お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

番外編_高宮家の節分

「ただいま~!」

寒さ厳しい、冬も真っ只中な時期の高宮家。
そんな寒い時期であることなど、まるでどうとも思っていないかのような、非常に元気で明るい、帰宅を知らせる声が、玄関に響く。

「おかえりなさい」
「おかえりなさ~い!」

そして、その声が響いてすぐに、ぱたぱたと可愛らしい二組の足音が響き、玄関の方に姿を表すのは、この家の長男と長女である、涼羽と羽月の二人。
この家の大黒柱であり、父である翔羽が帰ってきたことが本当に嬉しいのか、兄妹揃って可愛らしい笑顔を惜しげもなく浮かべながら、父の帰宅に対する声をあげる。

今は亡き、最愛の妻である水月の忘れ形見であり、今この世で最愛の存在と言える、二人の子供達のそんなお出迎えに、会社の女子社員達に大人気な、その整った顔を盛大に緩ませる。

長男である涼羽は、まさに料理の最中だったのか、普段着としている黒のセーターに、ゆったりとした黒のジーンズという服装に、白地のシンプルなエプロンをかけ、その長く艶のいい黒髪を、頭の後ろで一つに束ねている。
最近は、少しずつながら涼羽にお手伝いをさせてもらえるようになり、今日この日も、そうして涼羽のお手伝いをしていた羽月も、部屋着となる白のセーターに紺色のオーバーオールと、ピンクのフリフリのついた、可愛らしいデザインのエプロンといういでたちになっている。

妹である羽月が、兄である涼羽のことが大好きで大好きでたまらないこともあり、とにかく家にいる時は涼羽のそばにくっついて、離れようとしない。
もちろん今も、この世で最愛の存在と言える兄、涼羽の右腕にべったりと抱きついて、本当に幸せそうな笑顔を浮かべている。

常日頃から、そんな仲睦まじい兄妹である涼羽と羽月を見ていると、本当に幸せな気持ちになれる父、翔羽。
しかも、二人共、最愛の妻であった水月に本当に良く似ていることもあり、余計にその愛情が抑えられなくなってしまう。

「あ~、俺の可愛い可愛い涼羽と羽月~!お父さん帰ってきたよ~!」

もうこの宝物とも言える最愛の子供達を、どこまでも天井知らずに膨れ上がっていくその愛情で包み込んで、とにかく愛してあげたいと、常日頃思っている翔羽。
だからこそ、こんなちょっとしたお出迎えの時も、ついつい涼羽と羽月の二人を自分の身体で包み込むかのように、ぎゅうっと抱きしめてしまうのだ。

「お、お父さん…恥ずかしいよ…」
「えへへ♪お兄ちゃんと一緒に、お父さんにぎゅってされてる♪」

いつものことなのだが、涼羽はいつまでたっても、愛されることに免疫がなく、こうした父の愛情表現にも、ついつい顔を赤らめて、儚い抵抗を見せてしまう。
そんな兄、涼羽とは逆に、羽月は愛されることが本当に大好きで、特に兄に甘えること、ぎゅうっとされること、そして、その兄と共に父、翔羽にこんな感じでぎゅうっとされることが大好きで大好きでたまらない。

真冬と呼ぶに相応しい寒さが、外の空気をキンキンに冷やしていく中、この高宮家の中の、親子三人のやりとりは非常に温かく、外の寒さも吹き飛ばしてしまうほどに仲がいいやりとりを、繰り広げている。

「あ~、外は本当に寒かったけど…お前達のことをこうしてぎゅうってできるだけで、本当にあったかくなってくるな~」

細身で筋肉質な翔羽は、昔から寒い時期が苦手で、寒さに弱い体質の持ち主。
水月が存命中の頃は、寒くなるととにかく水月にべったりと抱きついて、あったかくなろうとしていた。
翔羽にそんな風にべったりと抱きつかれる水月の方は、人の目を気にせずにそんな風に抱きつかれることもあって、ついつい顔を赤らめてはいたのだが、結局は翔羽のことが大好きなので、抵抗らしい抵抗などすることもなく、むしろ無意識に翔羽に抱きついたりしていた。

