異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

ヴァニタス

 俺は今、何をしてるのだろうか。
 俺は何のためにいるのだろうか。
 そもそも、生きてるのだろうか。
 一体何が起こってるのだろうか。

 まとまらない思考の中、目を開けると、大切な人を三人も奪った男が黒く染まった巨大な宝石を眺めていた。確かにかたきのはずなのに、何故か怒りは沸いてこなかった。そんな元気なんてもう無かった。胸の傷は治療されているみたいだったが、それでも全身に鉛を巡らされたかのように身体も重いし、なんていうか、もうどうでもよかった。

 ふと周りを見てみると、どうやらここはどこかの荒野らしい。まぁまぁ風が強いという事はそれなりに標高が高い場所だという事だろうか。それと視線を巡らせて気づいたが、どうやら俺は十字架に貼りつけられているようだ。

「おや、起きましたかアキヒサ君。ふふ、見てみてくださいこの空を」

 堪えるように笑うダウジェスに従い、空を見上げてみると、夕焼けよりもさらに真っ赤な色が広がっていた。

「昨日の早朝に少し試したので発動するとは分かってはいましたが、いざ実際の出力で発動してみるとなんとも言えない高揚感に満たされますねぇ」

 ダウジェスは心底嬉しそうに独り言を言うと、今度は俺に話しかけてきた。

「いやにしても助かりましたよアキヒサ君……あなたがいなければ今頃こんな清々しい気分にはなれなかったでしょうからねぇ……」
「俺のおかげだと?」
「はい、そうですよ。……まぁもっとも、このためにあなたをこの世界に転移させたのが私なので、実質私自身の努力の結晶でもあるのですが、想定外に動きも少々あれど、ここまでうまく駒として動き続けてくれたはとても助かりました」
「どういう事だ?」

 なんとなく尋ねてみると、ダウジェスは柔和な笑みを浮かべながら答える。

「あなたがこの世界に来たのも、こうなるのも、全て私が仕組んだものだったという事です」
「お前が仕組んだ?」
「はい。そうですねぇ、この赤い空が世界を覆いつくすにはまだ時間がかかりますから、どうせなら色々なお話を聞かせてあげましょう」

 そう言うとジュダスはどことなく雄弁そうに語りだす。

「私の目的はこの世界の破壊です。かつて私を陥れた女神ロサに復讐するために」
「お前は何を言っているんだダウジェス?」

 冒頭から突拍子の無い事を言いだす野郎だ。新手の中二病か何かか?

「ダウジェス、それは私の真名ではありません。かつて私は、そう、シュダフェルと呼ばれていましたね。いや、このような忌まわしい名前はいらない、私の名はジュダスです」
「おいおい、お前は天獄戦争の話をしたいのか?」
「いいえ、私は本当の事を言ったまでです。これを見ればアキヒサ君も分かってくれることでしょう」

 ダウジェスが少し屈むと、黒の閃光と共に漆黒に染まった天使のような羽が背中から現れ出した。

「マジかよ……」

 どう見てもその姿は天使だった。ただし、その種類は堕天使だ。そしてどうやら女神ロサとやらも実在するようだ。キアラの転生は本当に神様の干渉があったんだな。

「私は女神ロサが心から憎い。だからあの天獄戦争を始めて読んだときはそれはもうどうしようもく腹が立ちましたよ」

 そういえばいつだったか、こいつと天獄戦争の話をした時、女神ロサをあまり好きじゃないとか言ってたよな……。なるほど、ダウジェスがあの堕天使ジュダス様ならそれも納得できる。

「しかもあの伝えられた天獄戦争の話。あれは完全に脚色されてますからねぇ……。まぁ、偽りの話だからこそ私はあれを詠むことが出来た訳ですが……」
「どこが偽りだったんだ?」
「主に堕天の章からですよ。あれは完全に伝承者の作り話です。何せ私は冥界などに行ってはいないのですから。まぁ、落とされかけたのは事実なのですが……」
「まぁ、現にここにいるからな。それにしても、こうなるもお前が全部仕組んだ、って言ってたけど、どこまで仕組まれてたんだ?」
「全てに決まってるじゃないですか。ティミーさんが炎魔の病に侵された時からです。そもそもあれは私が引き起こした事なので」

