お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

今夜は、外食にしないか?

「あれ?お父さんからだ…」

午前中の授業も終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴ったのとほぼ同時刻だった。
涼羽の制服のポケットに入っているスマホが、着信を告げる振動を開始したのは。

基本的に年がら年中マナーモードにしているため、音ではなく振動がいろいろな合図
となっている。

そんな涼羽のスマホに電話をかけた、ディスプレイに表示される相手の情報。
それは、涼羽の父である翔羽のものだった。

普段はこんな時間にかけてくることなどない、父からの電話。
いったいなんだろう、と思いながらも、馴れた素早い手つきでその着信に応答の操作
を実行する。

そして、着信が成立したのを確認してから、左手に持ったスマホを、そのまま自身の
左耳の方へ当てる。

「もしもし?どうしたの?お父さん?」

優しげで可愛らしい声を発しながら、父に用件がなんなのかを求める涼羽。
必ず用件の確認から入るあたりが非常に涼羽らしく…
用もなく、ただただおしゃべりしたいという、菫や美鈴のような意識を持ち合わせて
いないことが、よく分かる。

『おお、涼羽。お昼の時間なのに、悪いな』
「ううん、それはいいんだけど」
『で、用件なんだが…涼羽、今夜は外食にしないか?』
「え?」

突然の父からの電話…
その電話で父から伝えられた用件が、外食。

普段は、何が何でも、といった感じで息子である涼羽の手料理を食べたいと…
外食という選択肢を頭から捨てている父から、まさかの外食という言葉。

そんな、予想だにしなかった父の言葉に、おもわずぽかんとした表情で…
間の抜けた声をあげてしまう涼羽。

『まあ…その…なんだ…ちょっとした理由があってな』
「?理由?」
『ほら、先週の土曜に…お前と羽月が、俺が忘れた弁当を届けにきてくれただろ?』
「ああ、そうだったね」
『で、その時のことを…あの受付嬢の二人がな…』
「?あのお姉さん達が、どうしたの?」

苦虫を噛み潰したかのような、煮え切らない物言いの父に対し…
基本的にさっぱりと竹を割った感じな父にしては珍しいと、思わず聞き返してしまう涼羽。

さらには、あの時にあった受付嬢達のことが出てきたのもあって…
一体、何があったんだろうと思ってしまう。

『いや…俺って、単身赴任で転勤してからが長かったじゃないか…』
「うん…そうだね」
『だから、こっちに戻ってきたはいいものの、俺のことを知っている社員って、かなり少ないんだよな』
「え?そうなんだ?」
『ああ…で、どういうわけか、若手や女子社員が、俺のことが物珍しいのかなんなのか…やたらと噂しているらしくて…』
「そうなんだ…」
『そんな状態だからな…俺が既婚者で子供もいる、ということを知っている社員なんて、ほとんどいないわけなんだよ』
「だよね…そんな状態なら…」
『そんな中、あの受付嬢達が、俺の子供であるお前達と会ったわけじゃないか…で、それをあの二人がやたらと周囲にしゃべっているらしくてな…』
「ええ?そうなの?」
『そうなんだよ…だから、今社内中が、お前達の話で盛り上がってる状態でな…』
「…な、なんか恥ずかしいね…」

社内では、非常に稀で優秀な存在である翔羽の子供…
それだけでも、社内では話題性抜群であるのだが…

さらには、その子供達が非常に可愛らしく、天使のような存在であると…
それを実際に目撃した、あの時の受付嬢達が発端となって、社内所狭しと…
今まさに社内のトレンディ的な位置づけで、ホットな話題となってしまっている。

自分の子供達のことが、周囲によく思われるのはいいことだとは思うのだが…
正直、あまりにも話が大きく広がりすぎて、父である自分にその話について根掘り葉掘り聞きだそうとしてくる社員が後を絶たず…
かなりうんざりした様子になっている翔羽。

