男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される
19話
「ふぅ。やっと、落ちける場所に着いた」
通学中も楓さんと彩瀬さんの戦いは続いていたため、思っていたより疲れていたみたいだ。席に着くと思わず本音が出てしまった。
運が良いことに僕の後ろに座っている彩瀬さんは、左隣に座っている飯島さおりさんとのおしゃべりに夢中なようで、聞こえていなかったようだ。
二人のご機嫌を気にしながら円満な関係を維持するのは、想像した以上に大変なことだと、今更ながら実感している。穏やかな生活をするためには、手を抜くわけにはいかない。うまく舵取りしなければ、また、変な騒動に巻き込まれてしまいそうだ。
楽しそうに話している彼女たちを眺めながら、そんなことを考えていると、飯島さんが心配したような声を出して話しかけてきた。
「難しそうな顔をしているけど……何かあったの?」
飯島さんの大きい胸が目の前に飛び込んでくる。暑いせいか、ワイシャツしかきていない。巨大な胸には、うっすらと下着が透けている。
「……ゴクリ」
朝食の時の胸の話を思い出してしまい、無意識に喉が鳴る。
このままだと同級生に変態だと思われてしまう。わずかに残った理性を総動員して、魅力的な胸から顔に視線を移動させることに成功した。
「今朝、彩瀬さんが中間テストの存在を忘れていたようで、試験勉強を一切していないから困っていたんだ。今日の放課後から図書館で勉強会を開く予定なんだけど、それで間に合うか不安なんだよね……」
人間関係とあなたの胸に悩んでますと言えるはずもなく、口から出た言葉は、当たり障りのない中間テストの悩みだった。
「はぁ。中間テストを忘れてたの? ……良い結果を残さないと将来が大変だよ?」
勉強漬けの日々を送っている飯島さんにとって、テストの存在を忘れる人がいるとは、考えたこともなかったのだろう。深いため息をついてから、呆れたような表情で彩瀬さんのことを見つめている。
「さおりまでそんなこと言わないでー! 私だって、このままだとヤバイって分かっているよ……」
「分かっているならなおさらだよ。今日は学校の図書館に本を返したいし、そのついでに勉強見てあげるね。一緒にがんばろ」
「さおりが、何の本を借りたのか気になるなぁー。見せて見せて!」
体が前のめりになり興味津々といった感じで、飯島さんが本を取り出すのを待っている。その態度を気にすることなく、鞄に入っていた文庫本の小説を2冊取り出して机に並べた。
「読んでいたのはこの二冊なの」
一冊は、キス寸前の男女が手を握り合っている絵が印象的な「彼と恋愛結婚するまで諦めない」というタイトルだ。二冊目は、椅子に座って足を組んでいる一人の女性を、六人の男性が囲う「男性が多い世界に生まれ変わった私は逆ハーレムを目指す」といったタイトルだった。
「歴史書とかでてくると思ったけど、意外に普通の小説も読むんだね!」
かなり失礼な発言だと思うけど、僕も同じ気持ちだった。参考書や辞書が出てくると思っていたのに、まさか恋愛小説が出てくるとは思わなかった。
「少し前に流行ってたみたいだけど、本読むの苦手だから中身知らないんだよねー。少し見せて!」
そう言って彩瀬さんが手に取ったのは「男性が多い世界に生まれ変わった私は逆ハーレムを目指す」だった。なるほど、男性を選り好みする彼女らしいチョイスだ。
僕は残っていたもう一冊の「彼と恋愛結婚するまで諦めない」のあらすじは、主人公とイケメン男性が恋愛結婚をして、ハーレムを作らずに幸せに過ごすといった内容だった。
この世界の女性は、男性が少ないから仕方なくハーレムを許容しているけど、実際は私だけを見てほしいのだろう。女性の欲望や願望を包み隠さず文字にした本だった。
「やっぱり男性が多い世界は憧れるなー!」
本をペラペラとめくっていた彩瀬さんが、急に本を抱きしめたかと思うと、興奮しながら願望を口にした。
「男性が選びたい放題でしょ? イケメンが私だけを見てくれるし、尽くしてくれる。この主人公が羨ましい!」
