引きこもりLv.999の国づくり! ―最強ステータスで世界統一します―

魔法少女どま子

トルフィンの部 【性悪野郎】

 ――勇者。
 エメラルドに燃える剣を携え、目にも止まらぬスピードで走るアルスを見て、トルフィンはそう思った。

 頼む。
 天使を……リュアの敵を討ってくれ!
 地面にへたり込む格好で、トルフィンはなかば祈るように戦いを見守った。

「なん……だと? この力は……どういうことだ!」

 アルスに気づいた天使が、両目を剥いて勇者に向き直る。
 耳をつんざく金属音。
 アルスの剣、そして天使の拳が衝突した。
 天使の身体は魔法でコーティングでもされているのか、アルスの剣と互角に押し合いを続けている。キリキリキリと、耳が痛くなるような金属音が響きわたる。

「おおおおおおっ!」
 アルスが一際大きく叫んだ。 

 突如。
 拮抗きっこうしていた力のバランスが崩れた。

 アルスにより振り下ろされた剣先が、見事に天使の胴体を捉える。
 ズッシャアア! という生々しい切断音とともに、天使が大量の鮮血をまき散らし、後方に仰け反る。
 天使は野太い悲鳴をあげ、ぎりぎりと大きな口を食いしばった。

「馬鹿な! なんだ、この尋常ならざる力の胎動は……!」
「わからないか! これが人々の想いだ! 貴様らごときに人間を滅ぼさせてなるものか!」

 そこからの反撃は見事というしかなかった。
 一撃、また一撃と、アルスは天使の身体に斬撃を浴びせていく。《ユグドラシル・デュアル》により一時的にステータスが底上げされているのかもしれないが、それ以上にアルスの剣の腕前がすさまじい。伊達に勇者を語っていない。天使の拳を花びらのごとく華麗に避け、こちらは的確な剣撃を差し向ける。さながら達人の所行だ。 

「くっっそおおおおおお! ありえぬ! この俺が負けるなどォォォォオ!」

 怒り狂った天使が怒濤の叫び声を発した。音そのものが凶器と化し、周囲の空気に振動を発生させる。危険だと思ったのか、アルスは大きくバックダッシュし、天使から距離を取った。

 天使の息づかいは荒かった。自身の胸を抑え、ゼェゼェと瀕死のような呼吸を繰り返しながら、血走った目をぎょろりとアルスに向ける。

「ふん。幾分か強くなったようだが……それでは俺には勝てない! 忘れたか! 俺には偉大なるディスト様がいらっしゃる!」
 続けて天使は演技がかった仕草で、空に向けて両手を広げた。
「ディスト様! 再び俺に力をくださいませ! さらなるステータスアップをしてくだされば、王子や勇者など微塵に砕いてみせますぞ!」

 しかしなにも起こらなかった。
 寂しい風だけが、ひゅううううと通りすぎる。
「ディ、ディスト様!」
 天使はぽかんと口を開け、なおも天空へ向けて叫んだ。
「この光景、あなた様は見られておられるのでしょう! 気づかれていないわけがない! ディスト様、お早く……」
 しかし、それでもなにも起こらなかった。

「……見捨てられたようだな」
 ぽつりと、勇者アルスが呟きを発した。
「俺も奴の性格を思い出してきたよ。かなりの性悪野郎だ。敵はもちろん、味方さえも、自分を楽しませるための駒としか思っていない」
「な、なんだと……。で、でも俺は……」
 目を白黒させ、動揺する天使に、アルスはトドメの一言を浴びせた。
「簡単なことじゃないか。天使よ、要するにおまえも駒に過ぎなかったんだよ」
「ありえぬ……そんな馬鹿な……ディスト様、俺にご期待をかけてくださったんじゃ……」
 太い眉をだらりと下げ、悲嘆に暮れる天使。

 こうなってはもう、トルフィンも哀れみの目を向ける他なかった。
 おそらく、こうして天使が悲しんでいる光景さえ、ディストは楽しんでいるのだろう。まさに最悪の糞野郎だ。
 かつての人間界の王――エルノスもかなりの性悪だと聞いていたが、ディストはそれをはるかに上回る。

「いや、まだわからぬ! 俺はまだ生きているッ!」

 なにを思ったか、天使がふいに狂気のいろを瞳にまとい、むんっと全身に力を入れた。
 アルスも目を見開き、エメラルドの剣先を天使に向けた。

「なっ……貴様、まだ余力があるか!」
「当然だ! 我はまだ生きている! この場を打開すれば、再びディスト様がお目をかけてくださるやもしれぬ!」

 うわっはっはっは、と狂った笑い声をあげながら、天使は戦闘の構えを取った。
 デタラメだ。そうでも考えないと、自我が保てないのだろうとトルフィンは思った。
 そうして最後の戦いが口火を切ろうとした、その瞬間。

「かはっ……」

 ふいに天使が呻き声を発し、膝から崩れ落ちた。
 見れば、奴の背後に回り込んだリュアが、剣の刀身を天使に突き刺している。

「あんたはお父さんの敵……絶対に、許さないんだから!」

 言いながら、リュアが容赦なく剣を引き抜く。さすがに大ダメージだったか、天使が激痛の表情を浮かべた。

「ぐうっ……馬鹿な、俺がこんな小娘に……ッ!」
 動揺したあまり、リュアに背を取られたことに気づかなかったのだろう。奴の最期は実にみじめなものだった。

 天使はその姿を無数の粒子に変えるそのときまで、ずっと天空を見つめ続けていた。

「引きこもりLv.999の国づくり! ―最強ステータスで世界統一します―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く