とある英雄達の最終兵器

世界るい

第47話 私は冗談とカインが嫌いだ。特にカインは大嫌いだ!

「ハ、ハハハ、そ、その……冗談……ですよね? ほら、覗きと言っても事故ですし、一翻くらい下げて三倍満で二万四千点じゃダメでしょうか?」


 テュール渇いた笑いを浮かべ、焦点の合わない虚ろな目でルーナに縋る。


「中々面白いことを言う。だが私は冗談とカインが嫌いでね。僅か二日で、Sクラスのリーダーであり、入試の成績は堂々の三席、中でも体術と魔術は満点という非常に優秀な生徒を退学にしなければならない。これは私のクビも飛ぶかも知れない案件だ。だが、安心しろ、自分だけ助かろうなんて真似はしないさ」


 沈痛な表情でかぶりを振り、己の不甲斐なさを恥じるルーナ。テュールはそんなルーナの目にある種の決意が浮かんでいるのが見てとれた。


「……本気なんですね。先生にまで迷惑をおかけし、すみません」


 退学宣言が冗談ではなく現実の問題だと認識したテュールはルーナに真摯に謝り、その頭の中に学校での思い出が走馬灯のように流れる──。


 入学式、自己紹介、クルードとベリトの決闘、五輝星の話、おっぱいがいっぱい。二日間しか学生生活が送れなかったため、走馬灯は僅か五シーンで終了した。


 そんな時だ。教室の扉が開く。開いた扉の先には体操服に着替え終わったカグヤ達がいた。そして、あろうことかカグヤは──。


「先生、話は聞いていました。待って下さい。テュール君を退学にしないで下さいっ!! お願いします!!」


 そう言って頭を深く下げた。後ろからリリスやレーベ、セシリアもお願いします、と頭を下げている。あのレフィーですら静かに小さく頭を下げている。更にテュールと喋ったこともない女子生徒達も同じように頭を下げている。


「み、みんな……」


 テュールは泣きそうだった。否、涙が溢れてしまった。故意ではなかった、決して故意ではなかったにせよ、この年頃の少女たちが異性に肌を見られるということは許し難いことだろう。なのに、なのに──。


「ルーナ先生……、僕が間違っていました。僕は恥ずかしいです。彼女たちは被害者だと言うのに加害者を守るため頭を下げられる高潔さ。対して僕は自分の過ちを認められず醜く縋る浅ましさ……。僕は学園を去り、深く反省してきます。本当にご迷惑をお掛けしました。みんなも本当にありがとう。着替えを覗いてしまってごめんなさい。そんな俺のために頭を下げてくれて本当にありがとう」