男性に選ばれる立場から選ぶ立場になりたいのは分かるし、理解もできるけど、こうやって目の前で逆ハーレムに憧れると言われてしまうと嫉妬してしまう。それが実現性のない妄想だとしても。
嫉妬・独占欲といった感情が抑えきれず、嫌味に聞こえるように言ってしまった。
「それってさ。僕に不満があるってこと?」
「そ、そんなことない! これは物語として楽しんでいるだけで私はユキト一筋……だから……」
目尻に涙をためて泣きそうな顔をして否定する姿を見て、余計なことを言ってしまったと後悔してしまった。
先ほどまで抱いていた感情は吹き飛んでしまった。男性を選ぶ機会がないのだから、せめて妄想の世界では自由にさせてあげるべきだった……。
「軽い冗談だよ。怒ってないからそんなに慌てないで。ごめんね」
「ユキトが言うと冗談にならないよぉ」
冗談だといったことで安心したのか、飯島さんに抱きついて頭を撫でられている。
「私は本を読んで逆ハーレムより恋愛結婚が一番いいと思ったよ。恋愛結婚なら絶対に幸せな家庭生活が送れると思うし。それにね。恋愛結婚なら本当にできるかもしれないよ? ユキト君って素敵な男性が近くにいるんだから。彩瀬ちゃんはもう少し落ち着いて周りを見ようね」
この場でフォローしてもらえたのはありがたい。でも、恋愛結婚すれば必ず幸せになれるとは限らないよ……。
「ありがとう。もうだ丈夫だよ!」
先ほどの一件はなかったかのように、授業が始まるまで、二人とも恋愛結婚の良さを話し合っていた。
◆◆◆
ホームルームも終わった放課後。約束通り三人そろって、学校の図書館にきている。
この学校の図書館はパーテーションで区切られた勉強ルームがあり、友達と勉強できる環境が整っている。中に入ると、ホームルームが終わってすぐに来たのに勉強できる席はほとんど空いてなかった。
「この空いている席で勉強をしよう」
そう言ってから席に座り、それに続いて隣に彩瀬さん、正面に飯島さんが座る。まずは赤点確実の数学から手をつけるべく、教科書とノートを広げて勉強会を始めた。
数学の勉強方法は単純で、問題集をひたすら解くだけだ。テスト範囲の問題を解いて、方程式や出題パターンをひたすら頭に叩き込む。本当はなぜ、この方程式を使うのか説明した方が良いとは思うけれど、あまりにも時間がないのでこの方法で中間テストを乗り越えることにした。
明るい表情だった彩瀬さんは、目の前に積み重なった問題集を見ると諦めたような表情になり、問題を解き始めた。
シャーペンで文字を書く音だけが鳴り響いている。
「ユキトー。この問題わからないから教えて!」
声をかけられたので、解きかけの問題から目を離して彩瀬さんの方に顔を向ける。
「どこが分からないの?」
「この文章問題! 何度計算しても答えがあわないから、もう嫌になっちゃった」
シャーペンを机に放り投げてから椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見つめている。
「がんばろうよ……一緒に解くから問題を見せて」
彩瀬さんの後頭部を押して、天井を見ていた顔を無理やり机に戻す。姿勢が戻ったのを確認してから、問題集を受け取ってから内容を見ると、応用問題だったようで確かに難しい。基本ができていない彩瀬さんでは解けないのも無理がない。
「説明しながら解くからちゃんと聞いてね。それが終わったら似たような問題にチャレンジしよう」
唇を尖らせて不満であることをアピールしているけど、それを無視して問題で使う方程式や、なぜ使うのかといった説明をしながら問題を解いてみせる。
「ユキト君の説明は分かりやすいね」
いつの間にか飯島さんは、自分の勉強を止めて説明を聞いていたらしい。
「本当頭いいよねー! でも、大学には行かないんだしそんなに勉強する必要はないんじゃない?」
勉強をサボるチャンスと言わんばかりに、彩瀬さんが話題に乗ってくる。
高校卒業と同時に結婚して家庭に入るのが一般的な男性像だ。僕もそのイメージ像通りの進路をとると思い込んでいる。少し前ならそれでも良いと思っていた。
