ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.4/笑顔

「どうしてやり返さなかったの?」

 授業を終えた放課後、居候の髪が長い女が俺の自転車を押して隣を歩いていた。
 自転車の前カゴには、壊れたキーボードが無理やり乗せられている。
 きっと彼女が言いたいのは、昼休みの事だろう。

「妹は俺が嫌いだけど、俺は妹が嫌いじゃねーんだよ」
「こんな事までされてるのに? というか、一年の彼女が入学してもう2ヶ月……ずっと、こんな目にあってたの?」
「揚羽は友達多いから、2週間に1回ぐらいな。被害総額は32万ぐらい。前に18万のノーパソぶっ壊されたから」
「…………」

 金額を聞くと、少女は怒りの表情を俺に向けた。
 ……怒ってくれてるのはわかるけど、俺にその顔を向けんなよ。

「明星くん……それでも妹が好きなの……? 信じられない……どうして、こんなに嫌な思いをさせられて……」
「好きじゃないといけない理由があるんだよ。ただ、お前には言わないし、言う義理もない。むしろ、テメーはどうなんだよ? 家庭が複雑なんだろ? お前は確か、朝ポケットにスマフォを入れてたな。なんで親は連絡してこない? 先生にも呼び出しもされてなかったな。どうなってる? 普通なら、家族の誰かがお前か学校に連絡するはずなのにな」

 俺は彼女のおかしな点をつらつらと述べ、さらに続ける。

「家族から連絡がないにしても、当日、泊めてもらえるかもわからないのに、話もしたことのない男に居候できるよう求めるか? 男なんて女の武器を使えばなんとかなる、そんな猿みたいな思考で俺に近づいたわけか?」

 疑いに疑いを重ね、女子を詰問する。
 少女はたじろぐこともなく、カラカラと自転車を押し続けた。

「……そうだけど?」

 そして、伽藍堂な、何もない声で問い返した。
 嘘を吐いています、そう言っているようにも聞こえた。
 どーせ本当の事は教えてくれない、そんな事を知っているからこそ、俺は口を噤んだ。

 それからはお互いに無言だった。
 俺は駅前にある、月4000円で借りているトランクルームに向かうと言って、少女と別れた。
 彼女には合鍵を持たせといたが、それが幸か不幸かはこれから次第だろう。

「よっこらせっと」

 俺はトランクルームにある、予備のMIDIキーボードをリュックの中に挿入した。
 コイツはなんでケースが無いんだ、本当に困る。
 1番馴染みがあって使いやすいんだが、リュックから半分はみ出してるキーボードはどことなく滑稽だった。

 そのまま俺は買い物をし、ついでにATMで10万程度下ろした。
 それからマンションに帰り、帰宅する。
 鍵が開いているのが久しぶりで、一回鍵を閉めてしまったのはお茶目だろう。

「ただいまー」

 帰ってきた挨拶はなんでただいまと言うのだろうか、よくわからんが挨拶をする。
 返事はなく、声はリビングまで抜けて消えた。

 リビングの電気がついてることから、あの女子が帰っている事はわかる。
 ほんでどこに行ったかといえば、きっと彼女に与えた部屋だろう。

 俺は買い物袋を下ろし、自分の部屋の扉を開く。
 中に入ってリュックを下ろす――

 その時、少女の姿が目に入った。
 持たせていたキーボードを机に置いて、どーにかこーにかと、割れた鍵盤をはめようと頑張っていた。
 …………。

「楽器を大切にしようって奴、嫌いじゃねーぞ」
「えっ……」

 俺の声を聞くと、少女はこちらに向いた。
 驚愕に満ちた声だった、それもそうだろう。
 この部屋は防音加工している、あの気色悪いお札もそうだが、その下には吸音材の壁紙やフェルトが敷かれている。
 帰ってきたときのただいまは、聴こえなかったはずだ。

「なんつーか、アレだな。女もいいもんだな」
「壊れたものを直すのに、性別は関係ないでしょ」
「まぁな」

 俺は彼女の下まで行き、身を乗り出してキーボードを弄る。
 MIDIキーボードは単体だと鳴らないのが基本だが、このキーボードはシンセサイザーでもあって、音を鳴らすことができる。
 少しツマミをいじって音を鳴らすが、やはり中のコンピュータがオジャンになっていた。

「ダメだな。廃品だわこれ」
「……修理は?」
「やったことないけど、機械部分はなぁ。鍵盤なら直してもらえるけど、中の基盤が狂ってるし、諦めるしかない」
「……そっか」

 寂しそうな声で少女は呟いた。
 そして、そっと白い鍵盤に手を置く。
 慈しむような形だった。
 暗鬱な様子は変わらないが、なんとなく天使のようにも見えて、俺は頭を振るう。

 落ち着け俺――これは狭い空間に女が一緒に居るからそんな錯覚を起こすだけだ。
 大丈夫、この部屋は死神や霊が見てる、ポスターだけど。
 天使が入ってくることなんてあり得ん!

