幕間にて―10分35秒―

Mt.hachi_MultiFace

幕間にて―10分35秒―

「こんにちは! あなたは一〇七八一九番目のお客様です!」

「っておーい。もう、挨拶は返さないと。とは言っても、適当なのが『こんにちは』なのか『こんばんは』なのか、言っているこっちも曖昧なところはあるんだけどね。ここは魂の保管庫アーカイブ。君みたいな若くして自ら命を絶った人の魂の記憶を保存するところだ」

「ところで君は、この国の若者の死因で最も多いものは何か知ってるかな。これを読んでいる人は交通事故だって言うかもしれないけど、実際はダンプで轢かれて死ぬ人はそう多くない。答えはね、自殺だよ。癌でも奇形でも循環器障害でもない、自殺」

「この地球にいる無数の生物の中でも、君たち人間ほど自殺する生き物はいない。つまり人間は、そういった意味で生物の特異種だと言えるんだ。それでね、僕をつくった神様的な存在が、その自殺する生物に興味を持ったらしい。それも、歳をとって自殺するのは経済的事情とか、精神的に参ってしまったとかで大体想像は付くんだけど、若い人のは結構理由にバリエーションがあって面白いから、若い人の魂だけ保存することにした。それで僕が作られたってわけ。ちなみに担当は日本だけで……外国のことはよく知らないや。でも、この国担当の僕は同業者がいたとしてもかなり忙しい方だと思っている。それだけこの国では自分殺しが流行っているんだ」

「自己紹介をしよう。僕に与えられた行動理念は二つだけ。魂を保管するための分類タグつけをすることと、退屈を感じること。退屈を感じるから、ここにやってきた今の君のような魂の残渣のこりカスとお話して、一つ目の行動理念をより高度に遂行させようって腹づもりなんだろう。僕に言わせて見れば、いい迷惑なんだけど」

「ああでも、何で君が死のうと思ったかなんて興味は無いよ。来るときに大体知ってるし、十万人以上の話を聞いてきた僕からすると、どれもありきたりでつまらない。やれ恋人に裏切られた、怪我をして動けなくなった、友人がどうの、社会が親が先生が兄弟親戚がなんだ、ってね。だから、一万人を越えた辺りから特に死んだ動機は訊かないことにしている。君が今ここでするべきことは、次の魂がやってくるまで僕とフリートークすることだけだ。もし話したければその限りではないけどさ」

「ここが気になる? いいよ、お話しよう。ここはさっきも言った通り、君みたいな若い自殺者の魂を保存するところだ。と言っても正確には、魂の原本をそっくりそのままコピーしたものを、ね。だから君はコピーされた方。Ctrl+C、Vで生まれたのが君だ。おいおい、そんながっかりするなよー。別に原本の方だって何か特別扱いされてるわけじゃない。たとえば、強くなって異世界に行けたりもしない。そういう意味では、大体君と同じようなものさ。と、そういう風に僕を作ったやつから聞いてるよ。本当は知らないんだ。生まれてから一度もここ以外のものは見たことが無いから。それでね、ここは時間も空間も存在しない場所だ。空間が無いのに『場所』っていうのもおかしな気がするけど、まあ便宜上仕方ないよね。宇宙が始まる前はどこもこんな感じだったんだって。最果ての場所、って言ったらわかりやすいかも。あ、時間は君たちの世界とぼんやりリンクしているよ。次の魂が来るまで、って言ったのはそういう意味だ」

「実を言うと、僕は君たちとの会話で退屈を紛らわせられることがほとんど無い。1%も新鮮さを感じられるなんてことは、ものすごいレアケースだ。もともと無口な人が多いし、こんな状況になったらみんなほとんど喋らなくなるからね。だから君は結構話してくれる方だよ。これでもね」

「僕は君たちの尺度で二十年ほどこうやって過ごしている。本当、貧乏性の誰かさんのおかげで、年々退屈さは増すばかりさ。なんで自殺なんかしたのか、なんて訊くのも飽きてしまうくらいに、つまらない。結局君たちは皆、自分が自分だけの特別な理由で死ぬと思っているだろうが……いや、この話はもうしたよね、やめよう」

「僕のこの姿は、君たちが思う最も無難かつ適度に親しみやすい姿に適宜調整されている。ていうのは、僕には実体が無いからなんだけど……ほら、日本神話の最初の最初の神様も概念だけの存在でしょ? あれと似たような感じだよ。僕らみたいな存在は、こういうスタイルがオーソドックスなのさ。ところで僕は、君にはどう見える? 猫? それは斬新だなぁ、まだ百人目くらいだよ。ほとんどの人にとって僕は人間の姿に見えるらしいんだけど、猫でも飼っていたのかな? ……そうか、きっといい友人だったんだろうね」

「おっと、ぼちぼち時間切れみたいだ。何? 名前? 僕の? ふふっ、そんなこと聞かれたのは十回目くらいだよ。名前は無いよ。え、付けたい? 僕の名前を? こんなこと言う人間は君が初めてだよ! ありがとう、久々に楽しい思いをさせてもらった。それで、なんて名付けてくれるのかな? ……****か。由来は……君の猫の名前? おいおい、一応僕は君らの神様みたいな存在だよ。それなのに猫の名前なんて……いや、これも面白いかもね。気に入ったらその内、採用させてもらうよ。それまではまだしばらく名無しで行こうと思う。我輩は猫である、名前はまだ無い、なんてね」

「それじゃ、本当に時間が無いからここで終わりにしよう。僕は君ら人間の魂とお別れするときにこう言うようにしている。もしかしたらその場には僕はいないかもしれないし、君が閲覧されることは無いかもしれないけど、そっちの方が、何と言うか、おもむきがあると思うんだ。 それじゃあお別れだ、さよなら――」



「またね」








――――――








「さて、と。こんにちは。こんばんはかな? ……ねえ、挨拶はしっかりしようって言ったよね? なに自分のことじゃないみたいな顔してるの? 君に言ってるんだよ、これを読んでいる、君。そう、君だ。物語の中の存在が読者に話していけないなんてルールは無い。最近流行りのデップーだってそうだろ。何故僕が君に話しかけていいか、その点において僕はしっかり理論武装してるから、ぜひ披露させてくれ。僕はこの物語の人物達より一個高次の存在だ。で、君と同じ次元の作者が書いたこの作品世界は、君の次元より一個低い次元に相当する。つまり、君から見たら僕は、マイナス1プラス1イコールプラスマイナスゼロの同次元の存在に当たる。だからこうやってメタ発言をしても許されるわけだ。さらに言えば、君が僕の話を読んでいる時、僕もまた君らの話を読んでいるよ。お、君なかなかイケメンだね。あー、そっちの君はそんなにかな。僕のところに来たくなったらいつでもおいでよ。その時会えるのは僕や君より一個高次元の僕だけどね」

「もし僕ともっと話がしたかったら、遠慮なくどうぞ。退屈だからテーマさえあれば何でも受け付けるよ。方法? それは自分で考えてくれ。まあ思いついたら多分それが正解だ。なんかこの話の上の方に答えがありそうだけどさ」

「ああ、君には本来の意味で使えそうで嬉しいよ。それじゃあ、またね。シーユーネクストターイム」

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