ぼっちの俺、居候の彼女
act.25/秋宮輝流
中学の昼休みは給食時間と別で、時間が長い上に食べた後だから外で遊ぶ生徒が多い。
なのに、俺と一弥、そして輝流の3人は屋上に居た。
解放されてないはずの屋上だけど、輝流が鍵を持って居たのだ。
「屋上の鍵なんてよく手に入れたな」
「先生方と、少しお話ししただけだよ。ちゃんと貸してくれたんだー♪」
はにかんで答える輝流に、俺はふーんと、どうでも良さそうに返した。
屋上に入っていく俺の首を、一弥はむんずと掴む。
そして気持ち悪いことに、俺の耳元で何やら言い出した。
「おい、利明。いいのかよ、コイツは噂の男だぞ……?」
「いいも何もねーよ。友達は友達だ。輝流が俺を見て笑う、俺は笑顔を返す。それだけだろ」
「でもなぁ……」
「いいんだぞ、お前はクラスで勉強してれば。俺にはこの建物が退屈だし、輝流とはウマが合うんだよ」
「……まったく」
やれやれというように、結局一弥も付いてきた。
男3人、昼休みでワーワーうるさい校庭をフェンス越しに眺めた。
「バカだよねー! あんなに必死になって体力を減らして、この先なんの意味もないのにさ。それならまだ勉強でもしてたらいいのに」
輝流はサッカーをしている、ここからだと豆粒にしか見えない同学年の男子を見ながらそう言った。
運動は健康にいいが、そこまで激しくしなくても1日分の運動はストレッチの繰り返しで事足りる。
生産性もなく無駄ではあるが、それは俺らが理屈ばっか言ってるからだろう。
ていうか……
「こうやってそのバカを見下ろしてる俺たちも、相当ヒマだけどな」
「やる事ないからね。勉強なんて集団でやるより自分でやった方が絶対に集中するし、メリハリもつけられる。その事は、津久茂くんがよく知ってるかな?」
「あぁ……秋宮の言う事は正しいよ。でも、学校は社会性を学ぶ場でもある。誰かと一緒に何かをして、話し合い、協調性を養う。そのために俺たちは、わざわざこんなに広い敷地の建物に住まわされてる」
「そうだねぇ……」
ギシッとフェンスが少し撓ま(たわ)む。
輝流がその背を預けたのだ。
「……ボクは小学校、行ってないんだよ」
突如話し始める彼の言葉に、俺たちは耳を傾けた。
「家で漢字と四則演算、百マスの計算だけやらされた。あとはずっとパソコンいじってたよ。学校で習う理科、社会なんて役に立たない、それより情報技術を磨けって、父親にやらされたのさ」
「でもお前、中学来てるじゃん」
「英語が始まったのと、一度学校がどんな場所か知りたかったから。英語の基礎も家で学ぼうと思ったけど、折角だから学校に来てみた。まさか、こんなに気持ち悪い場所だと思わなかったけどね。教師が黒板に文字を書き、それを生徒が板書する。殆どの生徒がそうだ、まるで機械の大量生産みたい」
「日本の教育はその大量生産なんだよ。どの学校も同じことやってる。けどな、残念な事に、それはそれで1つの技術なんだよ。みんなが同じベースを持つ。俺やお前にはないものだ」
「どうせ将来役に立たないベースを、ね。みんな同じだからいいや、なんて安心感を持つと抜け出せなくて、可哀想だ……」
再びギシッとフェンスが揺れる。
輝流は俺の前までやってきて、そして抱きついた。
「やめろよ、男同士で気持ち悪りぃ」
「えー? いいじゃん、ボク達だけ一緒なんでしょ? 役に立たない知識を吸収せず、役立つ知識を蓄える。それでいいじゃん」
「…………」
俺は困り顔で一弥に目を向けるも、奴は両手を上げて首を左右に振った。
コイツめ……友達を助けろよ。
「うわーっ、同年代の人に抱きつくのって初めてだけど、なんか安心するんだね! 不思議〜!」
