引きこもりLv.999の国づくり! ―最強ステータスで世界統一します―

魔法少女どま子

幼い皇女

 見渡すばかり、木、木、木。
 細い木が周囲一帯を覆っており、視界は最悪である。地面には背の高い雑草が生い茂っており、見たことのない奇妙な花もあちこちに咲いている。

「ここは……」
 ぐるりと周囲を観察しながら、シュンはひとり、呟いた。

 魔王城の周辺もこんな薄気味悪い森林が広がっていた。
 だが、不気味さにおいてはこの場所のほうが断然勝っている。
 どういう原理なのかは不明だが、空気全体が紫に淀んでいるのだ。それでいて、空は重たい灰色に包まれている。時間的にはもう深夜のはずなのに。

 呆然と立ち尽くすシュンの脇で、セレスティアがへたれ込んだまま、ぼそりと呟いた。
「そんな……《アグネ湿地帯》……」
「アグネ湿地帯……だって……?」
「うん……。古来から悪魔が住んでいる地で……危険すぎるから調査が難航してるって……」

 悪魔。
 ロニンの管轄する《モンスター》とは違うのか。
 セレスティアに尋ねてみるも、彼女にもわからないらしい。この場に魔王がいないことにはどうしようもない。

 どうやら、この場所に飛ばされたのは、シュンとセレスティアだけのようだ。

「くそ……あのクソったれのエルノスめ……」

 直接やり合ったところで適わないことはわかっていたのだろう。だからシュンたちを危険地帯へと《強制転移》させたのだ。
 シュンはため息をつき、右手を空に掲げた。どこに転移させられようとも、シュンには《ワープ》がある。また戻ればいいだけの話だ。

 ーーが。
「ありゃ?」
 シュンは目をぱちくりさせ、素っ頓狂な声をあげる。
「どうなってんだこりゃ。魔法が出せねえぞ」

 いつもの要領で魔法を発動させているにも関わらず、なにも起こらない。MPが減る感覚さえ沸かない。

 どうなってんだ……?
 シュンが戸惑っていると、セレスティアが助け船を出した。

「ここでは魔法は使えないわ。詳しい原因は不明だけど、この紫の空気が関係していると言われてる……」
「マ、マジかよ……」

 ということは、この紫の瘴気しょうきのない場所に抜けるまで、王都はおろか、シュロン国にも帰れないことになる。

 ーーロニン……
 客室に置いてきた妻が気がかりだが、彼女とて魔王だ。ちょっとくらいの困難なら自力で乗り越えられるのだろう。三年前には、力を合わせて魔王城を攻略した仲でもある。 

 俺はここから出ることを考えないと……

「そうと決まったらいくぜ。いつまでもこんなとこにゃいたくねえ」
「う、うん……」
 しかしセレスティアはへたれ込んだまま動かない。
「なにしてんだ。さっさと行くぞ」
「ごめん。た、立てない……」
「は?」

 シュンは改めてセレスティアを見下ろす。

 震えていた。
 いつもの強気な態度はどこへやら、身体をぶるぶる震わせ、顔もどこか萎縮している。まるで追いつめられた猫だ。
「ごめんシュン君。私、怖いの……動け、ない……」

 ーーいや。
 彼女を攻めることなどできない。
 ーー皇女セレスティア。
 彼女は実の父に裏切られ、シュンごと強制送還されたのだ。しかもその場所が、人類にとって未踏の危険地帯……

 皇族とはいえ、本来は学園に通っているはずの年齢なのだ。怖いものは怖い。

 シュンは息を吐くと、セレスティアの前に屈み込んだ。
「おぶってやるよ。乗れ」 
「え……で、でも……」
「遠慮するな。国民のために働くのが王だ。違うか?」

 セレスティアの息を呑む気配。

「……そ、それって……」
「ん?」
「い、いえ、なんでもない」
 そう言ってから、セレスティアは遠慮がちに、シュンの背中に身体を預けるのだった。

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