異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

「アキ行くよー」

 いやっふう! 美少女が扉の向こうで待ってるぞ!
 昨日、アルドやアリシアに偶然再会し、未だその余韻が残っているのかテンションが高い気がする。今から行くのはバリクさんの元で、今日少し集まってほしいと言われていたからだ。

「アキちんはーやーくー」

 出ようとした矢先、とても不快な声が耳に届く。
 勢いよく扉を開けると、ティミーの隣に鬱陶しい笑顔を貼りつかせたファルクの姿があった。

「おっはよう、ファルク君ー!」

 地面を蹴り上げ挨拶がてらに飛び膝蹴り。しかし咄嗟に反応したファルクは左方へステップ。渾身の一撃は躱されてしまう。

「ちょっと何すんのさー!? ていうか朝から元気すぎじゃねー? 暑苦くて臭いから一生僕に近づくな!」
「悪い悪い、身体の闘争本能かな? 目の前に魔物がいるかと錯覚して勝手に反応しちゃってさ」
「うわー、思い込み激しすぎ、妄想癖とかきっもちわりー!」
「あ?」

 ハイ、全国の小説家を志す人を敵に回しましたね。一時期、俺も目指している時期があってその時は常日頃から自分の構築していた世界に浸ってたからな。お待たせしました姫様。私めがお迎え参上仕りました、じゃあしっかり掴まってくださいよ! そう言い塔から飛翔。みたいな。え、ただの厨二病?

「ごめんごめん、ちょっと書類整理が長引いてね」

 ファルクとにらみ合っていると、バリクさんが小走りでこちらに近づいてきていた。昨日は警護があったからかプレート装備の姿だったが、今日は紺色の騎士団の制服と思しき装いで一層爽やかさが際立っている。もうあのイケメンを前には男でも少しそのけがあれば堕ちかねないと思う。ちなみに俺はそのけは無いので安心してください。

「全然大丈夫ですよ。おはようございます」

 ファルクの事は無視することにして、バリクさんに挨拶をしておく。

「おはようアキヒサ君。そう言ってくれると助かるよ。みんなもおはよう」
「お、おはようございます」
「おっはでーっす!」

 ファルクの返って失礼な態度になりかねない挨拶に対して、ティミーは少し焦りつつも丁寧にお辞儀している。

「あれ、そういえばスーザンさんはまだみたいだね?」

 バリクさんが少し意外だという様子で尋ねる。スーザンか……後で誤解、解いとかないとな。

「申し訳ありません!」

 聞き取りやすい声と共に勢いよく一番奥の部屋の扉が開け放たれる。
 中から飛び出したスーザンはものすごい勢いでこちらに走ってくると、バリクさんの前でひざまずく。

「隊長のお呼びに遅刻など言語道断! どうか私めに罰を! 騎士団を辞せよと仰せられるのであればその覚悟もございます!」

 大げさだなこの子……。いやまぁ確かに自分に厳しいのは感心するけどさ。

「そんな、全然大丈夫だよ!? どうか頭を上げて……。僕だってちょっと遅れちゃったんだからさ」

 バリクさんもまさかあんな事を言われると思っていなかったんだろう。若干表情に焦りの色が窺える。

「いえ、なんとお詫びをすれば……」
「ほんとに大丈夫だから、ね? 顔を上げて。これは命令だよ」

 ハッとスーザンは顔上げる。

「なんと慈悲深いお方……! ありがとうございます!」
「アハハ……」

 流石のバリクさんも苦笑いである。スーザンってけっこう変わってるよな……。

「ねぇ隊長、そういえば僕らってこれからどこに行くんですかー? もう飽きたんで帰りたいんですけど……」

 どんだけ理由だよ。あと物言いが失礼極まりない。
 普通なら怒る場面だろうが、そこは流石バリクさん、怒るどころか一切不快感を顔に出さない。

「そんなに時間はかからないからちょっとだけ我慢してくれよ。じゃあ付いてきて」

 意味深なほほ笑みと共に、バリクさんが歩き出すのでその後に続く。
 そのまま寮を出て本部の本棟へ入ると、そばの階段を登っていく。そこから少し歩くと、扉の前で立ち止まる。

「ここは隊長室で、一応僕が割り当てられてる」

 バリクさんが説明をしながら扉を開けると、まず書類の積まれた趣味の良い仕事机が目に入り、資料と思しき書物が連なる背の低い本棚、その上に乗っかるいくつかのティーカップを左手に確認し、右手を見れば騎士団の制服と思しき衣類が四着かけられていた。もしかしてあれは……。

「察しはついた?」

 そう言いながらバリクさんは俺らをその服の前まで誘導する。

「三番隊の制服だよ。届いたから渡しておこうと思ってね」

 肩には騎士団の紋章。そこを中心に白いラインが派生し、美しい配列で紺色ベースの服を飾っている。

「あとこれも」

 バリクさんの手からは光沢を帯びた赤い宝石の指輪が渡される。

「これは騎士団の証になるから絶対無くさないようにね。あと身分証明にもなるし、魔術の威力も少し上がるからけっこう優れものだったりするんだ」

 なるほどこれが……。なんて華美な石なんだろう。

「すごいアキ、中に紋章があるよ!」

 トントンとティミーが肩を叩くので俺も見てみる。
 ……おお、確かに騎士団の紋章だ。なんかかっこいいじゃないか!

