公爵令嬢は結婚したくない!
記憶と思いと(12)
「あ、あの!」
「何かな?」
二人の会話を聞きながらどうしても疑問に思っていたことがあった。
それは……。
「アクアリードさんはどちらに?」
「こっちだよ」
コルクさんは私の手を掴んできた。
冒険者ギルドの通路を歩くと、突き当りのギルドマスターの部屋ではなく一個前の扉を開ける。
「そっちは?」
「裏庭に繋がっている。主に初心者冒険者などが訓練などで使う場所だけど……」
彼の話を聞きながら裏庭を見ると、そこには大き目の倉庫が存在していた。
日差しでよくは分からないけど、何人もの人が倉庫に出入りしているのが分かる。
無意識の内に歩く速度は速くなってしまう。
……そして私は倉庫の入り口で足を止めた。
「な、なんで……」
吐き気がしてくる。
倉庫には、体の部位が欠損した人が何人も倒れているのが見えたから。
息が乱れてしまう。
気持ちが悪い。
一体、どうして……。
どうして、こんな事に……。
「ユウ……ティーシア……さ……ま……?」
「あっ!? アクアリードさん!」
よく聞いた声が聞こえた。
私は、何も考えずに声がした方へ――。
気が付けば、その声の主の元へと辿りついていた。
「よかったです。無事で……」
「アクアリードさん、そんな……」
酷い有様だった。
両腕は炭化していて、肘から先が存在していない。
両目も、白濁していて見えているようには思えないから。
「ど、どうして……」
どうして、こんな事になっていたのに私は何も覚えていないの!?
「目が見えなくても魔力の波動から、ユウティーシア様だと分かりましたから……。ご無事で何よりです」
彼女の答えは私が望んでいる物とは掛け離れていて。
「コルク。どうして、ユウティーシア様をここに……」
「彼女がそれを望んだからだよ」
「こんな姿を見せるわけには……。だから……、私はここに……」
「コルクさん……」
「すまないね。レオナが現実を彼女に見せようと考えているみたいだったから、それに彼女は為政者側の人間だ。現実を現実として認識させないと、それは行動に反映されないと思ってね」
「貴方は、最低です。彼女が……、何も……、思わないわけが……」
「アクアリードさん!?」
「大丈夫だよ、気を失っただけだ」
「何が、大丈夫なのですか!」
私は立ち上がりコルクさんの胸元を掴む。
身体強化の魔法を使うことが出来ないから殆ど意味は無いけれど、どうしても……。
「すまないね。彼女達が戦った時の記憶を封印したと聞いた時から、早いうちに事実を知らせようと思っていた。全てが終わってから思い出しても仕方がないからね」
「それは……」
コルクさんの言いたいことだって分かる。
私が、何も知らずにミトンの町に戻ったあと結末だけを後から知らされて記憶が戻ったのなら、もうどうしようも無い事実に打ちひしがれるしかなかっただろう。
それに……。
「ごめんなさい」
私は彼の胸元から手を離す。
分かっていた。
そう、分かっていた。
「悪いのは私です」
起きた出来事から目を背けてエルノの町から出ていこうとしたのは私で、それは端から見たら【見捨てた】か【逃げ出した】としか見えない。
なるほど、それはレオナさんが私に突っかかってくるのも当たり前で……。
「レオナさん……」
「何でしょうか?」
「さっき、メリッサさんとアクアリードさんは私を助けるためにと言いましたよね?」
「ええ。冒険者ギルドマスターからの報告書には、貴女とカベル海将様を助けるために行動した結果と書かれていました。エルノの町に逃げようとしていた貴方達の後ろから魔物がブレス攻撃を仕掛けた際に、その進行方向を逸らすために盾になったそうです」
「私の盾に……」
「そう書いてありましたが……、他にも何人もの冒険者が盾になったそうです。その際に、ダンジョン産の武器を持っていたメリッサとアクアリード以外は全員が死亡。二人も武器を失いながらも辛うじて生きていたという所でしょうか?」
レオナさんの言葉に私は……。
二人が、エルノのダンジョンを攻略した時に手に入れた武器で冒険者ランクを上げたのは知っていたし、それを喜んでいるのも知っていた。
それなのに、その武器を失うということは……、それよりも……。
「ど、どうして……。そんなことを……」
「どうしてとは?」
「だって、二人とも生死の境を彷徨っているのに……、体の一部を失ってしまっているのに……、どうして私なん――」
「コルク! やめなさい!」
「カハッ!」
肺の空気が一気に押し出されると同時に、背中に痛みを感じた。
目の前には、コルクさんが眉間に皺を寄せながら私を睨んできている。
「お前、いい加減にしろよ」
「コルク!」
「レオナ、少し黙っていろ! この馬鹿は、言ったらいけないことを言おうとしたんだぞ!」
レオナさんが必死にコルクさんを私から引き剥がそうとしているけど、体格は違うことからまったく意味を為していない。
それよりも、さっきまであんなに丁寧に説明してきたコルクさんの豹変に私は驚いてしまい体の震えが止まらなかった。
「ティア! お前は、いま自分なんかの為にって言いかけたな? それは、お前を助けてくれる人や大事に思ってくれている人に対してもっとも侮辱した行為だってことを理解しているのか! お前自信が自分のことをどう思っていようと勝手だが、それを助けてくれた人の前で言うことなのか?」
「あ……」
「――ちっ! 経典に書かれている聖女が、どれほどの者かと期待していた俺が馬鹿みたいだ。こんな助けてもらった人間に対して礼の一つも抱けない奴だったとは――」
コルクさんは、私から離れると近くで怪我人の治療をしていた白い服を身に纏った女性に話かけている。
私は、それを見ながら壁に背中を預けたまま床に座り込んだ。
床は、地面の上に板を置いただけの簡素な作りになっていて堅いけど、そんな事は一切気にならなかった。
「大丈夫ですか?」
「レオナさん、私……」
「私には冒険者の矜持というのは分かりませんが、明らかにさっきの貴女が言いかけた言葉は失言でした。それは分かりますか?」
彼女の言葉に私は無言で頷く。
大怪我どころか、生死の境を彷徨うほどの傷を負ってまで私を助けてくれたというのに、私はそのことを忘れていて尚且つ、ありがとうという言葉すら言っていない。
「私は、どうしたら……」
「それは、貴女が行動で示すしかないでしょう。魔物が出てきたダンジョンで貴女の名前が書かれている石碑があるのでしたら、それをまずは対処することこそ、貴女の使命ではないのですか?」
「――でも、どうしてエルノのダンジョンに私の名前が書かれた石碑が……」
「それは分かりませんが、一連の騒動に因果関係があるのなら、ここで嘆くよりも事態を明らかにすることこそ大事なのでは?」
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