「わかった、わかったから離れろ、キモいからマジで」
「まぁまぁ、そんな事言わずに」
「いやいやいや、こんな光景を腐女子に見られてみろ。間違いなく俺とお前でBL本書かれてしまう!」
「明星くんは絶対攻めだよね!」
「その発言、マジで許さねぇからな」
思ったよりも全然弱い彼を引き剥がすと、俺は漸く落ち着く。
男の娘……それがこんなに厄介だとはな。
「お前、一弥にもやれよ。友達だろ?」
「えー? 津久茂くんは友達にした覚えないけど?」
「アイツもかなり俺たちに近いんだぞ? やってることが多技なだけで、一弥は一弥でスキルを持ってるんだ」
「ふーん……。まぁ、明星くんが言うなら友達にしてやらんでもないよ」
「…………」
一弥は少し嫌そうに顔をしかめたが、輝流が彼の前に立つと作り笑顔に変わる。
「秋宮輝流です。よろしく」
そう言って輝流は、俺にしたように手を出した。
握手を求める柔らかい白き指、一弥は笑みを見せてその手を掴む。
「津久茂一弥だ。よろしくな」
こうして一弥も輝流の友人になり、俺たちは3人で過ごすようになったのだ。
○
一弥は真面目な生徒なので問題ないが、俺や輝流は仕事関係でしょっちゅう学校を休んでいた。
もちろん出席日数は数えていたが、中学で退学はしないのであまり気にしていなかった。
というわけで3人揃う日は週に2回から4回、土日はまれに遊びに行ったりする。
遊ぶ――なんていうのは人によって変わる。
カラオケに行ったりボーリングに行ったり、俺たちの場合は工場見学に行ったり、大人と意見交換に行ったりだった。
政治を知り、社会を知り、およそ中学生らしくなかっただろう。
しかし、やはりそこが普通の学生との違いなんだと思う。
輝流は親の会社でプログラマーとして働き、中学生が得てはいけない額をお小遣いと称して得ているし、俺も曲の依頼が少しはあって、高校生のバイト代ぐらいには稼げていた。
既に社会進出している。
知見を深め、大人やネットでも交流し、意識高い系というやつになっていた。
チグハグながらもなんだかんだで仲が良く、輝流がボケるのを俺と一弥でよく制していた。
しかし、夏頃になって俺は気付く。
「おい、輝流」
わざわざ席を立ち、俺は輝流の席の前に立った。
ノーパソのキーを打つ手を止め、彼は俺を見上げる。
「どうしたの、利明くん? 僕に何か用?」
「お前、なんで体育ある日全部休んでるんだよ」
そう、輝流は体育のある日は全て欠席していたのだ。
それ以外の平日3日は大体出席している。
なのに体育があると、彼は忽然と姿を消すのだ。
ひ弱で運動が苦手そうだし、女みたいだから着替え中に揶揄われるのが嫌だというのもわかる。
でも、来週からは水泳が始まる。
つまり、アレだ。
「俺、お前が海パン履いてるところ見て見たいわ」
「……ついにBLに走るんだね、利明くん」
俺は同性愛者じゃないので胸元でバッテンを作り、否定する。
そうじゃなく、
「俺さ、お前がスーツ着てるのと制服着てるのしか見た事ねーんだよ。私服でもいいから見せろ、自分を隠すな」
「はぁ? ボクが自分を隠したって……何? 利明くんはボクのスッポンポンな姿を見たいわけ?」
「それはそれで面白そむがっ」
言い終える前に輝流は立ち上がり、俺の頰を掴んで黙らせる。
あんまりその辺をネタにすると怒るからな、コイツ。
「あのねぇ……。ボク達は学生で、所詮は大した事ない付き合いなんだよ。建設的関係とかそんなものはどこにある? 盟友なんてこの世界にはいない、滅びたんだよ、そういう重い関係は。誰1人としてボクは弱い姿を見せない。いつもと違うボクを見て、ボクを知って、そんなのは許さないよ」
「あんだとぅ。よし、拳で語り合おうぜ」