でも、この前の事件をきっかけに、前世の記憶を持った男性だからこそ何かできないのかとずっと考えている。まだ答えは出ていないけど、家庭に入ってしまえば何もできないだろう。少なくとも表舞台には出る必要があるし、そのためには大学に進学する選択肢をいまから放棄するわけには行かない。
「具体的なことは決めていないけど、大学に行って就職したいと思っているよ」
大学に進学したいと考えているとは予想できていなかったようで、二人とも驚いたような表情をしている。
「大学も就職も大変だよ! 卒業したら専業主夫になったようが良いよ! ほら、そんときは私も……一緒にいるから……ね?」
やはり、この社会の「専業主夫」圧力は強い。あまり物事を深く考えない彩瀬さんでさえこんなことを言うし、その裏には「早く子どもを作ろう」といったメッセージがあるのは間違いない。
そんなことを考えていたからだろう、体をモジモジさせて最後の方は恥ずかしそうにしていた彼女に、突っ込みを入れる余裕はなかった。
「確かに、男性が大学に行く話はほとんど聞いたことがないですね。お仕事だって、芸能人や一部の特殊な会社を除けば男性が働いている業界は……ないかな?」
やや自信なさげだが彩瀬さんの意見を後押しするように、男性が働ける場所が少ないと説明される。飯島さんが言う通り、企業が男性を採用するメリットは少ない。女性しかいない会社に男性が一人入社したら、社内が混乱するからだ。
男性の取り合いになるかもしれないし、それで派閥ができる可能性もある。セクハラ問題は確実に発生するだろう。
結婚して家庭に入り、子どもを作る。この選択肢しかないのであれば、少し前に大臣が失言していた「男性は子どもを作る機械」を、社会は肯定していることになる。そう考えてしまうのは、この世界に生きる男性としては異端なのだろうか?
「休憩終わり。勉強を続けないと終わらないよ。あと10ページはやってもらおうかな」
「多すぎ! 無理だよー!」
この場で結論が出る話でもないし、適当なところで切り上げるべきだろう。自分がこの先どうやって生きていくかは、これからゆっくり考えるとして、今は、彩瀬さんの抗議を無視して勉強会に集中することにした。
通学中も楓さんと彩瀬さんの戦いは続いていたため、思っていたより疲れていたみたいだ。席に着くと思わず本音が出てしまった。
運が良いことに僕の後ろに座っている彩瀬さんは、左隣に座っている飯島さおりさんとのおしゃべりに夢中なようで、聞こえていなかったようだ。
二人のご機嫌を気にしながら円満な関係を維持するのは、想像した以上に大変なことだと、今更ながら実感している。穏やかな生活をするためには、手を抜くわけにはいかない。うまく舵取りしなければ、また、変な騒動に巻き込まれてしまいそうだ。
楽しそうに話している彼女たちを眺めながら、そんなことを考えていると、飯島さんが心配したような声を出して話しかけてきた。
「難しそうな顔をしているけど……何かあったの?」
飯島さんの大きい胸が目の前に飛び込んでくる。暑いせいか、ワイシャツしかきていない。巨大な胸には、うっすらと下着が透けている。
「……ゴクリ」
朝食の時の胸の話を思い出してしまい、無意識に喉が鳴る。
このままだと同級生に変態だと思われてしまう。わずかに残った理性を総動員して、魅力的な胸から顔に視線を移動させることに成功した。
「今朝、彩瀬さんが中間テストの存在を忘れていたようで、試験勉強を一切していないから困っていたんだ。今日の放課後から図書館で勉強会を開く予定なんだけど、それで間に合うか不安なんだよね……」
人間関係とあなたの胸に悩んでますと言えるはずもなく、口から出た言葉は、当たり障りのない中間テストの悩みだった。
「はぁ。中間テストを忘れてたの? ……良い結果を残さないと将来が大変だよ?」
勉強漬けの日々を送っている飯島さんにとって、テストの存在を忘れる人がいるとは、考えたこともなかったのだろう。深いため息をついてから、呆れたような表情で彩瀬さんのことを見つめている。
「さおりまでそんなこと言わないでー! 私だって、このままだとヤバイって分かっているよ……」