水月亡き今、翔羽のその対象は、水月の忘れ形見である涼羽と羽月になっており、真冬のこの時期は、家にいる時は常に涼羽や羽月のことを抱きしめている。

そして、羽月の方はそれほど寒がりでもないのだが、涼羽の方は父、翔羽の体質を色濃く受け継いでいるのか、非常に寒がり。
なので、冬はとにかく厚着でいるか、家の中では暖房が欠かせない状態となっている。
そんな涼羽のことをしっかり把握しているからなのか、この時期になると羽月はとにかく涼羽にべったりと抱きついて、自分が甘えると同時に、兄の寒がりな身体を温めようとする。
羽月にとっては、大好きで大好きでたまらない兄、涼羽にべったりと抱きつくことができ、涼羽のことを温めてあげられるし、さらには自分もあったかくなれるから、いいことずくめなのである。

そのため、この親子三人は冬になるとより、こうしてべったりと抱き合う頻度が多くなってしまうのだ。

「さあ、涼羽。もうあれの準備は、済んでるのか?」
「うん、できてるよ」
「おお!そうかそうか」
「お父さん!今日は、わたしもお兄ちゃんのこと、お手伝いしたの!」
「そうかそうか!羽月はえらいなあ!」
「えへへ♪」

玄関でべったりと抱き合っている状態で、翔羽が涼羽に問いかける。
その翔羽の問いかけに、涼羽は笑顔で肯定の意を表す。
さらには、羽月がこの日、涼羽のお手伝いをしたことを、嬉しそうに父、翔羽に伝えると、そんな可愛い娘を見て、その頬をゆるゆるにしながら、羽月の頭を優しくなでる。

この日、涼羽が準備していたもの…
それは、久しぶりに親子三人で暮らせるようになった翔羽が、心待ちにしていた日の風物詩と言えるもの。

今日の日付は、二月三日。
そして、涼羽が用意していたものは、恵方巻きと、三つある枡にこんもりと詰められた豆。

そう、この日は、節分の日なので、ある。



――――



「おお!これはうまそうだなあ!」

仕事着であるスーツから、部屋着となる黒のジャージに着替え、さらに青基調の大きいサイズの半纏を着こんで降りてきた翔羽。
リビングに入って、テーブルの上に置かれた涼羽お手製の恵方巻きを見て、その目を輝かせて、すぐにでもかぶりつきそうになってしまう。

「えへへ~、わたしもお手伝いしたんだよ~」
「おお!そうかそうか!羽月はいい子だな~!羽月もお手伝いしてくれたんなら、絶対にうまいな、これは!」
「わ~い!お父さんに褒められた~!」

そして、この恵方巻きを作るのに、羽月がお手伝いをしたことを、可愛らしさ満点の笑顔でアピールしてくる。
そんな娘の可愛いアピールに、自分の子供達を全力で溺愛している父が、その頬を緩ませないはずなどなく、全力で褒めながら、その小さな頭を優しくなでてあげる。

兄の次に大好きな父に褒められて、なでなでされて嬉しくて、その幼さの色濃い美少女顔に、本当に嬉しそうで幸せそうな笑顔を浮かべて、喜ぶ羽月。

「ふふ…今日は寒いから、これも一緒に食べよ?」

そんな微笑ましいやりとりをしている翔羽と羽月にかかる声。
二人が仲良くしているのが、嬉しくて嬉しくてたまらないというのが一目で分かる、優しい笑顔を浮かべた涼羽が、自分も含めた人数分の丼を乗せたトレイを持って、リビングに入ってくる。

丼の中身は、透き通る色の出汁の中に納められた、白くて長いもの。
寒いので、汁物もあった方がいいと思って、涼羽が手早く作ってきたきつねうどんが、丼の中身だ。

「わ~い!お兄ちゃんのきつねうどん!」
「おお!これもうまそうだなあ!」

涼羽のお手製きつねうどんを見て、欲しいものを買ってもらえた子供のようにはしゃぐ羽月と翔羽。
この日は、この冬でも一、二を争うほどの寒さとなっているため、こういう、身体があったまるような汁物は大歓迎なのだ。

「よし!じゃあ早く食べるとするか!」
「うん!わたしも早く食べたい!」
「ふふ、じゃあ食べよっか」

もうすでに食べたくて食べたくてたまらないといった様子の翔羽と羽月。
そんな二人を見て、優しい笑みを浮かべながら、冬の必需品とも言える炬燵の方に座る涼羽。

「「「いただきます」」」

そして、家族でこれから食事を行うための言葉を、綺麗に合唱する。

その言葉が終わると同時に、真っ先に翔羽が、この年の恵方となる南南東の方角に、座ったまま身体ごと向ける。
その翔羽にならうかのように、涼羽と羽月も、身体ごと南南東の方に向くようにする。

