とある英雄達の最終兵器

世界るい

第45話 パシャパシャ、誠に申し訳ありませんでしたっ、パシャパシャパシャ

「ほれ、あんたんちだけど勝手に茶を淹れさせてもらったさね、飲みな」


 ルチアはそう言うとテュールにテーブルにつくよう促す。


 テュールがのろのろとテーブルにつくとルチアがお茶を持ってくる。モヨモト達も静かに座ったままだ。


 イルデパン島の人間がこれだけ集まり、静かに座ってお茶を飲むなんてことがかつてあっただろうか? いや、ない。少なくともテュールが島で過ごした十五年間は毎日うるさいくらい賑やかだった。そう思うとテュールはついつい吹き出してしまう──。


「ップ。初めの授業驚いたよ・・・・・・・・・。いやぁ、まさかモヨモト達が王様だったとはなー。ぜんっぜんそれっぽくなかったから分からなかった、というより今でも半信半疑だよ」


 テュールが肩の力を抜き、師匠達五人に対してそう言う。五人は当然ハルモニア校設立者であるため最初の授業で何を教えるかは知っている。


「ホホ、わしらだって過ぎ去ってみればどこか夢のようじゃよ。いや、多くの者の命を奪っておいて夢のようなどとは言ってはならんの。……テュールや、黙っててすまなかったの」


 モヨモトがおどけながら、しかし重みに耐えるように──そして、十五年間あえて知らせることのなかった事実に罪悪感を感じるようにテュールに謝る。


「……まぁ俺らはこの世界で英雄と言われているが実際はただの殺戮者で、独裁者だ。結果としてたまたま残った人たちの多くが支持してくれただけでな。……何万という命を奪った重さはとてつもなく重てぇ。それは何十年経っても変わらなかった。俺達は必死に償おうとしたさ。だが何万という命を奪った償いとして何年、何十年を何万の、何十万の人たちに償えばいい? 結局どこまでいっても奪っちまった過去は変えられないってことだけが分かったんだよ」


 リオンは腕を組み、視線を上げることなく心の内を吐露する。どんなときでも豪快に笑い、いつも強かった男の初めて見せる弱さがそこにはあった。


「そうだね、ボク達は必死だった。大戦が始まる前冒険者としてパーティを組んだ時は全能感に支配されてたよ。ボク達五人なら何でもできる。できないことはない。世界を良くしてみせる、ってね。フフ、今思い出してもひどかったね~、人を動かすのが、世界を変えるのがどれだけ難しいことで、どれだけおこがましいことか理解できていなかったからね」


 そう言って自嘲するツェペシュ。その目には深い後悔の色を残して……。


「……アンフィスにこの件を黙っておけと言ったのは我だ。こいつを責めないで欲しい。我らは怖かったんだ。どれだけ身体を鍛え、どれだけ権力を持ち、どれだけ年を重ねても、いやむしろ自分の影響力が大きくなるほど人の目を見るということが怖くなったのだ」


 アンフィスにもツライ思いをさせたな……、そう呟くファフニールに、何を勝手に話を重くしているのやら──と鼻で笑うアンフィス。


「ま、そういうことさね。結局あたし達は今でも自分たちを許せないでいる。だから、逃げたのさ。終わりのない償いをここまでと自分たちで決めて放棄したんだ。カカカ、情けない話さね。そんな時にテュールあんたを見つけ、育てた。あたし達の罪を知らない目が、この世界で唯一思い出させない目がそこにはあったのさ。あたしらはその目にすがった。その結果がこの始末さ」


 肩をすくめ嘲笑するルチア、その嘲笑が向かう相手は自分であったが。


 テュールからすれば前世の年齢を足しても年上だった五人。強く、賢く、優しかった五人。怖いものなんて、弱さなんてないと思っていた。恐れや弱さがない人間などいるわけがないのに──。


 そんなテュールが五人を責められるはずもない。勝手に理想を押し付け、期待し、弱さを排除していたテュールが。ましてテュールにも大きな秘密がある。墓場まで持っていくと決めた誰にも迷惑をかけない秘密。だが、ここで黙っているのは違うとそう思ったテュールは口を開く──。


「俺は上手く今の気持ちを言葉にすることはできそうにないよ。そんな思いを持っていたみんなにどう声をかければいいか正直分からない。ただ俺の親であり師匠であることに変わりはないし、俺がみんなを好きなのもこれから絶対に変わらない。それに秘密にしてたことがあるってならおあいこだ。俺は……前世の記憶がある。こっちの世界に他にいるかは知らないけど転生者ってやつだ。それを──」


「いや、知っておったが?」


 モヨモトの言葉に、うんうんと頷く他の師匠達四人。


「……は?」


「いやおんし喋り始めてからたまに日本語使ってたからの? まぁ道理で成長が早くて物分りがいいのかと得心したんじゃが。でなく一歳児を鍛えるなどと流石にわしらでも言わんよ、ホホホ」


 愕然とするテュール。墓場まで持っていこうとしていた秘密は、喋り始めた一歳の辺りでバレていた、と。


(ん? 日本語?)


