お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

お兄ちゃんが他の子にとられちゃうみたいで、やなんだもん…

「えへへ♪お兄ちゃん♪お兄ちゃん♪」
「ふふ…ご機嫌さんだね、羽月」
「だって、お兄ちゃんと一緒なんだもん♪」
「それだけなのに?」
「わたしにとっては、すっごく大事なことなの♪」

その幼さに満ち溢れた、可愛らしい美少女顔に無邪気な笑顔を浮かべ…
大好きで大好きでたまらない、最愛の兄である涼羽の右腕を捕まえるかのようにしっかりと抱きしめ…
幸せオーラ全開の様子で、兄、涼羽と歩調を並べて、寄り添いながら歩いていく羽月。

兄である自分にべったりと甘えるように寄り添いながら、幸せ一杯の無邪気な笑顔を見せる妹が可愛いのか…
つられて、もうすぐ十八歳の高校生男子とは思えない、童顔な美少女顔に優しげな笑顔を浮かべながら…
妹、羽月を見つめる涼羽。

幼げな容姿の二人ではあるものの…
まるで新婚ほやほやのラブラブな夫婦のようであり…
それでいて、非常に仲睦まじい、母と娘のような雰囲気を出しつつも…
ほのぼのと、ゆっくりとその足を進めていく。

「あ!あの可愛すぎる美少女姉妹ちゃん達!」
「わ~…いつ見ても可愛すぎ~…」
「もう見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい、仲いいわ~…」

そんな、甘すぎるほどに甘い、それでいてほのぼのとした雰囲気の高宮兄妹を目撃する周囲の通行人達。
もうすっかり、この近所では有名な美少女姉妹として定着してしまっている、涼羽と羽月の二人。

二人の、あまりにも可愛すぎる、仲睦まじい姿を見て…
思わず足を止めて、その頬を緩ませながら…
まるで、その有り余っている幸せをおすそ分けしてもらうかのように、ただただ、見つめ続けている。

涼羽の方は、普段は男子の制服を着ているにも関わらず…
それでも、周囲は涼羽のことを見た目通りの美少女だと思っている状態。

なんで、男子の制服を着ているんだろう、と…
そのことを疑問に思う通行人もいることはいるのだが…

結局のところ、その可愛らしさを堪能することを優先してしまうため…
わざわざ、その真偽を涼羽に聞きに行く人間は、限られている。

「お!おい!見ろよあれ!」
「あ!あの可愛すぎる美少女姉妹ちゃん達じゃねえか!」
「あ~…いつ見ても幸せ一杯のあの仲良しさ…」
「正直、可愛すぎて辛抱たまらん…」

仕事や勉強などに疲れたところに、こういう心癒される光景を見せてもらえて…
非常にご満悦な表情になっていく通行人の男性達。

涼羽と羽月、それぞれ一人の状態で見かけることはそこそこあるのだが…
今のように、二人揃った状態で見かけることは、意外にもまれ、と言える。

あのゆりゆりしい、とろけてしまいそうなほどのいちゃらぶっぷりを見せられて…
その光景を目撃する誰もが、そのおすそ分けされるかのような幸福感に、心を癒されている。

「羽月、俺はいつも通り、アルバイトに行くから…ここからは一人でお家に帰ってね」

涼羽のアルバイと先である秋月保育園ももう間近のところ。
妹、羽月に優しく、幼子に言い聞かせる母親のような口調で、一人で家に帰るように告げる。

「え~…」

だが、お兄ちゃん大好きで筋金入りのブラコン妹である羽月が…
せっかくこうして、学校帰りに涼羽と一緒になれたのに…
すぐにまた、離れ離れになってしまうことに、非常に不満げな様子を見せてしまう。

「や~…お兄ちゃんと一緒がいい~…」

もうアルバイトの時間も迫っている兄、涼羽に対し…
まるで、もう何年も会えなかった恋人が、せっかく再び逢うことができたのに…
またすぐに離れ離れになってしまうのを拒むかのようにだだを捏ねてしまう。

