異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

束の間の安息

 気付けばジュダス周りにはわずかな手勢のみ。
 それもそのはず、本来天使とは神の下に在るべき存在。かようなジュダスがその三人の神を相手にして勝てるはずもなかったのだ。
 それでも黒き剣を振るうジュダスだが、ついに女神ロサとその妹神達に敗れた。
 三人の前で膝をつくジュダスに女神ロサが問う。

「お主の身に何が起きた?」

 その問いかけにジュダスは口を開く意思を見せない。
 そんな彼を静かに見下ろすロサは、やがて静かに別の問いを投げかけた。

「もしや、その黒き剣と関係があるのか?」

 ジュダスの腰に携える剣。名は伝わってはいないが、その剣は幾重に重ねられた鋼すらも斬り裂くと言われている剣だった。


 ♢ ♢ ♢


 ……あれ? 俺は今どうなってるんだろ?
 とりあえず、寝転んでるっていうのは確かか。
 だったら目を開ければここがどこだか分かるだろう。

「……ああ」

 見慣れた天井だった。この状況何度目だよと思いつつ、この場所が俺のもっとも安息できる場所だったのでほっと一息をつく。
 でもどうして俺はここにいるんだっけか。いつもみたいに魔術読本を読んで寝たんだっけ。じゃあ今何時だろう。暗いという事は夜中に目覚めちゃったって事か。

「違うであろう?」
「んなっ……! 誰だ!」

 突如、男の声が聞こえたので跳ね起きると、そこには黒装束の人間が立っていた。

「お前は……?」
「覚えてないのか? まぁ仕方ないか。我は数多くお前に殺された人間の中の一人にすぎないからな」

 その言葉を聞いた刹那、脳裏に血なまぐさい光景が映し出される。
 森の中、俺はシノビを殺した。
 周りの景色が歪み、消え去り、その色合いをどんどん失う。

「それを言うなら僕らもだ」

 ふと背後から声をかかったので見ると、そこにはウィンクルム軍の人間が大勢いた。
 ああそういえば俺はミアを助けるために走って……。

「ねぇアキちん? 僕の事、自殺に追い込んで楽しかった?」

 左側、いつの間にか黒装束を着たファルクがこちらを見ていた。

「違う! お、俺はお前を殺そうなんて……!」

 そうだ、あの時俺は助けようとしたんだ。

「死って言う結末は変わらないんだよねぇ? そしてその原因はアキちんにあるってこともさ!」

 突如、疾走したファルクが俺の身体を突き抜ける。

「やぁアキヒサ君、さぞかし楽しかったと思うよ、俺の事を殺せてさ」

 また別方向から声が聞こえた。これはカイルだ。
 嗚呼……そうだ、俺はこの人もこの手で、しかも目を潰してから……。
 悶絶するあの姿がバチバチと音を立てながら高速再生された。

「ねぇこっち見なよ?」
「……ッ!」

 見れない。あんな姿まともな人間が見れるわけが無い。
 あれ、じゃあ俺はまともじゃなかったのか?

「ねぇ?」
「やめろ……やめてくれ……」
「ねぇアキヒサ君ッ!?」

 あまりの剣幕に見てしまった。
 闇の視界の先には口を張り裂けんばかりにゆがめた目の無い、カイル。そしてその後ろにはおびただしい死体の山が――――

「うわああああああああああああああああああ!!!!!」
「大丈夫、大丈夫だよアキ!」

 跳ね起きた身体を暖かみが包み込む。

「はぁ……はぁ……」

 息が切れる。俺はいつからこんな過呼吸になったんだ。

「アキは頑張ったから、大丈夫だよ!」
「え?」

 暗がりの中、耳元で既に馴染み切った声が聞こえる。

「ティミー、か?」
「そうだよ」
「そうか……ハハ……」

 安堵から出たのか、何から出たのか分からない。とにかく何故か乾いた笑みが零れた。

「もう少し……このままでもいいか……?」
「うん」

 ティミーの温度が身体中を伝わり、冷めきっていた全てが静かに、ゆっくりとじわじわ暖かみを帯びていく。その感覚はどうにも心地よく、思わずそんな言葉が口をついていた。
 我ながら本当に情けないなとは思う。だけど、これまで全力で走り続けたせいで流石に疲れすぎた。だからもう少しだけこのままでいたかったのだ。

