とある英雄達の最終兵器

世界るい

第58話 唐紅に水括る

「さて、流石に汗だくで食事をする気にはならんのぅ、温泉でも入ろうかの」


 !? 温泉!?


「マジか、モヨモトそれマジか!? このダンジョンにはまさか温泉まであるのか!? 本当に温泉なんだなっ!?」


 テュールはモヨモトまで浮動で距離を詰め、両肩をガクガクと揺らし問い詰める。テュールの食いつきぶりにやや皆が引き気味になるが、そんなことはお構いなしだ。


「あ……、ある、本当に、あるか、ら、やめぃ」


「ひ……ひゃっほぉぉぉぅうう!!」


 この世界には風呂という文化はかなり一般的だ。元日本人である五輝星が国や文化を作ったのだから当然組み込まれている。イルデパン島では、個人用の檜風呂だった。あれはあれで風情があるからお気に入りだった。今の家は普通の浴室。そしてこの街には銭湯はあっても温泉はない。


 日本にいた頃からサウナや銭湯には通っていたが、やはり温泉には温泉にしかない魅力があるんだ。是非入りたい。温泉に入りたいぞ!!


「ったく、目の色変えちまって……、はぁ、ほら向こうの壁に突き当たると扉があるからそっから入りな、入れば旅館があるさね、浴衣やタオルは中にあr――」


「ヴァナル、アンフィス、テップいくぞっ!! 向こうまで競争だ!! よーい、ドンッ!!」


 歩法『瞬雷』を使い、光の速さで旅館へダッシュするテュール。普段はノリのいいテップでさえ何もアクションを起こせないまま置いてけぼりだ。


「……、あぁー、よし、俺達も行こうか?」


「そうだな」「そうだねー」


 温泉イベントとか俺が一番はしゃぐべきだろ……、とテップが小さく零しながら3人はのんびりと旅館を目指す。


「ほれ、あんた達はどうするさね?」


 少女たち5人に問いかけるルチア。


「リリスは入るぞー!!」


「私も入る」


「私も入りたいですっ」


「じゃ、じゃあ私も……」


「私もいただこう」


「そうかい、浴衣はあるが、下着はないからね? とってきな」


 返事をして5人は着替えを取りに行く。


「ホホ、それじゃわしらもつかりにいくかの」


「ガハハハ、そうだな、おい、ツェペシュ、ファフ、いくぞ」


「はいはい~」「うむ」


 こうして執事がせっせとパーティの準備をしている中全員で温泉に入ることが決まったのであった。



 ――――――――


「うぉっ、すげーな。ダンジョンの中に旅館とか違和感あるかと思ったけど、案外目の前にあるとこれはこれで風情があるな、そう思うだろ? お前ら――」


 テュールが話しかけようと振り向くが誰もいない。待とうかとも思ったが目の前にある十数年ぶりの温泉に歩みを止められるほどテュールは大人ではなかった。


 ガララララー


 石庭を抜け、立派なひさしをくぐり、横開きの扉を開ける。目の前には受付があり、隣にはふかふかソファーのロビーだ。っていうか、受付とか必要なのか?


 とりあえず受付にハンドベルっぽい呼び鈴が置いてあったのでいたずらに鳴らしてみる。


 綺麗な金属音が誰もいない旅館に響き渡――


「あら、気付かずに申し訳ありません。いらっしゃいませ、当旅館の女将で御座います」


「うおっ!?」


 まさか出てくると思わなかったテュールの予想を裏切り、目の前に着物がよく似合っている妙齢の美人が現れた。そんなタイミングで今度は玄関の戸が開く。


「あら、ツェペシュ様、それに皆様、よくおいで下さいました。初めてお目にする方もいらっしゃいますね、当旅館の女将で御座います」


「フフ、やぁグレモリー。いつもすまないね。この子達はボク達の弟子だよ。赤毛の彼は今日弟子になったばかりの弟子たてほやほやだよ~、あ、みんな彼女はグレモリーって言うんだ。バエルが温泉を気に入っちゃって管理はこちらでするから旅館を作ってくれって言うからここができたんだよ~。あとグレモリーは公爵級悪魔だからおイタするととんでもないしっぺ返しくらうからね~? フフ」