そして、いつものようにその華奢な兄の胸に顔を埋め…
大好きで大好きでたまらない兄と離れてしまう寂しさを思いっきり伝えようと…
その小さな身体をべったりと兄の身体に抱きつかせて、優しい兄を困らせるように、わがままを言ってしまう。

「…羽月…俺はこれからお仕事なんだから…」

さすがに、今から出勤というところに、こんなわがままを言われては…
いかに優しい涼羽と言っても、非常に困ってしまうわけで…

その顔にその心境を表すかのような困った表情を浮かべながら…
どうにか、この甘えん坊でブラコンな妹に言い聞かせようとする。

「や~…お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ、や~」

しかし、そんな兄の懇願のような言い聞かせも、今の羽月には通用せず…
その幼い容姿そのままの、本当に小さな子供のように、わがままをいって離れようとしない。

それどころか、もっともっと、と言わんばかりに…
兄、涼羽にべったりと抱きついて、その胸に顔を埋めて、離れようとしない。

「…はあ…」

もうひたすらにだだを捏ねて、一向に自分から離れようとしない羽月に対し…
思わず、重い溜息がもれ出てしまう涼羽。

こんな風に甘えてきてくれるのは確かに嬉しいし、そんな妹が本当に可愛らしく思えてくるのは確かなのだが…
今は、状況が状況である。

慢性的な人手不足が続いている秋月保育園。
その保育園である園長、秋月 祥吾の真摯な思いに心を動かされ…
こんな自分でよければ、どんなに些細でも、力になりたい…
そう思って始めた、このアルバイト。

可愛い園児達が、自分にうんと甘えてきてくれる。
そして、自分がそうだと思っていることを教えると、実際に家に帰ってから、その通りにしてくれる、本当に素直でいい子な園児達。
そんな園児達を、いつでも優しく包み込んであげたい。

そして、いつも自分を可愛がってくれて…
いつも、自分に仕事の厳しさ、大切さを教えてくれる先輩である、市川 珠江。

もうそれなりに高齢であり、元気いっぱいの幼子の相手も重労働であるのだが…
それでも、決して仕事には妥協しないその姿。
そんな珠江の姿に、いつも涼羽は仕事の大切さを教えてもらっている。

そんな珠江の負担を、少しでも減らしてあげたい…
少しでも、楽になってもらいたい…

本当にそれだけの思いで、秋月保育園の保父さんとして、日々取り組んでいるのだ。

自分がしたことで、祥吾や珠江、そして、多くの園児達が嬉しそうな顔を見せてくれるのが…
本当に嬉しくて嬉しくて…
もっともっと、みんなのために頑張っていこうと、本気で思っている涼羽。

だからこそ、妥協などできないし、したくない。
だからこそ、一秒でも早く、秋月保育園に向かい、すぐにでも業務に取り掛かりたい。

「(だって…お兄ちゃんが他の子達にとられちゃうみたいで、やなんだもん…)」

いつもいつも、仕事から帰ってくる兄、涼羽の本当に達成感に満ち溢れた、嬉しそうな顔。
それでいて、決して満足することなく、もっともっとと、自分のやるべきこと、やれることを追求していく…
その時の顔の、なんとも楽しそうで、嬉しそうな表情。

そんな兄の顔を見ていると、何だか本当に自分だけの兄を奪われてしまっているかのような思いになってしまう。

自宅では、確かにいつも通り、妹である自分を可愛がって、甘えさせてくれるのだが…
羽月としては、それを本当に自分だけに向けて欲しい…
常に、そう思っているのだ。

この日は、ついつい兄、涼羽に会いたくて…
ついつい、これまで行った事もなかった兄の学校にまで、足を運んできた。

人見知りである羽月が、一人でわざわざ、多くの生徒の視線に怯えながらも…
ただただ、大好きで大好きでたまらないお兄ちゃんに会いたくて…
それだけで、兄の学校にまで、行ってしまったのだ。

そして、学校帰りの兄に会うことができてしまった。

だからこそ、ここで離れてしまうと…
なんだか本当に、兄、涼羽がアルバイトとして働いている、秋月保育園の園児達に…
この最愛の兄を、奪われてしまうような気がしてしまっている。

