異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

プレリュード

「その任務。俺にさせていただけないでしょうか?」
「ほう、君がですか?」

 副団長……ではなく現団長シャルプ・マクフリンが団長机で手を組み眼鏡越しでこちらを見やる。

「はい。キアラ・アストンは旧知の仲ですので、必ずや説き伏せる事ができるかと」
「説き伏せる? 何を言うかと思えば、この任務は奴の処断ですよ。話をちゃんと聞いていましたか?」
「聞いた上でこう言ってるんです。あいつが理由なしに、いや理由があってもあんな事はしない。あいつは何かに操られている。それしか考えられません。そもそもあいつかどうかも分からないですけど」

 言うと、副団長はふむと小さくため息をつく。

「アキヒサ・テンデル君、あなたの実力は団の中でも飛びぬけています。なので、私としてはあなたが適任かとも考えていましたがどうやら見当違いのようです。殺す覚悟が無いという事は例えその者が強者であっても実力を半減させる。一年前、あなたは単身乗り込み王国軍を一掃してきました。シノビの頭領も倒し、セキガンの頭領も倒した。ですがそれは恐らくあなたに明確な目的と共に覚悟という力の後押しがあってのおかげでしょう? 今それが見当たらないあなたにはこの任務は……」
「まぁいいじゃねえか団長さんよ?」

 突如、扉をあけながら声を放つのはハイリだった。ずかずかと中に入ってくると、後から控えめにティミーも入って来た。

「ハイリ君……あなたはノックもできないのですか?」
「あぁ、悪い悪い、つい忘れちまうんだよなぁ」
「はぁ……まったく、あなたは副団長なのですからもっと自覚を持ってもらいたいものです」

 王都騒乱の一件以来、団長のポストが空白となり、当時副団長だった目の前の眼鏡が団長の座につき、その部下の一人とハイリが副団長の役職に就いた。

 王都の生き残りの団員のほとんどがバリクさんの隊である三番隊所属だったので、とりあえず三番隊をまとめるならハイリしかいないという事で副団長へと就任。ただ、今までの勤務態度からそれはそれで不安だとの声が上がった事で当時の副団長の隊の副隊長が副団長になり、現在では副団長が二名存在する形となっている。

 一応募集をかけたところ、規模はかつてのように大きくは無いが、あんなことがあったので最初のうちはいなかった入団志願者もちょっとずつ現れるようになり、少しずつ活気は取り戻されつつある。

 ちなみにウィンクルム軍については一度解体されたが、改めてその名をウィンクルム正規軍として王家の直轄の下動いている。

「そんな事より団長、その任務だ。アキに行かせちゃ駄目なのか? たぶん騎士団じゃこいつが一番強いってのに」
「しかし不安要素がある以上は……彼が情にほだされてなんて事もあり得ますからね」
「ったくよぉ? あんた慎重すぎるぜ。それと、心配しなくてもたぶんアキにはちゃんと覚悟はあると思うぜ? だろ?」

 ハイリがこちらに話を振ってくるので、改めて団長の元へと向き直る。

「はい。もし救済の見込みが無いと判断した時は、俺自身の手であいつの暴走を、止めます」

 言うと、団長はしばらく考える素振りを見せる。一瞬ハイリの方を一瞥すると頷いた。

「そこまで言うなら仕方ありません。この任務はあなたにまかせましょう。ですが、不安要素が取り除かれたわけではありません。なのでハイリ君、これにはあなたも同行してください」
「はぁ!? なんで俺まで働かなきゃならねぇの!?」

 副団長とは思えない発言。そこまで露骨に嫌がるのを見ると俺にこの任務を勧めたのが信頼云々じゃなくてただ単に仕事をしたくなかっただけだったみたいに思えるんだけど……。

「あなたが彼を推薦したのですよ? それくらいの事はしてもらわないと」
「ぐっ……仕方ねぇな……。まぁ、アキと一緒の任務ってのも悪くないからいいかー……」

 何気に嬉しい事呟いてくれるじゃないか。

「ああそれと、この任務、俺が行くのはいいけどティミーも同行させてくれねぇか?」
「お、お願いします……」

 ハイリが言うと、ティミーがちょこんとお辞儀をする。

「ティミー・テンデル君ですか……確か彼女もルーメリア学院出身でキアラ・アストンとは知らない仲ではありませんよね?」
「は、はい……」
「でしたらそれを許可するわけには……」
「ったく堅い事言わずによぉ? な? いいじゃねぇか」