「入るわよ」

 指輪に感動していると、聞き覚えのある声がドアのノックと共に耳に届く。
 バリクさんの返事も聞かず扉は開けられると、紙の束を抱えるミアが姿を現した。

「悪いけどこの書類に……え? ティミと……アキ」

 入ってすぐにこちらに気付いたらしく、言葉を途中で区切り名を呼ぶ。

「あれ、ミア様とアキヒサ君達は……そうか、確かルーメリア学院だったね」
「だからバリクさん、様なんかいらないっていってるでしょ?」

 ミアは机に紙の束を置き、こちらに近づきながら言う。

「立場上そういうわけには参りません」

 ミアが様付けか……。まぁ騎士団を統括するお家だから無理も無いか。

「まぁいいわ。それにしてもティミーが入団するなんてちょっと意外ね」
「アハハ……そうだよね。私ちょっと容量悪い事も多いし……」

 少ししょぼんとするティミーにミアが慌てて弁解する。

「いや、そういう意味じゃないわよ!? ただ、その、ティミーって可愛いし、優しいから戦いとか好きじゃなさそうだし……で、でも私は嬉しいのよ!?」
「ミアちゃん……」

 ティミーは少し俯きがちだった顔を上げる。

「ありがとう!」
「ちょ、ティ、ティミー!?」

 お礼を言うやいなや、抱き着いてくるティミーにミアは顔を真っ赤に染めて手をぱたぱたさせる。
 良き光景かな。女の子たちが馴れ合う姿は癒されるのぅ。え、別に百合的な事では……案外あり得るんじゃないのか? なんかミアとかまんざらじゃない気もしてきた。

「アキヒサ君とティミーちゃんは知ってるかもしれないけど、他の皆は初対面だろうから紹介しておくね。彼女はグレンジャー家のミア様、騎士団の監視役の一人なんだ」
「グ、グレンジャー家!?」

 その言葉に一瞬で反応したのはやはりスーザンだ。

「私、此度入団させていただく事になったスーザン・ウォードと申します! 挨拶の遅れたご無礼をどうかお許しください!」
「ちょ、ちょっとそういうのはほんとにいらないわよ!?」

 深々と膝をつくスーザンの姿に、なんとかティミーから抜けたミアが慌てた様子でスーザンに呼びかける。

「いえ、滅相もございません!」

 頑ななスーザンの様子に諦めたのか、ミアは大きく息を吐きこちらをちらと一瞥する。
 ああそうだ、あれ以来あってないもんな、謝らないと。

「そのミア。一昨日は悪かった。ほんとごめん」
「な、何がよ?」

 ちょっと言わせますそれ?
 流石にこの中であまり言うのは嫌なので、少しミアに耳を軽く貸してもらい、小さく呟く。その際息がかかって不快にならないように細心の注意を払ってだ。

「いやその、撫でたりして……」
「……ッ!」

 ミアは声にならない悲鳴のらしき音を発すると、顔を真っ赤に染める一歩身を引く。これヤバイんじゃないの?

「そ、そ、それなら、も、もう別……に、だ、第一……怒っ、てな……馬鹿!」

 ミアの難解な暗号を聞かせられると、最後には思い切り罵られてしまった。こ、これで一応許してもらえたのかな?

「わ、私はやることがまだあるから行かせてもらうわ。バリクさんその書類は明日までで大丈夫だから」

 それだけ言うと、ミアはつかつかと隊長室を出て行った。

「じゃ、僕も用はすんだみたいなんで、帰りまーっす!」

 ミアの去った扉を見ていたところ、ずっと静かだったファルクが声を発した。

「呼び出してごめんね。今日はもうゆっくりしてくれていいから」
「全然いいっすよ! 貴重な物も見せてもらえましたしー?」

 喋るのがそんなに嬉しいのか、ファルクの口調はどことなく饒舌だ。いやまぁいつもそうだと言われればそうなんだけど。

「お前には珍しく静かだったな」
「まぁちょっとねん」

 うざったらしいウィンクを見せつけてくると、ファルクもまた隊長室を後にした。
 まさかティミー以上にミアを狙いだしたとかじゃないだろうな? だとしたらなんとか守ってやらねば! いや、でもミアなら俺が出るまでもないかもな……。
 そんなどうでもいい事を考えつつ俺もティミーたちと部屋を後にした。その際スーザンがしている諸々の誤解を解きながら、だ。



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