 テュールは吹っ切れたように心が軽くなり、ルーナに退学を受け入れられたことを表明する。そして、カグヤをはじめとする女生徒達に感謝し、謝り、そしてやはり感謝する。


 その言葉を聞いたルーナが──。


「ッフ、いい顔になったな、惜しい男を失くすことになるが、学園に通うことだけが道ではない。お前の今後の成長を──」


「何を言ってるのかなっ?」


「「え?」」


 いつもの・・・・笑顔でカグヤが話を遮る。まとまりかけた所を不意に遮られたテュールとルーナは、間抜けな顔でカグヤに聞き返してしまう。


「テュールくん、何か勘違いしてない? 私達女子はね、怒っているんだよ・・・・・・・・?」


 うんうん、後ろで頷く女生徒の皆様。急な展開についていけず目を白黒させるテュールとルーナ。そんな二人を無視してカグヤは言葉を続ける──。


「テュールくんが退学しちゃったら、私達の着替えを見て叫んでくれたお礼ができないよね? 私達の裸って悲鳴を上げるほどだったのかなっ?」


「い、いやっ!! 決して、そんなつもりはっ!! むしろ素晴ら──!!」


「コホンッ!!」


「ハッ!? いや、そのっ! とにかくその──」


 焦りながらも何とか弁明しようとするテュール。墓穴を掘りかねない発言にルーナが反射的に咳払いをし、ブレーキを掛ける。


「と、言うわけでテュールくんは、退学という償い方で逃げる気かなっ? 私達への償いはどうするつもり?」


「そうなのだー! テューくんズルいのだ! リリスの魔法をたくさん食らうのだー!」


「……ん、ししょーは一度サンドバッグにされるべき」


「私はそのテュールさんと離れたくないので純粋に残ってほしいと思いますけど……。でも恥ずかしかったのは確かなので、皆さんからの罰は庇いませんからね?」


「あぁ、私は特に報復するつもりはないぞ。当然貸しは増えたがな?」


 どうやら女生徒の意見としては、テュールに対し何らかの償いを直接の形で受け取りたいらしい。他の女生徒達も様々な要求を口々に挙げはじめる。


「い、いやお前ら、気持ちは分かるが、その……、報復行為は流石に教師として見過ごせないぞ?」


 その勢いに、毒気を抜かれたルーナはたじろぎながら、教師としての一線を守ろうとする。だが、その反応は予想の範疇内であったのだろう。カグヤは尚も言葉を続ける。


「先生? 私達は体術試験、魔術試験満点だったテュールくんと実戦的な訓練、そうあくまで訓練がしたいだけです。同じ目線で立つ生徒だからこそ教えられる部分もあると思いますし、ここで優秀なテュールくんを退学させてしまうのは私達の未来にとっても不利益であるんです。ですから今回の事故・・は女子全員で話し合った結果、涙を飲んで許すこととします。ですので、どうかご再考お願いします」


 事故と強調して伝えるカグヤは再度頭を下げる。仮に故意ではない事故だったとするならば退学は重すぎる処罰。当然今回の件はルーナの制止をテュールが無視した形で起きたため、事故か故意かで言えば限りなく故意に近い。だが、限りなくである。


 その言葉を受け、ルーナは被害者である女生徒が頭を下げる姿、テュールの反省している姿を見比べる。そして、一つ長い息を吐き──。


「……ふぅー、分かった分かった。私だって自分のクラスから退学者は出したくないんだ。被害者であるお前らがそう言うのなら事故としよう。テュール、お前の振り込んだ役を一翻下げてやる。残りの千点を大事にしろよ? 次に何か起こせばその時点でドボンだ」


 謎の威圧感で話してくるカグヤに折れた形でルーナがそう言う。それを聞き、テュールはありがとうございます。すみませんでした! と何度目か分からない土下座をする。


「では、罰として一ヶ月クラスでの雑用をお前に命じる。反省しているなら態度で示せ。分かったな?」


 はい! と、キレのいい返事をテュールが返す。そして、カグヤ達はそんなテュールの横を通り過ぎながら──。


「じゃあテュールくん、早速午後からの授業で私達に色々と教えてねっ?」


「よろしくなのだー」


「……ん、よろしく」


「お願いしますね~」


 訓練場へと向かう。その後ろにはレフィーもおり、テュールの肩をポンッと叩き、何も言わずにニヤリと笑う。そして残りの女生徒達も笑顔で口々によろしく、と言いながら訓練場へ向かっていく。


「はぁ……、テュールお前もさっさと着替えて訓練場へ向かえ。あいつらの……、いや、カグヤの優しさに感謝するんだな」


「えぇ、本当に頭が上がりません」


 ルーナにそう言われ、ようやく顔を上げるテュール。


 そう、ルーナとテュールは気付いていた。カグヤが、テュールのために一芝居打ってくれたことに。そのために他の女生徒を説得してくれたであろうことに。


 ルーナはそこまで汲み取り、あえてその小芝居に乗ったのだ。それは何もカグヤが王族だからご機嫌を窺ったわけではない。ルーナとしても十五歳の若者が一度道を違えたくらいで退学になどしたくなかったのだ。しかし、目の前で起きてしまったことに対し、処分を下さないわけにはいかない。


 もしも、あのまま女生徒達がテュールの退学を望む声を上げれば、辞職する覚悟でテュールを退学にしただろう。規律とは秩序とは往々にして融通がきかないものである。


 こうして、テュールとルーナはお互いに首の皮一枚でこの学園に残ることができ、苦笑いを浮かべるのであった。

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