公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

幕間 公爵家夫妻の思い(2)



 私の言葉に残念そうに呟いたシュトロハイム公爵夫人エレンシアを見ながら私は口を開く。
 
「ところで、お伺いしたい事がありまして――」
「伺いたいこと?」

 反応したのは、シュトロハイム公爵家の当主であるバルザック・フォン・シュトロハイム。
 その瞳には、私の意図を確かめようとする色合いが透けて見える。
 そんな彼の瞳を見ながら私は内心、正論では話を聞けないと溜息をつく。

「すでにご存じかと思いますが、私はミトンの町を取り仕切っている商工会議のメンバーの一人です」
「知っている。宿を提供してきた時に聞いた」
「はい。会議中にエレンシア様と、ユウティーシア様のご様子を拝見致しまして、今後の事も考え、ミトンの町で一番の宿を手配しました」
「それは感謝している。さすがに、こんな小さな町では私はともかくとして妻が宿泊できる宿を手配できるのは難しい事であったからな」

 彼の言葉に、私は頭を下げる。
 もちろん宿を手配したのは夫妻の為なんかではない。
 リースノット王国という大国の三大貴族に何かがあれば小さなミトンの町が大変になるのは目に見えて明らかであったし、少しでも恩を売っておけば今後の商売が楽になると思ったからという打算から手配しただけに過ぎない。
 
「ありがとうございます。こちらとしても、商工会議の発案者であり代表であるユウティーシア・フォン・シュトロハイム様には、町の防衛や流通経済を含めて多大な援助を頂いておりますので――」
「なるほど……。それで、先ほどの伺いたい話と言うのは?」

 向こうから話を振らせることに成功したことに心の中で微笑みながら。

「先ほども申しました通りユウティーシア様は、ミトンの町において要と言って過言ではありません。彼女が居なくなるということは、物流や衛星都市スメラギからの軍事を含めた防衛が出来なくなることを意味します。そのような状態で、商工会議としてユウティーシア様がお帰りになる手助けをするのは難しいと言わざるをえません」
「どういうことだ?」

 不快感を隠そうともせずにシュトロハイム公爵家当主は私を睨みつけてくる。
 
「私も歓楽街で仕事をしている以上、他国の情報にも精通しております」
「……」
「彼女が――、ユウティーシア・フォン・シュトロハイム様が国を出た理由を存じていると申し上げ……」
「――いい。そういえば、この宿は……」
「はい。帝政国に本店があります。支店は各国にありますので」
「情報網は出来上がっているということか」

 私は頷く。

「シュトロハイム公爵家の意向としては、数百年ぶりに生まれた女子ということで王家に嫁がせたいというのが本音。それに、彼女は魔法師としても規格外の力を持っています。ですから、魔力を権威と考えている王家としては、どうしてもユウティーシア様を王妃として欲しいということですね?」
「……」

 無言で続きを促してくるシュトロハイム公爵家当主。

「ただ、王家の男児が宜しくなかった。リースノット王国の第一王子クラウス様は、婚約者であるユウティーシア様ではなく別の女性に言い寄っていた。第二王子であるエイル様は、ユウティーシア様を奴隷の首輪で操っていたと聞いておりました」

 私に聞こえるように深い溜息をつく公爵家当主を見ながら口を閉じる。

「そこまで情報が洩れていたとはな……」
「無礼は承知の上ですが……」
「かまわない。なんだね?」
「同じ女性の立場から見てユウティーシア様は、男性恐怖症に陥っています」
「「ティアが?」」

 シュトロハイム公爵家当主だけではなく、夫人まで驚いたことに私は驚いてしまう。
 彼女の顔からユウティーシアを案じているのは確かだと思う。
 ただ……、彼女は自分の娘の事をまるで分っていない。
 
「こういう事を言うのは、あまり好みませんが――」

 私は一呼吸おく。
 公爵家当主の顔を見る。

「構わない。娘がミトンの町に来てから短くない時間を君たちと過ごしているのだ。私達よりも今の娘の事を知っているはずだ」
「わかりました」

 私は断りの言葉を紡ぐ。

「ユウティーシア様が、リースノット王国から出たのは国元に居れば王家の男性と結婚させられると恐怖して国を出たのではないでしょうか? そんな彼女に貴族の理屈を説いても説得できるとは私には到底思えませんが?」
「何故、それを……」

 公爵家夫人の言葉を私は聞き逃さない。
 何故なら、貴族と言うのは家の存続が第一なのだから。
 でも、それは女性から人としての権利を剥奪しているに異ならない。
 私が、ユウティーシアの立場なら……、ユウティーシアほどの力を持っていたのなら……。




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