ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第3節4部ーエリートがいる理由ー

「寒いよな。そろそろ中に入るか」
「寒いよなじゃないわよぉ。あれだけ馬鹿にされて落ち込むだけだなんて、なっさけなぁい!」

 ゴゥン、と。砲弾でも着弾したような打撃音。ステイシスが苛立ちまぎれに近くの壁を蹴ったのだ。蹴っただけならばまだいいが、装甲部分である壁が深く凹んでいる。ひどい怪力だが……もう流石に慣れてしまった雛樹はあまり驚くことはなく。

「今のじゃ中はちょっとした騒ぎになってるだろうな……」

 ステイシスの先ほどからの怒りの矛先は、陰口を叩いていた者たちではなく雛樹自身に向いていたものだったのだ。
 それを知って、雛樹は思い知る。面倒を見るということは、背中を見せ続けるということだ。
 一人でいた時のように、自分の感情次第で好き勝手振る舞っていては教えを任された身として不甲斐ないことこの上ないことだろう。

「ガーネット、そろそろブリーフィングが始まる頃だ。行こうか」
「……」
「今度は情けないとこは見せないさ。ほら、早く」
「……わかったわよぅ。袖引っ張らないでくれるぅ」

 小さなことだが大切なことに気づき、腹を据えた雛樹はステイシスの拘束衣、その長ったらしい袖をつかんで引きつれながら艦内のブリーフィングルームに向かった。

 そして、今現在先行しているドミネーター制圧二脚機甲部隊、その中でさらに先導している第一、二脚機甲部隊艦へ乗艦している結月静流はブリーフィングが終了し、明かりがつけられたブリーフィングルームのシートに座ったまま一息ついていた。
 周りではもうすぐそこまで迫った上陸に備えて、二脚機甲の最終調整を行いに席を立つ者も多かったが。
 そんなものは事前に終わらせていた静流には縁の無いもので、ただただ体を休め、出撃の時へ向けて備えていたのだが……。“挨拶しておかないと”“邪魔してはまずいだろう”という声が近づいてきた。

「初めまして結月少尉、少しよろしいですか?」
「あ、ええ。大丈夫ですよ。あなた方は……ヤマト民間軍事会社の」

 目の前まで来て話しかけてきた三人の兵士に合わせるように、静流も立ち上がり軽く会釈をして挨拶の言葉をかけた。一人は無精髭を生やした背の高い中年男性。
 そして、後方には若い男性兵士と、20代後半の女性兵士。どの人物も日本人らしい顔立ちをしていた。

「そうです、先ほど自己紹介させていただいたヤマト民間軍事会社の科戸瀬しなとせです。ご休憩中だったようなのでお邪魔しないでおこうと思ったのですが、後ろの二人がどうしてもと」
「いえ、邪魔なんてことは……どうしました?」

 静流がそう言うと、科戸瀬と名乗った男性兵士の後ろから、若く、見るからに新米の兵士とでもいうような佇まいを見せていた男性兵士が前に出てきて、緊張からか力の入った一礼をした。

「今回の任務に参加されたということで、我々はとても心強く感じています! ありがとうございます結月少尉、あなたの背を見て精進させていただきっ、今後も上位階級を目指して——……」
「うるさいし、長いぞお前。申し訳ない、結月少尉。うちの若いのが名も名乗らず。私はヤマト民間軍事会社所属、三月みつきだ。このやかましいのは高倉たかくら。今回、あなたと任務につけること、大変幸運に思っている。よろしく頼む」

 後方に控えていたミツキと名乗った女性兵士が緊張のせいか若干先走りすぎている高倉を抑え、挨拶をしてきた。静流は苦笑いしながらも……。

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。何事もなく無事に終われば良いのですが」
「ああ、そのことなのですが」

 最年長の科戸瀬が、不安げな掠れ声で言った。

「今回の任務、不安を抱えている者たちが少なくありませんで。救難信号に対し呼びかけをしても全く反応がなく、未だに信号は発され続けている。しかし、渡された衛星画像から、島には何の異変も見受けられなかったでしょう」
「ええ、確かに目視する限りでは」
「その上、企業連から本来来るはずのなかったGNCからの精鋭2名と、あなたが任務に就いたことによって、みなただ事ではないのではないかと考えておるのですよ」

 なるほど、と静流は思った。先ほどのブリーフィングにおいても、周りを見るにあまり士気は高くなかったように感じたのはそのせいかと。
 確かに、静流は今回なにか不穏なものを感じてはいた。しかしこの任務に参加する予定はなかったのだ。
 だが、同じくするものを感じたであろうアルビナに、この任務に就くよう命じられてここにいる。

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