柊木さんと魑魅魍魎の謎

巫夏希

首なし地蔵とオマモリサマ 第一話


「人生をやり直したいと思ったことは無いか?」

 僕は夏乃さんからそう質問を受けた。それは確か、本棚の上に高く積み上げられていた本を段ボールに梱包している最中のことだったと思う。そんな作業をしていたと言っても、結局のところ作業をしながら会話をしていたというのが実情だった。
 夏乃さん――柊木夏乃さんは、この柊木伝承相談所の所長を務めている。ちょっと変わり者の女性だ。……そんなことを言ったら夏乃さんに怒られてしまうのだから、あまり言わないでおく。あくまでも、僕の心の中に留めておく。

「……人生をやり直したい、ですか」

 僕は夏乃さんの質問に答えるべく、手に持っていた本をいったん床に置いた。

「そうですね。やり直したくない、と言えばウソになると思います。だって、誰しも人間はそういう『闇』を抱えているものでしょう?」
「相変わらず、可愛くない考えを持っていることだね、少年。その考えは、朱矢のころからずっと抱いていたのかい?」

 朱矢。
 それは僕が中学生まで住んでいた、集落のことだ。
 都会から離れた朱矢は、やはり不便な点が多かったけれど、僕にとってはとても住み心地の良い場所だと思っている。
 まあ、それもあの集落にあった因習を知るまでは、という期限付きなのだけれど。

「まあ、朱矢の話は別にどうだっていい。もう五年も前のことだ。あそこでの出来事を忘れるな、とは言わないが……」

 夏乃さんはニヒルな笑みを浮かべて、

「しかしながら、あまりあの場所のことは考えないほうがいい。……まあ、今回は私が言い出したことだからノーカンだがね」
「やっぱり夏乃さんも、あそこの因習を信じていた、ということですか」
「信じていた、と言えば信じていただろうね。それに疑問を抱いて私は因習なんて嘘だと証明したのだから」

 ……そうだった。
 夏乃さんもまた朱矢の生まれだったわけだけれど、夏乃さんについてはその因習なんて嘘だと自らの身体で証明した人間だった。
 その因習については……はっきり言って思い出したくもないけれど、きっといつか公にされる機会がやってくるのだろう。今はただ、僕の中学時代の思い出として、残しておくだけに過ぎない。
 そういえば卒業してから連絡を取っていなかったようにも思える。高校に進学してからはまだ何人かと付き合いはあったけれど、大学は僕一人だったからかな。きっとSNSでもすれば見つかるのだろうけれど。

「……まあ、そんな話はいいんだ。話の主題はもっと別のところにある。少年、『人生をやり直したいと思ったこと』は無いか?」

 やり直したいと思ったこと。
 無いといえば、嘘になる。
 やっぱり人生はすべて成功している、と言えば嘘になることだし、だからといってそのすべてを修正したいと思うと、今夏乃さんには出会っていないかもしれない。
 今の結果は、僕が積み重ねてきた選択から得られた唯一無二の結果だ。
 だから、それを変えようとすると結果すら変わってしまうことだろう。

「……まあ、そんな簡単には決められないよな。決めることなんて出来ない。それは解っているとも。だがね、知っているかい、少年」

 そう言って夏乃さんは僕に一枚のチラシを差し出した。
 そこには、大きな見出しでこう書かれていた。


 ――人生をやり直せる旅、しませんか?


「……これは」

 まあ、これだけ見ればよくあるキャッチコピーだと思う。

「実はこの『人生をやり直す旅』というのは、正確に言えば、今までの悪行を洗い流す旅としても言われている。そして、その悪行を洗い流すと言われているのが……『オマモリサマ』と呼ばれるものらしい」

 オマモリサマ。
 何だかきな臭くなってきたような気がする。

「きな臭くなってきた。そう思うのも致し方ないだろう。……このオマモリサマとやら、どうやら未来視の力を持っているらしい」
「未来視……って、未来を見ることが出来るってことですか?」
「ああ、その通りだ」

 夏乃さんは僕の言葉に頷く。
 そんなことが出来るなんて、人間じゃないってことになるのだろうか?

「予言をすることが出来る、ということで聞いたことがある妖怪が居てね。……それに、そのことについて調査してほしいと言われている。依頼ってやつだ」
「それって、何の妖怪ですか」

 僕もなんとなく、一つ見当がついているのだけれど。
 敢えて僕は夏乃さんに質問をしてみた。

くだんと呼ばれる妖怪だよ。半分人間で半分牛、だったかな。必ず当たる予言をすると言われていて、大災厄の予言をしてそれが当たると消えるらしい。……まあ、件自体は悪さをしているわけではないが、件の予言が悪さをしている、と言ってもいいだろうな」
「それで僕たちは何を……?」
「簡単なことだ。今回はそのオマモリサマを調査する。そして、調査した結果その件であった場合、封印する必要がある。もう二度と人間に関する予言をしないように。……そのための専門家も呼んでいる。はっきり言って頼りたくはないが、力になる人だ」

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