そんな父、翔羽の話を聞いて…
目立つことを好まない涼羽は、思わず恥ずかしくなってしまい、その顔をほんのりと朱色に染めてしまう。

『しかも、佐々木なんかは、実際にウチに来て、お前達に会ってるわけじゃないか』
「!佐々木さんにも、何かあったの?」
『どこでそれをかぎつけたのかは知らないが、佐々木の方にも根掘り葉掘り聞き出そうとする社員がやたらと集まってきてな…まあ、あいつはさらりと流してくれてはいるんだが…』
「…なんか、すごいことになってるね」
『…で、ウチの部署の社員達が、お前達に会わせてくれ、と…もうしつこすぎるくらいにしつこくてな…』
「…わ~…」
『だから、お前達には面倒だとは思うんだが…ウチの部下達で食事にでも行こうと…で、その時に俺の子供達も同伴してくる、と…つい約束してしまってな…』
「そういうことだったんだ…」

実際、翔羽に執拗に迫る社員達の勢いが凄まじく…
今、一番ホットな噂になっている、翔羽の子供達を一目見てみたいと…
連日のようにお願いをしてくる有様となっている。

それも、男女問わず、相当な人数となっているうえ…
他部署の社員も、部署を問わずに翔羽を見かけた瞬間、そんな風にお願いしてくる始末。

さすがの翔羽も、連日そんな風に迫られてはうんざりとなってしまう。

なので、自分の部署の社員限定で、自身の最愛の子供達のお披露目会と称した食事会をしようと…
文字通り、折れる形でしぶしぶ了承してしまったのだ。

もちろん、当の子供達である涼羽と羽月の都合次第だと…
それが合わないのなら、この話はご破算だということで…
その辺は、他の社員にはしっかりといい含めている。

ちなみに、翔羽が週明け初日に残業となってしまったのは、このことで執拗に社員に言い寄られ続け…
その対応に時間を取られて、思うように業務が捗らなかった、という状況だったからだ。

『そういうことなんだ…だから、羽月はお前と一緒なら来るとは思うが…問題はお前なんだ』
「俺?」
『お前は家事もあるし、アルバイトもしてるし…さらには羽月の面倒も見てるからな…だから、お前がどうしても都合が悪いようなら、駄目だということにできるんだが…』

正直な話、翔羽としては無闇に自分にとっての最愛の子供達を…
見世物のように大勢の好奇の目に晒したくない、と思っている。

なので、涼羽次第で都合を決めてしまう羽月よりも…
実際にいろいろと忙しない日々を送っている涼羽にまず聞くべきだと、翔羽は判断した。

そして、涼羽が駄目だと言えば、自動的に羽月も駄目になるわけなので…
この話もご破算にできると、踏んでいるのだ。

「………」

ここまでの父の言葉を聞いて、少し考え込む涼羽。

実際、今日も放課後はアルバイトがあり、さらには家事もありで…
普通の学生と比べると明らかに忙しない日々を送っている。

それでも、いつもいつも家族のために笑顔で動いてくれる涼羽なだけに…
父、翔羽もなおさら、余計なことで負担をかけたくないと思っている。

だが、ここで都合が合わないから、この話はなかったことに…
としたところで、結局はまた別の日に、という風に来られたら…
翔羽の今の状況はまさに堂々巡りとなってしまう。

それなら、いっそやるだけやってしまって、この話を終わらしてしまおう。

その方が、父にも余計な負担がかからなくなる。

そう思った涼羽の口から、翔羽の問いかけに対する返答が音になる。

「…お父さん、俺はアルバイトの後なら大丈夫だよ」
『!!い、いいのか?涼羽?』

ふんわりと、穏やかな声で返された息子の声に、父、翔羽は驚きの声をあげてしまう。

「その方が、お父さんもこれ以上ややこしい状況にならなくてすむでしょ?」
『!!りょ、涼羽…お前…』
「それに、今日は外食なんだから、俺がご飯作らなくて済むしね」
『涼羽~…お前はなんていい子なんだ~…』

