公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

前途多難

 理事長としての仕事と、学園長との打ち合わせを終わらせた後。
 貴族学院の中を歩きながら最後となるかも知れない並木道や、女子寮を……そして学び舎であった校舎を眺める。
 入学したのは10歳の時。
 丁度、妹のアリシアと同じくらいの時だった。
 それから5年と少しの月日……6年近くを貴族学院で暮らしてきた。
 たくさんの思い出や、アルドーラの王子を殴ったりと色々あったけど概ね問題がありすぎる6年近くだった。
 そして私は再確認した。
 やっぱり王族や貴族と関わるとロクな事がないなと……。
 まったく、どうしても貴族や王族になりたがるのか私には理解が出来ない。
 結婚だって自由に出来ないのに本当に封建制度というのはめんどくさい。
 でも、そんな社会の鎖に囚われるにも今日まで!

 私は、貴族学院にお別れを告げると貴族学院内の馬車が停留している場所まで歩いていく。
 そして、シュトロハイム公爵邸までと行き先を伝えた。

 シュトロハイム公爵邸に戻った私は、両親がお城に行っている事を使用人に聞くと少し残念に思いながらも自分の部屋に向かう。
 そして、これから一週間の間に平民の方と一緒に暮らす為の身分証を学生服のポケットから取り出す。
 作られた身分証は、上級貴族が平民と触れ合う社会学習のためのものだ。

 そのままの身分では相手に威圧感を与えてしまい正常な社会見学が出来ない事から私が発案した。
 そして、貴族学院が仮の身分証として発行したモノ。
 私の身分証は、家柄の部分は騎士爵と記載されている。

 騎士爵で女性の場合は、ほぼ後を継ぐ事は不可能な事から平民と同じ扱いをされる事が多い。
 だからこそ、私とっては都合がいい。
 私は、この身分証を手に入れるためにずっと準備してきた。

 さらに言えば、仮であっても雇用主に見せる事もあることから、リースノット王国の戸籍には正規に登録はしてあるし身分証としても使う事が出来る。
 さらに言えば、冒険者登録でも使えてしまうという、すごい物なのだ。

 私は身分証をベッドの上に置くと、学生服を脱ぎ私服に着替える。
 そして部屋から出ると妹の部屋の前に向かう。
 ここ一週間、妹と話をしていなかったから、なんて話せばいいかすぐには答えは出てこないけど、このまま喧嘩別れするのは良くないと思う。

 それに最後の話会いになるかもしれないのだ。
 きちんと仲直りしてから家から出ていきたい。
 ただ、おしむらくはお父様とお母様に会えなかった事くらいだろう。
 それはもう仕方ないと諦めるしかない。
 それにどうせ、私が出ていくと言ったら絶対反対すると思うし阻止してくるはず。
 そう考えてしまうと今日、お父様とお母様がお城まで出かけていたのは行幸とも言えるかもしれない。 
 私は、自分の部屋から出て部屋の前の魔法師や騎士に妹の部屋にいく旨を伝えて一人で妹の部屋の前に向かう。
 そして妹の部屋の前に辿りついたところで、私と一緒に付いて来ていたルアちゃんを抱き上げると頭を撫でてから妹の部屋の扉を数度叩く。
 するとしばらくしてから――。

「はい、どうぞ」

 ――と、妹の声が部屋の中からドア越しに聞こえてくる。
 妹からの返答に私は無言のままのドアノブを回してドアを開けていく。
 妹は何かの本を必死に読んでいるらしく、使用人が入ってきたと思っているのだろう。
 私に気がついていれば露骨な態度を見せてくるはずだし。

「アリシア、少しいいかしら?」
「――お姉ちゃん!?」

 妹は飛び上がらんばかりに椅子から立ち上がると私を睨みつけてきた。
 でも、今日を逃したらもう妹と話す機会はないと思う。
 だから……。

「アリシア、ルアちゃんだけどね……アリシアが面倒みてくれないかな?」
「どうして?」

 私の言葉にアリシアは苛立ちを含んだ声色で答えてきた。
 その言葉に私は。

「クラウス様の寿命を縮めてルアちゃんは生まれたんでしょう? なら私に持つ資格はないし……それに、アリシア……貴女、クラウス様が好きなんでしょう? だから……」

 なんてことはない。
 妹が私に突っかかってきたのは、クラウス様が好きだっただけ。
 そんなの数日見ていればわかるし、話していれば言葉の端から伝わってくる。
 そして、そんなクラウス様の寿命を縮めた私をアリシアは嫌悪感を抱いていただけだし、私とクラウス様の仲を邪推していただけ。
 たぶん、最上級魔法師であるアリシアはウラヌス卿とも魔法の指導と言う形で私のように出向いているはず。
 だって、アリシアが読んでいる本は私がウラヌス卿の元で見た資料を纏めた物だから。