「分かっているならなおさらだよ。今日は学校の図書館に本を返したいし、そのついでに勉強見てあげるね。一緒にがんばろ」
「さおりが、何の本を借りたのか気になるなぁー。見せて見せて!」
体が前のめりになり興味津々といった感じで、飯島さんが本を取り出すのを待っている。その態度を気にすることなく、鞄に入っていた文庫本の小説を2冊取り出して机に並べた。
「読んでいたのはこの二冊なの」
一冊は、キス寸前の男女が手を握り合っている絵が印象的な「彼と恋愛結婚するまで諦めない」というタイトルだ。二冊目は、椅子に座って足を組んでいる一人の女性を、六人の男性が囲う「男性が多い世界に生まれ変わった私は逆ハーレムを目指す」といったタイトルだった。
「歴史書とかでてくると思ったけど、意外に普通の小説も読むんだね!」
かなり失礼な発言だと思うけど、僕も同じ気持ちだった。参考書や辞書が出てくると思っていたのに、まさか恋愛小説が出てくるとは思わなかった。
「少し前に流行ってたみたいだけど、本読むの苦手だから中身知らないんだよねー。少し見せて!」
そう言って彩瀬さんが手に取ったのは「男性が多い世界に生まれ変わった私は逆ハーレムを目指す」だった。なるほど、男性を選り好みする彼女らしいチョイスだ。
僕は残っていたもう一冊の「彼と恋愛結婚するまで諦めない」のあらすじは、主人公とイケメン男性が恋愛結婚をして、ハーレムを作らずに幸せに過ごすといった内容だった。
この世界の女性は、男性が少ないから仕方なくハーレムを許容しているけど、実際は私だけを見てほしいのだろう。女性の欲望や願望を包み隠さず文字にした本だった。
「やっぱり男性が多い世界は憧れるなー!」
本をペラペラとめくっていた彩瀬さんが、急に本を抱きしめたかと思うと、興奮しながら願望を口にした。
「男性が選びたい放題でしょ? イケメンが私だけを見てくれるし、尽くしてくれる。この主人公が羨ましい!」
男性に選ばれる立場から選ぶ立場になりたいのは分かるし、理解もできるけど、こうやって目の前で逆ハーレムに憧れると言われてしまうと嫉妬してしまう。それが実現性のない妄想だとしても。
嫉妬・独占欲といった感情が抑えきれず、嫌味に聞こえるように言ってしまった。
「それってさ。僕に不満があるってこと?」
「そ、そんなことない! これは物語として楽しんでいるだけで私はユキト一筋……だから……」
目尻に涙をためて泣きそうな顔をして否定する姿を見て、余計なことを言ってしまったと後悔してしまった。
先ほどまで抱いていた感情は吹き飛んでしまった。男性を選ぶ機会がないのだから、せめて妄想の世界では自由にさせてあげるべきだった……。
「軽い冗談だよ。怒ってないからそんなに慌てないで。ごめんね」
「ユキトが言うと冗談にならないよぉ」
冗談だといったことで安心したのか、飯島さんに抱きついて頭を撫でられている。
「私は本を読んで逆ハーレムより恋愛結婚が一番いいと思ったよ。恋愛結婚なら絶対に幸せな家庭生活が送れると思うし。それにね。恋愛結婚なら本当にできるかもしれないよ? ユキト君って素敵な男性が近くにいるんだから。彩瀬ちゃんはもう少し落ち着いて周りを見ようね」
この場でフォローしてもらえたのはありがたい。でも、恋愛結婚すれば必ず幸せになれるとは限らないよ……。
「ありがとう。もうだ丈夫だよ!」
先ほどの一件はなかったかのように、授業が始まるまで、二人とも恋愛結婚の良さを話し合っていた。
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ホームルームも終わった放課後。約束通り三人そろって、学校の図書館にきている。
この学校の図書館はパーテーションで区切られた勉強ルームがあり、友達と勉強できる環境が整っている。中に入ると、ホームルームが終わってすぐに来たのに勉強できる席はほとんど空いてなかった。
「この空いている席で勉強をしよう」
そう言ってから席に座り、それに続いて隣に彩瀬さん、正面に飯島さんが座る。まずは赤点確実の数学から手をつけるべく、教科書とノートを広げて勉強会を始めた。