 おいマジかよ。いやでも確かにこいつはタイミングよく現れたよな。

「私の力をもってしても全てが思い通りではありませんでした。まずあなたが十歳の身体で現れた事。まぁこれはむしろ好都合だったのですが、それよりも深層魔術の存在です。深層魔術とは術者が身の危険を感じた時に発動される魔術で、それは凄まじい威力です。流石に今の私ではそれに確実に打ち勝てる自信はありませんでした。だからこそあなたの深層魔術を消し去ったのです。養老の祠でね」
「参ったな、そんなところからお前の手が加わってるとはよ」

 素直に感嘆すると、ジュダスは気を良くしたのか、楽し気に語る。

「それだけではありません。アキヒサ君、あなたがここまで強くなったのも私のおかげなんですよ?」
「ほう……」
「転移した後のあなたにはこういう物を埋め込ませてもらっていましてね」

 ジュダスが掌を天に向けると、そこから黒い塊が現れ、俺の目の前に浮かんできた。

「名前はありませんがそうですね……負の感情を増長し、闇魔力を発生させるための道具、まぁ魔結晶とでも言っておきましょうか。アキヒサ君の魔力が格段に上がる瞬間、何回かありましたよね? 思い出してみてください。その時の状況はしたがって負の感情で満たされた時ではありませんか?」

 魔力が上がる瞬間……。確かに身体が異様に熱くなったり、体内で魔力が奔流したような感覚に見舞われる事はあった。まず最初はどこだったか。

「まずハイリさんがゴーレムに倒されかけた時です。その時、あなたは怒りにまかせて戦いゴーレムに打ち勝ちましたよね? それもその魔結晶のおかげです。怒りという感情の増長と共に闇魔力の発生。そしてそれを打ち消そうとする光魔力もまた増幅し、あなたに紺色の焔を顕現させた。そして他にもカルロスさんとの戦闘、ルフとの戦闘、様々な場面であなたは魔結晶による魔力の増幅の恩恵を受けていたのですよ。まぁ、カルロスさんとの戦闘では闇魔力の方が光魔力を上回り、一時的に精神が侵されていたみたいですがね」

 確かにジュダスの言う通りだった。俺の魔力が格段と跳ねあがる瞬間はいつも怒りとか憎しみとかそういう感情で満たされた時だった。

「しかし魔結晶だけでは性能の限界がありました。闇魔力と共に増えた光魔力の方がその量を上回って来たわけですね。そこでアキヒサ君に第二の道具、ザラムソラスの覚醒を促し、その鞘を与えたわけです」
「どういう事だ?」
「まぁ、ザラムソラスに関しては私もどこにあるのか知らなかったのですが、ザラムソラスはかつて堕天した時に紛失した私の愛剣でしてね。ゆえあって至高の方から頂いた剣なのです。それをアキヒサ君が持っていた時はどういう因果かと喜びに打ち震えました。堕天した私をまたお助けいただけるとはまさに光栄の至りです」
「至高の方? 何を言ってるんだお前は?」
「アキヒサ君には関係の無い事ですよ」

 言い放つジュダスは口元こそ従来通り笑みを浮かべていたが、その目には完全こちらに対する軽蔑の光が宿っていた。普段感情をあまり見せなかったジュダスのその表情は不気味ですらあった。
 軽く呆気にとられていると、またダウジェスは従来の柔和な笑みを浮かべだし語り始める。

「そのザラムソラスはこの魔結晶と同じような効果を持っていましてね、鞘とあわさる事でその真価を発揮します。二つが揃えばこの魔結晶よりも膨大な闇魔力を生産できるようになるんです」

 なるほど……メールタットでキアラと別れた後、突然あいつが現れて鞘を渡してきたのも全て意図的だったという訳か。

「にしたって、なんでお前は俺の魔力を跳ね上げさせるような真似をしたんだ? 生憎このざまだが、俺が強けりゃ抵抗されたかもしれない」
「それはすべては今日のためですよ。これを見てください」

 ジュダスが示す先には、先ほどから気になっていた黒く巨大な宝石がある。

「凄いでしょう? これは全てアキヒサ君の魔力なんです。そしてこの量の魔力はこれから行う大規模魔術に必要でしてね。この膨大な量の魔力と私の中の魔力、二つを足すことでようやくロサへの復讐に使うその魔術を発動できます。フフフ、ああ楽しみで仕方ありませんよ。私を討ったあの女に最高の形で復讐できるのですから! 奴の創り上げた世界の滅亡、それが私の復讐ですッ!」
「おいおい、そんなもん女神さまが黙って見てるわけないんじゃないのか?」

