【書籍化作品】無名の最強魔法師
記憶の竪琴(8)
リネラスの部屋から、セイレスとセレンが出てきたのを確認した後、部屋に近づく。
「リネラスいるか?」
数度ノックしたあとに声をかける。
すると一瞬の沈黙のあと。
「ユウマ?」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
声色からして怒っているような感じではないようだが、女というのは何かの拍子ですぐに怒りだすから注意が必要だ。
慎重に話を切り出す必要があるだろう。
ここは、リリナと同じように対応するのがベストか?
しばらく待っていると部屋の扉が内側に開く。
「どうかしたの?」
リリナが青い瞳で俺を見上げてくる。
若干目元が赤いのは泣いていたからなのかもしれない。
「……」
「何かようなの?」
若干、不機嫌そうになった声で俺に問いかけてくる。
矢張りと言うか何と言うかリリナとは違った対応をするべきかもしれない。
そもそもリリナは速攻で殴ってくるから分かりやすいし、後まで尾を引かないから接していて楽だったりするわけで……。
「もしかして……、イノンの身に何かあったの?」
丁度、相手から話を振ってくれたことに俺は心の中でガッツポーズを取りながら言葉を選びながら。
「実はイノンとユリーシャの精神世界に入ったんだが、どうやら俺だけでは対応できないらしい」
「――え? ユウマでも?」
「ああ、ゼルスの話だとお前の記憶も混ざっていて――」
「そう……、前回のことが影響しているのかな?」
「それは分からない」
そういえば、ゼルスは何も言っていなかったな。
前回の問題もそうだが、アイツの目的が今一分からない。
ゼルスは、イノンを助けたいような素振りを見せていたが、そもそもウラヌス神の従属神が人に配慮しているのを俺は少なくとも見たことがない。
少なくともユリーシャの中に居るルーグレンスは、人のことを餌としか見ておらず、実際に眷属の生贄にしようとしていた。
「仕方ないわね」
彼女は小さく溜息をつくと、部屋から出てくると扉を閉める。
「イノンは、少なくとも私の冒険者ギルドの従業員だもの。私の力が必要なら――」
リネラスは、呟く。
「たしかイノンとユリーシャが居るのはダンジョンの中なのよね?」
「そうだが……」
「なら早く行きましょう」
「なあ、リネラス」
「何?」
「怒っていないのか?」
「何を?」
リネラスの母親であるリンスタットさんから指摘された他の女性の話はプライベートな時にあまりするものでは無いと言う事。
それに対してリネラスが怒っていないのか? と聞こうと思ったが……。
「何でない」
余計なことを言って藪蛇にするのは愚行と言ったところだろう。
それなら聞かないと言う選択肢もある。
リンスタットさんから、リネラスと仲良くなる方法が書かれた紙を貰っていたが使わずに越したことはないはず。
それともう一つ聞きたいことがある。
「俺達は、イノンに裏切られていた訳だが……、その事に関してリネラスはどう思っている?」
「ユウマは、どう思っているの?」
「質問を質問で返すとか……」
「別にいいじゃないの。ユウマは、どう思っているの? イノンを助けるのは、どうしてなの?」
「……それは――」
そのことは、ずっと自問自答してきた内容でまだ結論は出ていない。
イノンは、ユゼウ王国に入ってフィンデイカ村からずっと旅をしてきた仲間であり友人で……。
その結果、裏切られていることを知って、それで結局は……。
「ユウマも答えは出ていないんでしょう?」
「……」
「それとも、切り捨てるの?」
「それは……」
「答えなんて誰にも分からないわよ。だから、イノンを助けて話をして正直な気持ちを言ってくれないと……、その結果で私は判断するわ。でも一つだけ言える事があるとすれば、私とユウマは立場が違うってこと」
「どういうことだ?」
「ユウマは、ユウマ個人としてイノンと接することは出来るけど、私は冒険者ギルドマスターとして判断をしないといけないのよ」
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