悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第二十六話 王子と種まき

「あの、リヴァイ。もしお時間があれば……その、一緒に種を植えませんか?」
「ああ、かまわない」
「ルイスは……?」
「僕はそろそろリチャードが呼びに来るだろうし、剣術の稽古に行くよ。リヴァイの事よろしくね、錬金術を見てみたいんだってさ」
「そうなのですか?」
「ああ、邪魔じゃなければ見学したい」
「はい、勿論です」


 去り際、ルイスはリヴァイの耳元で何かを囁くと、笑いながら走って逃げた。どうやらからかっていったようで、リヴァイの顔は少し赤くなっている。


「リヴァイ、大丈夫ですか?」


 私より少し背の高いリヴァイを見上げると、恥ずかしそうに視線を逸らされた。


「大丈夫だ。それより、種を植えるのだろう? 手伝おう」
「ありがとうございます」


 テーブルに置いてある種の瓶を抱えて持っていこうとしたら、「俺が持つ。重いだろ?」とリヴァイが代わりに持ってくれた。
 自分で持てないわけではないものの、瓶は重量感があって重い。そのさり気ない気遣いに感謝しつつ、お礼を言って花壇に案内する。

 温室の外で作業をしている庭師のトム爺に小さなスコップとじょうろを借りにいくと、アトリエの横に私専用の園芸グッツが揃えてあると教えてくれた。ルイスの分まで色違いで2つずつ用意してくれているらしい。
 種の蒔き方のコツを習い戻ろうとしたら『お嬢様、応援してますぞ!』と、意味深にガッツポーズをされた。全く、いくつになってもミーハーなお爺ちゃんだ。


「すみません、リヴァイ。お待たせしました。道具も揃ったことですし、早速始めましょう」


 ルイス用のスコップを渡し、アトリエの横に作られた自由に使って良い花壇スペースの一角に腰を下ろす。スコップで軽く土をほぐしていくと、真似をして隣ではリヴァイも土を掘り始めた。
 楽しそうにスコップを握るリヴァイだけど、その姿と背景がなんともミスマッチだった。それもそうだろう、とても土いじりをしていい服装ではない。


「リヴァイ、お召し物が汚れます。ここは私がやりますので」


 種をまく作業だけにしてもらえばよかった。
 多少ラフな装いをされているが、羽織られた上質なベルベット生地で作られているであろう黒のロングコートが地面についている。
 一緒に種を植えようと誘ったのは失敗だったかも。前回の砂場遊びの時は奇跡的に怒られなかったものの、今回もそうだとは限らない。もしお城に帰ってリヴァイが悪く言われてしまっては申し訳ない。そんな私の思いとは裏腹に


「汚れたなら払えばよい。だから気にするな。それで、次は何をすればよいのだ?」


 キラキラと瞳を輝かせながら尋ねてくるリヴァイ。どうやら次の行程を望んでいるらしい。そんな目で言われてしまっては仕方ない。


「ある程度柔らかく出来たら穴を掘ってそこに種を植えます」
「分かった」


 ザクザクと土を掘り返して、リヴァイはどんどん穴を掘っていく。その横顔は笑顔であふれている。砂場で泥団子作ってる時も楽しそうだったし、こういう土いじりが好きなのだろうか?


「どうした?」


 私の視線に気付いたようで、リヴァイが不思議そうに尋ねてきた。


「いえ、楽しそうにされているので土いじりが好きなのかなと思いまして」
「王城では出来ないからな、新鮮で面白い。それにここは他の貴族の家とは少し違うからな」
「そうなのですか?」
「ああ。普通は庭に、砂場やブランコなど作ったりはせぬ。土でも触ろうものならきっと目くじらをたてて怒られるからな。ロナルド卿は親善大使として各国をまわられているから、視野が広いのだろう」


 貴族には、領民を守る使命がある。それがお父様の口癖だ。人の上に立つ身分を与えられているのだから、それは当然の義務だと。
 貴族としてある程度の尊厳は必要だけど、民の生活に寄り添い理解する気持ちも必要だと、あの遊具を作ってくれた。


