が散るではないか! 静かにしておれ!」

「。」

 怒られてしまった。

 僕が少々傷付きつつ、やっぱり僕ってうざい奴なのかなぁ、などと思いながら口を噤んだ――その瞬間だった。



「〈エアリッパー〉!」



 いきなりハヌが術式を発動させた。

 前へ突き出したハヌの両手、そこからスミレ色の輝きが弾け――

 あ、やばい。

 生じたアイコンの光が、あっという間に床や壁に吸い込まれて消えた。

 そのまま爆発的に【膨張していく】。

 僕は咄嗟に支援術式〈プロテクション〉×10を発動。続けざま防御術式〈スキュータム〉×10を装填。

 ハヌの頭を越えて腕を伸ばし、彼女ごと守れるよう術式シールドを展開させるよう準備して――



 風が爆発した。



 とんでもない術力を込められた〈エアリッパー〉は、その名前から到底かけ離れた形となって発動した。

 まるで戦艦の主砲みたいだった。

 通路を埋めつくしてもなお足りないほど巨大な個体空気が高速で撃ち出され、何もかも破壊しながら突き進んだ。

 僕は直ちに〈スキュータム〉×10を発動。十枚重ねの術式シールドが僕とハヌの前に現れる。

 すぐ嵐のような風に巻き込まれた【ルナティック・バベルの破片】が殺到して、〈スキュータム〉を狂ったように乱打し始めた。

 全ては一瞬の出来事だった。

 塔の壁や床、天上まで破壊しながら飛んだ〈エアリッパー〉は、そのまま壁に大穴を空けて虚空へと消えていった。

 練習場所を壁際の区画にしておいて、本当に良かったと思う。あと、念のため、僕がハヌの背後に回ることにしておいたことも。

 勿論の事ながら、もはや見える範囲にクロードモンキーの姿は影も形も残っていなかった。

「……およ?」

 風が止んだ後になってようやく、ハヌの口からそんな間抜けな声が零れ落ちた。

 どうやら本人的にも想定外の結果だったらしい。

「――お、およじゃないよ!? 強すぎるよハヌ! 言ったよね? 僕ちゃんと言ったよね? だからそーっとって言ったのに!」

「むぅ……」

 解せぬ、とばかりに小首を傾げるハヌ。

 と、その時。

『UKY?』

 と電子音が聞こえてきて、ハヌと揃ってそちらへ目を向ける。

 するとそこには、僕達がいる通路から右脇へ入る分かれ道があり、その壁の陰から、運良く難を逃れたのであろうクロードモンキーが一体、顔を出していた。

「今度は上手くやる。見ておれ」

 ずい、とハヌが〈スキュータム〉の庇護から抜け出して、生き残りの猿へ両手を向ける。

 あんなムキになった声で「今度は上手くやる」などと言われて「はいそうですか」なんて了承出来るわけもなく。

「ちょ、ハヌ、待っ――」

 僕の制止は間に合わなかった。



「〈エアリッパー〉!」





 結果がどうなったのかは、もはや言うまでもない。

 ウネウネと蠢いて再生を始めた壁や床を尻目に、僕はハヌの手を掴んでその場から逃げ出した。

 最初から人気が少ないであろう五三層、そして壁際の区画を選定しておいたことが幸いして、誰に見咎められることもなく僕達は逃走に成功した。

 そして、その後ハヌとの会話の中で判明した驚愕の事実を、ここにお知らせしよう。

 ハヌの二つ名〝小竜姫〟の由来の一部でもある、彼女のオリジナル術式〈天龍現臨・塵界招〉。

 この術式の起動には約二ミニトほどの詠唱が必要だと聞いていたのだけれど、実を言うと――



「あれか? ふむ……実を言うとの、あれの詠唱の大半は【手加減のための詠唱】じゃ。そうでもなければ、こんな塔などとっくに吹き飛ばしておるわ」



 僕の「海竜の時はちゃんと手加減できたのに、どうして」という言葉に対する返答が、これだった。

 ハヌ曰く、天龍を現臨させるだけなら一〇セカドもあれば充分。それ以外の時間は、立体化アイコンを編み上げ、術式の威力をその内部に限定するための準備に過ぎない――とのことだった。

 その話を聞いた僕は、両手で顔を覆って天を仰いだ。

「……それを早く言って欲しかったよ……」

 詰まるところ、ハヌにとっての「ちょっと」は、世間一般で言う「ちょっと」とは遠くかけ離れすぎていたのである。

 水道で例えるなら、いくらレバーを慎重にゆっくり動かしたところで、蛇口が大きければ、一度に出る水の量はどうしたって多くなる。

 ハヌの術力も、それと同じ事が言えたのだ。

 確かに、想定していた通り術式は素早く発動出来たし、威力だってあるに越したことはないのだけど――あれじゃ威力が高すぎて、味方まで巻き込みかねないし、実際あんなのに巻き込まれたら即死してしまう。怖すぎて使えたものじゃなかった。

 残念無念。

 ハヌに汎用術式を使ってもらおう作戦、大失敗である。

 ふりだしに戻って、一から考え直しだった。

 肩を落とす僕の背中を、ハヌが軽く叩いて、くふ、と笑う。

「気にするでない、ラト。他にも手はあろう?」

「それはそうなんだけど……何だか幸先悪いなぁ……」

 前途多難な状況に、思わず愚痴っぽくなってしまう。すると、ハヌに一喝された。

「ばかもの! おぬしがそんなことでどうする! 先日言った通り、妾とおぬしとで世界最強のクラスタを作るのじゃぞ! リーダーのラトがそんな弱気でどうするんじゃ!」

 そうなのだ。

 なんだかよくわからない内に、そういうことになってしまったのだ。

 僕とハヌとで、クラスタを作る――しかもリーダーは僕。

 どうしてそんな話になってしまったのか。

 その発端は、今から二日ほど前に遡る。



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