「肉弾戦とか野蛮だね。やってもいいけど、後日君のもとには高額請求が飛ぶから」
「架空請求なんて無視するから」
「残念、ちゃんと請求できるもの飛ばすから心配しないでね?」
目が笑ってなかった。
輝流はやるときはやる男、本当に億単位の高額請求を飛ばせるのだろう。
あんまり突っかかると冗談じゃ済まないので、この辺で話題を変える。
「そういえば聞いたか? 夏休み明けに転校生来るんだってよ」
「藪から棒に話を逸らすなんて、利明くんは本当に酷い人だなぁ」
「ハイハイ、悪かったですよー。……んでさぁ、なんか変じゃね? まだ7月になってねーのにさ、夏休み明けの転校生がわかるんだぜ?」
「親が早くから転勤先がわかるっていうのは、よくある事だよ。アウトソーシングとか単身赴任とか、転勤の人は増えたからね。それで子供を引っ掻き回すなら、いっその事施設に預けちゃえばいいのに」
「親は自分の子だけが可愛いんだから、仕方ないんだろ」
「……違うでしょ?」
輝流はクスリと笑い、遠くを眺めながら呟いた。
「――自分だけが可愛い。だから自分の家族とか、そういう自分のモノで周りを固めるんだよ」
寂しそうな彼の瞳には、どこか憂いが見えた。
泣きそうな程細まった瞳、その奥には誰が映ってるのだろう。
いや、きっと彼の親が……。
…………。
「どこも家庭の事情って複雑だよな。俺の母親も浮気しまくってて妹が父親の血を引いてねぇ。大人ってのはクズしかいねぇよな」
「……あはっ。今まで工場見学とか対談とかしてきたのに、そんなこと言うの?」
「言うよ、人ってそんなもんだ。そして大人がクズだから子供も俺みたいなクズに育つ。それで世の中うまく行ってるんだから不思議だよな」
「……。……そうだね」
輝流は再び席に座り、頬杖をついて下を見ていた。
何かを見ているわけではない、見る場所がないだけだ。
俺は何も言えず、黙ってしまう。
ちょうど休み時間も終わりそうだったので、俺は席へと戻った。
△
「プールに行こーっ!」
とぼとぼ歩く帰り道、今日は俺と輝流しか居ないのに、そんな事を言ってきた。
男2人でプールに行くなんて気持ち悪い話だが、運動なんて無駄としか言わない彼が誘うからには、何かあるんだろう。
だから断る事なく、俺は頷く。
「別にいいけど、急にどうしたんだ? プールなんて、泳ぐ機会なら水泳でいくらでもあるだろ? まさか泳げないのか?」
「うるさいなー……。君にボクの秘密を教えてあげようと思ったけど、やめちゃおうかな?」
「男同士の秘密とかいいねぇ。熱く拳で語り合おうぜ」
「だーから、君はいつもそういうバカを言うよねー。特に真面目な話に限ってさ」
「真面目な話だったか?」
「そう。だからちゃんと聞いてよ」
「おう……」
真面目な話らしいので俺は黙り、彼の言葉に耳を傾けた。
とはいっても、遊ぶ約束をするだけだが。
「今週の土曜、駅前集合ね。時間は朝7時。財布に3万円ぐらい持ってくること。わかった?」
「プール行くのに3万か。雲行きがあやしいな」
「ボクとデートするんだから、3万は安い方でしょ?」
「男同士でデートとか言うなよ。真面目な話じゃなかったのか?」
「真面目な話だよっ! ていうかさ、もう夏服じゃん! 半袖じゃん! 気付かないわけ!?」
「あー?」
輝流は俺の目の前に躍り出て、どうですかと言わんばかりに両手を広げて全身を見せようとしてくる。
なんだコイツ……頭がおかしくなったのか。
「腕ほせーな」
「利明も細いだろーがっ! そうじゃないでしょ!? なんでわかんないのマジで!」
「いや、そんな事言われても知らん」
「……くっ。ボクはまだ成長してないのか!」
成長って何が?
