とある英雄達の最終兵器

世界るい

第18話 お前か~? お前か~? 俺かぁ……。

「ねぇ、テュール。セシリアって子可愛かったねー」


「そうだな」


「なぁ、テュール。島では若い女なんていなかったから新鮮だったな。ドキドキしたろ?」


「そうだな」


「テュール様、テュール様、セシリア様ですが──」


「あーーーうるさいっ!! お前らセシリアセシリアうっせーぞ!! ガキじゃあるまいし、いちいちからかうんじゃねっつの!」


(あらやだ、アンフィスさん。うちのテュールったら反抗期ですかねー?)


(あらやだ、ヴァナルさん! 思春期の男の子ですもん。仕方ないですよ。うちにもテュールってのがいるんですけどこれまた反抗期で)


 ヒソヒソ、ヒソヒソ。


 からかわ続けて爆発したテュールに対し、わざと聞こえるように追い打ちをかけるアンフィスとヴァナル。よほど恋愛ネタに飢えていたのだろう。


「はぁ、もういい。ベリト、ギルドはまだ着かないのか?」


 分が悪いと悟ったテュールは、大きく肩を落とし、深い溜め息をつく。そして二人を努めて無視することとし、ベリトに話しかける。


「フフ、良いタイミングです。今まさに見えてきました。あちらの建物でしょう」


 テュールはまさに安寧の地、ヴァルハラに辿り着いたとばかりに喜び、ベリトの指差した方を見る。その指の先には確かに冒険者ギルドと看板に書かれた立派な石造りの建物が建っていた。


 それでも尚まだヒソヒソと楽しそうにふざけている二人をテュールは殴って黙らせた後、ギルドへと早足で向かう。


 ギィ。セシリアのからかいネタから一刻も早く逃げたいテュールは全く躊躇せず扉を開いて中へと入る。


 中は冒険者ギルドと聞いて予想していたものよりは小奇麗で、木製のカウンターと待合所からなっており、待合所の丸テーブルの上にはちょっとした料理と酒が置かれている。椅子に座っている者は獣人や竜人、人族、エルフ、魔族様々な種族がいるがどれも屈強そうな男ばかりだ。


(ふむ、中は小奇麗だが、予想通りたむろっている連中はむさ苦しいな……)


 テュールは予想を裏切って綺麗な女性ばかりだったらいいな、と思っていただけに落胆の表情となる。


 そしてそんなむさ苦しい連中が一斉に入ってきた新参者の四人を見る。そして視線を送った男たちの中からいかにも筋肉自慢という人族の髭モジャ男が──。


「おっと、迷子かな? 俺が依頼を受けてやろう。どれ、ママのおっぱいはどこかな? 一緒に探しにいこうじゃないか」


 と、テュール達をからかってくる。それを聞いた他の男達も色めき立ち、テーブルをバンバン叩く者や口笛を吹く者、総じてバカにした笑いが溢れる。


「あ、そういうの間に合ってるんでいいです。お姉さんウェッジさんに聞いて仮登録してもらえるって聞いたんだけどお願いできます?」


 これも予想通り──というよりシミュレーションしていたテュールは、予定通り男に見向きもせず言葉をさらっと流して受付へと進む。アンフィス達三人も柳に風と言ったようにからかわれていることを気にすることなく飄々と後に続く。


 そんな四人の態度に先程の言葉を発した男──筋肉モジャ公が青筋を浮かべる。


「……あ゛ん? てめぇ、今自分がとんでもなくバカな態度をとったって分かってんのか? 三秒以内に土下座して、ここから出ていけば見逃してやる」


 筋肉モジャ公の右手はテーブルをドンッと一つ叩き、その太い腕をはちきれんばかりに膨隆させ、拳を力一杯握ってみせる。そんな威嚇行為に受付嬢が注意しようとするが、その前にテュールが振り返り、喧嘩を買う。


「はぁ……実にテンプレ通りなヤツだな。──よし、じゃあこうしよう。あんたと俺で腕相撲をする。で、俺が勝ったらあんたは黙る。あんたが勝ったら言われた通り、俺が謝って出ていく。どうする? こんなガキとの腕相撲にビビって逃げるかい?」


 無礼には無礼を──テュールは、それが後輩に対する洗礼とも言えるものであれば許せたが、あからさまに侮辱、侮蔑の目と言葉で絡んでくる筋肉モジャ公には容赦しないつもりであった。


