悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第三十二話 よくあることですから

「殿下、少しよろしいでしょうか」


 リヴァイが外で控えていた護衛騎士の青年に呼ばれてアトリエを出てから数分後、申し訳なさそうな顔をして戻ってきた。


「すまない、リオーネ。少し急用が出来たので、今日はここで失礼する」
「何かあったのですか?」
「大したことではない。いつもの事なのだが……兄上が……」
「エルンスト様が……?」
「………………行方不明になった」
「え?! 行方不明ですか?!」
「今から俺の護衛を担当している騎士団も捜索に向かわせる。だから一度、城に戻らねばならぬのだ」


 なるほど……もうそんな時期なのか。リヴァイが八歳を迎えたという事は、エルンスト様はそろそろ旅に出るための準備を始められる頃合いだ。

 第一王子のエルンスト様は、「リューネブルクの錬金術士」の中ではメインキャラの一人として登場する。
 幼い頃、精霊族の少女に助けられた過去を持つ彼は、恩返しにその子が一目みたいと憧れていたある花をみせてあげる約束をした。銀蝶花と呼ばれるその美しい花を探しに行きたいのだが、第一王子としての立場がそれを許さない。夢と現実の狭間で葛藤し悩んだ末、置き手紙を残して城を去る。
 夢のために全てを捨て身分を隠し、持ち前の剣術を生かし冒険者エルとなった彼は、少女との約束を叶えるため、世界中をめぐって銀蝶花を探している。その道中、主人公達と出会い共に旅をするようになるのだ。

 エルは傭兵キャラの中では一番使い勝手がよかった。レベルが高いのに、無料で雇える。パーティーの一枠はもう彼のためにあると言っても過言ではないだろう。
 INTが低いから魔法に関しては攻撃も防御も期待できなかったものの、それ以外のステータスは優秀で、必殺技もバランスがいい。雑魚敵用の全体スキルとボス用の威力の高いスキルを合わせ持ち、前線に出してもある程度耐えてくれるから、通常マップではかなり優秀なキャラだった。

 ただ彼の不運な所は、精霊族の少女に会いに行くために通るダンジョンが、ほぼ魔法攻撃の敵しか出てこない点だろう。
 そして苦難の末連れて行っても、精霊族の少女は病にかかっていてエルのことを覚えていない。
 五回の会話イベントを起こした後、期限までに銀蝶花を採取しエリクサーを作って再び訪れて、やっとエルのストーリーイベントが完了する。

 このイベント見たさによほどのキャラクター愛がない限り、面倒すぎてエルを精霊の隠れ里には連れて行かない。本当にプレイヤー泣かせの仕様だったけど、その苦労を乗り越えた後のイベントは本当に感動ものだった。

 ウィルハーモニー王国に連れてきた時のリヴァイとの和解イベントも泣かせてくれたし、「リューネブルクの錬金術士」の中では、人情味があって一番好きなキャラだった。
 むしろ彼が居なければ「リューネブルクの錬金術士」は始まらない。冒険の最序盤で主人公達のピンチを救ったのは、エルだ。彼が居なければ主人公達はあそこで命を落としていただろう。

 これはつまり、エルンスト様には旅の支度をばっちり整えて頂く必要があるということだ。
 そのために今私が出来るのは……これ以上捜索隊の人数を増やさせないこと! 何とかして、リヴァイを少しでも長くこの場に止まらせる必要がある。


「リヴァイ、もう帰ってしまわれるのですね。折角会えたのに残念です」
「……すまない、リオーネ。そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
「でも、仕方ありませんよね。エルンスト様の身に何かあっては大変ですし……」
「そこは大丈夫だ。兄上は武芸にかなり秀でておられる。賊ぐらいなら返り討ちにされるだろう。ただ……」
「ただ……?」
「極度の方向音痴なのだ。だから、迎えに行かねば自力で城に戻って来られるのがいつになるか、見当もつかない」


 ああ……そっか。確かにそんなキャラだった。道に迷った時、エルの助言ほど当てにならないものはなかった。
 ちょっと待て。という事はむしろ本当に迷子になってる可能性が高い。思い起こせば超ポジティブ思考の天然キャラだった彼に、計画性という言葉は似合わない。それにエルは精霊の加護を受けている。そのせいで空間の狭間をすり抜けやすい体質になっていたんだっけ。
 失敗だ! リヴァイを引き止めたのは失敗じゃないか!


「リヴァイ、引き止めてしまってすみません。すぐにでもお城に……」
「大丈夫、心配ありませんよ。エルンスト君の居場所なら私が知っています」
「先生、本当ですか?!」
「ええ。先程まで一緒でしたから」

 一緒に居た?!

「兄上は、兄上は今何処に?!」
「帰りの道中、メルエム街道でたまたま会って、お話しながら一緒に狩りをしていました」
「一緒に狩りって……すでに王国内から出てるのですか!?」
「公務を片付けた後、気分転換に中庭を散歩していて気が付いたらあそこに居たそうですよ」
「全く、何をどうしたら中庭を散歩していてそのような所まで……」
「よくあることでしょう」
「ありませんから!」


 セシル先生の場合、散歩がてらそのままフライングボードで飛んでいきそうだ。授業が休みの日は、お屋敷から出られてる事が多いし。むしろ野外フィールドは先生にとって、庭みたいなものかもしれない。


「とりあえず、迎えに行きますか? これでひとっ飛びすればすぐにでも着きますよ」
「それは何ですか?」
「フライングボードです。錬金術で作った空を飛べる乗り物ですよ」
「半年ほど前から、城下の方で空を飛ぶ不審な物体が目撃されているとよく報告が上がっていました。もしかしてそれは……」
「私でしょうね。授業が休みの日は公務で各国を飛び回ってましたから」
「ああもう本当に相変わらず突拍子のないことを! セシリウス様も兄上も、どうしていつもこうなのですか!」


 リヴァイが頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。苦労してるんだな……常識人のリヴァイにとって、エルと先生は規格外の行動を普通の感覚でやってのける異端の塊みたいな存在なんだろう。


「リヴァイ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。取り乱してしまってすまない。それより今は……兄上を連れ戻す方が先決だ。放っておいたらどんどん遠くへ行ってしまわれる」


 逆に放置した方が、世界をぐるりと一週してきちんと戻ってきそうな気もするけど……ああ、確かにそれだと帰ってくるのがいつになるか見当もつかないな。

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