異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

魔術研究所

「そうだ、ついでに中まで僕らの職場でも覗いていかないか?」

 本を売りに出した後、そう提案したのがアルドだ。
 確かに魔術研究所という所は少し見てみたいとは思っていたので、良い機会だとその提案には乗らせてもらう事にした。アリシアは一足先に用事のため中に入っている。

「ここが魔術研究所……」

 ティミーが感嘆したように呟く。
 王都を貫いて流れる川をそのまま利用した大用水路を隔てて、灰色でとげとげしい装飾を施された大きな建物がそびえ立つ。その派手な外装に対して周辺は、最も王都で活発であろう商業地区周辺とは距離があるからか、それなりに緑も見られ落ち着いた雰囲気だ。

「でもほんとに大丈夫なのか? 一応魔術の最先端を扱ってるってのに」

 聞く話によると魔術研究所というのは一般開放しているらしい。
 証拠に、研究所へとつながるこじゃれた橋を行き来する人がちらほらといる。

「心配には及ばない。研究についてはほとんど地下で行っているからな」

 アルドの話を聞きつつ、研究所の中へ足を踏み入れる。

「へぇ……」

 研究所を入ると、まず大きな部屋に出た。
 平成育ちの俺とすれば研究所と言えば部屋中真っ白で、精密機械があったり、防犯カメラが作動していたりというイメージがあるが、もちろんこの世界においてそんな近代的な施設はあるわけが無く、緩いアーチ形の天井の窓から注ぐ光で照らされるここは、さしずめ椅子の無い教会と言ったところだろうか。ぶら下がるシャンデリアが一層その雰囲気を際立てている。

「周りにあるのは研究の大きな成果や発見を文字を刻んだ石板だ。右手前一番目にあるのがだな……」

 アルドの饒舌に語られる魔術研究所の説明を聞きつつ、奥にある扉へ進み開けてみると、今度はさらに大きな空間へと出た。

「なんだここは……」

 ついそう零れてしまうような場所だった。
 俺もこの世界に来てそれなりに経つが、こんな光景見たこともない。
 壁はガラス張りの天井にかけて本棚で覆い尽くされ、上へと行くために梯子も点々とある。多くあるテーブルに座る人は本を広げて何やら書き写したりしているようだ。
 そして何より驚いたのが宙に浮く謎の光源の数々。空によって照らされていてもなお輝きが分かるその光の塊は神々しく、この空間を幻想的な場所へと仕立て上げている。

「ここは資料室だ。過去の研究成果や研究記録、他には魔術に関する本とかも置いてある。ここに来る一般人はだいたい資料が目当てだ。何せ王立図書館には無い書物も多くあるからな」

 それにしたってこの数はすごいよな……。
 本の量に圧倒されていると、ティミーが口を開いた。

「そういえばアルド君、あの浮いてる光って……」

 そうだよ、それ俺も聞きたかった。

「ああ、あれは魔力を結晶化した物で照明に使える。ただ、まだ試作段階なので一般の実用には至ってないが。魔術研究の副産物さ」
「そうなんだ、すごい」

 目を輝かせるティミーを見ると思わず笑みがこぼれそうになったが、客観的に見たら気持ち悪いと思うのでなんとかこらえる。

「いいじゃん! いれてよぉー! 同じ騎士団でしょー!?」

 軽い幸福感を味わっていたところ、どこから聞き覚えのある不快な声が聞こえた気がする。たぶん気のせいだろう。

「あれ、どうしたんだろうな?」

 アルド君ったら何を言ってるの? こら、そっちに行ったって何もないぞ?
 心の声もむなしくアルドは声の主の方へと近づくのでしぶしぶ後に付いていく。

「だからここは研究員しか入ってはいけないんだ」
「なんでー? なんで行っちゃ駄目なのー?」
「それくらい分かるだろう? それに、この先は無闇に無関係の人間が入れば、その人間も危険にさらされるかも知れないんだぞ」
「危険、ねぇ……。まぁ魔物も扱ってるみたいだしぃ?」
「そうだ、分かったら行け」

 さっきの声はどうやら地下へと続く階段の見張りをする騎士団員と口論していたらしい。
 ただもちろん聞き入れてくれる訳はないので、声の主も「へいへい……」と踵を返すので諦めたようだ。

「あっれ、ティミーちゃんじゃん! ねぇねぇなんでいんのー? こんな所で会うなんて運命じゃね? 暇っぽかったら僕とどっかいかなーい?」
「ファルク君……」

 あの心優しいティミーでさえ若干引き気味にさせるこいつはかなりの才能を持ってると思う。もちろん嫌われるという意味でだ。

「あいにく俺らはこれから連れとティータイム予定だ。さっさといけ」
「あれ? アキちんいたんだー? ぜんっぜん気付かなかったー、影うっすー!」

 ヘラヘラ笑いやがって……。まぁいい。

「認識してくれてどうも、じゃあ帰ってどうぞ」
「ま、僕もやる事あるしねー、今度二人でどっかいこうねティミーちゃん!」

 人懐っこいような鬱陶しい笑みをティミーに向けると、ファルクはポケットから何やら取り出し出口の方へと向かっていった。あれは疎通石か……あいつの事だ、一応見てくれだけはまぁまぁだし、もしかしたらどっかでアホウな女でも捕まえたのかもしれない。

「あの人は誰だ? 見たところ同い年そうだし、もしかしてアキたちの友達か?」
「友達? もう一遍その言葉を言ってみろ。お前の喉を掻っ捌いてやる」
「ど、どうしたんだい急に……」

 おっといけない。いくら不快だったからってアルドに当たっちゃ悪いよな。

「いや、まぁあれだ、同期だ」
「なるほど、やっぱり友……」

 その言葉を言わせまいと、アルドの首元に向かって剣を突き出す。一応包帯はつけたままだけど。

「違うからな?」
「ハハ……昔よりもさらに腕が上がっているなアキは」

 引きつった笑みを浮かべ今にも泣きだしそうだったので、ここらへんで勘弁しておく。ただ次言ったらもう切り捨て御免だ。

「すみません、待たせてしまって」

 さてどうするかと辺りを見回してみたところ、丁度アリシアが階段を登ってきた。

「いや、無理言ったのはこっちだからな」
「いえいえ、無理だなんてそんな滅相も無いです」
「そう言ってくれると助かる」

 半ば強引に提案しちゃったからな。自分のために。

「よし、今日は僕が見つけたおすすめの喫茶店を紹介しよう!」
「おお、そんな事があるのか」
「まぁ、僕も紳士として自分の店くらいは持っとかないと」
「何が紳士ですか、身の程を知りなさい」

 そんな当たり障りの無いやりとりをしつつ、アルドの先導の元、喫茶店へと向かった。
 

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