公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(13)




 仕方なく私は立ち上がる。
 スッと、音を立てずに私の前にエリンさんは移動してくると、スカートの皺や埃を手で払ってくれた。

「良かったです。皺が出来ていなくて――。汚れも無いようで安心致しました」

 彼女は、心から安堵しているようで。
 そう言えば、私が着ているドレスは100年前に先々代のアルドーラ公国の王妃様が作ったもの。
 言わば国宝と言っても差し障りが無い物とも言える。
 エリンさんが安心したのも分かるというもの。
 そう考えてしまうと、私が着ていて良い物なのか考えてしまうのだけれど、そのあたりのことは仕方ないと考えるしかない。
 ドレスを用意出来ないのだから仕方ないし。

「スペンサー様、そろそろお時間が押していますので――」
「……そうだな」

 二人の話を聞いていてハッ! とする。
 殿方に胸を揉まれた事実と羞恥心から完全に忘れていたけれど、これから会談だったことを今更に思い出す。
 スペンサー王子は、私のことを意識しているかどうか分からないけど、私と視線を合わせようとはしない。
 ――でも、その頬は一目で分かるくらいには赤く腫れていた。

「スペンサー王子、まずは治療を――」
「すまないな」

 エリンさんがスペンサー王子の頬に手を添えようとしたところで、私はササッと彼に近づく。

「エリンさん。彼の怪我は私が負わせたものです。私が治療いたします」
「――え? ですが……」
「大丈夫です」
「ユウティーシア、君は魔法が使えないはずでは?」

 ――そうだった。
 彼に言われてようやく思い出した。
 そういえば、杖は衛星都市エルノの冒険者ギルドマスターの部屋に置いてある。

「ユウティーシア様?」

 エリンさんが、視線を私に向けてきている。
 治せるなら早くという意味合いを込めてだと思うけど……。

「杖があれば……」
「杖? 杖というのは、あの白い杖のことか?」
「はい」

 コクリと私は頷く。
 それにしても、どうしてスペンサー王子が私の杖の事を知っているの?
  
「ガーランド、すぐに持ってきてくれ」
「アレをですかい?」
「ああ、頼んだ」
「わかりました」

 部屋から、ガーランドさんが小走りで出ていく。
 一瞬の静寂のあと、エリンさんが小さな溜息と共にスペンサー王子から離れると私に近寄ってくる。

「ユウティーシア様は、スペンサー王子のことをどう思っているのですか?」
「――え? 何を言って……」
「そうですか。分かって居られないのですね」

 エリンさんは意味深な言葉を呟いて私とスペンサー王子から離れる。

「スペンサー様。持ってきました」

 ガーランドさん以外にも二人の男性兵士が一緒に部屋に入ってくる。
 二人がかりで持ってきた白い杖を部屋の中央に置かれている大理石のテーブルの上に乗せた。
 その時に、テーブルがミシリと鳴ったことに私は違和感を覚えてしまう。

「この杖でいいのか?」
「はい」

 テーブルの上に置かれている杖を手に持つ。
 すると白い杖の表面に掘られた無数の文字が青白く光る。
 やっぱり、すごく手に馴染むし、羽が生えているように軽い。

「スペンサー王子」

 私は彼に近寄ると、少し背伸びしながら赤く腫れていた頬に手を添える。

「ヒール」

 回復魔法を代表する初級の魔法だけど、杖は魔法陣や魔法式を最適化――、個々の身体的特徴に合わせた魔法を発動させ光の粒子を周囲に振りまく。
 すると、瞬く間にスペンサー王子の頬の腫れが消えた。

「どうでしょうか? 痛みはありますか?」
「――いや。大丈夫だ……、それよりも重くないのか?」
「はい。すごく軽いです」
「そうか。助かったと言いたいところだけど……、君に叩かれた痕だったからな……」
「そうですね」

 私はニコリと微笑み返す。

「スペンサー様、もう時間が――」
「分かった。ユウティーシア、君も出席してくれ」
「――え? でも……」
「気分転換だと思ってくれ」

 彼が、私の手を握ってきた。
 




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