とか思ったところで、俺はやっと、輝流がプールに行こうと言った意味を理解した。
そうか、男性用競泳水着とかは胸も隠せるけど、普通は着ないし、着てても輝流なら女子と間違えられる。
いや――実際女子なんだ。
「……その全て分かったような顔、無性に腹立つんだけど」
目の前の輝流は笑顔で拳をチラつかせて俺を威嚇する。
全て分かったような顔って、どんなだよ。
「いいじゃん、お前が言わんとした事は理解したし」
「そう、なら良かった。利明なら賢いから、分かってくれると思ってたよ」
輝流は両手を下ろし、気疲れからかため息を吐き出した。
それから一呼吸置いて、彼女は俺の事をビシッと指差し、男らしくこう言った。
「とにかく、詳細は土曜日に話す。逃げるなよ!」
若干慌てながら言う彼女の表情も声色も、全て女性的だったので俺は苦笑するのだった。
なのに、俺と一弥、そして輝流の3人は屋上に居た。
解放されてないはずの屋上だけど、輝流が鍵を持って居たのだ。
「屋上の鍵なんてよく手に入れたな」
「先生方と、少しお話ししただけだよ。ちゃんと貸してくれたんだー♪」
はにかんで答える輝流に、俺はふーんと、どうでも良さそうに返した。
屋上に入っていく俺の首を、一弥はむんずと掴む。
そして気持ち悪いことに、俺の耳元で何やら言い出した。
「おい、利明。いいのかよ、コイツは噂の男だぞ……?」
「いいも何もねーよ。友達は友達だ。輝流が俺を見て笑う、俺は笑顔を返す。それだけだろ」
「でもなぁ……」
「いいんだぞ、お前はクラスで勉強してれば。俺にはこの建物が退屈だし、輝流とはウマが合うんだよ」
「……まったく」
やれやれというように、結局一弥も付いてきた。
男3人、昼休みでワーワーうるさい校庭をフェンス越しに眺めた。
「バカだよねー! あんなに必死になって体力を減らして、この先なんの意味もないのにさ。それならまだ勉強でもしてたらいいのに」
輝流はサッカーをしている、ここからだと豆粒にしか見えない同学年の男子を見ながらそう言った。
運動は健康にいいが、そこまで激しくしなくても1日分の運動はストレッチの繰り返しで事足りる。
生産性もなく無駄ではあるが、それは俺らが理屈ばっか言ってるからだろう。
ていうか……
「こうやってそのバカを見下ろしてる俺たちも、相当ヒマだけどな」
「やる事ないからね。勉強なんて集団でやるより自分でやった方が絶対に集中するし、メリハリもつけられる。その事は、津久茂くんがよく知ってるかな?」
「あぁ……秋宮の言う事は正しいよ。でも、学校は社会性を学ぶ場でもある。誰かと一緒に何かをして、話し合い、協調性を養う。そのために俺たちは、わざわざこんなに広い敷地の建物に住まわされてる」
「そうだねぇ……」
ギシッとフェンスが少し撓ま(たわ)む。
輝流がその背を預けたのだ。
「……ボクは小学校、行ってないんだよ」
突如話し始める彼の言葉に、俺たちは耳を傾けた。
「家で漢字と四則演算、百マスの計算だけやらされた。あとはずっとパソコンいじってたよ。学校で習う理科、社会なんて役に立たない、それより情報技術を磨けって、父親にやらされたのさ」
「でもお前、中学来てるじゃん」
「英語が始まったのと、一度学校がどんな場所か知りたかったから。英語の基礎も家で学ぼうと思ったけど、折角だから学校に来てみた。まさか、こんなに気持ち悪い場所だと思わなかったけどね。教師が黒板に文字を書き、それを生徒が板書する。殆どの生徒がそうだ、まるで機械の大量生産みたい」
「日本の教育はその大量生産なんだよ。どの学校も同じことやってる。けどな、残念な事に、それはそれで1つの技術なんだよ。みんなが同じベースを持つ。俺やお前にはないものだ」
「どうせ将来役に立たないベースを、ね。みんな同じだからいいや、なんて安心感を持つと抜け出せなくて、可哀想だ……」
再びギシッとフェンスが揺れる。
輝流は俺の前までやってきて、そして抱きついた。
「やめろよ、男同士で気持ち悪りぃ」
「えー? いいじゃん、ボク達だけ一緒なんでしょ? 役に立たない知識を吸収せず、役立つ知識を蓄える。それでいいじゃん」
「…………」
俺は困り顔で一弥に目を向けるも、奴は両手を上げて首を左右に振った。
コイツめ……友達を助けろよ。