 そう言ったモヨモトの言葉に違和感を感じるテュール。つい、そのまま疑問が口から出る。


「なんで、俺の喋っている言葉が日本語って……。え? もしかして……」


「ガハハハ、そうだ。俺達も転生者だよ。元日本人のな」


「フフ、ボク達はね、同じ大学に通う同期だったんだよー。卒業式の日に学科ごと転生させられるまでは、ね」


「フハハハ、我は焦ったぞ。なんせドラゴンに生まれ変わっているんだ。正気を失いかけたな」


「まぁ転生した時代や時間、種族もバラバラ。もしかしたら違う世界に転生されたのもいたかも知れないさね。そもそも全員が転生できたとも分からない中、同期が五人も揃ったんだ。それは幸運だったさね」


「そうじゃな……。テュール覚えておるか? わしらの冒険者時代のパーティ名を?」


「え? た、確か灯台離散ライトハウス・ディスクリート……」


「そうじゃ。灯台離散、トウダイリサン、わしらのちょっとした自慢をダジャレにした目印じゃな。わしらが転生した平成では最難関大学と呼ばれ、その中でもとりわけ難しい学科じゃったがおんしの時代ではどうかのぅ。ま、ともかく時間も場所も種族もバラバラで転生したわしらが集まれるようにこのパーティを作ったんじゃ。ま、英雄と持ち上げられてそれらしい理由をつけざるを得なかったがの」


 ホホと笑いながらそんなことを言うモヨモト。


「え、えぇぇ……。いや俺も平成を過ごしてきた人間だけど、えぇぇ……」


 なんてことはない、モヨモト達は転生前からハイスペックで、転生後もハイスペックだったって話だ。


「ガハハハ、大分内政チートもしたしなー。地球の法律や文化や政治のいいとこ取りをして各々が国を建ち上げたが、実際に国を動かそうとすると思い通りには全然いかんくてな、政治家を散々バカにしてたがアレはアレでよくやってたんだと反省したもんだ」


 ガハハハと笑いながらリオンがそんなことを言う。


(おい、内政チートとか政治家とか言うな。急に俗っぽくなってきちまったじゃねぇか。って──ハッ!? もしやっ!?)


 テュールは、そんな転生前トークを聞いているアンフィス、ヴァナル、ベリトの様子を窺う。


「いえいえ、私は前世の記憶など持ち合わせていませんのでご安心を」


「ボクも別に秘密なんてないよー」


「あぁ、俺達に秘密はない。だがこれでテュールの秘密は握ってしまったわけだ。まぁ、転生だのなんだのはよく知らんがなー」


 アンフィスがそう言い終わるとニタリと三人の顔が歪む。


「カカ、そういじめてやるんじゃないよ。まぁ、そんなわけであの島でやることがあったことを言い訳にして、隠居生活をしてたあたし達だったわけさね。あぁ、あと流石にあたしもむさ苦しいじじぃ共との生活に嫌気が差してきたから、ここの裏に家建てたからね」


「なっ!?」


(そう言えばカンカンうるせぇなって思ったのはあんたらの家建ててたんかいっ!)


 サラッとなんでもない風にルチアが爆弾発言をしてくる。当然決定事項のため、テュールは文句など言えない。これでまた修行地獄が始まるのは容易に想像ができたが……。


「ホホ、以上で謝罪会見は終わりじゃ」


 そして呆けているテュールをよそ目に師匠達五人は一斉に立ち上がり、三十秒ほど頭を下げる。ツェペシュが頭を下げたままパシャパシャ、パシャパシャとシャッター音を演出する。実に余計な演出である。


「さて、珍しく重てぇ話をしたからな。腹が減った。おいモヨモトメシ」


「ホホ、なに、ここにはベリトが……」


「あぁ、すみませんモヨモト様、私先日テュール様に喧嘩を売ってきた貴族の方に喧嘩を買っていただきまして、そのときに負った火傷がひどく、今は火を見るのも怖いんです」


 コンロ型の魔道具をチラっと見て、ヒッと視線を逸らすベリト。


 そんなベリトに対してそれはしょうがないねー、うんうん、と頷くツェペシュ。まぁあたしはどっちでもいいから早く頼むよ、とルチア。


 ベリトとモヨモトが十秒程にらみ合う──ベリトの笑顔は変わらないまま。


 そしてモヨモトはとぼとぼと台所へと向かう。もっと老人を労らんかい……と零しながら。


 こうしていつも通りの食卓を囲む元イルデパン島の面々。そして食べ終わる頃にルチアが──。


「そうそう、食べ終わったら学校戻りな」


 なんだかそんな言葉を聞いて、こんな日常を送れるのもこの師匠達のおかげかと思うと誇らしい気持ちになるテュールだった。あえて口には出さないが。

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