お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!

「一体どうしてこんなことになっているんだ!!」

「うちの子は!?うちの子はどうなんですか!?」



その申し訳なさで沈んだ心を少しでも癒し、汚れた身体と服を綺麗にしようと一度自宅に帰っていた涼羽。

可能な限り急いで風呂でその身を清め、妹の羽月が買ってくれた服は、汚れを綺麗にしようとシミ抜きの準備を整え、普段着である黒のパーカーとジーンズに着替えて、改めてストーカー男を搬送した病院に入り、そのストーカー男が治療されている手術室に姿を現したところ。



頭髪に白いものが目立つもののくたびれた感じを見せない、身長こそ高くはないものの引き締まったその身を黒に近い紺のスーツに包んだ英国紳士を思わせる印象の壮年の男性と、少しふくよかな感じはあり、皺などが目立つものの顔立ちそのものの造詣は割と整っていて、ゆったりとしたラインで落ち着きを感じさせるベージュのワンピースにその身を包んでいる壮年の女性が、血相を変えて手術室から出てきたであろう、緑の術着に身を包んだ、若い印象の男性手術スタッフを問い詰めている。



その背後から、翔羽と羽月がはらはらとした感じで何も言えないまま、立ち尽くした状態となっている。



今、ヒートアップして手術スタッフを問い詰めているのが、現在手術中のストーカー男の父と母。

ストーカー男の持っていたものに、たまたま父親の名刺があり、そこにその父親への連絡先もあったため、医療スタッフがストーカー男が運ばれてきてすぐに、父親の方に連絡を入れたのだった。

そして、自分の息子が、緊急の手術が必要なほどに一刻を争う大怪我を負ったと聞かされ、この日入っていた以降の予定を全てキャンセルし、自宅にいる妻にも大慌てで連絡を入れて、すぐさま自宅で自分の車に妻を乗せると、大急ぎでこの病院に駆けつけたのであった。



電話では急ぎのため、最低限のことしか伝えられていなかったこともあり、また息子が大怪我を負った、という事実に精神状態が正常を保てなかったこともあって概要をしっかり認識できていなかったこともあるため、今ここでこうして事の実情を掴みかかるように問い詰めている。



「…全身に殴打の痕があり、至るところに内出血を起こしています」

「!!な、殴られた、だと!?」

「!!い、一体どうしてそんなことに!?」

「…また、殴打された衝撃で、肋骨の大部分が複雑骨折を起こしており、下手をすれば周辺の臓器が折れた肋骨によって損傷を起こしてしまいかねない状況になっています」

「!!な、なんという…」

「!!そ、そんな…」

「…また、特にひどいのが膝の損傷で…無理に踏ん張っていたところを殴打されてしまったため、皿が割れて、関節も複雑骨折を起こしてしまっています」

「!!そ、それでは…せがれは…」

「!!歩けるようには…」

「…正直な話、傷自体が完治しても、元通りに歩けるようになるかは分かりません…もちろん、最善の努力は尽くしますが…」

「!!な、なんてことだ…」

「!!ああ…あの子が…」



三十路になっても定職にもつかず、ただただ自室に引き篭もって怠惰な時間を過ごしている息子に、父親は常に憤りとあきれを感じ、母親はただただ、その存在そのものを疎ましく思っていた。

だが、いざその息子がこんな状態になっていると聞かされると、やはり親の情というものなのだろうか、ただただ、傷だらけになってしまった息子の身体がちゃんと治るのか、そして、どうしてこんなことになってしまったのかと、そんな不安と憤りの入り混じった感情が後から後から溢れかえるように、父親と母親の心を埋め尽くしていく。



「そ、そもそも!!一体うちのせがれは何があって、こんなことになっているんだ!?」

「そ、そうです!!うちの子はなんでこんなひどい大怪我をしたんですか!?」



溢れかえってくるのを止められない感情が、ストーカー男の父親と母親の口から、そんな言葉を出させてしまう。

最近は、その目的こそ分からないものの、よく外出をするようになってきて、少しはいい変化が見えてきたと思っていたのに、それから少ししてこんなことが起こってしまった。

やはり、それがなぜなのかと、聞きたくなってしまうのは無理もないことだろう。



叫ぶようにその疑問を目の前の手術スタッフにぶつけてくる父親と母親に対し、その二人を見ていられなくなってしまった涼羽が、静かに二人のそばに近づいていくと、突如その場で床に膝を着き、その小柄で華奢な身体を折りたたむかのように低くし、その頭を床に擦り付けて、その心情を叫ぶかのように言葉を発し始める。



「ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!」

「!!え?……君は?……」

「!!ど、どういうこと…なの?…」



二人から見ても思わずほうっと溜息をついてしまうような、清楚で奥ゆかしい美少女が、いきなり自分達に向けて土下座をしながら、泣き叫ぶような声で謝罪をしてくるその光景に、まるで毒気を抜かれたかのようにその問い詰めの勢いが止まってしまう。



「あの人は…あなた方の息子さんは…僕と妹を悪い人から護ってくれたんです!!」



そして、土下座したまま訴えられる涼羽のその言葉。

それを聞いたとたん、父親と母親の顔に驚愕の表情が浮かんでくる。



「う、うちのせがれが?…」

「あ、あの子が?…」



とても信じられないと思ってしまう。

とてもそんなことがあったなどと、信じられないと思ってしまう。

これまで自分達が見てきたあの息子が、そんなことをするようにはとても思えない。

そんな思いが、二人の心を一杯にしてしまう。



「本当なんです!!あの人は、僕と妹が襲われそうになったところを、その身を挺して、ずっと殴られ続けて…蹴られ続けて…でも、でも、それでもずっと僕達を悪い人達の暴力から、護り続けてくれたんです!!」



その時のことを思い出して、またしても涙が溢れてくる顔を上げて、真正面からストーカー男の父親と母親と向き合いながら、涼羽は嘘偽りのない事実を、叫ぶように言葉にしていく。

そんな涼羽の顔は、言葉にはできないほどのストーカー男への感謝と、申し訳なさでいっぱいになってしまっている。



涼羽のその顔を見て、振り絞るように紡がれる言葉を耳にして、息子がそこまで自分を犠牲にしてまで、他人を護ろうとしていたという事実を受け止めることができた。

そして、どうして、なぜ、と思っていた心に、いいようのない感情が芽生えてくるのを覚え始める。



「…………」

「…………」



その感情が邪魔して、言葉が出なくなってしまったストーカー男の父親と母親。

そこに、未だに土下座の姿勢を崩さない涼羽の横に父、翔羽が飛び出し、涼羽に倣うかのようにその床に膝を着き、その長身を折りたたむかのように土下座し、その頭を床に擦りつけながら、謝罪と感謝の言葉を紡ぎ始める。



「この度は、あなた方のご子息に私の命よりも大事な子供たちを救って頂けた事、もはや感謝の言葉もございません」

「…………」

「…………」

「そして、そのためにこのような重傷を負うことになってしまったこと、誠に申し訳ございません」

「…………」

「…………」

「せめてもの償い、と言うには足りないとは思いますが、今後のご子息の生活のサポートは、この私が全力でさせて頂こうと思っております。私の宝物をその身を挺して護りぬいてくれた恩人ですから、全身全霊で恩返しをさせて頂く所存でございます」

「…………」

「…………」

「そして、同じ子供を持つ身として、あなた方の心中がどれほどに辛く、苦しいのか…痛いほどに私の心に伝わってきます…本当に、このようなことになってしまい、重ねてお詫び申し上げます。誠にも申し訳ございません」