「うわーっ、同年代の人に抱きつくのって初めてだけど、なんか安心するんだね! 不思議〜!」
「わかった、わかったから離れろ、キモいからマジで」
「まぁまぁ、そんな事言わずに」
「いやいやいや、こんな光景を腐女子に見られてみろ。間違いなく俺とお前でBL本書かれてしまう!」
「明星くんは絶対攻めだよね!」
「その発言、マジで許さねぇからな」
思ったよりも全然弱い彼を引き剥がすと、俺は漸く落ち着く。
男の娘……それがこんなに厄介だとはな。
「お前、一弥にもやれよ。友達だろ?」
「えー? 津久茂くんは友達にした覚えないけど?」
「アイツもかなり俺たちに近いんだぞ? やってることが多技なだけで、一弥は一弥でスキルを持ってるんだ」
「ふーん……。まぁ、明星くんが言うなら友達にしてやらんでもないよ」
「…………」
一弥は少し嫌そうに顔をしかめたが、輝流が彼の前に立つと作り笑顔に変わる。
「秋宮輝流です。よろしく」
そう言って輝流は、俺にしたように手を出した。
握手を求める柔らかい白き指、一弥は笑みを見せてその手を掴む。
「津久茂一弥だ。よろしくな」
こうして一弥も輝流の友人になり、俺たちは3人で過ごすようになったのだ。
○
一弥は真面目な生徒なので問題ないが、俺や輝流は仕事関係でしょっちゅう学校を休んでいた。
もちろん出席日数は数えていたが、中学で退学はしないのであまり気にしていなかった。
というわけで3人揃う日は週に2回から4回、土日はまれに遊びに行ったりする。
遊ぶ――なんていうのは人によって変わる。
カラオケに行ったりボーリングに行ったり、俺たちの場合は工場見学に行ったり、大人と意見交換に行ったりだった。
政治を知り、社会を知り、およそ中学生らしくなかっただろう。
しかし、やはりそこが普通の学生との違いなんだと思う。
輝流は親の会社でプログラマーとして働き、中学生が得てはいけない額をお小遣いと称して得ているし、俺も曲の依頼が少しはあって、高校生のバイト代ぐらいには稼げていた。
既に社会進出している。
知見を深め、大人やネットでも交流し、意識高い系というやつになっていた。
チグハグながらもなんだかんだで仲が良く、輝流がボケるのを俺と一弥でよく制していた。
しかし、夏頃になって俺は気付く。
「おい、輝流」
わざわざ席を立ち、俺は輝流の席の前に立った。
ノーパソのキーを打つ手を止め、彼は俺を見上げる。
「どうしたの、利明くん? 僕に何か用?」
「お前、なんで体育ある日全部休んでるんだよ」
そう、輝流は体育のある日は全て欠席していたのだ。
それ以外の平日3日は大体出席している。
なのに体育があると、彼は忽然と姿を消すのだ。
ひ弱で運動が苦手そうだし、女みたいだから着替え中に揶揄われるのが嫌だというのもわかる。
でも、来週からは水泳が始まる。
つまり、アレだ。
「俺、お前が海パン履いてるところ見て見たいわ」
「……ついにBLに走るんだね、利明くん」
俺は同性愛者じゃないので胸元でバッテンを作り、否定する。
そうじゃなく、
「俺さ、お前がスーツ着てるのと制服着てるのしか見た事ねーんだよ。私服でもいいから見せろ、自分を隠すな」
「はぁ? ボクが自分を隠したって……何? 利明くんはボクのスッポンポンな姿を見たいわけ?」
「それはそれで面白そむがっ」
言い終える前に輝流は立ち上がり、俺の頰を掴んで黙らせる。
あんまりその辺をネタにすると怒るからな、コイツ。
「あのねぇ……。ボク達は学生で、所詮は大した事ない付き合いなんだよ。建設的関係とかそんなものはどこにある? 盟友なんてこの世界にはいない、滅びたんだよ、そういう重い関係は。誰1人としてボクは弱い姿を見せない。いつもと違うボクを見て、ボクを知って、そんなのは許さないよ」
「あんだとぅ。よし、拳で語り合おうぜ」
「肉弾戦とか野蛮だね。やってもいいけど、後日君のもとには高額請求が飛ぶから」
「架空請求なんて無視するから」
「残念、ちゃんと請求できるもの飛ばすから心配しないでね?」
目が笑ってなかった。
輝流はやるときはやる男、本当に億単位の高額請求を飛ばせるのだろう。
あんまり突っかかると冗談じゃ済まないので、この辺で話題を変える。
