公爵令嬢は結婚したくない!
娘を思う父バルザックの心境
ここ100年の間に生まれる事の無かった女児ユウティーシアの誕生は、婚姻問題の血縁を重視しているリースノット王家にとって極めて重大な問題であった。
ユウティーシアが生まれてすぐに、リースノット王家より第一王位継承権を持つクラウス殿下との婚姻が決められた。
娘はよく寝る子だった。
妻のエレンシアは娘をよく抱いて歌を聞かせていた。
私も仕事をなるべく早く仕事を終わらせては家に帰ったが、ほぼ毎日寝ていた。
普通、1歳になればある程度はハイハイをしたりするのだが娘はエレンシアからミルクをもらうとそのまま寝てしまう。
王家からも娘の発育に関しては、王家の主治医が手配されていたが異常はないという診断であった。
そして娘ユウティーシアが熱を出して寝込んだ。
私は、その報を王城で受けた。
隣国の軍事国家ヴァルキリアスとの外交条件を、考えていた時であった。
大事な仕事であった。
隣国であり大国のヴァルキリアスと、我がリースノット王国では30倍以上の国力の差があり、決して手を抜けるものではなかった。
国民の、家族の、娘の命が直接関わってくるのだ。
だが……筆が遅々として進まない。
娘は大丈夫だろうか? 苦しんでいるのではないだろうか? と思うと胸の中に焦燥感が蓄積していく。
そんな私を見かねたのかグルガード国王陛下は、娘ユウティーシアの様子を見てこいと命令を下してきた。
明日には出さなければならない書簡にも関わらず、国王陛下は私に対して娘を見なさいと言ってきたのだ。
私は取るものも取り敢えず馬車に乗り込むと自宅に向かった。
屋敷の前に馬車が止まると同時に、私は玄関を通り娘の部屋に向かうところで足を止めた。
そこには娘の母であり私の妻であるエレンシアが王家より派遣されてきている主治医と話をしていた。
「エレンシア、ティアの様子はどうだ? 熱を出したと報を受けたが……」
「わからないの。原因不明だと、言われていて……」
妻の言葉に私は眉元を顰めた。
そして、主治医へ視線を向ける。
「どういうことだ? 娘はただの病気ではないのか?」
思わず剣呑ある口調になってしまった。
だが、それだけ私にとって娘は大事であった。
初めて生まれた血が繋がってる我が子なのだ。
「し、シュトロハイム卿……ユウティーシア様のご様子からは普通の風邪としか思えないのですが……何分体内の魔力が荒れていて判別がつかないのです」
体内の魔力が荒れている?
それは……魔力が高い子供に見られる物なのではないのか?
死亡率が高い物ではないか?
私は無意識のうちに主治医の襟元を掴んでいた。
「なんとかしろ! 娘を死なせたら……「あなた! 冷静になって!」……」
気がつけば妻が、体に抱きついてきていた。
私はそこでようやく冷静になった。
主治医に当たっても、どうにもならないのは分かっている。
だが、それでも……それでもだ。
私は、娘が寝ているであろう部屋の扉を開ける。
そこには顔を真っ赤にして浅く呼吸を繰り返して寝ている娘のユウティーシアの姿があった。
娘の額に手を当てる。
「体温がずいぶん高いな……」
私は、娘の額に手を当てながら娘の体内で荒れ狂っている魔力を吸い出しながら、自分の手の温度を魔法で下げつつ、娘ユウティーシアの看護を始めた。
娘の熱はなかなか下がらない。
妻が食事を持ってくるが、食事に手をつける事はしない。
娘が、こんなに苦しい思いをしているのにどうして食事を摂る事ができようか。
必死に看護を続ける。
もし、たとえ熱と体内魔力暴走の影響で娘が障害を負ってしまってもかまわない。
その時は、私が面倒を見よう。
王家になにか言われた時には、その時は全力で守ってあげよう。
ただ、無事に生きてくれてさえいればいい。
もう一度、笑顔を見せてほしい。
ただ、それだけが私の望みだ。
日が昇り沈む。そしてまた日が昇り沈む。
私は、グルガード王に娘の看病をしているとだけ手紙を送った。
貴族として、外交を取り仕切るシュトロハイム家当主としては失格なのだろう。
それでも……今だけは、離れるわけにはいかなかった。
不眠不休で一週間看病したところで、娘ユウティーシアの容体はようやく安定してきた。
呼吸も安定してきており、私はようやく一息つく事が出来た。
「あなた、大丈夫?」
後ろから妻エレンシアが語りかけてきた。
振り返るとエレンシアが私と娘ユウティーシアを交互にみていた。
「ああ、そうだな。もう大丈夫だ……とりあえず峠は越えたはずだ」
そこで私は立ちあがろうとしたところで、倒れてしまう。
体に力が入らない。
よく考えてみればそうだろう。
娘の命を繋ぐために、魔法をいくつも同時に併用して使っていたのだ。
回復魔法は娘の体の健康維持のために、魔力吸収は娘の体内で暴れていた意味不明な魔力を制御するために、そして私は両手を見る。
両手には、至るところに凍傷による裂傷の跡が残っている。