「それじゃあ、今年も家族三人、幸せで仲良くいられますように」
「いられますように」
「いられますように!」

そして、高宮家の大黒柱である翔羽が、今年一年の家族での幸せを願う声をあげ、涼羽と羽月も、それに続いて声をあげる。
そうしてから、それぞれ手に持った恵方巻きに、かぶりついていく。

この年の恵方の方角に向いたまま、涼羽お手製の恵方巻きの美味しさに頬を緩めながら、もくもくと食べ進めていく翔羽と羽月。
そんな二人を見て、嬉しそうに恵方巻きを食べ進めていく涼羽。

「あ~、やっぱり涼羽の手料理は本当にうまいなあ!」
「やっぱりお兄ちゃんのご飯が、一番美味しい!」

日に日に美味しくなっていく涼羽の手料理。
永蓮に料理を教わるようになってからは、それがより顕著に出てくるようになっている。
そんな涼羽が作った恵方巻きも、味わい深くて本当に美味しいものとなっており、翔羽も羽月も本当に嬉しそうに、その恵方巻きを食べていく。

「ふふ、お父さんと羽月が美味しいって言ってくれて、嬉しいな」

自分の作った料理を本当においしそうに食べてくれる父、翔羽と妹、羽月の姿が、見ていて本当に嬉しく思えてくる涼羽。
料理をする上で本当に大切な、食べてくれる人のことを思って作る、ということを至極当然、というよりも、それを一番の楽しみ、そして喜びとしている涼羽なのだから…
そんな涼羽が、二人の美味しい美味しいと、嬉しそうに食べていく姿に、幸せと喜びを感じないはずがない。

「あ~!このきつねうどんも、うまい!」
「お兄ちゃん!このおうどんも、すっごくおいしい!」
「ふふ、よかった」

リビングにはエアコンと炬燵という暖房器具があり、どちらも絶賛稼働中で十分に暖かくなっている。
そこに、涼羽お手製のきつねうどんが加わって、身体の芯から暖まっていくような感覚を覚える翔羽、羽月。
涼羽も、美味しい美味しいと、自分の作った料理を食べてくれる二人の姿がとても嬉しくて、心からあったかくなっていくような感覚を覚える。

「涼羽!お父さんはもう、お前のことが可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらないからな!」
「お兄ちゃん!わたしも、お兄ちゃんのことが大好きで大好きで、たまらないからね!」

自分達の食べる姿に、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべている涼羽があまりにも可愛すぎてたまらなくなり、翔羽も羽月も、まるで競い合うかのように涼羽のことが大好きで大好きでたまらないと、言葉で告げてくる。

「!も…もう…お父さんも、羽月も…」

そんな二人の言葉に、ついつい顔を赤らめて、恥ずかしがってしまう涼羽。
しかし、それが嫌なわけではなく、嬉しさから来る反応だということは、翔羽も羽月も当然のように分かっているので、あった。



――――



「さあ!ここからは豆まきの時間だな!」
「うん!お父さん!」

温かく、美味しい食事を終え、豆が盛られた枡をそれぞれ手にしているリビング。
翔羽と羽月は、本当に子供のようにはしゃぎながら、これからの時間を楽しそうに待っている。

「二人共、お待たせ」

さほど時間もかけずに、洗い物と片付けを終えた涼羽が、エプロンを外して、その長い髪をさらりとおろした状態でリビングに入ってくる。
元々が童顔で、本当に可愛らしさ満点の美少女顔な涼羽。
そんな涼羽の、嬉しそうで幸せそうな笑顔が本当に大好きで大好きで、その笑顔を見ているだけで幸せそうに頬を緩めてしまう父、翔羽と妹、羽月。

リビングで三人揃ったところで、いよいよ翔羽が子供達と一緒にするのを楽しみにしていた、豆まきの時間となる。
ただし、家の至るところで豆をまいてしまうと、後で掃除と片付けをしてくれる涼羽が本当に大変なことになるので、場所は今いるリビングに限定、となっている。

「ふふふ、さあ二人共!怖い怖い鬼さんだぞ~!」

いつの間にか用意していた、妙に可愛らしいデザインの鬼の面を被っている翔羽が、豆の枡を持った涼羽と羽月に襲い掛かるようなジェスチャーで、迫ってくる。
お面の可愛らしさのせいで、怖さを全く感じない鬼となっているのだが、そんなことなどお構いなしで、怖い鬼を演じようとする翔羽。