「て……てめぇ──! 上等だ!! 勝負が終わった後良い医者を紹介してやるから感謝しろ!! てめぇの粉々になった腕を治してもらえるようになっ!!」


 酒の勢いもあるのか筋肉モジャ公は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながらわめき散らす。そんな怒号にもテュールは臆することなく、かぶりを振り──。


「ふぅ、やれやれ……。──あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」


 ドヤ顔でメガネクイッをする。メガネはしていないのでエアーメガネであるが……。


 そしてその言葉に筋肉モジャ公はまたしても怒り、震えているが口では分が悪いと思ったのだろう。テーブルへ肘を着いて無言で早く来いとプレッシャーを掛ける。


 テュールはそんな挑発には乗らずのんびりと焦らすようにテーブルへと近づき、筋肉モジャ公と手を合わせる。その瞬間を周りも固唾を飲みながら見守り、一瞬の静寂が訪れる──。


 筋肉モジャ公は近くにいた獣人の男に合図を寄越せと目で催促し、それに従い獣人の男が両者の手の上から掛け声をかける。


「──レディ……ゴッ!!」


「どおぉおりゅうああああ!!」


 筋肉モジャ公は声を張り上げ、本気でテーブルごと相手の腕を砕くつもりで全身全霊の力を入れる。それを見て周りも大人げなくはやし立ててくる。


 ──が、テーブルの上の腕は動かない。テュールの顔は涼しげで、え? 何もう始まってんの? という風だ。そして──。


「三秒だ。いい夢は見れたかい?」


 コンッ。


 わざと三秒動かずに待っていたテュールは、そのセリフの後、相手の腕をテーブルにゆっくり、そっと倒す。まるで相手がわざと負けたかのように錯覚するほどだ。


「…………え」


「「「………………」」」


 先程までの喧騒が嘘のように一瞬静けさが訪れる。負けたモジャ公も何が起こったのか理解できていない様子で間抜けな声を出す。そして、周りで騒いでいた連中も声を出せぬまま唖然とした様子で口を開き続けていた。


「そうそう。黙ってもらうっていう約束だからな。それでいい。さて、受付のお姉さんいいかな?」


「……あ、はいっ」


 止めるタイミングを失ってしまってしまい、見守っていた受付のお姉さんが現実に引き戻され、対応を始める。


「えぇ、と。その、今回は絡まれてしまいお気の毒なのは分かるのですが、出来るだけ今後は穏便にお願いします。それでは、改めまして冒険者ギルドへようこそ! えぇと、確かウェッジさんの紹介で、仮登録を……でしたっけ?」


 早速指導を受けてしまうテュールだが、お咎めはないようなので空返事を一つして流す。そして本題である仮登録をするため、四人は仮入場パスを渡す。


「はい。確認しました。ギルドは仮登録と言っても本登録と変わりはありません。仮登録後に正規入場パスを取得していただければこちらでもそのまま本登録に移行しますので。登録料は一人ニ万ゴルドなんですが……。あ、ちなみに一ヶ月ほどは支払期限延期できます」


「延期でお願いしますっ!」


 登録料のくだりで顔色が悪くなったのを察し、受付嬢が支払期限延期を提案してくる。それに対し実に力強く頼みこむテュール。あまりの勢いに受付嬢の顔は引き攣ってしまっていたが……。


「あははは……はい。コホン、えぇと、それで冒険者のランクはF、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSSがあります。最初はFからスタートになりまして、達成された依頼や成功率、成功するまでの期間、評判、人格など色々な面でギルドが査定し、昇格試験の打診をします。その試験に受かればランクが上がっていきます。是非上を目指して頑張って下さい」


「ランク上げねぇ……」


 テュールが興味なさげに呟く。異世界と言えば、冒険者。冒険者と言えばギルド。ギルドと言えばギルドランク。テュールは憧れのギルドランクを手に入れたが、いざ自分が登録するとなると、そこまで興味がわかないという野心のない主人公であった。


「では、こちらの登録用紙に記入を。五分程でギルドカードが作成されます」


 そこには年齢と名前を書く欄のみであった。四人はすぐに書いて受付嬢に渡す。


「はい、ありがとうございます。少々お待ち下さい」


 そう言うと受付嬢は用紙を持って一度バックへと入っていく。五分程してから出てくると、手には四枚のカードが握られていた。


「これがギルドカードです。まず最初に魔力を流して下さい。初めて魔力を流した方の魔力にのみ反応してカードに紋様が浮かぶようになります。これで他者が使用することが不可能になりますので身分証明にもなります。また報酬のお金をギルドカードで出し入れすることができますので銀行としての機能も果たしています。便利ですよね」