娘の体を的確に冷やすために一週間連続で冷気の魔法で、両手を冷却した結果であった。
いくつもの魔法を同時に併用するなど、貴族学院で魔法の大会で使った以降、発動させてはいなかった。
神経を極限まで張り詰めて、ようやく出来た奇跡と言えよう。
私はそのまま意識を失った。
目を覚ましたのは翌日であった。
まだ体が重い。
両手には治療の後があった。
動かす事はできるが、まだ痺れていてうまく動かせない。
これでは娘を抱いてやる事は出来ないな。
それにこれだけの傷だ。
きっと怖がらせてしまうかも知れない。
その時であった。「お嬢様が目を覚まされました!」と叫び声が聞こえてきたのだ。
私は、寝かされていたベッドから立ち上がる。
まだ体はふらつく。
それでも、娘の容体を確認しなければ……。
メイドが娘ユウティーシアの部屋の前で、体を強張らせていた。
そして私の姿を見ると驚きの表情を見せた。
いつもは身なりをきちんとしているのだが、先ほどまで寝ていた事もあり様相が着崩れているのだろう。
私はメイドを押しのける。
そして部屋の中で立っていた娘ユウティーシアを、目に魔力を纏わせてから視る。
この魔法は、医療診断魔法の一つなのだが、眉間に皺がよってしまうのが問題だな。
娘の体内の魔力を見る限り、どこにも異常は見受けられない。
眉間に皺を寄せている私の事を、頭を傾げて見てくる娘の姿は、何と愛くるしい事か……。
そして娘に近寄ろうとしたところで、体に力が入らない事に気がつく。
こんな状態で歩いて、もし倒れたりでもしたら寝込んでいた娘に、いらぬ不安を抱かせてしまうのではないのか?
私はそう思うと冷静に考える。
そこで、仕事が溜まっていた事に気がついた。
外交はどうなったのだろうか?
妻に視線を向けると、分かりましたとばかりに頷いてくる。
私は、王城へ戻ることにした。
すぐに馬車に乗り込み王城へ向けて走らせる。
そして馬車の中で自分の裂傷だらけの手を見る。
この手を見せたら娘を怖がらせてしまうなと苦笑いしてしまう。
それでも、娘の命が助かったのだから安いものだと思う。
私は背もたれに体を預ける。
だが、娘にはこれから王妃として心構えと教育を施さなければならない。
親子の情で国政を誤るなどあってはならない。
それは貴族として、国を守る王家に嫁ぐ者として肉親の情は邪魔になる。
私は、親として娘にやさしく接する事も出来ない自分自身に苛立ちを覚える。
せめてクラウス殿下には、娘にとっていい伴侶であってほしいと願うばかりだ。
ユウティーシアが生まれてすぐに、リースノット王家より第一王位継承権を持つクラウス殿下との婚姻が決められた。
娘はよく寝る子だった。
妻のエレンシアは娘をよく抱いて歌を聞かせていた。
私も仕事をなるべく早く仕事を終わらせては家に帰ったが、ほぼ毎日寝ていた。
普通、1歳になればある程度はハイハイをしたりするのだが娘はエレンシアからミルクをもらうとそのまま寝てしまう。
王家からも娘の発育に関しては、王家の主治医が手配されていたが異常はないという診断であった。
そして娘ユウティーシアが熱を出して寝込んだ。
私は、その報を王城で受けた。
隣国の軍事国家ヴァルキリアスとの外交条件を、考えていた時であった。
大事な仕事であった。
隣国であり大国のヴァルキリアスと、我がリースノット王国では30倍以上の国力の差があり、決して手を抜けるものではなかった。
国民の、家族の、娘の命が直接関わってくるのだ。
だが……筆が遅々として進まない。
娘は大丈夫だろうか? 苦しんでいるのではないだろうか? と思うと胸の中に焦燥感が蓄積していく。
そんな私を見かねたのかグルガード国王陛下は、娘ユウティーシアの様子を見てこいと命令を下してきた。
明日には出さなければならない書簡にも関わらず、国王陛下は私に対して娘を見なさいと言ってきたのだ。
私は取るものも取り敢えず馬車に乗り込むと自宅に向かった。
屋敷の前に馬車が止まると同時に、私は玄関を通り娘の部屋に向かうところで足を止めた。
そこには娘の母であり私の妻であるエレンシアが王家より派遣されてきている主治医と話をしていた。
「エレンシア、ティアの様子はどうだ? 熱を出したと報を受けたが……」
「わからないの。原因不明だと、言われていて……」
妻の言葉に私は眉元を顰めた。
そして、主治医へ視線を向ける。
「どういうことだ? 娘はただの病気ではないのか?」
思わず剣呑ある口調になってしまった。
だが、それだけ私にとって娘は大事であった。
初めて生まれた血が繋がってる我が子なのだ。
「し、シュトロハイム卿……ユウティーシア様のご様子からは普通の風邪としか思えないのですが……何分体内の魔力が荒れていて判別がつかないのです」
体内の魔力が荒れている?
それは……魔力が高い子供に見られる物なのではないのか?
死亡率が高い物ではないか?