「この国は身分にうるさい所があるが、俺はあまりそれが好きではない。花の都と名高いカトレット皇国のように、もっと自由がある国にしたいのだ」
「リヴァイはカトレット皇国に行かれた事があるのですか?」
「ああ。一ヶ月程滞在したことがある。自然にあふれ景色も綺麗で、何より市民が生き生きとしていた。皇族と市民に垣根もなく、街を歩けば親し気に話しかけてくる。この国では考えられないことだろう?」
「そうですね」


 作中の花の都と名高いカトレット皇国は、この国のように王政をとっていない。皇族は国の平和の象徴的存在で、主に他国との親善が主な仕事であり、実際に国内の政治を行っているのは市民から選出された代表者達だった。
 とてもフランクな皇族一家で和気あいあいと、主人公に絡んできてたっけ。そして難易度の高い依頼をおつかい感覚でお願いされたんだ。最後に出てくる国だから、周辺のモンスターも強くて中々苦労させられたのを覚えている。ものすごく風流でのどかな街並みでは考えられない程、いろんなものがハイレベルの超人国家だった。並の冒険者より、あそこに住んでる人達の方が十倍は強いと思うくらいには。


「よし、穴はこれくらいで良いか?」
「はい。ではそこに種を植えましょう」
「どの種を植える?」
「リヴァイには、赤のリボンが付いた小瓶の種をお願いしてもいいですか?」
「これだな」


 リヴァイは小瓶を受け取るとふたを開け、何の迷いもなくその小瓶を地面に向けて傾ける。
 え……まさかの全投入?!


「待って下さい!」


 貴重なマジックフラワーの種が地面に注がれる寸前、両手で小瓶を挟みこんで何とか阻止成功。間一髪間に合ってほっと安堵の息をもらす。


「穴に種は1つでいいんですよ。すみません、私の説明不足でしたね」


 謝りながらリヴァイの方に視線を向けると、彼は真っ赤に頬を染めたまま固まっていた。


「あの、リヴァイ? どうしました?」
「その……手が……」


 手が? ……ああ!!
 小瓶ごと、思いっきりリヴァイの手を握りしめたままだったことにそこでようやく気付く。


「すみません、痛くなかったですか?」
「だ、大丈夫だ」


 慌てて私が手を離した結果、マジックフラワーの種が全て地面に落ちてしまった。
 それを見て「あ……」と思わずもれた声が重なり、顔を見合わせて笑い合う。


「拾うか」
「ですね」


 1つずつ大事に拾い集めて小瓶に詰め直す。育てるのが難しい品種なので、とりあえず試しに3つずつ種を植えた。
 スコップで種の上に土を被せて種まきは終了だ。


「後は水をあげたら今日の作業は終了です」
「水、か……」


 急にリヴァイの顔が険しくなった。


「じょうろに汲んできますので、少し待っていて下さい」
「あ、ああ。すまない」


 何故か申し訳なさそうにリヴァイは謝った。その様子が気になりはしたものの、とりあえず私はじょうろに水を汲みに行くことにした。あまり待たせるのも悪い。それにそろそろ先生がお見えになる時間だ。
 急いで水を汲んで花壇に戻ると……


「すみません、リオーネ。遅くなりました」


 大きな紙袋を両手に携えた先生が温室に入ってこられた。


「先生、こんにちは。今日もよろしくお願いします。リヴァイ、こちらは私が錬金術を習っているセシル先生です」


 挨拶する私の横で、リヴァイが驚いた顔で先生を見ながら叫ぶ。


「せ、セシリウス様?! こんな所で、何やってるんですか!」
「リヴァイド君、しばらく見ない間に背が伸びましたね」


 抱えていた紙袋を地面に置いた先生は、よしよしとリヴァイの頭を撫で始めた。


「ちょ、撫でないで下さい!」


 慌てて抗議するリヴァイに、先生はリヴァイの視線の高さまでしゃがむと秘密話をするように小声で話しかける。


「いいですか? 今の私はセシルです。セシル・イェガー。はい、分かったら復唱して」
「せ、セシル・イェガー?」
「はい、よく出来ました」


 そしてまたリヴァイの頭を撫で始めるセシル先生に、リヴァイが「止めて下さい!」と必死に抗議している。
 一体……どういう関係ですか?

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