悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

【閑話】儚げな妖精(後編)

(もう一度、あの子に会いたい)


 その欲求から公爵家を訪れても、会う所か一目姿を見ることさえ叶わない。公の行事にリオーネが姿を現すこともなく、参加してもらえないかルイスに頼み込んでも「無理強いは出来ないよ」と良い返事はもらえない。

 そういった行事に元々子供は自由参加だから仕方ないのかもしれないが、大半の貴族は幼いうちから人脈作りのため式典や茶会などのパーティに姿を現す。そこで得意楽器を披露するのが、この国ではよくある事だ。素晴らしい演奏をする者は国の宝であり、評判になれば箔もつく。

 ルイスがパーティでヴァイオリンの演奏を披露する度に、彼の評価は上がり続けた。それと同時に社交界では、深窓の令嬢リオーネの噂で持ちきりになっていた。
 演奏する姿が月の女神の申し子のように美しいため、悪い虫がつかないよう公爵が外に出し渋っている。ロナルド卿のお眼鏡にかなう演奏をした者のみ、彼女に会うことが出来るだのなんだの。噂が噂を呼び、もうどれが本当のことなのか分からない。

 分かっているのは、あの子はルイスと同じヴァイオリン奏者だということ。どんな演奏をするのか、想像すると心が弾んだように楽しくなる。


(何を馬鹿なことを……)


 何故、ひとりの少女にここまで心を動かされねばならぬのか。邪念を払うように無心でピアノを弾き続けた。楽譜を見るわけでもなく、思いつくまま、気のままに。
 午後のゆったりとした時間に、アップテンポの激しいピアノの音色が鳴り響く。


「今日は一段と荒れてるね」


 ちょうど一曲弾き終えた所でかけられた言葉に、思わずリヴァイドの肩が驚きで跳ねる。王族のプライベートサロンに、顔パスで来れる人間など限られている。


「なんだ、ルイス……来てたのか」
「自分から呼んでおいて忘れる?」
「ああ、もうそんな時間か。すまない」


 二重奏をやろうと約束していたのを思い出す。楽譜、楽譜はどこだと収納してあるラックを漁るも見つからない。それはそうだろう。楽譜はすでにピアノの譜面立てにおいてあるのだから。


「最近のリヴァイってなんかボーッとしてるよね。楽譜、もうそこに準備してるじゃない。一体どうしたの?」


 首をかしげて尋ねてくるルイス。それに合わせて後ろで一つに結んでいるプラチナブロンドがサラリと揺れる。リオーネと同じ色素の薄い綺麗な金糸だ。その髪留めを解けば、肩につくぐらいの長さはあるだろう。そこで、ある事に気付く。

 その髪を下ろせばリオーネに限りなく近付くのでは?

 リヴァイドは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。見てみたい……その欲求に抗えなかった彼はもっともな理由をつけてルイスの髪をほどきにかかる。


「どうもしてない。それよりルイス、髪留めの紐が緩んでいる。俺が結び直してやろう」
「ああ、うん。ありがとう」


 髪留めの紐の端をそっと引っ張ると結び目が解け、線の細いストレートの金糸がこぼれ落ちる。


「あれ、何で解いちゃうの?」


 そう言ってルイスが振り向いた瞬間、その姿があの日見たリオーネの姿と重なり、リヴァイドの心は激しく高鳴る。マグマのような熱い思いが止まることなくあふれていく。自分の気持ちを自覚した瞬間、激しく後悔の念に駆られた。

 男相手に何をやっているのだと。しかも、相手は親友。

 早鐘のように鳴り響く心臓の音を誤魔化しながら、腹いせにルイスの髪を三つ編みにしてやった。違和感に気付いたルイスは慌てて抗議する。


「ちょっと! 何で編み込んでるの!」


 リオーネと重ねてときめいた腹いせなどと言えるわけもなく、リヴァイドは適当に誤魔化す。


「ヴァイオリン弾くのに邪魔だろ。それよりルイスこそ、何で髪伸ばしてるんだ?」
「えーっと、それは……そう、願掛け! 夢が叶うまで切らないって決めたから」


 何故かしどろもどろにそう答えるルイスに多少の疑問を抱きつつも、話題を変えられたことにほっと息を吐く。


「夢って何?」
「……リィに幸せになってもらうこと、かな」
「普通そういうのってさ、自分の事じゃないのか?」
「僕はいいんだ。リィが幸せになってくれるなら、それで……」


 いつもこうだ。妹の事になると、ルイスは思い詰めたような顔になる。

 何を隠している?
 レイフォード家は何を隠している?
 鍵を握るのはやはり、リオーネだ。病を患っているというが、本当にそうなのか?
 ロナルド卿に口止めされているというのは、もっと別のことなのではないか? 

 今はそうでもないが、昔は不吉の証として双子は迫害されていたという歴史もある。それを危惧して、ロナルド卿がリオーネを軟禁しているとしたら……ルイスが思い詰めた顔で妹の幸せを願っているのにも納得がいく。
 ああ、だから空を見てリオーネはあんなにも悲しそうな顔をしていたのか。外に出たくても叶わない。その思いの現れなのだ。なんとも可哀想に。リヴァイドの脳内で絡み合った糸が綺麗に解けた瞬間だった。


(それならば、俺が外に出してやる)


 多少の権力を振りかざすことになるが、致し方ない。囚われの姫を助ける勇者にでもなったかのように、リヴァイドはやる気で満ちあふれていた。

 その後彼は、現王である父に頼み込み自身の誕生パーティを盛大に開催して欲しいとお願いした。未来の側近と妃候補を決めるのに、なるべく多くの同じ年頃の子息と令嬢を呼び集めたいと最もらしい理由をつけて力説。王様直々の招待となれば、そうそう断れるものではない。
 こうして見事、リヴァイドはリオーネを屋敷の外に出させることに成功したのだった。

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