暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが

赤井まつり

第91話 〜トラウマ〜




俺と夜の間に少しだけ気まずい空気が流れたとき、リアが口を開いた。


「そんな話、私は知らなかったです。当時の王族が揉み消したのでしょうか。記録にあったのは、魔王が平和協定を持ちかけてきて油断を誘い、魔族の襲撃にあったとだけ……」


王族が揉み消していたかもしれないなんて、そりゃ馬鹿なやつも生まれるわけだ。
まあ、王族が情報統制もせずに情報を垂れ流しにしていたら、それはそれで心配だが、本当のことを教えずに揉み消されるのもムカつく。
まったく、どうしてどの世界の人間も平和に暮らせないのかね。


「どちらが正しいのか、どちらが間違っているのか、それはどうでもいいだろ。魔法ってものがあるこの世界では、記憶なんて簡単に作り替えられる。……つまり、何かを信じたいのなら自分の目で見るしかない」


俺は、暗殺者を名乗っておきながらまだ誰も殺したことがないし、殺す覚悟も出来ていない。
むしろ誰も殺したくないとさえ思っている。
力を持っていても、強力な魔法を使うことが出来ても、心は別だ。
俺は殺したくないし、殺されたくもない。
だけど、ここから先はそんなこと言っていられないかもな。


「俺も心を決めなければ」


こんなとき、あいつなら、京介ならどうするだろうか。










それから数時間後、ほとんど会話もなく、第八十階層にたどり着いた。
影魔法の連続使用による魔力の減少を気にしてか、ボスたちも夜が容赦なく踏み潰して倒している。
思わず踏み潰された魔物たちに同情してしまったのは仕方のないことだと思う。
見ていてとても不憫だった。
満を持して、階層ボスとして堂々と登場したのにまさかの瞬殺。
しかも、同じ魔物に。
これを可哀想と言わずに何を可哀想と言うのか。

だが、そんな緩んだ雰囲気は七十階層を過ぎたあたりからピンッと張り詰めていった。
どんどん魔族のものと思われる魔力が濃くなってきている。
普通の人間なら息をするのも苦しいくらいの魔力濃度だ。
ただ通りかかっただけの場所にこれ程の魔力が残るとは……。
アメリア奪還を最優先にして魔族に仕返しするのは諦めるのが賢明だな。


「夜、『影魔法』使うぞ」

『……仕方がないな。任せるぞ主殿』


見えてきたボス部屋を前に俺がそう言うと、夜はため息をつきながら渋々承諾してくれる。

先程の第七十階層のボス、夜が猛スピードで一度踏み潰しただけでは倒れなかった。
ボスの防御力も生命力も下に降りるにつれて上がっていっているのだ。
おかげで二度目をするために急な方向転換を余儀なくされ、リアが吹き飛んだ。
音速をも超えそうなスピードの夜から、全体重をかけた攻撃をくらっておいてまだ息があるなんて、なかなかしぶとい。
まるで、台所に出る例の黒い怪物並の生命力だ。
第七十階層でそれなのだから、第八十階層ではさぞや強い魔物が出てくるのだろう。

扉が開いた瞬間、部屋の中の影を使って『影魔法』を起動した。
すぐに攻撃に移る。


「『影魔法』起動」

『……っ!?待て!主殿!!』


何かに気づいた夜の声も届かず、既に『影魔法』は放たれた。
部屋の中央に鎮座している、サメに翼と手足が生えたような魔物に突き刺さる……。


「……なっ!?」


魔物の心臓部を正確に貫いたと思った『影魔法』は、魔物の体に触れた途端、掻き消えた。


「まさか、こいつ魔法無効化能力のスキルを持っているのか?」


俺の呟きに、夜が苦々しく答える。


『やつの名はポセイドン。水と大地を操り、主殿が言った通り魔法無効化能力がある』


うわぁ。
夜には“ブラックキャット”ってまんまな名前つけたくせに、こいつには“ポセイドン”かよ。
しかもポセイドンってたしか神様の名前だったはずじゃ……。
間違っても禍々しい魔力を漲らせたサメ頭の魔物じゃなかったはずなんだが。
というか、水操るだけで普通にこいつ陸の魔物だろ!


「……俺サメ苦手なんだよなぁ。小さい頃に一回だけ連れて行ってもらった遊園地のアトラクションで怖い思いしたからなぁ」


しかも、夜の暗い中というのがいけなかった。
昼ならどこからくるかまあ見当はつくが、少ない明かりの中で真横からサメが突然現れたときなんか……軽くトラウマものだ。
母が、体弱いくせにどうしても乗りたいって言うから、唯が欲しがっていたぬいぐるみを買うのと引き換えに乗ったのだ。
そしてなぜか父と唯はお土産コーナーで楽しそうにサメの被り物をして遊んでいた。
それが、家族全員で行った最初で最後の旅行だ。

あれ以来、サメどころか海というものが怖くて仕方がない。
浅瀬ならまだしも、深くて海底が見えない海の画像を見るだけでも背筋がゾッとする。
エルフ族領から獣人族領へ船で渡ったが、実は内心めちゃくちゃ怯えていた。
アメリアの手前我慢していたが、冷や汗が止まらなかったし、手も若干震えていたように思う。

目の前の魔物は陸上の生物だったとしても、顔がサメだ。
しかも頼みの綱である『影魔法』は使えないときた。
つまり、直接攻撃しなければならない。
近づかなければならない。


『なるほど。だが主殿、こいつを倒さねばアメリア嬢奪還は夢のまた夢。今このときもアウルム・トレースは進み続けておるかもしれんぞ』

「……分かってる」


背中がやけに寒い。
だが、アメリアのためだ。
悪いが、トラウマの一つや二つ、サメの一匹や二匹構っていられない。

俺はクロウに修繕してもらって二振りの短刀になった“夜刀神”を構えた。


『グギャャャャャャャ!!』


変な声を上げながら、サメ頭が突っ込んでくる。
口を開けば、そこには何層にも並んだ鋭い歯が見える。
あれに噛まれたらさすがの俺でも痛い。
いや、痛いどころではない。

俺は短刀を強く握る。


「……フッ!」


だけど、負けるわけにもいかない。
掴もうと振り下ろしてきた手に乗り、サメ頭の体を駆け上がる。
途中でウォーターカッターのような魔法が襲ってきたが難なく避ける。
そして、“夜刀神”を振り下ろした。




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