「さあ、怖い鬼を退治したければ、その手に持っている豆をぶつけてくるんだ!」

これまで、ずっと子供達と一緒にいることができなかった分を取り戻すかのように、子供達と触れ合おうとする翔羽。
こんな他愛もない触れ合いも、翔羽には本当に大切で、愛おしく思えてくるようで、お面の後ろの顔から笑顔が絶えることなどなく、本当に幸せそうにしている。

「………」
「………」

しかし、当の二人の子供である涼羽と羽月は、どことなく、どうしようかと迷っているような雰囲気で、一向に豆を投げようとする気配がない。

「?…涼羽?羽月?どうしたんだ?」

そんな二人の雰囲気を感じ取ったのか、翔羽は涼羽と羽月の二人に問いかける。

「…俺、お父さんに豆をぶつけるなんて、したくない」
「!りょ、涼羽?」
「…わたしも、お父さんに豆をぶつけるなんて、やだ」
「!は、羽月?」

父、翔羽の問いかけに答える言葉が、父に豆をぶつけたくない、というものだったことに対し、翔羽は二人の子供が一体何を言い出すのかと、驚きと戸惑いを隠せずにいる。

「…だって、いくら節分だからって、いつも俺達のために働いてくれてるお父さんに、豆をぶつけるなんてこと、したくない」
「わたしも、お兄ちゃんの次に大好きなお父さんにそんなこと、したくないもん」

驚きと戸惑いがその顔に浮かんだままの父、翔羽に続けるように言葉を放つ涼羽と羽月。
しかし、その言葉が、翔羽にとってはあまりにも嬉しいものであり、そんなことを言ってくれる子供達があまりにも可愛すぎて、もうその愛情が抑えきれないところまで膨れ上がってきてしまう。

「…それに、鬼さんだって、全部が悪い鬼さんばっかりじゃないはずだし…なのに、鬼ってだけでそんな扱いしちゃうの、何かやだ」
「…そうなの。鬼さんぜ~んぶ悪い、みたいなの、なんかやなの」

さらには、こんなにも優しくて可愛い台詞まで、当たり前のように飛び出してくるのだから。
どれほどにこの子達をめちゃくちゃに可愛がってしまっても、誰も文句など言えるはずなど、ないといい切れてしまう。

「~~~~~ああ~~~もう!!お前達はなんて可愛い子達なんだ!!ほんとに!!」

もうどうにもならなくなってしまった翔羽は、まさに天使のように可愛すぎる二人の我が子を、二人まとめてその腕の中にぎゅうっと、閉じ込めるかのように抱きしめてしまう。
そして、二人の頬や額に、その抑えきれない愛情をそのままぶつけるかのように、キスの雨を降らせてしまう。

「わっ…お、お父さん…くすぐったいよ…」
「えへへ~、お父さんがちゅーしてくれる~♪」

涼羽の方は、そんな父の愛情表現に恥じらいの表情を浮かべ、儚い抵抗の声をあげてしまうものの、その声以外には抵抗らしい抵抗などなく、されがままとなっている。
羽月の方は、そんな父の愛情表現が嬉しいのか、天真爛漫で嬉しそうな笑顔を浮かべて、ただただ喜んでいる。

対照的な反応となっている兄、涼羽と妹、羽月の二人。
だが、どちらも本当に可愛すぎて、誰もが今の翔羽のように愛してあげたくなってしまうだろう。

「よ~し、じゃあ二人共、お父さんと一緒に『福は内』しようか!!」
「うん!みんなが本当に幸せでいられるように、いっぱい『福は内』しようよ!」
「うん!お兄ちゃんもお父さんもい~っぱい幸せになれるように、い~っぱい『福は内』するの!」

こうして、『鬼は外』が一切なく、ただただ、『福は内』と声に出しながらの高宮家の豆まきが始まり、親子三人、終始幸せそうな笑顔で、リビングに枡の中の豆がまかれることとなった。

涼羽と翔羽は右手で、羽月は左手で本当に大好きな家族の幸せを願って、豆をまき続けた。

本当に幸せそうで楽しそうな笑顔に満ち溢れた高宮家の豆まきも終了すると、すぐさま涼羽がリビングにまかれた豆を拾い集めていき、もともと食べる用として余分に置いてあった豆を、キッチンからリビングに持ってくる。

そして、外の真冬の寒さなど、微塵も感じなくなるような、本当に温かな一家団欒の空気の中、幸せなひと時を過ごすので、あった。

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