もし突然女になったら

果実夢想

もし突然女になったら

 ちゅんちゅん……と小鳥のさえずりが聞こえる。
 不思議と、そんな小さな音だけで目を覚ました俺は、重たい瞼をしきりに擦りながら上体を起こす。

 窓から暖かいを通り越して暑い日光が射し、勢いよく布団を体の上からどける。
 暑い。暑すぎる。
 今は夏休みだから仕方ない気もするが、起床するや否や、ここまで汗をかいてしまったのは久しぶりだ。

 着替えようかとベッドから起き上がり――不意に、視界の端に何かが映った。
 何だろう。細長い、毛のような何か。
 訝しみ、後ろを振り向く。
 ――すると。

「……え?」

 思わず、そんな素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
 それも当然だ。決して俺の体にはないものが、そこにはあったのだから。

 最初に言っておく。
 俺は男だ。思春期真っ盛りの男子高校生で、髪は短い。
 そこまで高身長というわけでもないが、かと言って低いわけでもない。

 なのに、背後を振り向いた俺の視界を埋めたのは、長い長い頭髪だった。
 俺の頭から伸び、そのまま腰の辺りにまで続いている。
 しかも、日本離れした色――白銀の髪だ。

 どういうことだ。
 もしや、たった一晩で髪が急激に伸び、変色してしまったとでも言うのか。

 そんなことは有り得ない。
 だが、俺の髪が変わってしまったのも事実なわけで。
 更に言うと、何やら目線も低くなっているような気がする。

 焦った俺は、近くに立てかけてあった鏡を見る。
 そこに映っていたのは、いつもの俺の冴えない顔ではなかった。

 長い白銀の髪に、小学校低学年くらいの小さな背丈。
 顔は丸くて小さく、くりっとした大きな双眸が愛らしい。
 服装は昨晩から何も変わっていないのに体だけが小さくなってしまったため、ブカブカになっており腕も脚も見えない。

 そう。本当に現実の人間なのか疑わしくなるくらいの、美幼女の姿がそこにあった。

「え? は? 何で……?」

 俺は訳が分からず、自分の顔や体をペタペタと触りながら狼狽する。
 可愛い。それは間違いないのだが、どうして俺自身がこんなことになってしまったのか。
 いくら考えても答えなんて出るわけがなく、俺は暫くの間、ただただ豹変した自分の姿を見続けていた。

 どれくらいの時間が経った頃だろうか。
 やがて部屋の外から、足音とともに一人の女の子の声が聞こえてくる。

「おにーちゃーん。もう起きてるー?」

「……やべっ」

 俺に対する呼称と声質で、声の主が誰なのかは明白。
 でも今ここにいるのは、俺であって俺じゃない。
 あいつがこんな可愛い幼女の姿を目にしたところで、「誰?」となるのが関の山だろう。
 説明しても、容易に信じてくれるとは思えないし。

 しかし、隠れる場所なんてものはどこにもない。
 というか、隠れてどうする。それなら、たとえ簡単には信じてもらえなくとも相談したほうがいいんじゃないだろうか。
 でも、俺がこんな可愛い幼女になっているのを見られたら絶対からかわれる。あいつは、そういうやつだ。

 などと、そんな風にあたふたしていたら。
 勢いよく、眼前の扉は開け放たれた。

「おにーちゃー…………ん?」

 現れた少女と目が合い。
 少女の視線が、俺の頭頂から足先まで移動し、また顔に戻る。
 そして、一言。

「……だれ?」

 予想通りの反応をしてくれました。

     §

「へー。じゃあ、おにーちゃんが、こんな可愛い女の子になっちゃったんだー」

「……ああ。何でかは全然分からないけどな」

 俺の部屋の床に二人で向かい合って座り、朝起きてすぐ自分の身に起きた現象を余すことなく説明した。
 とはいえ、俺自身何が何だか分かっていないのだから説明することもあんまりなかったのだが。

 ちなみに、この少女は俺の妹――舞歌まいかだ。
 小学四年生なのだが、今は俺のほうが小さくなってしまっている。
 ちょっと屈辱。

「わー、ほっぺたぷにぷにー」

「ちょっ、やめろ! つんつんすんなっ!」

 人差し指で頬をつついてきたので、俺はその手を払いのける。
 ちくしょう。何でこんなに楽しそうなんだ。もっと深刻に悩んでくれてもいいだろうに。
 そして、何で俺の体はこんなにツルツルでプニプニなんだ。

「せっかく女の子になれたんだからさ、女の子にしかできないことしよーよっ!」

「はぁ? 何だよ、それ」

「たとえばー……」

 思考しながら、舞歌は俺の背後に回り込む。
 すると俺の髪を触り、何やら弄り始めた。

「ほら、こういうのはどうかな?」

 そう言って見せてきた鏡には、ツインテールとなった俺の顔が。
 そりゃ可愛いんだけど、中身は男なのにツインテールにされるなんて恥ずかしすぎる。

「おい……恥ずかしいからほどいていいか」

「だめー。ちょっと待っててねー」

 はしゃいだように声を弾ませ、舞歌は部屋から出ていった。
 俺は、そんなことより男に戻る方法を探りたいのだが……いつになったらそういう話ができるんだろう。
 今は楽しそうだから、ちょっとの間我慢するしかないのかな。