 受付嬢がドヤ顔だ。四人は空気を読み、笑顔で拍手を贈る。受付嬢は満更でもない様子だった。


「さて、あなた達はFランクなので、Fランクの依頼の中からしか選べません。ただしギルドが適正があると判断した場合はその限りではありません。まぁしかし、最初はFランクのみと思っておいた方が良いでしょう。Fランクの依頼はあちらのボードに貼り出してあります。ボードから選んだら依頼の用紙を剥がし、受付に持ってきて下さい。たーだーし!」


 受付嬢は人差し指を立て大袈裟に強調する。


「あまり安易に選ばれすぎても困るので同時進行の依頼は一人あたり三つまでです。そして依頼失敗は成功報酬の三十%が罰金となっていますので、あまり無茶な依頼は避けた方がいいでしょう。ここまでで質問はありますか?」


「大丈夫です」


 ややテンション高めな受付嬢についていけないのか、テュールは特に茶化すこともなく、只々真面目に聞いていた。そして、口を挟まないテュールに満足したのか、受付嬢はその後も機嫌良さそうに説明を続ける。


「はい。そしてFランクは討伐などはないので命に関わるような依頼はありませんが、上のランクになれば危険が及ぶものもあります。説明は以上になります。では、命を大事にガンガンがんばってくださいね」


 ニコリと笑い一礼して説明を終える受付嬢。テュール達は間延びした返事を返し、早速ギルドボードを見に行こうとする。何故ならば少なくとも今日の宿代を稼がなくてはならないからだ。


 そして四人が一歩踏み出そうという瞬間──物凄い勢いでドアが開く音が聞こえる。開いた扉から入ってきたのは──。


「ここがギルドかーー!! リリスの名はリリスなのだー!! 冒険者の登録を頼むのだー!!」


 ゴスロリドレスの美少女であった。


 その少女は赤と黒を基調としたヒラヒラでゴテゴテなドレスを纏っていた。それと対比するように透き通る白い肌。アンティークドールのようなクリッと丸く赤い瞳に、均整の取れた美しい目鼻立ち、桜色の薄い唇。そして金色に輝く長い髪はまるで魔力を発しているかのように周りの視線を惹きつける。但し……。


 ──小っちゃかった。


「え、えとお嬢ちゃん? ギルドの登録は十五歳からなの……。もうちょっと大きくなったら登録してくれるかな? お姉さんそれまで楽しみに待ってるから、ね?」


 ちょっと引きつった笑みで先程までテュール達の受付をしてくれてたお姉さんが美少女と言うより美幼女であるリリスに返答をする。


「ナハハハ、心配いらないのだ!! リリスは十五歳になったのだ!」


「「えええええっーーーー!?」」


 受付嬢が驚く。側で聞いていたテュールも驚く。むさ苦しいおっさん達も驚く。


(いや、だって頑張っても六年せ──。いや言わないでおこう。ここは異世界なんだ。日本での常識は捨てよう……。うむ。こんな欧風ロリっ子美少女な十五歳がいたっていいじゃない、異世界だもの。テュルを)


 テュールの心の中を様々な思いが駆け巡るが、ひとまず異世界ということで全て良しとする。テュールもノリで一緒に驚いてしまったがこの子に用はない。用があるのは依頼。そうお金である。金欠なのである。テュールはリリスから視線を外し、ギルドボードの方を向く。


「んん? そこのお兄さん!!」


 そんな金欠テュールが歩き出そうとしたところで、リリスから待ったがかかる。


 テュールは片足を前に出し地面に着く寸前でピタリと止まる。そして背中にイヤな汗をかきながら、わざとらしく左右を向く。


「声かけられたの誰だよ~、お前か~? お前か~?」


 とキョロキョロし、助けを求めようとするがそもそもテュールの周りには誰もいない。そしてリリスの視線はテュールから外れない。


(おい、アンフィス、ヴァナル、ベリト!! どこへ行った!?)


 友であり家族であるアンフィスら三人は既にFランク用のボードの前に避難していた。そしてわざとらしく、この依頼にしようかな~、これなんかどうだ? 私はこれですかねぇ、などとこちらに一切視線を寄越さず、他人を装っている。


(お、お前ら…………!!)


「おーい、聞いてるのだ?」


「あ、はい……」


 クリクリとした綺麗な瞳で見つめられ続けたテュールは、結局諦めてリリスの対応をするのであった。

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