わがまま娘はやんごとない!~年下の天才少女と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~
八話「村の闇を覗いてみましょう」上
「やっと着いたぞー!」
壱子はバンザイする形で、両手を思いっきり天に突き出した。
朝、富月村を発った平間たちは、一刻半(およそ三時間)ほど山の中を歩きとおし、岩を越え、竹林を抜けて、ようやく勝未村に到着した。
旅人姿の壱子の服はところどころ枝に引っ掛けてほつれていたり、髪に青々とした葉っぱが刺さっているが、その表情は晴れやかだ。山中を歩いているときは、疲労で目つきが最悪に近くなっていたのに。
その切り替えの速さに、平間も思わず頬を緩ませる。
勝未村は、点在する田畑と百余りの家屋からなるやや小規模な集落で、それらの多くは木造の一般的なつくりのものだった。しかし、それらはどれも少し古臭く、中には明らかに打ち棄てられているものも見られた。心なしか村人の姿もまばらに思える。
どうも活気が無い。それが平間の受けた勝未村の印象だった。
「それで平間、これからどうするのじゃ?」
「梅乃さんには『まず村長に話を聞くように』って言っていたから、そうしようと思う。ここでの滞在の一切は村長さんが世話してくれるらしい」
言いつつ、平間は壱子の髪についた葉や木の枝を丁寧に取り除いてやる。
「そうか、ではその村長とやらのもとへ行こう。おそらくあのひときわ大きな屋敷がそうじゃろう」
そう言って壱子は、村の奥を指差した。確かに、あの家だけ周りと比べても際立って大きい。村長の家だと考えるのが妥当だろう。
表で遊んでいる子供たちの一人に、平間が声をかけた。
「ちょっといいかな、ここは勝未村の村長さんの家であってる?」
「そうだよ。お兄さんたち、おじいちゃんのお客さん?」
答えたのは、短めの髪を首の後ろでまとめた十歳くらいの少女だ。彼女の問いに、平間はうなずく。
「わかった! じゃあ、おじいちゃんを呼んでくるから待っててね!」
そう言って、少女は駆け足で屋敷の中へ入って行く。
それから間もなく、老人の手を引いて戻って来た。彼がこの勝未村の村長なのだろう。
平間は小さく会釈する。
老人はひょろりと背が高く、白髪交じりの長髪を後ろに垂らしていて、どこか仙人のような雰囲気を漂わせている。
背筋も一切曲がっておらず、歳をとってもなお壮健さが感じられた。
そして何より印象的なのが、猛禽のように鋭いその眼光だ。
彼は平間たちをいぶかしげに眺めると、合点がいったのかその目を大きく見開く。
「もしや、あなた方は皇都からの……?」
「そうです。祓魔討鬼係の平間京作です」
平間は自分で所属を言っておいて、顔から火が出るような心地がした。
この「祓魔討鬼係」などという仰々しい名前を口にするのは、思いのほか恥ずかしい。
「そうですか、平間さんと呼べばいいのかな。私は皿江源次、僭越ながらここの長を務めておる」
張りのある落ち着いた声でそう言うと、皿江は平間に右手を差し出す。ところどころシミがある筋張った手だが、不思議と老いによる弱々しさは感じられない。
平間は緊張しながら皿江の握手に応じた。
それが終わると、皿江は平間の後ろに立つ三人に目を向ける。
「それで、そちらの方々は……?」
「ああ、彼らは――」
「私は壱子と申します。こちらの平間の許婚です」
平間の言葉を遮った壱子に、平間はギョッとする。猫をかぶった丁寧な言葉遣いにではない。許婚という聞いたことも無い言葉に、だ。平間は一気に体温が下がったような感覚を覚えた。
そして慌てて平間は壱子の手を取って皿江から距離をとると、小声で言った。
「何のつもりだよ!?」
「……何か問題でもあったか?」
「問題だらけだ! なんでわけの分からない嘘をつくんだよ!」
「では、平間。私が正直に『私は貴族の娘じゃ』と言ったら、皿江はどう思う。なぜ貴族の娘がこんなところにいるのか、不思議に思うじゃろ」
焦る平間とは対照的に、壱子の声は実に淡々としたものだ。
実際、壱子の言うことは間違っていなくて、高い身分の家に生まれた娘が今の壱子のように、麻の旅人姿で出歩くことなどまず無い。それどころか、普段はなるべく人の目に触れないように部屋の中にいるか、外出時も牛車の中にいて過ごすものなのだ。
しかし平間は納得できない。
「そうだけどさ……それでも許婚だって言う必要は無いだろ?」
「そう言うのが一番『それらしい』ではないか。役人の妻となるような身分の娘であれば、このように往来を出歩いても何もおかしくはあるまい。嘘も方便じゃ」
「あのさ壱子、嘘にはついて良いものと悪いものがあって……」
「そんなことより早く戻るぞ。逆に怪しまれてしまう」
そう言うと、壱子はスタスタと皿江たちのほうへ戻っていく。
壱子が何を考えているか平間にはイマイチ分からなかったが、戻らぬわけにもいかなかったのでしぶしぶ壱子のあとを追う。
沙和がすれ違いざまに小声で言った。
「今の話、本当?」
「違いますよ」
「またまた~」
平間は即座に否定するが、沙和は照れ隠しだと判断したらしい。