 どれくらいこうしていたか分からない。頭の整理やら疲労の回復、意識がはっきりとしてくると、それに伴いだんだん恥ずかしさがこみ上げてきた。俺マジなにしてんの……。

「あ、ありがとうティミー。もう大丈夫だ」
「分かった」

 ティミーがそっと離れると、束の間の静寂が訪れる。
 とりあえず色々聞きたい事だらけだけど何から聞けばいいかな……。だめだ、自分の羞恥のせいで考えがまとまらない。

「一週間も寝込んでたのよ」

 沈黙を打ち破ったのは俺でもなく、ティミーでも無かった。
 見ると、いつの間にか開いた扉の縁にミアが腕を組んでもたれかかっていた。

「ったく、無茶しやがるぜ。ってか、また同じ事言った気がするな」

 また別の声が聞こえたと思えば、扉からハイリが姿を現すとこちらにやってくる。

「二人とも……」
「ほら、しけたつらしてんじゃねえよ。それよりティミーにちゃんと礼は言ったか? 王都までわざわざ駆けつけてくれたんだぜ?」

 どうやらここは王都だったらしい。
 後からミアがやってくると、ろうそくの火がともり、部屋を照らしてくれた。

「そうだったんだな、ありがとう、ティミー」
「えへへ」

 照れたようにはにかむティミーはやはり天使そのものだと思う。お父さんとしてはちゅっちゅしたい気分だぞ! いや流石にそれは気色悪いな、反省。
 軽く和んでいると、ふと、言わなくてはならない事があるのを思い出した。

「それとごめん、いきなり転移させて。守り切れる気がしなくてさ……」

 危ない目に遭ってほしくないとはいえ、いきなり説明もせずに飛ばしたのは流石に悪かった。

「いいよ。最初は怒ろうって思ってたけど、苦しそうにしてるアキを見たらそんな気分じゃなくなったよ」

 よほどうなされていたらしい、ティミーの表情が少し曇る。

「だからいてくれたんだろ? ほんとにありがとうな」
「う、うん……」

 小さく呟くティミーの頬が少し赤くなる。
 その表情に先ほどの出来事を思い出し、羞恥がこみ上げてきたので、話題を早々と変える事にする。

「ゲフン。それよりミア、お前身体平気か?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの? 崇高なるグレンジャー家の娘よっ!」
「そいつは良かった。というかお前、その自己紹介安定しないよな。前はなんだっけ、栄光あるとかだっけ」
「う、うるさいわねっ!」

 顔を赤くするミアに思わず口元が緩むのを感じるも、まだ聞くべきことはあるので押しとどめる。

「それより、スーザンは大丈夫なのか?」

 マレハーダ関所であいつは手傷を負っていたはずだ。

「それなら問題ないわ。スーザンは今タラッタリアで療養中よ」
「良かった……」

 これ以上騎士団の仲間が死ぬのはごめんだ。
 ……それで、タラッタリアやマレハーダの一件と言えば……まぁそれは後にするか。

「結局王都はどうなってるんだ今?」

 聞くと、ハイリが応答してくれた。

「ああ。色々あって建物とかけっこう壊れてたけど、まぁちょいちょい直ってきてるって所だな。一応マルテルも一時は王になってたわけだから、そこらへんはちゃんとしてたらしい」
「そうか。でも一時は、って事はもう王権は王家に戻ったって事だよな」
「ああ。マルテルは近いうちに罰せられるってよ」
「ちなみにその中にカルロスは……」
「ああ、あいつか。もちろん含まれてないぜ。王都奪還を手伝った功労者な上に破門されてる身だからな。まぁ王が褒美を与えるってのを断ってどっかいったけどな」
「なら良かったよ」