特に今日は、アルバイトに行く前の兄に会うことができてしまっているため…
どうしても、自分の子供じみたわがままの方が、勝ってしまっている状態なのだ。

行って欲しくない。
自分を置いて、アルバイトに行って欲しくない。

このまま、一緒に自宅まで帰りたい。

真面目な性格の兄が、そんなことできるはずもないということは、妹である自分が一番よく知っている。
そして、今の自分のこの行動が、どれほどに兄を困らせてしまっているかも、よく分かっている。

それでも、止められない。
どうしても、理性ではだめだと分かっていても、感情が言うことを聞いてくれない。

「(…ここは、心を鬼にしても、きっちりと言うべきなのかな…)」

とはいえ、仕事に行くのを邪魔されていることに変わりはない状態の涼羽。

さすがに、この妹のわがままは過ぎると思い…
普段ならよほどのことがない限りは、怒るということをしないのだが…

今は、そのよほどの状況になりつつある。

こんなにも自分に甘えてきてくれる妹に、厳しいことを言うのは心がひけるのだが…
それでも、言うべきときには言わなくてはいけない。

そう思って、口を開こうとした、まさにその時だった。



「――――あら?涼羽ちゃん?」



最近では、結構馴染みとなっている、その声が聞こえてきたのは。

その声が自分の名を呼んだことに反応して、声のする方向へと、顔ごと視線を向ける涼羽。

そこにいたのは、保育園で自身の子供を預けてくれている…
子供を迎えに来た時には、いつもいつも我が子と一緒に、自分まで可愛がってくれる、一人の女性。

商店街の方にある弁当屋でパートとして働いており…
何気にそこの看板娘として人気のある、評判の美人人妻である、唐沢 彩その人であった。

「!か、唐沢さん!?」

この状況で不意に名前を呼ばれて、思わずわたわたと、慌ててしまう涼羽。
しかも、この時間帯なら、まずここで会う事はないはずの人物。

その事実が、よりいっそう涼羽を慌てさせてしまう。

「やっぱり!涼羽ちゃんだったわ!」

そんな風にわたわたとした涼羽も可愛くて可愛くてたまらないのか…
その整った顔に目一杯の笑顔を浮かべながら…

妹の羽月にぎゅうっと抱きしめられて、身動きが取れないでいる涼羽目掛けて、駆け出してくる。

「うふふ…涼羽ちゃんったら、今日もすっごく可愛い♪」

そして、何をするよりも先に、彩は涼羽のことを、まるで我が子にそうするかのように、ぎゅうっと抱きしめてしまう。

「か、唐沢さん…今は、お仕事の時間じゃ…」

そう。
本来なら、彩は今、勤め先である弁当屋で、業務の真っ最中であるはずなのだが…
この時間に、普通に私服でこんなところを歩いているはずなどないのに…

そんな疑問を抱えている涼羽の顔に、溢れんばかりの疑問符が出ているのを見て…
至福の表情で涼羽を抱きしめている彩が、その疑問に対する答えを、その艶のいい唇を動かして、音にしていく。

「今日はね、勤め先が臨時休業になっちゃったのよ」

彩が勤めている弁当屋は、企業のフランチャイズでも、チェーン店でもなく…
今時にしては珍しい、自営業の店なのである。

人のいい店主夫妻が、共働きの際に勤め先に困っていた彩を見かねて…
本来ならば必要のないはずの従業員として、さりげなく雇ってくれたというのが、始まりである。

実際、店主夫妻だけの状態では、一日に来る客の数も少なく…
実質、夫妻だけで十分に回せる程度のものだったのだ。

ところが、彩が従業員として入ってからは…
まず、整った容姿の美人店員である彩目当ての男性客が増加。

そして、若いママ友が、彩がその弁当屋で働き出したことを聞いて…
食事を用意する余裕がない時などに、わざわざそこまで買いに来てくれるようになったのだ。

純粋な善意で、彩を雇った店主夫妻も、これには驚きを隠せず…
今では、本当に彩を雇ってよかったと、心の底からそう思っている。

そして、こんなにも充実する店で自分を雇ってくれた店主夫妻に、彩は常に感謝の思いを送っている。
そして、その思いを働きで表すかのように、その店の看板娘として、日々一生懸命働いているのだ。

