異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

ダ・カーポ

 遂に完成させた。
 この世界に昼夜の概念は無い。だからどれくらい経ったかなんて分からない。
 でもこれなら完璧のはずだ。理論上なんら問題は無い。
 魔力量は十分だった。これならジュダスが堕天した時間軸まで問題なく行くことが出来る。

 ザラムソラスを手に取り、魔力を流し込むと、またあの黒光りする刀身が蘇った。
 彼女たちを斬り裂いたこの剣を使うのは憚られるが、業物なので使わせてもらう事にする。

 何せこれから戦う相手は堕天使。神にもっとも近しい生物と言えるその天使を相手取るのに舐めてかかれば恐らく痛い目を見る。この時空転移魔術は未来に行く事ができない。故に、一度過去に降り立てばそこから一生動けなくなる。ついでに言うと、この魔術は相当な準備が必要だ。そのエネルギーは凄まじく、たぶん転移後のこの場所の王都は消滅するレベルだろう。ただ、時と言う強大な概念を扱うにはこれ以下のエネルギー量では足りない。

 まぁ、要するに、一度きりのチャンスというわけだ。失敗は許されない。
 だからこそ用意は周到にしなければならないのだ。
 まぁ、そのために今まで以上に己を研鑽し、魔術の威力も高めてきたから、万に一つ負ける気はしないけど。

「さて……」

 天獄戦争に記されていた堕天の時期を空中に刻む。
 魔力は満タン。準備も整った。あとは詠唱すればいいだけ。

「パッセ」

 詠唱の刹那、視界が眩い閃光に満たされる。
 胃が持ち上がるような不快な感覚の中、周りの景色が混沌と歪み、やがて頬を何か微風が撫でた。

 気付けば、周りは懐かしい色で包まれていた。緑色だ。
 どうやらここは森らしい。時空転移は成功したと見受けられる。
 さて、ジュダスはここの辺りに出現したのでほぼ間違いないはずだけど……。

「ほえ?」

 ふと、後ろで誰かの声が聞こえた。
 振り返ると、そこには青髪の幼女がこちらをきょとんとした様子で眺めていた。身なりは俺の時間軸とは違い、布切れだけの粗末だが、同時にこの装いは先人の装いなので、改めて過去に来たことを実感する。
 久しぶりの人間。自然の目頭が熱くなるが、涙は流さない。泣いてしまえば一気に士気が下がる。
 にしてもどうするかな……。できるだけ現地人に干渉はしなかったけどまぁ、ジュダスを倒す時点でかなり大きな改変になるだろうから、まぁ誤差の範囲か。

「君、ここは危ないから離れた方が……」

 声をかけた刹那、閃光と共に凄まじい暴風が巻き起こる。
 同時に、魔力が一点の方向へ集約されるのを感じた。

「まずい」

 俺はあらかじめ作っておいた魔法道具で結界を形成し、青髪の女の子と己の身を包み込む。
 周りを見てみると、どんどん草木が枯れていき、灰となり崩れ去ってきていた。
 やがて、完全に周辺の植物の全てが朽ち果てると、その砕け散った荒野の先には黒い翼を背中に湛え、銀髪の長髪を地面につけてうなだれ息を荒げるジュダスの姿があった。

「君、ちょっとこっちに来て」
「んー?」

 女の子は首をかしげながらも俺の隣までやって来る。
 周りに建造物が無いという事はたぶんこの子の住んでいた村はさっきのに巻き込まれてなさそうだから無事なんだろう。

「お父さんとお母さんってどんな人?」
「えーっとねぇ。お母さんはいつもお料理を……」
「メスタ」

 詠唱すると、女の子は虚空へと消え去った。
 時空転移魔術開発の副産物となる魔術で、転移石と同じように空間移動ができる。まぁ魔術と言うより魔法だな。

「はぁッ……! 何故……人間が? 周辺の生命力は全て吸収したはずなのですが……」

 見れば、ジュダスの顔がこちらに向けられていた。今も昔もその顔に変わりはなく、変わった事と言えばその憎悪の籠った表情、そして身なりだろうか。吟遊詩人スタイルに対し、こちらは鋼の鎧に身を纏っていて、少し新鮮だ。