また後で誤解を解かなければならないと思うと、平間は陰鬱な気持ちになる。
ふと、平間は沙和の首筋に赤い線が入っていることに気が付いた。
「沙和さん、首もとのそれ……切り傷ですか」
「え? あ、本当だ。山の竹やぶを抜けるときに切っちゃったのかな。まあこれくらいの傷ならすぐ治るから気にしないで」
呑気に手をひらひらさせて言う沙和の言うとおり、特に心配する必要もないだろう。
そう判断して平間は皿江の前に戻り、何とか平静を装って言った。
「すみません、取り込んでいました」
「お気になさらず」
「ええと、そちらの背の高い髭の人が隕鉄さん。壱子の世話をしてくれています。もう一人の落ち着きが無いほうが――」
「沙和です! ヌエビトのお宝を探しに着ました!」
「……というわけです」
顔を引きつらせて平間は話をまとめた。
皿江は片眉を上げて沙和のほうを見やる。
「ヌエビトの宝、とは?」
「森に隠されているって聞いたんですけど……違うんですか?」
「残念ながら私は聞いたことがない。まあ良い。平間さん、続きは中で話そう」
皿江は歳相応の落ち着きを以って、平間たちを屋敷の中に招き入れた。
屋敷は玄関から見て左に折れ曲がった「く」の字型をしており、中庭には縁側と離れがあった。
中庭の草木は丁寧に切り揃えられているが、皿江が自分で整えているのだろうか。
玄関を上がって廊下を進むと突き当りが丁の字に分かれていて、そこを左に折れてすぐ右側にある襖を開くと、八畳ほどの部屋に出た。部屋の左右には別の部屋に繋がっているのであろう襖がある。
皿江は部屋の奥に座布団を並べると、そちらに座るよう平間たちに促し、自分は部屋の入り口のほうに腰を下ろした。
「明日到着すると聞いていたのでね、迎える準備が出来ておらず申し訳ない。さて、と。何から話せばいいのかな」
「まずは――」
「ヌエビトとは何なのですか」
平間が口を開こうとしたとき、またも横の壱子が口を挟んだ。
皿江はあからさまに不愉快そうに顔をゆがめる。
「平間さん、あなたの許婚によく言って聞かせていただきたい。男同士の会話に女が口を挟むものではないと」
「す、すみません……」
反射的に平間は皿江に詫びる。
皿江の言うとおり、皇国では女性は外に出ず、黙って付き従うべきだと考える風潮があった。
平間は傍らをチラリと見ると、壱子は悔しそうに俯いていた。すると何故だろう、みぞおちの辺りが鉛になったような気持ちの悪さが平間を襲う。
この気持ちの悪さを解消する手段を、平間は直感的に知っていた。そして同時に、それを実行する決意をする。
平間はスッと顔を上げると、皿江と目を合わせた。その鋭い眼差しに怯みそうになるのを何とか抑えて、言った。
「ですが、この壱子はとても利発な娘で、必ずやヌエビトの正体を突き止められる力になります。ここはどうか大目に見てもらえないでしょうか」
その言葉に驚いたように、壱子が平間を見る。
皿江は平間から目を逸らさず、何も言わなかった。平間は絶えず目を逸らしたくなる衝動に襲われるが、彼の中の何かがそれを許さなかった。
どれくらいの時が経ったのだろう。傍から見たら一瞬だったのだろうが、平間にはその何倍も長く感じられた。
そしてついに、皿江が息を吐いて言う。
「良いだろう。ヌエビトの話だったな」
「……! ありがとうございます!」
「全く、孫娘の教育に悪いことこの上ない」
孫娘とは、表で遊んでいた少女のことだろう。
皿江は少し間を置いて話し始めた。
「この村の近くには勝未森という森があるのは知っているだろう。とはいっても、今では『ヌエビトの森』など呼ばれているが」
皿江は苦々しげに言う。
その呼称が気に入らないのだろう。
「ことの始まりは六年前の春だ。村恒例の豊作を祈る祭りの夜、酒に酔った伍兵衛という村人が用をたしに行ったとき、勝未森の付近を歩く人影を見たらしい。そしてその人影は人と犬のような頭を持っていたそうだ」
「それで――?」
「その人影……いや、もうヌエビトと言ってしまおう。ヌエビトはまるで伍兵衛を観察するようにジッと動かなかった。途端に恐ろしくなった伍兵衛は一目散に逃げ帰り、事の顛末を村の者たちに言って話したが、伍兵衛が酒に酔っていたこともあって、皆それを信じなかった。その一ヶ月後、伍兵衛は行方をくらませた」
「行方をくらませたって……」
「言葉どおり、いなくなった。何の変哲もない昼間に『少し出かけてくる』と言って家を出て、それっきり誰も伍兵衛を見ていない」
平間は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
ヌエビトの話も恐ろしいが、自分の村の人間がいなくなった話を淡々と無感情に語る皿江が、温血の通っていない何かに思えたのだ。
平間の薄ら寒い心地を知ってか知らずか、皿江はなおも平坦な声で続ける。
「それからしばらく後、秋ごろに、今度は旅の商人夫婦が私のもとを訪ねてきた」
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