ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー忘れたくない日ー

 誰にだって忘れたくない1日というものはある。
 出会いの日であったり別れの日であったり、楽しい日であったり悲しい日であったり。
 静流にとって、今はそんな1日の締めくくりだ。

 ふと盛り上がっている方に目を向けてみると、余興にどうだとアルビナと雛樹が腕相撲をしていた。
 静流は少しばかり呆れたのだが、突然それに対して賭けが始まり、アルビナと雛樹の間には負けたほうがワインをひと瓶開けるといった罰ゲームが課せられた。

「昔のようにはいかないと思うけどな、アルビナさん」

「ふふ、ぬかせ。まだお前のような坊やに負けてはやらん。コルクを抜く余力は残しておくことだ」

 アルビナが左利きのため、雛樹も左手で応じることになった。
 右でもいいとアルビナは言ったのだが、雛樹はそれを聞き入れず、左手を差し出してこう言ったのだ。

「俺は両利きですから」

「ほう、ならば負けて言い訳を言うこともないのだろう」

 さあ、ここからお互いがっと腕を組んで勝負が始まる。

 掛け声は静流、雛樹の後ろでガーネットが雛樹の勝利を確信しているようなことをつぶやく。

「しどぉが負けるわけないでしょお」

「どうかな?」

「うわ、でたぁ」

 突然話しかけてきた恭弥に、ガーネットは不快感を表した。

 「そう邪険にしないでほしいね。まあそれはともかく、我妻は君が思っている以上にやる女だということだ」

「噂には聞いてたけどぉ」

 そんな会話が交わされる中、アルビナと雛樹の腕相撲は拮抗したまま動かなかった。
 アルビナがふざけて持ちかけた勝負だったのだが、随分と盛り上がりを見せ……そして。

「ぐっ……!?」

「ふふ、もう辛そうだな?」

 徐々に雛樹が押され始めたその時だった。

「しどぉ、勝たないとビンタぁっ」

「ヒナキ、負けないでくださいっ」

 いつの間にかぎゅっと拳を作り、文字通り手に汗握る状態だった静流とガーネットが同時に雛樹に声援を送った。

「ぬあっ……」

「なに……ッ!?」

 その瞬間、土壇場で返してきた雛樹に驚き、アルビナは驚きの声を上げた。

「おお、押し戻した押し戻した!」

「流石はうちの社員ね!」

 東雲姫乃と葉月は興奮気味にそう言って見せた。

 かなり押し戻し、そのまま買ってしまうのかと思われたが……。

「だっさぁい」

「ヒナキ……」

「……やっぱ強いな、アルビナさんは」

 普通に負けた。
 実際、雛樹に賭けていたのはガーネットと静流だけだったのだ。
 センチュリオンテクノロジーのアルビナはそれほどまでに強い兵士だと認識されているため、仕方のないことだが。

「くく、まだまだだな、坊や」

「デスクワークに追われて弱くなったもんだとばっかり思ってましたよ。全然そんなことなくて安心したくらいだ」

「ふ、あまり私を見くびらないことだ。ほら、瓶をよこせ。半分だけ飲んでやろう」

 言い訳をしなかった雛樹に感心したのか、彼がコルクを抜いたのを見て左手を差し出してきた。
 雛樹は正直この瓶をどうしてやろうかと考えていたため、それならばとアルビナに渡し、結局半分以上飲んでもらった。

「静流、お前も飲むか。成人祝いだからな」

「あ、はい……いただきます」

 アルビナの誘いに、あまり乗り気でなかったのは初めて酒というものを飲むからだろう。
 匂いは嗅いだことがあるが、到底飲めるような代物ではないと思ったことがあった。

「しどぉしどぉ」

「なんだ? どした、肉か。肉が食べたいのか?」

「ちっがうわよぉ。あたしもそれ飲みたぁい」

「……ぅぅぅうーん」

 雛樹は悩んだ。ガーネットは酒を飲めるのだろうかと。
 見た目が幼いため、酒を飲んでいる様が想像できなかったのだ。

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