本当なら、自分の家族が食べる食事は自分の手で作ってあげたい…
一通り終わった後の、一家の団欒も大切にしたい…
人見知りな自分はもちろん、羽月もできれば人前に出たくない…
家に帰って、趣味のコンピュータをもっともっと追求したい…

でも、ここで都合が悪いと言ってしまうと、後々父に多大な負担がかかってしまう。

いつもいつも、自分達を養うために働いてくれている父に、余計な負担をかけたくない。
余計な疲れなんかないようにして、早く帰ってきて欲しい。

そんな父への愛情とも言える思いが、涼羽を後押しした。

自分よりも、父のことを思って、考えて…
そうして出した涼羽の返答。

そんな父思いの息子に、翔羽は電話の向こうからでも分かるくらいに感動している。

「大げさだよ…お父さん」
『いやいや…お前は本当に、俺にとってどこに出しても恥ずかしくない、自慢の息子だ!』
「もう…恥ずかしいってば」
『ハハハ、そんなところも可愛いな~、涼羽は』

年頃の息子とのやりとりとは思えない、甘いやりとりが、電話越しに繰り広げられている。
そんなやりとりに、父、翔羽はもうご機嫌の状態だ。

「じゃあ…羽月にはどうする?」
『ああ、羽月には俺から連絡しておくから』
「うん、分かった。後、俺はアルバイト終わってからどうしたらいい?」
『ん?そうだな、アルバイトが終わったら俺に連絡してくれ。そしたら、迎えにいくから』
「分かった、そうするね」
『すまないな、涼羽。こっちの都合でつまらないことに巻き込んでしまって…』
「もう…それはいいってば」
『ハハハ…じゃあ、今から羽月の方に連絡するとしよう』
「うん、分かった」
『じゃあ、また後でな、涼羽』
「うん、また後でね、お父さん」

アルバイトが終わってからの流れもしっかり確認を終え…
ひとしきりのやりとりを終えて、父との電話を終える涼羽。

「…お父さんの会社の人か…」

父の会社の人間とは、何人か会ったことはある。
それに、会社自体に一度、行って来たばかり。

父の直接の部下である、佐々木 修介。
そして、土曜に父に弁当を届けに会社に行った時に応対してもらった、二人の受付嬢。

修介は、娘である香澄を涼羽に助けてもらってからのつながりで…
その際、香澄の母親になってほしいという思いだけで、自分と同じ性を持つ男子高校生である涼羽にプロポーズまでした、猪突猛進な男。

一度、上司である翔羽に連れられて、高宮家にお邪魔したこともあり…
それからは、娘の香澄が涼羽、羽月の兄妹と触れ合えることで、非常にいい影響になっていると…
頬を緩めて、そのやりとりを見ている。

二人の受付嬢は、一度涼羽と羽月に会って以来…
もうすっかり、二人の可愛らしさにメロメロの状態となってしまっている。

あれ以来、また涼羽と羽月の兄妹に会いたくて…
思いっきり抱きしめて可愛がりたくて仕方がない状態となってしまっている。

おしゃべり好きな女子同士の会話の最中、もうどうにも辛抱たまらなくて…
ついつい、二人のことを他の社員に話してしまったのも、この二人。

これまで謎のヴェールに包まれていた、高宮 翔羽の子供の話となれば…
翔羽に注目している社員達が食いついてくるのも、無理はないと言える。

しかも、それが驚くほどに可愛らしい兄妹だなんていわれたら…
そこから瞬く間にホットな噂となって、社内に広がってしまうだろう。

「…ちょっと、面白そうかも」

しかし、父、翔羽が働いている会社の人間に興味が沸いてきたのか…
好奇心に満ち溢れた表情が、その可愛らしい顔に浮かんでくる。

だが、そんな自分の好奇心以上に、父の周囲では自分と羽月に興味を持たれていることに…
当人である涼羽はこの時、まるで気づくことなどなかった。



――――



「ふう…」

最愛の息子との電話を終えて、一息つく翔羽。
いつもの食堂で、最愛の息子の手作り弁当をひろげたまま、今度は羽月の方に連絡を入れようと…
息子同様、最愛の娘である羽月の方へと、電話を入れる。