私は無意識のうちに主治医の襟元を掴んでいた。
「なんとかしろ! 娘を死なせたら……「あなた! 冷静になって!」……」
気がつけば妻が、体に抱きついてきていた。
私はそこでようやく冷静になった。
主治医に当たっても、どうにもならないのは分かっている。
だが、それでも……それでもだ。
私は、娘が寝ているであろう部屋の扉を開ける。
そこには顔を真っ赤にして浅く呼吸を繰り返して寝ている娘のユウティーシアの姿があった。
娘の額に手を当てる。
「体温がずいぶん高いな……」
私は、娘の額に手を当てながら娘の体内で荒れ狂っている魔力を吸い出しながら、自分の手の温度を魔法で下げつつ、娘ユウティーシアの看護を始めた。
娘の熱はなかなか下がらない。
妻が食事を持ってくるが、食事に手をつける事はしない。
娘が、こんなに苦しい思いをしているのにどうして食事を摂る事ができようか。
必死に看護を続ける。
もし、たとえ熱と体内魔力暴走の影響で娘が障害を負ってしまってもかまわない。
その時は、私が面倒を見よう。
王家になにか言われた時には、その時は全力で守ってあげよう。
ただ、無事に生きてくれてさえいればいい。
もう一度、笑顔を見せてほしい。
ただ、それだけが私の望みだ。
日が昇り沈む。そしてまた日が昇り沈む。
私は、グルガード王に娘の看病をしているとだけ手紙を送った。
貴族として、外交を取り仕切るシュトロハイム家当主としては失格なのだろう。
それでも……今だけは、離れるわけにはいかなかった。
不眠不休で一週間看病したところで、娘ユウティーシアの容体はようやく安定してきた。
呼吸も安定してきており、私はようやく一息つく事が出来た。
「あなた、大丈夫?」
後ろから妻エレンシアが語りかけてきた。
振り返るとエレンシアが私と娘ユウティーシアを交互にみていた。
「ああ、そうだな。もう大丈夫だ……とりあえず峠は越えたはずだ」
そこで私は立ちあがろうとしたところで、倒れてしまう。
体に力が入らない。
よく考えてみればそうだろう。
娘の命を繋ぐために、魔法をいくつも同時に併用して使っていたのだ。
回復魔法は娘の体の健康維持のために、魔力吸収は娘の体内で暴れていた意味不明な魔力を制御するために、そして私は両手を見る。
両手には、至るところに凍傷による裂傷の跡が残っている。
娘の体を的確に冷やすために一週間連続で冷気の魔法で、両手を冷却した結果であった。
いくつもの魔法を同時に併用するなど、貴族学院で魔法の大会で使った以降、発動させてはいなかった。
神経を極限まで張り詰めて、ようやく出来た奇跡と言えよう。
私はそのまま意識を失った。
目を覚ましたのは翌日であった。
まだ体が重い。
両手には治療の後があった。
動かす事はできるが、まだ痺れていてうまく動かせない。
これでは娘を抱いてやる事は出来ないな。
それにこれだけの傷だ。
きっと怖がらせてしまうかも知れない。
その時であった。「お嬢様が目を覚まされました!」と叫び声が聞こえてきたのだ。
私は、寝かされていたベッドから立ち上がる。
まだ体はふらつく。
それでも、娘の容体を確認しなければ……。
メイドが娘ユウティーシアの部屋の前で、体を強張らせていた。
そして私の姿を見ると驚きの表情を見せた。
いつもは身なりをきちんとしているのだが、先ほどまで寝ていた事もあり様相が着崩れているのだろう。
私はメイドを押しのける。
そして部屋の中で立っていた娘ユウティーシアを、目に魔力を纏わせてから視る。
この魔法は、医療診断魔法の一つなのだが、眉間に皺がよってしまうのが問題だな。
娘の体内の魔力を見る限り、どこにも異常は見受けられない。
眉間に皺を寄せている私の事を、頭を傾げて見てくる娘の姿は、何と愛くるしい事か……。
そして娘に近寄ろうとしたところで、体に力が入らない事に気がつく。
こんな状態で歩いて、もし倒れたりでもしたら寝込んでいた娘に、いらぬ不安を抱かせてしまうのではないのか?
私はそう思うと冷静に考える。
そこで、仕事が溜まっていた事に気がついた。
外交はどうなったのだろうか?
妻に視線を向けると、分かりましたとばかりに頷いてくる。
私は、王城へ戻ることにした。
すぐに馬車に乗り込み王城へ向けて走らせる。
そして馬車の中で自分の裂傷だらけの手を見る。
この手を見せたら娘を怖がらせてしまうなと苦笑いしてしまう。
それでも、娘の命が助かったのだから安いものだと思う。
私は背もたれに体を預ける。
だが、娘にはこれから王妃として心構えと教育を施さなければならない。
親子の情で国政を誤るなどあってはならない。
それは貴族として、国を守る王家に嫁ぐ者として肉親の情は邪魔になる。
私は、親として娘にやさしく接する事も出来ない自分自身に苛立ちを覚える。
せめてクラウス殿下には、娘にとっていい伴侶であってほしいと願うばかりだ。
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