ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー仕事人な自分ー

 海上都市防衛学校に本日6回目の鐘が鳴った。

「では、座学はここまでです。次回から実践演習へ入りますので、復習と予習を欠かさぬように」

 防衛学校の広い講義室の教壇に立ち、60人ほどの生徒を前にしていたスーツ姿の結月静流はそう言って教壇を降りた。
 故あって、かつて卒業した母校で二脚機甲操縦技術を教えている。
 相手は自分とほとんど歳の変わらない男女の生徒たちだ。

 この都市にいる者たち、そしてなにより将来軍部に属そうという彼彼女らの中で結月静流の名を知らぬ者はいないといっていい。
 なので、歳が近いからといって茶化す者や反抗するものなど誰一人おらず、ただただ分かりやすく実践的な結月の授業をありがたく受けていた。

 だが、結月が教室を出て行ってからその様子は一変する。

「次回から結月少尉直々の二脚機甲講習だなんて……」
「ほんっと楽しみだよね! わざわざお金出してこの講習受けてよかったぁ」

 将来二脚機甲操縦士を目指す生徒たちは口々にまたとない機会をもらえたことに胸を躍らせ……。

「今日も結月さん美しかったな……。やっぱり男とかいんのかね」
「いや、あの人そういう事にまったく興味ないみたいだぜ」
「ええ、本当かよ! うわあ俺色に染めてえ」
「やめとけ金玉潰されるぞ……」
「でもあのおっぱいやばいだろ……。あの歳であのおっぱいは反則だわ……。スーツ押し上げて今にも弾けんばかりだったろ」

 などという、健康的な男子たちの下品な話の矛先が向けられる結月ではあるが……彼女自身、人に何かを教えるということはそこまで嫌いではないために、本業と比べて手を抜いたりといったことはない。

 なにより、母校であるため中途半端なことはできない。もらっている額も相当のもののために講師としては大真面目である。

「お疲れ様、結月少尉」
「ありがとうございます、コージ教授」

 職員室に戻ってきたところ、在学していた際の恩師に珈琲を手渡された。
 暖かな紙コップを両手で包み込むようにして持ちながら、しばらく生徒はどうだっただとか、講師をしてみてどうだったかという他愛のない話をした。

「これからまた任務だそうだね」
「はい。少しばかり立て込んだ依頼が来まして。今夜もゆっくり寝ることはできませんね」
「あまり無茶しないように。君はとにかく頑張りすぎるからね」
「いえ、全て私が目指すものの礎ですので」
「目指すもの……か」
「?」

 首を小さくかしげる結月に対し、恩師は首を横に振って……。

「いや、相変わらずだなと思ったのだよ。私が言うのもなんだが、君は早く男を作ったほうがいいね」
「はぁ」
「君ほど色恋沙汰を聞かない子は珍しいよ。軍部に属する者はさっさとパートナーを見つけるか、一生独身か極端だけれども、君は一生独身を貫くつもりかい」
「教授、今の私に色恋を分かれという方が無茶ですが。小一時間ほど説明しますか? 男の良さというものを」
「ふはは、いや、やめておくよ。暖簾を腕で押すことほど不毛なことはないからね」

 少しばかり不機嫌になってしまっていた結月ではあったが、珈琲を飲み終えて息をつく頃には落ち着いた表情となっていた。

 ではと、荷物をまとめてセンチュリオンテクノロジー本社に帰り、自身に割り当てられている個室でシャワーを浴びて、バスタオル一枚首にかけて部屋の中を歩く。

 必要なもの以外何も置いていない小綺麗な部屋の中、唯一ベッド傍に展開してある立体モニターには、以前パレードの時に撮った雛樹との画像が表示されていた。

 自分がある一定の範囲にいないと表示されないようにプログラムされたその画像の中では、頭を撫でる雛樹と恥ずかしいのか照れ臭いのかなんとも複雑な表情を浮かべた自分が写っている。

「はぁ……ヒナキは今何を。ちゃんとしたものを食べているでしょうか」

 とても心配である。もともと、雛樹は母であるアルビナが欲しがっていた人材ということもあり、試験さえ通ればセンチュリオンテクノロジーに所属することになっていた。
 なにより、試験は祠堂雛樹であれば問題なく通ることができるものだった。

 だが予想外の事態で、雛樹は友人である夜刀神葉月のPMCに所属。
 自分とは離れ離れになってしまい、一番の望みだった共に仕事をしたいという願望はかなえられなかった。

 憧れの兵士と仕事をしたかった。そして、成長した自分を余すことなく見て欲しかったのだ。



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