 今に天から雷が降り注いでジュダスを殺してくれないか、そう願わなくも無い。

「残念ながら神は世界の構築にあたってルールが存在します。その一つが自ら創り上げた世界への干渉の禁止なのです」
「そんなもんが存在するのか」

 それじゃだめだな。もう希望は潰えた。いや元々持ってなかったけど。第一あいつらがいない世界の何が楽しいんだか。あれ、だったらキアラの転生も駄目なんじゃないのか? まぁいいや、どうでも。

「まだちょっとかかるようですね……。まだもう少しお話をするとしましょう」
「まだ何かあるのか?」
「どうせなら私の成した事全てを洗いざらい話しておこうと思いましてね。それに対するアキヒサ君の反応でも見て暇つぶしとしましょう」
「趣味の悪い暇つぶしだ」

 率直な感想を述べるも、ジュダスはそれに気色悪い笑みで返してくる。

「まず怪術師についてもあれは私の支配下にありました」
「へぇ」
「彼らに復讐の機会を与えたのも私です。カイルさんが持っていた剣は私の授けた魔剣でした」
「なるほど、なんでまた?」
「まぁアキヒサ君を使うこの計画が失敗した時の予防線ですかね。魔力と言うのは人の死によってももたらされますから。彼らに殺戮をさせれば時間はかかれど魔力は集まりますからね。まぁもっとも、魔力にも鮮度というものがあります。一気に集めねば鮮度が落ち、使い物にならなくなるので、かなり大掛かりになる上に非効率かつ不確定なので、あくまで予防線です」
「へぇ」

 心底どうでもいい話だな。もうこいつもネタ切れらしい。こんな状況であいつらの話に興味が沸くわけが無い。

「それともう一つ、キアラさんの事です」
「キアラの事?」
「はい、あの紅い槍は私がザラムソラスを元にして作った魔槍でした。闇魔力が強すぎて本来の力を発揮できない失敗作でしたが、彼女の死を以ってアキヒサ君の闇魔力を増長するため、苦悩を抱える彼女にあの槍を差し出したのもこの私です」
「そうかい」

 俺の反応が意外だったのか、ジュダスは心なしか意外そうな表情を見せる。

「おや、激高でもしてくれると思ったのですが……」
「どうでもいいんだよ、あいつはもう死んだんだろ? 今頃怒り狂うだけ無駄さ」
「ふむ、まぁ魔結晶も既に抜いてありますし、あまり負の感情は沸いてこなかったみたいですね。案外その道具の力も捨てたもんじゃないようです。にしてもどうしましょうか、あとほんの少しかかりそうですが、私からお話しできることはもう無い気がします」

 はてはてとジュダスは暇つぶしの方法を思案しているそぶりを見せるのでこちらから話を振ってやる事とする。

「だったら一つ聞かせてくれ。なんで俺だったんだ? そもそもわざわざ転移させる必要、あったのか?」

 むしろそこが最大の疑問点かも知れない。なんでこいつは俺を転移対象に選んだんだろう。それにこの復讐に俺という異世界人が絶対必要だったかと聞かれればそうでもない気がする。

「色々ありますがまず、この世界に漂う魔力は全て光魔力です。その中で過ごしてきたこの世界の人間の光魔力の性質は闇魔力を浄化できるほど強い。だからこそ魔力という概念が存在しない世界の人間、まだなんの魔力にも影響されていない純粋な人間が必要でした。空っぽの器ならその魔力の性質を思う通りにしやすい、それが一点」

 次に、とジュダスは続ける。

「アキヒサ君を選んだ理由。それはあなたの中に負の感情が多く存在したからです。まぁもっとも、それはアキヒサ君でなくても構いませんでした。私が転移魔術を発動した同時間軸上にもっとも、負の感情を多く抱える存在がアキヒサ君だった。ただそれだけなんですよ」

 なるほどな……とすればやっぱり狂ったのはあの時からだったか。たぶんその負の感情とやらのほとんどが、あかりに関するものだ。

「おや、どうやら時間のようですね」

 ジュダスは俺から視線を外し、黒の宝石を仰ぐ。

「ククク……ハハハ、ハハハハハハハハハ。ついにこの時やってきましたよ! 幾百年の時を経てようやく私の復讐が完遂するのです! さぁ、世界の滅亡を共に拝もうではありませんかアキヒサ君!」

 狂気に満ちた笑い声と共にジュダスが宝石に手をかざす。

「ファル・デストル・コラッセ・デストル・ディサペ・エリミ・エラディカル・アボリ・ルイナ!」

 ジュダスは何やらやたらと長い詠唱を続けると、最後の言葉と共に世界は黒い閃光に包まれた。

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