「さてと…」

標準設定のコール音が自分の左耳で鳴り響くのを聞きながら待っている翔羽。
そのコール音が二回、三回と鳴り…
四回目のコール音が鳴ろうとするところでコール音が切れ…
最愛の娘の可愛らしい声が、耳に響いてくる。

『もしもし、お父さん?』

涼羽の時もそうだったが、聞いただけで思わず頬が緩んでしまう声。
最愛の娘との通話が成立し、用件を切り出しにかかる。

「ああ。羽月、ちょっといいかな?」
『?うん、大丈夫だけど…』
「実はな、今日の夜なんだが…」
『?うん?』
「お父さんの会社の人達が、お前と涼羽を見たい見たいと、うるさくてな」
『!え!?』
「で、今日の夜はお父さんと一緒に、お父さんの会社の人達と会食しようと思ってるんだが…」
『お兄ちゃんは?お兄ちゃんはなんて言ってるの?』
「ああ、涼羽はアルバイトが終わった後なら問題ない、と言ってくれてる」
『!そうなの?』
「ああ、だから、後は羽月だけなんだが…どうする?」

甘えん坊で人見知りな羽月にとって、知らない人間と会うことは結構なストレスが伴う行為となる。
ゆえに、父が言ってきたことに驚きを隠せない。

そして、羽月がこの世で最も愛しており、最も頼りにしている兄、涼羽はどうするのか、と…
翔羽が思っていた通りに、聞いてくる。

そして、そんな娘に対し、涼羽の方は問題ない、と言っていることを告げる翔羽。

一応、問いかけの形を取って言葉を投げかけていはいるものの…
実際のところ、間違いなく来るだろうと、確信を持っている翔羽。

父の会社の社員達との会食に涼羽が行くということは…
当然のことながら、ここで行かないと言えば、自宅で一人お留守番となってしまうのは明白。

甘えん坊で、寂しがりやで、とにかく兄、涼羽のそばにいたくてたまらない筋金入りのブラコン妹、羽月なら、涼羽がいない自宅に一人いることなんて、耐えられるはずもない。

『行く!お兄ちゃんが行くなら、わたしも行く!』

そして、まさに翔羽が思っていた通りに返答を返してくる羽月。

「おお、そうか…でも、せっかく家でのんびりできるんだから、自宅にいてもいいんだぞ?」
『や!お兄ちゃんがいないんなら、お家にいるのさみしい!』
「そうかそうか、じゃあ、お兄ちゃんと一緒に来てくれるんだな?」
『うん!お兄ちゃんと一緒に行く!』

来年には高校生となるはずの娘なのだが…
まるで、幼い子供を相手にしているような感覚に陥っていしまう。

しかし、こんな娘もとことん可愛いと思えてしまうのだから…

やはり、翔羽の親バカはとことんまでいっているようだ。

「よし、じゃあ涼羽がアルバイト終わったら、こっちに連絡してくれるから…それが来たら、羽月の方にも連絡するから」
『うん!』
「で、羽月に連絡したら、お兄ちゃんと一緒にいてくれ。そしたら、一緒に迎えに行くから」
『うん!分かった!』
「じゃあ、また後でな」
『は~い!分かった!また後でね!』

思っていた以上にあっさりと了承してくれた娘に頬を緩ませながら…
通話を切る翔羽。

「…はあ~~~~~~」

だが、これから大切な息子と娘のお披露目会が始まるのかと思うと…
息子と娘との会話に癒されていた心が、再びどんよりとしてしまう。

「…あいつらに見せたくねえなあ…」

可愛い息子と娘を独り占めしたい父としては、この後のイベントは憂鬱にしかならないもの。
そんなイベントが待ち受けていることに、さらに気分を憂鬱にしながら…
最愛の息子の手作り弁当を食そうと、昼食を再開する翔羽なのであった。

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