「そういえば聞いたか? 夏休み明けに転校生来るんだってよ」
「藪から棒に話を逸らすなんて、利明くんは本当に酷い人だなぁ」
「ハイハイ、悪かったですよー。……んでさぁ、なんか変じゃね? まだ7月になってねーのにさ、夏休み明けの転校生がわかるんだぜ?」
「親が早くから転勤先がわかるっていうのは、よくある事だよ。アウトソーシングとか単身赴任とか、転勤の人は増えたからね。それで子供を引っ掻き回すなら、いっその事施設に預けちゃえばいいのに」
「親は自分の子だけが可愛いんだから、仕方ないんだろ」
「……違うでしょ?」
輝流はクスリと笑い、遠くを眺めながら呟いた。
「――自分だけが可愛い。だから自分の家族とか、そういう自分のモノで周りを固めるんだよ」
寂しそうな彼の瞳には、どこか憂いが見えた。
泣きそうな程細まった瞳、その奥には誰が映ってるのだろう。
いや、きっと彼の親が……。
…………。
「どこも家庭の事情って複雑だよな。俺の母親も浮気しまくってて妹が父親の血を引いてねぇ。大人ってのはクズしかいねぇよな」
「……あはっ。今まで工場見学とか対談とかしてきたのに、そんなこと言うの?」
「言うよ、人ってそんなもんだ。そして大人がクズだから子供も俺みたいなクズに育つ。それで世の中うまく行ってるんだから不思議だよな」
「……。……そうだね」
輝流は再び席に座り、頬杖をついて下を見ていた。
何かを見ているわけではない、見る場所がないだけだ。
俺は何も言えず、黙ってしまう。
ちょうど休み時間も終わりそうだったので、俺は席へと戻った。
△
「プールに行こーっ!」
とぼとぼ歩く帰り道、今日は俺と輝流しか居ないのに、そんな事を言ってきた。
男2人でプールに行くなんて気持ち悪い話だが、運動なんて無駄としか言わない彼が誘うからには、何かあるんだろう。
だから断る事なく、俺は頷く。
「別にいいけど、急にどうしたんだ? プールなんて、泳ぐ機会なら水泳でいくらでもあるだろ? まさか泳げないのか?」
「うるさいなー……。君にボクの秘密を教えてあげようと思ったけど、やめちゃおうかな?」
「男同士の秘密とかいいねぇ。熱く拳で語り合おうぜ」
「だーから、君はいつもそういうバカを言うよねー。特に真面目な話に限ってさ」
「真面目な話だったか?」
「そう。だからちゃんと聞いてよ」
「おう……」
真面目な話らしいので俺は黙り、彼の言葉に耳を傾けた。
とはいっても、遊ぶ約束をするだけだが。
「今週の土曜、駅前集合ね。時間は朝7時。財布に3万円ぐらい持ってくること。わかった?」
「プール行くのに3万か。雲行きがあやしいな」
「ボクとデートするんだから、3万は安い方でしょ?」
「男同士でデートとか言うなよ。真面目な話じゃなかったのか?」
「真面目な話だよっ! ていうかさ、もう夏服じゃん! 半袖じゃん! 気付かないわけ!?」
「あー?」
輝流は俺の目の前に躍り出て、どうですかと言わんばかりに両手を広げて全身を見せようとしてくる。
なんだコイツ……頭がおかしくなったのか。
「腕ほせーな」
「利明も細いだろーがっ! そうじゃないでしょ!? なんでわかんないのマジで!」
「いや、そんな事言われても知らん」
「……くっ。ボクはまだ成長してないのか!」
成長って何が?
とか思ったところで、俺はやっと、輝流がプールに行こうと言った意味を理解した。
そうか、男性用競泳水着とかは胸も隠せるけど、普通は着ないし、着てても輝流なら女子と間違えられる。
いや――実際女子なんだ。
「……その全て分かったような顔、無性に腹立つんだけど」
目の前の輝流は笑顔で拳をチラつかせて俺を威嚇する。
全て分かったような顔って、どんなだよ。
「いいじゃん、お前が言わんとした事は理解したし」
「そう、なら良かった。利明なら賢いから、分かってくれると思ってたよ」
輝流は両手を下ろし、気疲れからかため息を吐き出した。
それから一呼吸置いて、彼女は俺の事をビシッと指差し、男らしくこう言った。
「とにかく、詳細は土曜日に話す。逃げるなよ!」
若干慌てながら言う彼女の表情も声色も、全て女性的だったので俺は苦笑するのだった。
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