「……替えを持ってきたから、それはもういいんだよ。ベランダにでも置いとけ」
「明日は雨だって、天気予報でやってたけど……?」
「捨てるもんの事気にしてもしゃーないだろ。って、直そうとしてくれてた奴に言う事じゃないよな。ありがとよ、えーと……お前」
「…………」

 お前って呼ぶと、無言で睨まれた。
 名前を覚えてないのがバレたらしい。

「浜川戸水姫。苗字は長いから、水姫って呼んで。雨水の水に、ひめの
「みずき、水姫な。覚えたよ、葉月」
「…………」
「……。水姫様」
「あと10回」
「めんどくせぇよ」

 両手に腰をあて、口を閉じる。
 そこまでのことをする必要があるだろうか。

「あ、そうだ。水姫、金持ってんの? 財布と通帳見せろ」
「……そんなこと言われて、見せる人が居ると思うの?」
「居候の分際で生意気な。お前に小遣い出すか決めねぇとダメだろ?」
「…………」
「最初、お前確か金を出すって言ってたよな。だから少しはあるんだろ?」
「まぁ、うん……」

 渋々という様子で、水姫はリュックの中から通帳を出した。
 俺はそれを受け取ると、額面を確認する。
 60万――その数字を見て、俺は首を傾げた。

「……お前、どんくらいウチにいるつもりなの?」
「わからない……。私が帰りたいと思うまで?」
「1年はかかるか?」
「……多分」
「ならまぁ、足りるけどさぁ」

 60万という生々しい数字を見て、俺は頭を掻いた。
 彼女も高校生だ、バイドして稼いだ金なんだろう。
 携帯は親名義なら、そのうち通信を止められるはず、SIMの契約は安くて500円だが電話やネットするなら2000円程度……。
 あと生活費を出すなら、月に1万も貰えれば、俺は良い、この貯金は無くならないだろう。

 しかし、俺も鬼じゃない。

「生活費は免除してやろう。ただ、日用品とかは自分で買え。小遣いはやらん」
「……はい」
「なんだよ、欲しいのか?」
「いらない……」

 ぶすーっとして通帳を受け取ると、水姫は立ち上がって荷物を手に部屋を出て行った。
 なんだ、なんで怒ってるんだ、ぼっちにはわからん。

 しかし、居候と言う名のヒルが怒ってようと怒ってなかろうと関係ない。
 俺はまたしても来ている依頼を目にし、買い物袋を片付けた後、すぐに曲作りに励むのだった。



 △



 今日はなんとか夕飯を作り、少女――水姫も満足そうに食べていた。
 風呂も入ったし、依頼も酷な内容じゃないから適当にやって、動画サイトで音楽を聴く。

 作曲者としては、音楽の権利団体に無許可で歌の動画をアップする輩は嫌いだが、タダで他作者の良いものが聴けるのはメリットでもある。
 当然、金を貰えるのは歌や曲を作った奴じゃなく、アップローダーだが。

 創作者はこうして少し食われる部分もあるが、同時に宣伝にもなるから律儀にCDを買ってもらえたりもするし、ネットで曲を買ってもらえたりもする。
 SNSでの宣伝も欠かさなければ尚良し、といっても俺はそんな柄じゃないので、適度にやってるのだが。

 ネットの海に沈むこと数十分、トントンと肩を叩かれる。
 ヘッドホンを外して振り返ると、そこにはいつも通り、水姫が立っていた。

「どうした? 一人じゃトイレ行けない?」

 バシッ!!

 訊くや否や、俺は頬に平手を食らう。
 さすがにセクハラだったか。

「ごめんなさい。それで、何?」
「……はぁ。私、暇なの」
「そうか。ウチに漫画はねぇが、そこの押入れにCDプレーヤーとCDの山がある。好きに聴け」
「…………」
「…………」

 水姫は俺の命令を聞かず、口元を吊り下げてうーうー唸った。

「……なんだよ? 不服か?」
「……構ってよ」
「はぁ?」

 何を言うかと思えば、構ってよ、とか。
 ぼっちの俺には難易度が高すぎるんじゃないか?

「構うって、何すんの?」
「お喋りとか……」
「お互いの家庭事情?」
「…………」

 水姫は無言で俺の頬をつねってくる。

「痛い痛い、悪かったからやめれ!」
「……利明としあきのイジワル」
「オイコラ何勝手に名前呼びしてんだ。誰が許可したよ、この後ろから見ると海苔みたいな髪の女め」
「私が名前で呼ばれるんだから、利明も名前で呼ばれるべき」
「お前は居候なんだから犬とか家畜って呼んでやろう。水姫なんて名前、勿体無いと思わないのか?」
「それ、私の人生全否定だから」

 ゴンッ

 俺のおでこに拳骨が落とされる。
 女ってズルいよな、男が暴力振るうとすぐDVだなんだと叫ぶから対処できん。
 無理やり体を――なんて言われただけで俺は警察と長話する仲になる。
 めんどくさいし嫌だが、俺は渋々と重い腰を上げた。

「しゃーねーな。構ってやるよ」
「フフフッ、ありがと」

 構ってくれると知るや、水姫は嬉しそうに笑い、髪が跳ねた。
 笑っていれば、可憐な少女だ。
 なのに、出会った時といえば――

「……お前、出会った時より笑うようになったな」
「え? あぁ、うん……そうだね。なんでだろう……」
「俺が聞きてぇよ。こんな何もない野郎の部屋で、楽しそうに笑いやがって」
「何も……?」

 チラリと、水姫は壁に貼られた死神のポスターを見る。
 死神のような奴が鎌を振り上げて今すぐにでもポスターから出てきそうなイラストだった。

「……今更だけどさ」
「おう?」
「利明、趣味悪いよね」
「…………」

 何も言い返すことはできない。
 俺は黙って、バツが悪いように死神を睨むのだった。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く