ただ、自営業であるため…
たまにこうして、店主夫妻の都合で臨時休業にすることがある。

そして、たまたまこの日が、その臨時休業の日となってしまい…
商店街にふらりと買い物に出かけてはみたものの…
特に買うべきものもなく、ちょっと早いけど、娘の彩華を迎えに行こうかと思って…
一人娘がお世話になっている、秋月保育園の方へと歩を進めていたところに…

たまたま、これからアルバイトとして入るため…
同じように、秋月保育園に向かっている最中の涼羽を見かけた、ということだったのだ。

「そ、そうなんですか?」
「そうなの。私の所、自営業だから…たまに店長の都合でお休みになっちゃうことがあるのよ」
「そうなんですか…」
「それよりも涼羽ちゃん?」
「?は、はい?」
「その、涼羽ちゃんにべったりと抱きついている子は、一体誰なの?」

娘の彩華があの保育園で、今一番懐いており…
そんな娘を、目一杯の慈愛と母性で包み込んで、優しく接してくれている…
まさに、あの保育園の天使と言っても過言ではない美少女保母さんな涼羽。

そんな涼羽に、こうして現在進行形でべったりと抱きついている、幼さの色濃い少女。

その少女が、大いに彩の興味を惹くこととなり…
ゴシップ好きなファンが、対象の芸能人のそれを掘り下げるかのように、きらきらとした表情で問いかけてくる彩。

「この子は…妹です」

そして、少々戸惑いながらも、特に隠す必要性もないため…
彩の問いかけに、素直に答える涼羽。

「!この子、涼羽ちゃんの妹ちゃんなの?」
「は、はい…そうですけど…」
「…わ~…」

涼羽にべったりと抱きついている少女が、涼羽の妹であるということに驚きの表情を見せてしまう彩。
そして、そんな羽月を、興味津々と言わんばかりにじっくり見つめてくる。

「!………」

そんな彩の視線を敏感に感じ取り…
思わず、彩の方へと、視線を向けてしまうが…

もともと人見知りな羽月は、彩の顔をちょっと見ると…
全く知らない人であることもあり、すぐにその視線を逸らしてしまう。

そして、兄である涼羽を盾にするかのように…
再び、べったりと涼羽の胸に顔を埋めて、ぎゅうっと抱きついてくる。

「…か、可愛い~!顔立ちも涼羽ちゃんそっくりだし…もう可愛すぎ!」

兄である涼羽にそっくりな顔立ちの、幼げな美少女である羽月を見て…
可愛いもの好きである彩の心が、くすぐられてしまう。

「涼羽ちゃんったら、こんなに可愛い妹ちゃんがいたの?」
「は、はい…」
「もお~!!二人揃って本当に可愛い!!可愛いわあ~!!」

自分にとっては、娘と同じくらい可愛らしい存在である涼羽。
その涼羽の妹である羽月もまた可愛らしく…
思わず、涼羽もろとも、羽月も抱きしめてしまう。

「か、唐沢さん…そろそろ、離して…」
「もお~~!!そんないけずなこと言わないで~~!!」
「も、もうアルバイトにいかないと…」

いい加減、秋月保育園に到着して、速やかに業務に入りたい涼羽。

そんな涼羽の思いを邪魔するかのように、べったりと抱きついて引き止めていた妹、羽月。
そして、たまたま勤務先が臨時休業ということで、涼羽と同じ時間帯に保育園の近くにいた彩。

早くアルバイトに行きたいという涼羽の焦りもまるで気に止めることもなく…
彩は、もうしばらくの間、涼羽と羽月の兄妹をぎゅうっと抱きしめ…
思う存分に、その可愛らしさを堪能することとなるのであった。

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