「久しぶりだなジュダス……って言っても分かるわけないよな」
「何故人間が私の名を?」
「まぁ、ちょいと特殊でな。預言者とでも言っておこうか?」

 言うと、ジュダスは息を整え、静かに口を開く。

「なるほど、奴の使いと言うわけですか。禁を犯してまであの女は私を冥界に堕としたいとは……クック」

 ジュダスは喉をくつくつ鳴らすと、目を見開いた。

「でも残念ですねぇ! いくら弱体化しようと人間如きに私が負けるはずはありません!」

 ジュダスは黒い翼を勢いよく広げると、宙を舞う。

「シレオ!」

 ジュダスの詠唱。純白の閃光が打ち放たれるので、即座にザラムソラスを引き抜きそれを斬り裂く。

「その剣は……!」

 一瞬驚きの表情を見せるが、すぐにひっこめ、より一層憎悪の光をその瞳に宿す。

「それをどこでを拾った!!」

 凄まじい速さで滑空するジュダス。引き絞る指は鋭利な爪が肉体を掻っ捌かんと妖美に光る。
 すかさず後方へと跳ね、爪を避けると、牽制の魔力弾を数発放つ。
 鋭い爪は魔力弾を、断裁。ジュダスの翼が大きくはためくと、今度は無数の黒羽根がこちらに飛来。非常に鋭そうで、当たれば傷だらけどころか気孔だらけだ。

「クリフ」

 すぐさま紺色の焔の壁を展開。黒羽根は火に呑まれ、俺の元に到達できない。

「フロッテ」

 詠唱と共に、ジュダスの元へと前進する火の壁に続き、俺もまた間合いを詰める。
 壁が破られた。姿があらわになったジュダスめがけて、ザラムソラスを叩きこむと、ジュダスの爪がそれを迎撃。
 しかし鋼をも斬り裂くザラムソラスの前に、細い刃が耐えれようはずが無い。
 それでも一瞬だけ耐えると、折れる爪を捨て去り、ジュダスは後方へと退避した。逃さない。

「ケオ・テンペスタ」

 唱えると、高速で旋回する紺色の焔がジュダスめがけて、追随。
 身体をずらし避けようとするが、音速の焔に片翼まで躱しきることはできない。
 黒の羽根が激しく散ると、ジュダスは空中で回転し、地面へと叩きつけられる。
 好機。
 間合いを詰めにかかると、よろりと立ち上がるジュダスの周りに黒い塊が数個形成された。塊は変形すると、槍へとその姿を変貌させる。
 飛来する七本の黒槍。だが、咄嗟に生成したせいか、その並びは乱雑だった。
 難なく避けると、そのままジュダスの心臓へザラムソラスの、刺突。
 鎧を貫通した刃はジュダスの背中から突出していた。

「ぐほっ……」

 傍らでジュダスが血を吐き出すと、ザラムソラスを引き抜いた。
 胸から血が溢れ、ジュダスはどさりと倒れ込む。

「呆気ないもんだな……」

 思いの他やりやすかったので、少し拍子抜けだった。かなり弱っていたらしい。
 ジュダスを見下ろすと、まだ若干の息はあるようで、何か言いたげに喘ぎながら、その口を開いたり閉じたりしている。
 やがてその口から途切れ途切れの言葉が紡がれた。

「あり、がとう……ございます……」

 その言葉と共に、ジュダスの周りに黒い魔方陣が出現する。
 まずい気がしたので、咄嗟に跳ね、陣内から逃れると、ジュダスはそのまま地面の中に吸い込まれた。
 冥界に行ったのだろうか。それより、今なんでこいつは俺に礼を……?
 しかしそれについて考えている暇は無かった。身体から、光の球が出現し始めたのだ。

「まぁともかく……終わったみたいだな」

 ふと、前を見ると、少し先でキアラが手を振っていた。そしてその周りにはティミーやハイリ、ミアやスーザン、これまで出会った様々な人がこちらを見ている。
 次第にみんなが遠ざかっていくのを見ると、ふっと、全身の力が抜けるのを感じた。

D.C.


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