公爵令嬢は結婚したくない!
商談(4)
私を乗せた馬車は来た道を戻りエルノの町を出たあと、町の城壁が見えるかどうかの場所に停まった。
自分の魔力がどのくらいの距離で影響を及ぼすか分からないからだけども……。
「ユウティーシア様。本当にいいのですか?」
「ええ。せっかく町に来たのだもの。メリッサさんもアクアリードさんも色々と用事があるでしょう?」
「……ですがユウティーシア様を護衛するのが我々の仕事です」
アクアリードさんは納得してはいないよう。
「大丈夫よ。私は、一人でも問題ないから。それに戻る際に必要物資だってあるから買い付けだって必要でしょう?」
「そうですけれど……」
メリッサさんが言いづらそうに「本当に、御一人で大丈夫なのですか?」と聞いてくる。
「大丈夫よ、こう見えても私は強いから。それに早くしないと商店が閉まってしまうわよ? 早くいきませんと!」
「――あ、はい。そ、それでは! すぐに戻って来ますので」
「ユウティーシア様、くれぐれもお気をつけてください」
二人は慌てて御者席に乗ると馬車を町に向けた。
遠ざかる馬車を見ながら私は彼女達が用意してくれた薪の傍の椅子に腰かけると、自然と溜息が出ていた。
理由は明らかで昼間にカベル海将様とお話した内容を思い出したから。
その時の勢いで私は生きてきたけれど、実際にリースノット王国で私が行ってきた事は、あまり褒められた事とは言えないと思う。
それは、海洋国家ルグニカに来てから行動してきたことも含めてだけれど……。
パチパチと火のついた薪が燃える。
そんな赤い炎を見ながら、私は考えてしまう。
――自分に特別な力が無かったら……、魔法という力が無かったら私自身はどうなっていたのかと……。
近くに落ちている木の棒を右手に持ち薪を弄るとパチッと燃えている木が音を立てる。
それを見ながら何を感傷的になっているのかなと思いつつも思ってしまうのだ。
「きっと、私に魔法の素養が無かったら公爵家令嬢というだけで王家に嫁いでいたのかも知れないわね」
誰にも聞かれない中、一人呟いてしまう。
どんなに前世の知識があっても第一次産業を殆ど知らない私には自分の知識をどうやって生かしていいのか分からない。
それに、ウラヌス公爵との接点も私が魔法師だからと言う理由で相談する機会があっただけで魔法の素養も無かったら、女として産まれた以上、血筋を残すのが御仕事なわけでクラウス殿下と結婚していたと思う。
――でも、そうするとリースノット王国の発展はとても緩やかになっていたはず。
女の私が意見を言っても取り合ってくれるとは限らないしと思うと「はぁ」と、思わず溜息が出てしまう。
「結局、特別な力があったのが功を制したのか分からないわね」
リースノット王国に居た時には、考えたことの無いことであり海洋国家ルグニカに来てから自分が何なのかと思い始めて私は何なのか? と、自問自答するようになった。
……でも、答えは出ない。
それでも……、一つだけ分かることがある。
私が何者なのか……。
最近、私が夢の中で会うようになったもう一人の私。
彼女なら何か知っているのかも知れない。
「――あれ?」
遠くから馬車が近づいてくる。
身体強化の魔法を発動させると馬車の前面には海洋国家ルグニカのエンブレムが刻まれているのが見えた。
「どうして馬車が?」
疑問に思っていると馬車は目の前に停まる。
御者席に座っていたのはマルスさんでカベル海将の執事の方。
馬車が停まると同時に中からはカベル海将様と給仕の女性が一人出てきた。
「カベル海将様、どうかなされましたか?」
「それはこちらのセリフなのだが……、護衛の者の姿が見えないがどこにいったのだ?」
何やらカベル海将様はご立腹のようだけれど、何故かは分からない。
「えっと、町に買い出しに行ってもらっています。スメラギの町まで一週間は掛かりますので」
「二人ともか?」
「はい。その方が効率いいので」
「君を一人残してか?」
うーん。
何やらずいぶんと私に対して突っ込みを入れてくる。
「はい。一人でも十分問題なく対処できますので」
「…………なるほど」
何がなるほどなのか? きちんとした事情説明が欲しいところなのだけれどと思っている間にマルスさんが馬車からテーブルや椅子を下ろすと給仕の方が食事をテキパキと用意してしまう。
料理の内容的には、スープやサラダと言った物なのだけれど新鮮な野菜が多く使われている。
「あの……、これは?」
「ああ。それは、君が野菜を見た時の表情が嬉しそうであったから用意をしたのだ。それに長旅だと新鮮な野菜というのは手に入れにくいからな。それに、私的に少し話をしたいと思っていたこともある」
「お心遣いありがとうございます」
「ユウティーシア様、こちらに……」
マルスさんが椅子を引いてくれる。
ここまでお膳立てしてもらって断るのも気が引けてしまう。
椅子に座ると透明なグラスに水が注がれる。
「今日は天候に恵まれて良かった。それでは乾杯と行こうか」
「何の乾杯です?」
私は思わず口元に手を当てながらクスッと笑ってしまう。
「そうだな。これからのルグニカに関してというのはどうだろうか?」
「それなら……」
私は水が注がれたグラスを手に取りながらカベル海将様がグラスに口を付けるのを確認してから液体を飲む。
――あ、これは……。
「こ、これ……は……、おしゃけえ」
視界がくるくる回って意識が遠のく。
私はお酒に弱い体質で少量でも飲むと眠く……。
気が付くと、私は見たことも無い部屋のベッドで寝ていた。
まだ夜なのは部屋の窓から外を見ると分かる。
室内には、メリッサさんとアクアリードさんが険しい表情でカベル海将様を睨みつけていた。
そしてカベル海将様と言えば小さくなっていた。
「あの……、ここは――」
まだ体に力が入らない。
頭もズキンズキンして痛い。
おかしい、いくらなんでもこれは……。
社会人として暮らしていた時に飲み会でビールを飲んだ時だって、ここまで酷い状況になったことはないのに。
「ユウティーシア様、ご無事でしたか!」
「カベル海将は、気を効かせたつもりだったようですが、かなり強いお酒を間違えて用意したようなのです。御体はいかがですか?」
メリッサさんとアクアリードさんが声をかけてきてくれるけど、声が響くから静かにしてほしい。
「大丈夫です。それより、そんなに強いお酒だったのですか」
お酒に弱いと言っても一応、貴族として食前酒を嗜むくらいは出来るようにしていたのだけれども、知らずの内に体質が変わったのか、まったく飲めない体になっていたことに話しながらも驚いていた。
「すまなかったな。海洋国家ルグニカでは普通に飲まれている酒だったのだが……」
「いえ。気を利かせてくださったのですからお気になさらないでください。それより、ここは……」
「ここは私の邸宅だ。さすがに倒れた女性を外で寝かせておくわけにはいかないからな」
「そうなのですか……。でも私が居たらまた……」
「すぐに町に影響が出る訳ではないのだろう? ゆっくりと休むといい」
「……はい」
彼の好意を断るのは、失態を取り返そうとしている彼の行動を否定するようで気が引けた。
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