【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

姉妹の思い出(19)

「お……おにいちゃん……」

 妹がショックを受けた表情で、両手の手のひらを上に向けて指を開いたり閉じたりしながら近づいてくる。

「アリア、今は怪我人を抱かかえているんだ。今は、そういうのは無しだ」
「ええー……。怪我って、両手足の指の爪が剥がれて、折れてるだけじゃん!」
「普通に重症だからな」

 俺の言葉に、妹も思うところがあったのだろう。
 すぐに表情を変えると「――も、もしかして……、その人がイノンって人?」と、問いかけてきた。

「ああ、そうだが……」
「ふーん……」

 妹の質問に答えると、俺の目を妹が見てきたあと、「スラちゃん! 要救護! この人の部屋まで運んで!」と、妹が建物から出てきた半透明のスライムに命令を下していた。

 命令を受けたスライムは、体を少しだけ揺らすと触手を作り出して俺へと伸ばしてくる。

「アリア、これ大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ! 私を信じて! 私が嘘をついたことがあった?」
「アリアが嘘をついたことはないな……」

 よく考えても、妹が俺を騙してるようなことは無かったはず。
 いつでも気が利く出来た妹って感じだ。

「だよね! ほら! その女じゃなくてイノンさんをスラちゃんに渡して! 他の女の匂いが移る前にじゃなくて早く治療してあげないと!」
「お、おう……」

 何か妹がすごくやる気を出しているようだ。
 所々、天使のように心根優しい妹らしからぬ声が聞こえてきたような気がするが、きっと気のせいだろう。

 俺はイノンをスライムが伸ばしてきた触手に渡す。
 すると触手は、スライム自身の上にイノンを乗せると建物の中に入っていく。

「ユ、ユウマ……さ……あれは? あれは魔物だよ……な?」

 エルスが驚いた表情で俺に問いかけてくる。
 もちろんスライムが魔物なわけが……。
 そういえば、スライムは魔物だったか……いや、使い魔だから――どうなんだろうか?

「一応、風呂掃除用のスライムだな」
「え!?」
「風呂掃除用って……ユゼウ王国前では、かなり前に禁止になった……」
「大丈夫だ、問題ない。あれを作ったときはユゼウ王国ではなくアルネ王国だったときだからな!」
「アルネ王国? ユウマさんが言っていたアライ村って……」
「ああ、アルネ王国にあるぞ?」

 俺の言葉を話を聞いていたエルスの瞳がこれでもか! というほど開かれる。

「アルネ王国から、ユゼウ王国に入る間には死霊の森が、存在するけど、一体どうやって通ってきたんだい?」
「普通に歩いて通ってきたが? あれ? アリア、お前は、どうやってユゼウ王国に来たんだ?」
「私も歩いてきたよ! スラちゃんに乗ってたけど!」
「なるほどな……つまり、俺達兄妹は、死霊の森ってところを普通に歩いてきたってことになるな」
「いやいや、ないから! そんなの普通にないから!」

 俺と妹の会話を聞いていたエルスが何故か知らないが突っ込みを入れてきた。
 まったく、無いと言っても、ここに俺と妹が居る以上、証拠は揃っているわけだしな……。
 否定されても困るってもんだ。

「一国の部隊が壊滅する森を一人で抜けてくる? そんな非常識なことをやってのけ……る……ひ……とがここにいる!?」

 途中まで独白していたエルスが、何故か知らないが頭を両手で押さえて「そんな、そんな、そんな馬鹿なことが!」と、喚いている。
 本当に、リアクションの大きい奴だな。
 ――っていうか、頭が痛いなら痛いと先に言っておいてほしいものだ。
 きっと、吐いていたのも頭痛からきたものだったのだろう。
 心配して損したな。
 てっきり俺の移動速度が速すぎて気持ち悪くなったのか? と、少しだけ罪悪感が浮かびあがったりしたんだが、俺の取り越し愚弄だったらしい。

「ユウマ! イノンが傷だらけで運ばれていたけど、どういうことなの?」

 考え事をしていると、建物から出てきたリネラスが俺に話しかけてきた。
 ふむ、どうやら復活したようだな。
 さすがはリネラス。
 メンタルの自己修復力は、ハンパないな。

 さて、リネラスに隠しておくのも限界だろうし、イノンが裏切って情報をユリーシャ軍に売っていたこを説明しないといけないな。





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