公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

波乱万丈の王位簒奪レース(20)




 彼女に手を引かれて連れて行かれたのは通路の奥まった場所にある扉前であった。

「――あの……、ここは……?」
「入れば分かるわよ」

 シェリーさんが扉を開けて私の手を引いてくる。
 部屋の中に足を踏み入れると一人の女性が大きな鏡の前で衣装合わせをしていた。
 女性が私に視線を向けてきたけど、その瞳には好奇心とも何ともつかない感情が見てとれる。

「その子は新人?」
「違うわよ」
「そうなの? ふーん。貴女、お名前は?」
「セフィーリア、さっさと準備をするんだね」
「わかったわよ」

 名前を聞かれた事に一瞬だけ動揺してしまい言葉が詰まった私をシェリーさんがフォローしてくれた。
 すぐにセフィーリアさんは、煌びやかな服装を身に纏うと部屋から出ていく。
 その際に、私の方を一瞬見たような気がしたけど……。

 セフィーリアさんが部屋から出て行ったあと、隣の部屋に通される。

「応接室?」
「違うわ。休憩室と言ったところだね」
「休憩室……?」

 休憩室とは思えないほど立派な作りに見えるのだけども。
 
「ほら、さっさと座るんだね」

 シェリーさんに勧められるままにソファーに座ると目の前のテーブルに陶器で作られた器が置かれる。
 ミトンの町に来てから、陶器で作られた器を見た事がない。

「シェリーさん、これは――?」
「エルベスカの特産物の陶器の器だよ?」

 たしかエルベスカって……、砂漠に存在する王国だったような。
 そこの特産品は、高価な代物で、たった一つで金貨数十枚分の価値があると私に勉強を教えてくれたアプリコット女史が言っていたような。

「エルベスカって……、セイレーン連邦からの特産品ですか?」
「そうだよ。地位のある人間の接客や対応をする際には、それなりの教養がないといけないからね」

 彼女の言いたいことは伝わってきた。
 教養は常日頃から磨くことが必要らしいから。 
 私が余計な事を考えているとシェリーさんが、陶器の器の中に琥珀色の液体を注いでいく。
 
「これは?」
「カモミールと、セントジョーンズワートなどが入っているのよ?」
「ハーブティですか……」
「ええ、飲むと落ち着くわよ」

 両手で白い陶器の器を持ちながら口にする。
 ハーブティと言うのは、リースノット王国では殆ど育つ事がない。
  
「おいしい……」

 たぶん入っているのは、シェリーさんが言った香草の2つだけではないと思う。
 いくつもの香草の匂いや味が絡み合っていて、温かい飲み物が体を温めてくれる。

「ほら、飲みなさい」

 飲み干すとシェリーさんは空になった器にハーブティを注いでくれた。
 彼女のせっかくの好意を無碍にしたらいけないと思いハーブティを口にする。

「少しは落ち着いたみたいだね」

 シェリーさんの言葉に私は陶器をテーブルの上に置いてから顔を上げる。
 彼女は、プラムをテーブルの上に置くと私の横に座ってきたかと思うと私を抱き寄せてきた。

「――あの」
「うん。もう大丈夫みたいだね」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫です。それよりも、どうしてここまで親切にしてくれるのですか? 商工会議の付き合いという領域を超えていると思うのですけれど……」
「男に傷物にされて怯えている女の子を放り出す訳にはいかないからね」
「別に傷物にされた覚えは……」
「まったくアンタは自分の事が見えていないんだね」
「――え?」
「今日は、ここに泊まっていきな。数日は時間があるんだろう? シュトロハイム公爵夫妻とレイルには私から言っておくからね」
「――で、でも……。私には、そんなに時間は無いのですけれど」
「レイルに任せておけば大抵の事はやっておいてくるから安心するといいよ。それよりもアンタの方が問題なんだよ」

 シェリーさんの言葉に私は首を傾げる。
 殿方に性的な目で見られた事が無かったから少し動揺してしまっただけで、私に何か問題があるような気はしない。
 それに……、王位簒奪レースの為に用意することはたくさんあって、休んでいる暇なんて無いし、私が居たら必ず誰かに迷惑を掛けることになる。
 もう、私が居ることで誰かが病に掛かるのを見たくはない。

「大丈夫かい? アンタ……」

 私を強く抱きしめながらシェリーさんが、やさしい言葉で心配してきてくれる。彼女は私の「顔が真っ青だよ?」と、語り掛けてくるけど彼女がどうして私のことをそこまで心配しているのか。


 

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