その一言一言に込められる、翔羽のその感謝と本気の思い。

その言葉に、二人はその身体がなぜか震えてきてしまう。

何よりも、人にそれほどのことを言ってもらえるようなことを、自分達の息子が成し遂げたというその事実。

その事実をようやく実感し、これまで息子に向けたことのなかった感情が、溢れてくるのを抑えられない。



今、これほどまでに自分達の息子のことを、誇らしいと思ったことなどなかったと、彼の父親も母親もその心から来る震えが止まらない。



「…本当、なんですか…」

「…本当に、うちの子が…そんなことを…」

「!!はい!!僕と妹をずっとその身を挺して護ってくださって…人見知りな僕とのおしゃべりを楽しいっておっしゃってくれて…本当に素晴らしい人だと思います!!」

「何度でも申し上げさせて頂きます!!ご子息は、私にとって、一生かかっても返しきれないほどの大恩ある、恩人です!!」

「そうです!!あんなにいっぱい殴られても蹴られても、ずっとわたしとお兄ちゃんをずっと護ってくれて…本当に凄い人だと思います!!」



涼羽の口から、あのストーカー男がどれほどに素晴らしいかが言葉として紡がれる。

翔羽の口から、あのストーカー男がどれほどに自分にとって大恩ある恩人であるかが言葉として紡がれる。

そして、いつの間にか、父と兄に倣う様に土下座の姿勢になっていた羽月からも、ストーカー男を凄いと思う声が上がってくる。



そんな高宮一家のそれぞれの言葉が、息子が大怪我を負っているというこんな状況であるにも関わらず、嬉しくなってくる。

人から蔑まれてばかりで、コンプレックスの塊となってしまい、ずっと何の役にも立たないお荷物だというレッテルを貼られてしまっていた息子が。

定職にもつかず、ただひたすら、現実逃避と言う名の無駄で怠惰な時間を過ごしていた息子が。

これほどまでに人に感謝をされるような、称賛を浴びるようなことをしたのかと思うと、胸が熱くなってくる。



あの、息子が。



呆けてしまったかのような表情を浮かべていた父親と母親の目から、その感情があふれ出てくるかのように涙が零れ落ちてくる。

大怪我をしてしまったことが心配で、この先ちゃんと生活をしていけるのかが不安でたまらない、という思いは正直ある。

が、それよりも、こんなにも人に感謝されるようなことを、その身体を張ってやりとげたということが、ずっと負の連鎖に陥っていた息子の大きすぎるほどに大きな変化だということ。

そして、その変化を、自分達がどれほどに待ち望んでいたのか。

その待ち望んでいたものを今、この目で見せてもらえたことが、本当に嬉しくて嬉しくてたまらない。



「…こんなにも…こんなにも人に感謝されるようなことを、やってのけたんだな…あいつは…」

「…ええ…あなた…うちの子が…こんなにも人に感謝してもらえるなんて…」



涙が溢れて止まらない。

まるで、心の中からほとばしる喜びが、そのまま形となってあふれ出てくるかのように。



「…いつまでも土下座なんて、しないでください」

「…そうですよ。あなた達に出会えたおかげで、うちの子は本当にいい方向に変われたのですから」

「え?…でも、そんな…」

「そんな…うちの子供たちのために、あんな大怪我をしてしまったのですから…」

「…大怪我をしてしまったことは本当に残念でなりません…ですが、いつまでも引き篭もりだったあのせがれが、こんなにも大きく変わることができたのは、間違いなくあなた方のおかげです」

「…そうです。正直、いつになったら変わってくれるのかと思いながらも、親である私達が結局放置してしまって、あの子に何もしてあげられてなかったのです。それを、あなた方がそのきっかけを下さったのだと、私達は思うのです」

「あのせがれのことを、こんなにも良く言ってくださったのは、あなた方が初めてです。お恥ずかしながら、親の私達ですら、せがれのことを褒めてやったことなど、なかったのです」

「むしろ、あの子が変わるきっかけをくださったあなた方に、私達こそ感謝させて頂きます…本当にありがとうございます」

「ありがとう、ございます…」



ストーカー男の父親と母親は、今自分達の目の前にいる一家が、息子をこんなにも良くしてくれたのだと思うと、逆に感謝の言葉を贈らずにはいられなかった。



その言葉に、涼羽も翔羽も羽月も呆気に取られたかのような表情を浮かべてしまう。



そして、今度はストーカー男の父親と母親の方が床に膝を着いて、その感謝の思いをその身で伝えるかのように頭を下げてくる。

息子の変化のきっかけは、間違いなく目の前のこの子達がくれたと確信を持てたから。

そして、息子のために全身全霊で今後のサポートをしてくれるとまで、その子達の父親は言い切ってくれたから。



「!そ、そんな…頭を上げてください!」

「!そうです!…そんな、そちらにそんな風に頭を下げられては…」

「!わたし達のために、あの人あんな大怪我をしちゃって…」



自分達のために傷ついてしまったストーカー男の父親と母親に、逆に頭を深く下げられて、慌てて頭を上げてくれるようにと言葉を発する高宮一家。



そのやりとりを一部始終見ていた手術スタッフは、そんな家族達の思いに心うたれ、なんとしてもこの手術を成功させて、あの患者を元の生活ができるようにしようという思いを胸に、静かに、それでいて迅速に手術室へと戻るので、あった。

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