 あいつがいなかったら今頃こうして呑気に寝てられなかっただろう。
 改めて助かったよ、カルロス。

「ああそうだ、カルロスからアキに伝言を預かってるんだった」
「伝言?」
「おう。とっとと身体治して俺にぶっ殺されろだってよ」
「なんだその物騒な伝言は……」

 ま、まぁカルロスなりのジョークなんだろう。きっとそうに違いない。少々ブラックすぎる気がしないでもないけど……。
 ともあれ、だいたいは一件落着って所か。

「さて、今どれくらいだ? 安心したら眠くなってきたからもうひと眠りするかな」
「おうおう、どんどん休め。今騎士団は人数少なすぎてほとんど動いてないからな! 休むなら今のうちだぜ!」
「随分と嬉しそうだなハイリ」
「あたぼうよ!」

 勤務中でもないのに騎士団の服着てるわけないだろとはツッコまないで置いてやる。

「それじゃあ私は行かせてもらうわ。グレンジャー家として色々とやる事あるから暇じゃないのよね」
「おう、わざわざ来てくれてありがとうな」
「か、勘違いしないでよ! 別にたまたま通りかかったから様子を見に来ただけなんだかねっ!」

 そう言ってミアはずかずかと部屋の外に行ってしまった。
 おやおや、これはもしかしてミアさんツンデレっすか? いやツンデレとかリアルでどうよとは思ってたけど案外可愛いもんだな。という事は今ミアは俺にデレたから俺の事がもしかして! って、んなわけないよなぁ。

「ティミーも、俺はもう大丈夫だから羽伸ばしてきていいぞ?」
「ううん、全然疲れてないからいいよ、それにまだアキの事がしん……ぱ………すぅ………」

 突如、ティミーがふらりとしだすと、そのまま俺のベッドに顔を伏せて動かなくなると、小さな吐息の音が耳に届く。

「ティミーがついたのは三日前くらいなんだけどそれからずっと寝てなかったからな。アキが心配だって言って」
「そうだったのか……そりゃ悪い事したな」

 そこまでしてくれるなんて、つくづく優しい奴だなティミーは。

「それでハイリ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「キアラ・アストンの件についてはどうなってる?」

 あいつはタラッタリアから脱獄した後、騎士団を三名殺め、スーザンに手傷を負わせた張本人だ。たぶん、それ相応の罰は与えられる。

「ああそれか……。今のところ審議されてるけど、少なくともA級認定は免れねぇだろうな」

 A級犯罪者と言えば俺の住んでいた世界で言うところの指名手配、そしてハイリの口ぶりじゃS級の可能性もあるらしい。S級まで行くと国際指名手配レベルだ。くそ、俺がもっとしっかりしてればこんなことにはならなかったはずなのに。

「たぶんお前の友達なんだよな?」
「ああ。それだけじゃない、ティミーとミアとも友達だ。二人もこの事は知ってるのか?」
「ミアは当然。ティミーはまだ知らないけど、時間の問題だろうな」
「……そうか」

 まぁ、こればかりは隠し通せそうもないよな……。

「ま、ごちゃごちゃ考えても疲れるだけだぜ? 気楽にな、気楽に」
「まぁ……そうだよな」
「ああそうだ」

 後ろ向きに考え始めたらとことん後ろ向きになっちゃうからな。とりあえず前向きに考えていかないと。

「じゃ、俺はそろそろいくぜ? ティミーは置いていくから、男なら夜這うくらいの根性見せろよ!」
「ばっ……! お前何言ってんだよ! んなもんするわけないだろ!?」
「じゃ、二人でごゆるりとな!」
「だからしないって!!」

 俺の叫びも空しく、ハイリは扉の外に揚々と出ていき扉を閉めていった。
 はぁ……そんな事言われたらちょっと意識するじゃないか……。もちろん夜這うなんてしないけどさ。

「寝よ寝よ」

 邪念を振り払うために一人声を放つと、身体に微かな重みを感じつつ、俺は目を閉じた。

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