数学の勉強方法は単純で、問題集をひたすら解くだけだ。テスト範囲の問題を解いて、方程式や出題パターンをひたすら頭に叩き込む。本当はなぜ、この方程式を使うのか説明した方が良いとは思うけれど、あまりにも時間がないのでこの方法で中間テストを乗り越えることにした。
明るい表情だった彩瀬さんは、目の前に積み重なった問題集を見ると諦めたような表情になり、問題を解き始めた。
シャーペンで文字を書く音だけが鳴り響いている。
「ユキトー。この問題わからないから教えて!」
声をかけられたので、解きかけの問題から目を離して彩瀬さんの方に顔を向ける。
「どこが分からないの?」
「この文章問題! 何度計算しても答えがあわないから、もう嫌になっちゃった」
シャーペンを机に放り投げてから椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見つめている。
「がんばろうよ……一緒に解くから問題を見せて」
彩瀬さんの後頭部を押して、天井を見ていた顔を無理やり机に戻す。姿勢が戻ったのを確認してから、問題集を受け取ってから内容を見ると、応用問題だったようで確かに難しい。基本ができていない彩瀬さんでは解けないのも無理がない。
「説明しながら解くからちゃんと聞いてね。それが終わったら似たような問題にチャレンジしよう」
唇を尖らせて不満であることをアピールしているけど、それを無視して問題で使う方程式や、なぜ使うのかといった説明をしながら問題を解いてみせる。
「ユキト君の説明は分かりやすいね」
いつの間にか飯島さんは、自分の勉強を止めて説明を聞いていたらしい。
「本当頭いいよねー! でも、大学には行かないんだしそんなに勉強する必要はないんじゃない?」
勉強をサボるチャンスと言わんばかりに、彩瀬さんが話題に乗ってくる。
高校卒業と同時に結婚して家庭に入るのが一般的な男性像だ。僕もそのイメージ像通りの進路をとると思い込んでいる。少し前ならそれでも良いと思っていた。
でも、この前の事件をきっかけに、前世の記憶を持った男性だからこそ何かできないのかとずっと考えている。まだ答えは出ていないけど、家庭に入ってしまえば何もできないだろう。少なくとも表舞台には出る必要があるし、そのためには大学に進学する選択肢をいまから放棄するわけには行かない。
「具体的なことは決めていないけど、大学に行って就職したいと思っているよ」
大学に進学したいと考えているとは予想できていなかったようで、二人とも驚いたような表情をしている。
「大学も就職も大変だよ! 卒業したら専業主夫になったようが良いよ! ほら、そんときは私も……一緒にいるから……ね?」
やはり、この社会の「専業主夫」圧力は強い。あまり物事を深く考えない彩瀬さんでさえこんなことを言うし、その裏には「早く子どもを作ろう」といったメッセージがあるのは間違いない。
そんなことを考えていたからだろう、体をモジモジさせて最後の方は恥ずかしそうにしていた彼女に、突っ込みを入れる余裕はなかった。
「確かに、男性が大学に行く話はほとんど聞いたことがないですね。お仕事だって、芸能人や一部の特殊な会社を除けば男性が働いている業界は……ないかな?」
やや自信なさげだが彩瀬さんの意見を後押しするように、男性が働ける場所が少ないと説明される。飯島さんが言う通り、企業が男性を採用するメリットは少ない。女性しかいない会社に男性が一人入社したら、社内が混乱するからだ。
男性の取り合いになるかもしれないし、それで派閥ができる可能性もある。セクハラ問題は確実に発生するだろう。
結婚して家庭に入り、子どもを作る。この選択肢しかないのであれば、少し前に大臣が失言していた「男性は子どもを作る機械」を、社会は肯定していることになる。そう考えてしまうのは、この世界に生きる男性としては異端なのだろうか?
「休憩終わり。勉強を続けないと終わらないよ。あと10ページはやってもらおうかな」
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