 と、そうやって項垂れていたら、舞歌が戻ってきた。
 両手に、服と女児用の下着を携えて。

「じゃあ、着替えよっか」

「何が、じゃあ、だ! さすがに嫌だからなっ」

「いいじゃんいいじゃん、可愛いんだから。男物の服より、女の子の服を着てたほうが絶対いいよー」

「や、やめろっ! おい、脱がそうとすんな、ちょっ――」

 必死に抵抗を試みるものの、今の俺は途轍もなく力が弱まってしまっていた。
 そのため舞歌に押し倒され、次々と服を脱がされていく。

 自分の体とはいえ、女の子の裸であることに変わりはない。
 俺はできるだけ見ないように目を瞑り、それでも微弱な抵抗を続けていた。
 何なんだよ、これ。何で妹に、こんな辱めを受けないといけないんだ。

 そうこうしているうちに、俺の上から舞歌が離れる。
 おそるおそる目を開け、自分の体を見下ろす――と。

 白いワンピースに、黒のハイソックスという出で立ちに変化していた。
 ゆっくりワンピースの裾を捲ってみれば、青と白の縞模様が描かれた女児パンツを装着されている。
 もちろん、上はつけていない。
 それはいいんだけど、妙にスースーして落ち着かない。
 でも、もっと丈の短いスカートとかと比べれば、幾許いくばくかはマシか。あくまで、マシというレベルだけど。

「も、もう、やめよう……? ほんとに、恥ずかしくなってきた……」

 これでも、中身は男なんだ。元は男だったんだ。つい昨日まで。
 それなのに髪を結ばれるだけじゃ飽き足らず、まさか服や下着まで女物を身に着ける羽目になってしまうとは。
 恥ずかしさのあまり、俺は赤面してしまい、先ほど発した声は異様なほどに震えてしまっていた。
 すると、舞歌は途端に目つきがガラッと変わった。

「どうしよう……今のおにーちゃん、すっごく可愛いよ。虐めたくなっちゃう」

 どうしよう、はこっちの台詞だ。舞歌のいけないスイッチが入ってしまったらしく、俺は再び押し倒されてしまう。
 怖い。早く男に戻りたい。

「お、おい……何するつもりだよ」

「んーとね」

 と、そこでスケッチブックとペンを取り出す。
 訝る俺に構わず、舞歌は俺の上でスケッチブックにペンを走らせていく。

 やがて、書き終わったらしく、床にペンを放り投げ。
 目下にいる俺に、スケッチブックを見せてきた。

「ぶっ!?」

 思わず、吹き出してしまった。
 何故なら、小学生とは思えない美麗なイラストで、小学生とは思えない卑猥な絵を描いていたのだから。

 何というか、無数の細長い物体に、女体化した俺が全裸でまさぐられているシーンだった。
 俗に言う、触手プレイというやつである。

「お前っ、小学生のくせに色々目覚めすぎだろっ!?」

「んー、おにーちゃんのえっちな本のせいかなー?」

「さすがに、ここまでマニアックなものは持ってねえよ! っていうか、え? 見たの!?」

「うん。隠し場所がベタだったから」

 何ということだ……やはりベッドの下はありきたりすぎたか。
 でも触手モノは一つもないよ。本当に。断じて。

「……で、いいかな?」

「いいって、何!? 何をどうするの!?」

「まあまあ、いいからいいから」

「その思わせぶりな笑みが、めちゃくちゃ怖いんですけど!」

 舞歌が、楽しそうに俺の服を捲り――。
 そして――。



     §



 ちゅんちゅん……と小鳥のさえずりが聞こえる。
 不思議と、そんな小さな音だけで目を覚ました俺は、重たい瞼をしきりに擦りながら上体を起こす。

 窓から暖かいを通り越して暑い日光が射し、勢いよく布団を体の上からどける。
 暑い。暑すぎる。
 今は夏休みだから仕方ない気もするが、起床するや否や、ここまで汗をかいてしまったのは久しぶりだ。

 俺は、ベッドから起き上がるよりも先に。
 髪、頬、胸……自分の体の至る部位をペタペタと触った。
 その結果、美幼女の姿ではなく、ちゃんと自分自身――男の姿ということに気づく。

 俺は深々と嘆息し。
 半眼で、一言漏らす。

「……夢かよ」

 そんな呟きは、何もない虚空に虚しく消えていった。

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コメント

  • ノベルバユーザー603477

    読みやすかったです
    よくある女性が読んで不快な気分になる感じかと構えましたが羞恥心を持ってる主人公で安心しました

    0
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