「――だから、この子はアリシアが預かっておいてくれる?」

 私は抱き締めていたルアちゃんを妹に差し出す。
 妹は呆れた顔で私を見ている。

「それと、進学おめでとう。今年から貴族学院に通うのでしょう? 私は見守ってあげられないけど、がんばってね」

 私は、言いたい事だけ言うとアリシアの部屋を出る。
 そして扉を閉めるとアリシアがようやく我に返ったのか部屋の扉を開けようとしてくるけど、私は扉一つ隔てた所でアリシアに語りかける。

「私は一週間ほど理事長の仕事があるから、家に戻ってこられないからお父様とお母様の事は頼むわね。それとクラウス様にもよろしく言ってね」
「お姉ちゃん?」

 扉一つ隔てた妹が、私がいつもと違うと気がついたのか疑問を投げかけてくるけど、私には妹の疑問に答える答えを用意する事が出来なかった。
 妹は私の事をもっと自分を大事にしてと言っていたけど、私はどこまでも自分大事で勝手で我が儘だ。
 だから妹が言った言葉は間違っている。
 それに、私の命を狙っている者がいつ私の周りの人に危害を加えるか分からない状態で安穏と誰かがいる場所に暮らす訳にはいかない。

「気にする事ないわ。私は少し出かけてくるわね」

 妹の返事を待たずに、私は自分の部屋に入ると、ベッドの下から小さなバッグを取りだす。
 その中には当座の資金として金貨300枚が入っている。
 そろそろ学園長が迎えに来る事だと思う。
 私は、【肉体強化】の魔法を発動させると自分の部屋の窓を開けてベランダに出てからな下に下りる。

「誰にも見つかってない?」

 私は周囲を窺いながら壁を跳躍して乗り越える。
 するとシュトロハイム公爵邸の壁の外に馬車が一台停車していた。
 私はすかさず馬車に乗り込むと。

「生きた心地がしませんでした。すぐに港に向けて進んでくれ」
「申し訳ありません。少し用事があったもので……それで例のモノは?」
「これになります」

 私は学園長が差し出してきた渡航書を受け取る。
 行き先は、海洋国家ルグニカ衛星都市スメラギと書かれている。
 そして渡航者名は、ティア・フラット。
 フラットは、学園長の家名になる。
 私は学園長の家名を使い身分証と渡航書を手に入れた。

「ありがとうございます。それで、妹が今年から貴族学院に入学すると思うのですが、よろしく頼みますね」
「わかっております。それよりも、お休みされたほうが――」

 私は学園長の言葉を聞いてからゆっくりと瞼を閉じる。
 ひさしぶりに理事長としての仕事をしたからなのかかなり疲れているようで――。



「ユウティーシア様、そろそろ港が見えてきました」

 休まず馬車が整備された街道を走ってくれたおかげで日が昇り少し立った頃には港に到着する事ができた。
 私は馬車からバックを一つ取り出す。

「それでは学園長、私の事はくれぐれも内緒にしておいてくださいね」
「わかっております」

 私の5年依頼のパートナーであった学園長に私は別れを告げる。
 そして、港で船を見ていくと。

「これかな?」

 全長30メートル以上もある巨大なガレー船が視界内に存在していた。
 私は、甲板への渡し板を昇っていくと、日焼けした船員が私に話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、これはルグニカ行きの船だけど?」
「はい、存じております。これを――」

 私は渡航許可書を船員に見せると、船員は驚いた顔をして。

「こちらへどうぞ! それにしても1等船室を借りられるほどのお金持ちとは……」
「ありがとうございます」

 私は、案内してもらったお礼として金貨を1枚渡す。
 受け取った船員は、一瞬驚いた様子だったけどすぐに自分の仕事に戻っていった。
 私は部屋に入り部屋の中を見渡す。
 質のいい調度品が並んでおり、ベッドの質も高いように見受けられる。
 これなら、海洋国家ルグニカまでの船旅2週間を普通に暮らせそう。
 私はベッドの上に体を横たえると瞼を閉じた。

 そしてしばらくして――。
 私は突然の事に目を覚ました。
 船が揺れている?
 それも尋常ではないくらいに船が揺れている。
 客室内の調度品は、釘か何かで固定されているからか対して動いていない。
 客室から出て通路を歩き甲板に出ると、そこは大嵐であった。
 横殴りの雨が甲板を叩いており船体が軋む音と船員達の怒号が響き渡る。
 そして掛け声すらも飲み干すほどの巨大な津波が次から次へと押し寄せてきていた。
 周囲に陸地が見えない事から私はかなり寝てしまっていたのだろう。

「でも、これほどとは……」

 私は、初めてみる様子に甲板の上で呟いていると――。

「素人がこんな所にくるんじゃない!」

 私を案内した船員が近づいてくる。
 その時だった。
 船体が大きく揺れ私と船員は海に投げ出された。
 私はとっさに身体強化の魔法を発動させて店員だけ海の中から甲板上に投げたけど……私はそこで重大な事に気がついた。
 私は泳げなかったんだ。
 夜の海に私はゆっくりと沈んでいく。
 息が出来ない……。
 ま、まさか……こんな所で……。
 そこで私は意識を失った。




 
 

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