 言うのを遮りハイリが団長の肩をくりくりとする。

「し、しかし……」

 もう完全に絵面が嫌な上司とそれに困らせる新人社員だ。勿論ハイリの方が嫌な上司役だ。前団長に比べて団長はそれなりに若いとはいえ、ハイリよりも全然年上のはずなのに不思議なもんだ。
 やがて観念したようにため息をつくと、団長は分かりましたと言って首を垂れた。今に始まった事じゃないけど立場逆転してるぞ、頑張って団長。


 ♢ ♢ ♢

 紅い槍を持つ女がトクビッテ村で大量虐殺を行った。
 この事を知らされたのは今日の朝方だ。およそ王都から北北東に位置するそれなりに大きな村で、たまたま用事があった正規軍の兵士が村に来た時には既に血の海だったらしい。ちなみに紅い槍の女というのは、生き残っていた数名の村人の証言だ。

 ちなみにこの件に関しては今日に始まった事では無い。およそ四か月程前が境だろうか、突如として色々な国で似たような事件がぽつぽつと起きていた。

 いずれの国での事件は既に、顔やたたずまいの特徴からキアラ・アストンの仕業だと考えられ、今回のトクビッテ村の件も恐らく犯人はキアラだとほぼ断定されている。

 でも、俺にはあいつがそんな事をするとは思えない。いやほぼ確実にしてない。
 あの時、妖美に光った紅い槍。魔槍というの存在はこの世界では対して認知はされてないものの、俺はほぼ確実にそいつの仕業だと考えている。そうじゃないと大量虐殺なんてあり得ない。だってあいつは今日までウィンクルムに手を出していなかった。そして何より、俺の同じ世界の人間なのだから。

「とりあえず現地調査からなのだろう? 息災でな二人とも。私も同行したいところだったが、何分こちらで色々やる事があるからな」
「ありがとう、気持ちだけで十分だよ」
「スーちゃんも頑張ってね」

 城下門前、重装備に身を包み槍を携え送り出してくれているのはスーザンだ。当たり前だがあれから一年経った今ではすっかり元気になるどころかこのプレートアーマを装備しながら大槍を自在に振り回すまでに強くなる有り様だ。最近では新人の面倒を見ているらしく、教えるさまはまさに鬼の所業だとかそういう話をよく聞く。俺がスーザンの同期で心底良かったと思った瞬間だ。
 ふと、スーザンの背後に目を向けると、建物の角からひょっこりと髪の尻尾が出ているのが見えた。

「なぁミア、何してんだそんなところで」

 ビクリ、と言ったようにその尻尾は揺れる。
 やがて尻尾の持ち主が姿を現すと、案の定ミアがこちらに歩いてきた。

「ミア様!」
「お、お疲れスーザン」

 素早い反応でひざまずくスーザンにひと声かけると、ミアは髪の毛かき分けると、ティミーの方を見て口を開く。

「ティミー、しっかりとね。私は色々とやる事があるからいけないけど、どこにいても応援してるわ」
「わぁ~、ありがとうミアちゃん」

 ティミーが抱き着くと、ミアは頬を薄く染める。
 ゆりゆりしい……じゃなくて、女の子たちの微笑ましい光景を見ていると、ミアの視線が控えめにこちらに移動する。

「ア、アキも……無事で帰って来なさいよね……」
「え、あぁ。おう」

 突然な上に声も小さかったので少しだけ返事に戸惑ってしまった。ゆりゆりしていて熱くなってきたのか頬を一層赤く染めたミアはすぐ俺から目を離した。
 なんだろう、最近、ミアの様子がちょっとおかしいんだが……。いや最近じゃないもうずっとだった……。
 いもちょ面白かったなともう何年も前のアニメの事を思い出していると、突如突風が辺りに吹き荒れた。

「悪い悪い、遅れちまった」

 当然ハイリである。いつまでたっても普通に登場しようとしな奴だな。嫌味の一つくらいでも言ってやろう。

「十五分の遅刻ですよ副団長さん?」
「お、そうだったのか。間に合ってよかったぜ」

 ふう、と心から安堵したように額の汗を拭きとる素振りを見せるハイリ。
 いや遅刻って言ったよな? なんなのこの人、十五分遅れて間に合ったとか言ったらもう俺の世界では完全に白い目で見られるからね? というかこの世界でもたぶん同じだから。

「スーザンもミアも見送りだよな? サンキュー」

 ハイリは非難の視線を浴びせる俺などまったく気にした様子もなく言う。

「至極当然の事です!」
「グレンジャー家として見送りくらいはいかないとね」

 二人ともそれぞれを違ったように答えると、さて、とハイリが口を開く。

「そろそろ行くか!」

 ハイリの号令の下、俺達は王都を出発した。


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