「ふぅ、危なかったぜ。その一言がなければ俺は着物美人のお姉さんに猛アタックするとこだ――って、俺弟子になってたーーー!!?? 五輝星の弟子……、五輝星の弟子……、嬉しいはずなんだが、あいつらの顔を見ると……、なんかやっちまった感が……」


 そこにはテップを微笑みを浮かべ、生暖かい視線で優しく見つめるテュールとアンフィスとヴァナルがいた。これからは兄弟だな、と3人はテップの肩をぽんっと叩く。


「あらあら、皆さん仲がよろしいんですね、羨ましいです、フフフ。では、私が案内させていただきますね」


「「「「お願いしまーす」」」」


「はい、お願いされました。フフ」


 テップではないが、お姉さん属性も中々いいな、とこっそり思ってしまうテュール。こうして一行はグレモリーに案内され館内の説明を受ける。


 ロビー、食堂、宴会場、客室、卓球場、そして――


「こちらが浴場となります。男性はこちら、女性はあちらになります。フフ、覗いちゃダメですよ?」


「はい、覗きませんっ!」


 テップが目を血走らせ、鼻息を荒くして答える。怖ぇよ。


 浴場はまだ誰も使っておらず、脱衣所があり、その先にサウナや屋内温泉がいくつかある。だが俺が求めていたものは――


「フフ、そして当旅館の一番の目玉はあちらの扉の外にある露天風呂で御座います」


「あるのか!? 露天があるのか!? だが、ダンジョン内では星空と清涼な風を感じることは……」


「ホホホ、できるんじゃな」


「なに!? モヨモト本当か!? 期待するぞ!? いや、期待しちゃってるぞ!?」


 再度、モヨモトへ詰め寄りガクガクと揺らす。


「ほ、ほほ、本当、じゃ。本当じゃ、から、やめぃ」


「ひ……ひゃっほぉぉぉぅうう!!」


 今日はえらい目に合う日じゃのぅ……、とモヨモトが零し、ツェペシュが慰めている。そして、露天風呂へと続く扉の前に立つ一同。


「フハハハハ!! たった一枚の扉をくぐると……」


「ガハハハハ!! 日本であった!!」


 そう言って、ガチムチのおっさん二人が扉を開けると、そこはまさしく日本の景色であった。


「――っ!! ……ど、どういうことだ。なんで、こんな……景色が……」


 テュールの目の前には山々が木々が広がっており、その枝々の先には紅や黄色や緑の色鮮やかな紅葉。そして、草木の爽やかな匂いと涼やかな風が頬を撫でる。――自然とテュールの目からは涙が零れた。


「ホホ、どうじゃ? すごいじゃろ?」


「あぁ、すげぇよ。すごすぎてそれ以外の言葉がでてこねぇよ……」


「フハハハ、日本にいた頃は当たり前に見ていた景色だがなくなるとこうも寂しいとは思わなかったからな」


「ガハハハ、ちげぇねぇ。当時は葉っぱが赤や黄色になるくらいで騒ぎやがってとバカにしてたもんだ。過去に戻ってぶん殴ってやりてぇよ」


「フフ、と言っても本当に日本に繋がっているわけじゃないんだけどね~」


 そして、扉の外を見たアンフィス、ヴァナル、テップも口々から感嘆の息が漏れ、初めて見る紅葉に心を打たれ――、いや若干一名は紅葉に映える着物美人に心を奪われているようだ……。まったく……。


「ホホ、では湯をいただくとしようかの」


「そうですね、あら、呼び鈴が鳴ったみたいです。浴衣や入浴に必要なものは脱衣所にございますので、どうぞお使い下さい。では、私はこれで失礼します」


 恐らくルチア率いる少女たち5人が到着したのであろう。グレモリーは足音を立てずにされど足早に去っていく。そしてそれを見届けると――


「よし、入るか!!」


 ここ十数年で最もテンションが上っていると言っても過言ではないテュールがそう宣言するのであった。


 早速脱衣所へ行き、いそいそと服を脱ぎ、きちんと畳んで仕舞う。肩にタオルをひっかけ、入浴セットを片手にいざ出陣。


「よーし、アンフィス、ヴァナル、テップ! まずは隅々まで綺麗に磨け!! 間違ってもそのままダイブとかすんなよ?」


 既に駆け出そうとしていたテップは非常口のポーズで動きを止め、振り返る。ダメ? ダメ。


 アンフィスとヴァナルは、テュールが拘るところはやけにうるさく口出してくるのを知っているためやれやれと肩をすくめ、抵抗なく従う。


 こうして男4人で並んでシャコシャコと髪や身体を洗っていると――


「ガハハハ!! 一番風呂頂きだー!!」


 ガチムチの元日本人である獣人が、洗うどころかかけ湯もせずに特攻をかけようとしている。度し難し!!!!


 テュールは石鹸をクルクルと滑らし、リオンが踏み込んでジャンプしようとするそのタイミングに合わせた。


 つるんっ、そんな音が聞こえたような気がした。


 ズドンっ、ガチムチの獣人が全裸で大の字になり天井を見上げている。


「ガハハハハ!! おい、テュール? なんの真似だ?」


「おいおい、リオン、まさかあの土埃の中、汗だくになったその体で湯につかる気か? そいつぁ日本人の風上にも置けない、なっ! おりゃー!!!」


 文句を言いながら近付いてきたリオンにシャワー型魔道具からお湯を放つテュール。そして――


「ヴァナル!!」


「えぇー、もう、仕方ないなぁー」


 テュールは洗車用にも見える洗体ブラシを二本ヴァナルに渡す。しぶしぶヴァナルは二本を受け取り、自慢の二刀流でリオンに斬りかかる。


「うわっぷ、やめろっ、くすぐってぇ!! おい、分かった!! 分かった!! 今回は俺の負けだ、大人しく洗うからやめろ!!」


 こうして、しぶしぶとリオンも洗いはじめ、弟子4人と師匠4人の計8人はずらっと横に並びシャコシャコタイムに突入する。


「よし、入るぞー!!」


 そうしてようやくテュール温泉隊長からの許可が出て、入浴を始める一同。


「くぁ~、生き返るぅ~」


 この瞬間をどれだけ待ち望んだかと言わんばかりにだらしなく顔をゆるめ、ゆっくりと湯につかるテュール。


「おぉ~、本当に気持ちいいな。いやぁ、これはいいもんだ、さてっ――」


「泳ぐなよ?」


 テップはルパンダイブのポーズを取り、飛び込もうとしていた。ダメ? ダメ。


 ちぇ~っと言いながらお湯の中で両手をニギニギしてお湯をピューと飛ばすテップ。いや、かわいくないからな?


 そんなこんなで本日のメインイベントだ。


 ガラララ


 扉を開け、今一度目の前に広がる紅葉を堪能する。火照った身体を涼やかな風がそっと鎮めてくれる――


「あぁ~、これぞ温泉。これぞ文化」


 テュールが改めて感動していると、そんな感動をぶち壊す声が耳に届く――


「にょわー!! 露天さいっこうなのだー!! やっっほーーー!!」


 愛すべきバカがそこにはいた。そしてその声に反応する愛すべきバカがこちらにもいた。


(!? おい、テュール!! 聞こえたか!? リリスだ!! 女だ!! おい、つまり、この衝立ての向こうは……!?)


「女湯だろうな」


(ッシ!! バカ!! 声がでけぇ!! よし、今から俺が温泉隊長を引き継ぐ!! 俺の言う通りに行動するんだ? いいな?)


「え、ヤだけど?」


「俺もパース」


「ボクもパース」


(嘘……だろ? お前ら本当に男か? ここで普通気持ちが一つになるもんだろ? 無言で手を取り合い、頷く場面だろ? 頼むよ……、俺の青春に華々しい1ページを飾らせてくれ……)


 覗きが華々しい青春の1ページなのかは置いておくが、ガチで泣いて頼みこでくるテップにしぶしぶと従う3人であった。

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